なぜ蔦屋重三郎は【地本問屋】の仲間に入れてもらえないのか――。
大河ドラマ『べらぼう』をご覧になっていて、そんな疑問を抱いたことはありませんか?
片岡愛之助さん演じる鱗形屋にせよ、西村まさ彦さん演じる西村与八にせよ、風間俊介さん演じる風間俊介にせよ。
地本問屋の連中は揃いも揃って排他的で、蔦重のことを“使いっ走り”としてなら認めるも、書店としての独り立ちは絶対に許さないというスタンスです。
極めつけは第13回放送で鱗形屋が放ったこのセリフでしょう。
「てめえは本屋じゃなくていいだろうが、あんな立派な茶屋があんだからよ! 吉原もんはよ、女だけ売ってりゃそれでいいだろうが!」
蔦重サイドから見ると、横暴で侮蔑的なこの言葉。
悪態をつく鱗形屋が、あまりに下劣な人間にも思えなくもありません。
とはいえ少し冷静になって考えてみますと、確かに蔦重には吉原という強力なバックがあり、何も本屋を経営する必要などないようにも思えてきます。鱗形屋の言い分にも一理あるのです。
では蔦屋重三郎はこのまま地本問屋を構えることはできないのか?
一体どうすれば蔦重は一国一城の主になれるのか?
江戸時代の職制度を踏まえながら、地本問屋の状況を考察してみましょう。

画像はイメージです(地本問屋の様子/国立国会図書館蔵)
江戸時代は世襲が原則
ドラマの中の蔦屋重三郎は吉原の「親父様」こと、遊郭経営者たちと話し合いで物事を決めています。
時に儒教倫理を捨て去った「忘八」とも称される彼らは、世襲で家業を受け継いだ者がほとんど。
大黒屋の女将である“りつ”は「お上からお許しを得ている」と語ったことがありましたが、かつて庄司甚右衛門が公儀の許しを得て吉原で商売を始めたことを踏まえての発言でしょう。
りつは大黒屋に生まれ、かつ、その家の男性ではなく彼女が女将となった。
史実でも、少数とはいえ女性が切り盛りする店もありました。
世襲であり、自ら望んだ道ではなくとも進むしかない――そんな江戸時代の身分制度事情が浮かんできます。

『東都新吉原一覧』二代目歌川広重/東京都立中央図書館蔵
蔦重の能天気な義兄である次郎兵衛も、いずれは父の跡をついで忘八になるのでしょう。
劇中では幼い唐丸少年が「どうして次郎兵衛はろくに仕事をしないのか?」と不思議に思っている台詞がありました。
駿河屋の跡取りである次郎兵衛は、どれだけ遊んでいようといずれ店を継ぐ運命にある。
ただし、商才のないバカ息子が家を継ぐのが危ういのは間違いなく、父親の駿河屋市右衛門としても、仕事の出来る使用人を側に置いておきたいのでしょう。
駿河屋には、蔦重にせよ留四郎にせよ、聡明な切れ者が揃っています。
これも父としての愛情と、経営者としての配慮と言える。
実際に吉原の女郎屋も、二代目以降となると実務経営は他の者に任せてしまう主人がいたとされます。
それに対し、一代で成り上がった経営者として、劇中では黄色い衣装がカボチャを表す大文字屋市兵衛がいます。
必死に成り上がるため女郎の食事代すら惜しむ、それでカボチャを食べさせていたというわけですね。
「吉原者」から抜け出すことはできるのか?
蔦重が育った駿河屋は女郎屋ではなく、遊郭に客を案内する【引手茶屋】です。
たとえ駿河屋市右衛門が蔦重の才を認め、手元に置いておきたいとしても、吉原に縛りつけたままにはできません。
もしも出版業を本格的に極めたい、あるいは、他のまともな商売をしたい、なんて言い出したら、それに対して駿河屋は断固反対できるのか?
というと、できないのが実情ですが、そのせめぎあいは今後ドラマの見どころとなるでしょう。
仮に蔦重が吉原で働き続ければ【吉原者】と呼ばれるようになります。
蔑視と隣り合わせの立場であり、そこから抜け出すことは現実には可能なのか?
時代はくだりますが、幕末に参考例があります。
幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師・落合芳幾(よしいく・1833−1904年)です。

落合芳幾の新聞錦絵『鰐魚』/wikipediaより引用
【網笠茶屋】に生まれた芳幾は、名が幾次郎となり二男と推定されます。
網笠茶屋とは、遊郭へ向かう客が顔を隠すための網笠を扱う茶屋のことで、蔦重が勤める【引手茶屋】と似たような店です。

『編笠茶屋 寛永頃婦人』水野年方/wikipediaより引用
芳幾の親は、我が子を別の仕事に就かせようと考え、質屋へ奉公に出しました。
ところが、どうしても絵師になりたい本人は歌川国芳に入門。
彼の生い立ちからは、遊郭に関わる茶屋はまっとうな仕事とは思われていなかったことが伝わってくると同時に、当時のクリエイターは条件が合えば仕事にできる実情も浮かんできます。
親から子へ継ぐ家業ではなかったのですね。
有名な絵師ともなれば二代目は血筋よりも実力。弟子の中でも最も優れたものが許されるのです。
ではクリエイターを仕事にできる条件とは?
まず大前提として、家社会の江戸時代では、誰かが家を継がねばなりません。
落合芳幾は二男だから問題はありませんでしたが、仮に長男だったなら、弟や甥を跡取りにする必要が生じました。
例えば山東京伝は、弟に家の商売を引き受けてもらい、歌川広重は甥に継がせることで画業に専念しています。

山東京伝/wikipediaより引用
蔦重は画才には恵まれなかったようですが、今後、売れる本を企画し販売にこぎつける編集者・商売人としての才覚に目覚めたら、吉原から離れていくチョイスは当然浮かんでくるでしょう。
ドラマの中で蔦重が本作りに没頭していると、なんだか駿河屋市右衛門が不安そうな表情を浮かべるのは、そのことを懸念しているんですね。
筋を通していない蔦重
蔦屋重三郎が吉原から出て出版業を目指そうという時、師匠になったのが鱗形屋孫兵衛でした。
すでに実績のある鱗形屋のもとでノウハウを学ぶ。
劇中ではそれと引き換えに蔦重が吉原細見の取材をしたり、青本のネタを提供したり、かなり重要な仕事をこなしていましたが、思わぬところで頓挫してしまいます。
鱗形屋が偽板騒動を起こしてしまうのです。
劇中で「本屋になりたい」とこぼす蔦屋重三郎に、自身の“経験”を語ってくれたのが須原屋市兵衛でした。
彼は【暖簾分け】で店を開いたと語ります。
暖簾分けとは、主人が奉公人に同業での出店を許すことを言い、許可を得れば主人と似た号や意匠を用いることもでき、客の側でもそれと判別できる仕組みになっています。
いわばブランドですね。
現代でもそうした営業形態はあり、飲食店の紹介等で「あの名店で修行を積んだ店長」と紹介されることがあります。
江戸時代はこの形式が盛んでした。

ならまちの織物店/wikipediaより引用
須原屋市兵衛は、江戸時代前半に【書物問屋】を構えた初代・須原屋茂兵衛のもとで奉公し、暖簾分けされました。
この須原屋こそ、江戸の書物問屋の祖ともいえる店であり、上方に負けぬ出版業を盛り上げて欲しいという願いを込めて、市兵衛に暖簾分けしたのでしょう。
暖簾分けは才知と人格が認められてこそ、許されるもの。市兵衛の優れた人柄も腑に落ちます。
こうした暖簾分けまでは一定の年数が必要であり、現在ならば小学生くらいから奉公してきて拓ける道ともいえます。
蔦重が鱗形屋に入ったのは成人後です。
それでも何年か孫兵衛の右腕として働き、信頼を得ていたら、道も拓けたかもしれません。
鱗形屋の災難は、蔦重にとっても大きな蹉跌であったともいえます。
こうした仕組みを見ると、鱗形屋孫兵衛がのちに蔦重に言った激しい言葉の意味もみえてきます。
一度鱗形屋の元に入った以上、蔦重が同業の店を開くのであれば、暖簾分けをしてもらうことが筋を通すことと言える。
しかし蔦重はそうしなかった。
それどころか鱗形屋の売れ筋である『吉原細見』を出したのです。
同業の【地本問屋】である西村屋が『吉原細見』を出したところで、鱗形屋としては奉行所に捕縛されていたからには、致し方ないとはいえる。

初代西村屋与八/wikipediaより引用
鱗形屋が奉行所に連れ去られたあと、西村屋は金を積んで『吉原細見』の板木を買おうと持ちかけていました。
あれは作る手間を省きたいだけでなく、揉めず後腐れなく事業を引き継ぐという意味合いもあったのでしょう。
しかし蔦重がいきなり出したとなれば、「うちから商いを盗んだ」と見なされても仕方ありません。
劇中では【地本問屋】が、
「倍売れる『吉原細見』を作ることができれば認める」
という条件を提示しておりました。
しかし、鱗形屋からすれば、どのみち自分が不在の際に勝手に決められた話で、知ったことではないのです。
蔦屋は吉原という後ろ盾がある
なぜ地本問屋の連中は、蔦重の市中進出を嫌悪するのか。
「吉原者」への差別感情を吐き出した鶴屋喜右衛門に対し、大文字屋が駿河屋が怒りをあらわにするシーンがありました。
しかし、そんな露骨でわかりやすい理由だけではありません。
もっとモヤモヤとした複雑な事情がある。
吉原がバックに居る蔦重は、あまりにも恵まれている――そう思いませんか?
蔦重が渾身の気合いで売り出した『青楼美人合姿鏡』は、出来は良くても売上は伸びませんでした。
そこで蔦重は、売れ残った本を吉原の親父殿たちに買い取ってもらうこととします。
本の制作費用を親父殿たちに無心していたため、収支は赤字。蔦重は借金を抱えることになりました。
「身内だろうがしっかり金を返させる」
蔦重はそうぼやきましたが、その話を聞いた須原屋は「恵まれているな」としみじみ語ります。

画像はイメージです(地本問屋の様子/国立国会図書館蔵)
須原屋が語るその背景には【座頭金】に取り立てられる鱗形屋の苦境がありました。
一方で蔦重はどうか?
実は大博打をしているようで、実情はそうではない。
素晴らしい大技を決めているようで、命綱をつけたパフォーマンスをこなしている状況と言えます。
遊女を紹介する本として『一目千本』を作る過程が劇中では描かれました。同じジャンルの『急戯花の名寄』もこのあと出しています。
こうしたガイドにせよ『青楼美人合姿鏡』にせよ、吉原本となれば売れなくても配布するという手段が取れます。それで吉原の評判が上がれば、そこまで厳しい評価は受けません。
失敗しても許されるんですね。
しかも赤字になっても、身内から金を借りられる。
この二点が、実は大変恵まれていると言えます。
視聴者がそのことに気づくのが遅れても仕方ありません。蔦重本人ですら、須原屋本人から指摘されるまで気づかなかったのです。
とはいえ、そんなことは地本問屋からすれば知ったことではない。
そんなに恵まれた環境で競合を出してくる蔦重のことが腹立たしくてもおかしくはありません。
ましてや鱗形屋からすれば、売れ筋を盗まれたようなものであり、憎くて仕方ないでしょう。
二男である万次郎は蔦重のことを「疫病神!」と罵倒しました。幼いがゆえに素直な物言いは同時に地本問屋たちの本音でもあるのでしょう。
日本橋に移転すると、後ろ盾も失う
鱗形屋が江戸から姿を消すと、かわって蔦谷重三郎が「耕書堂」の主人として日本橋通油町に店を構えます。
地本問屋からすれば、憎らしいことこの上ない展開。
西村屋与八が苦虫を噛み潰したような顔をする様が目に浮かぶようです。

地本問屋の様子/国立国会図書館蔵
一方で鶴屋は「さあ、それはどうでしょう」とニンマリと笑みを浮かべそうな気がしてなりません。
蔦重は吉原を去った――それが何を意味するのか?
劇中の描写からすれば、瀬川との夢の続きのために、敢えて吉原から出るようにも思えてきます。
そんなロマンだけでなく、駿河屋市右衛門が反発することも想像でき、ひいては親父殿たちの援助も頼れなくなる未来も……。
吉原のバックを失う、あまりにも重い巣立ちとなってしまう。
それでも蔦重は持ち前のセンスと、人当たりのよさ、人脈で江戸の出版業を率いていくのでしょう。そしてそれがドラマ中盤の見どころとなることも浮かんできます。
喜多川歌麿の【美人画】が江戸を席巻し、会いに行ける茶屋娘アイドルブームを引き起こす。
そう思うとワクワクしますが、史実ではそれも長くは続きません。

喜多川歌麿/wikipediaより引用
蔦重の大博打
田沼意次が失脚し【田沼時代】が終わると、松平定信が娯楽の引き締めを行う【寛政の改革】の時代が到来します。

田沼意次と松平定信(右)/wikipediaより引用
蔦重は田沼意知の暗殺事件を扱った【黄表紙】はじめ、政治批判も手掛けていました。
ゆえに目をつけられていたのでしょう。
かつてならばベストセラーの定番である、勝手知ったる蔦重が売り出した吉原本も、罰則の対象となりました。
蔦重は処罰を受けながら次なるベストセラーを売り出さねばならない試練に直面。
こうした状況が、ドラマ後半の見どころとなるでしょう。
蔦重は手堅く【書物問屋】の株も手に入れており、変動が激しく処罰の対象となりやすい【地本】以外も扱うことができました。
持ち前のセンスで曲亭馬琴や十返舎一九も見出しております。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)/国立国会図書館蔵
その眼力で東洲斎写楽も見出すということが、放映前から宣伝されてきました。
東洲斎写楽の展覧会やイベントも開催され、大河ドラマ関連のビジュアルにもしばしば登場しますが、これは制作側の罠かもしれません。
蔦屋重三郎は実のところ手堅く、失敗しかねないような大博打には挑まない商売人といえます。
しかし、彼の早い晩年において大博打に手を出します。それが東洲斎写楽でした。
果たして東洲斎写楽は売れたのか?
歌川豊国を売り出してきた西村屋与八との対決はどうなるのか?
最終盤の見どころとなることでしょう。このときの蔦重には、かつてのように吉原という後ろ盾がなかったことは注意すべきなのでしょう。
彼がかつて流派の名声に依らず売り出した喜多川歌麿にせよ、当時流行していた【狂歌本】の挿絵から着実にキャリアを積ませてゆきました。

東洲斎写楽『瀬川菊之丞』/wikipediaより引用
堅実さという持ち味を捨てた蔦重は、目が曇っていたのかもしれません。
そんな苦い結末の伏線は序盤から撒かれています。
絡まる蔦のような人間関係や人の思いに注目しながら、ドラマを見ていきたいものです。
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【参考文献】
鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(→amazon)
安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』(→amazon)
松木寛『蔦屋重三郎』(→amazon)
菅原真弓『明治浮世絵師列伝』(→amazon)
他





