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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第27回願わくば花の下にて春死なん】
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田沼と佐野親子
幕閣が米対策を話し合っています。
なんでも大坂では悪徳米問屋を奉行所がまとめて投獄したのだとか。
「勝手次第」を悪用し、悪質な買い上げを行なっていたそうで、召し上げた米はなんと20万石!江戸でもそうしたらどうかと提案されています。
そこで意知が策を言い出します。
大坂で奉行所が召し上げた米を公儀が安く買い上げ、その値で市中に払い下げてはどうか――政と商を結びつけております。
武家が商売をすることへの反論はあろうものの、これは商いではなく政だと考えられないかと訴えます。飢えに苦しむ民を救う政なのだと。
「天下のご政道のために、どうか!」
さて、この策は通るのか?
意知は、自身の提案した策はどうかと意次に話しかけています。
あのくらいはワシも思いついていた、とは言いつつ、我が子の聡明さを誇りたい、そんな思いがあふれた口調です。父と子はこうして廊下を歩いてゆきます。
二人の後ろ姿を見送る他の幕臣たち。ここでも意知の吉原通いが噂になっているようです。米の値上げをして私服を肥やしていると、ヒソヒソと噂しています。
「実直そうな顔をして恐ろしいのう」
そう語る言葉を、佐野政言はじっと聞いています。穏やかなはずの彼の顔に、ふと憎しみがよぎる……。
佐野の家で、佐野政豊がこうつぶやいています。
「佐野の桜はなぜ咲かぬのじゃ?」
政言は、寿命のようだと返しながら、中へ入るよう促すと、政豊は我が子を突き飛ばし、怒鳴りました。
「愚か者め! これはかつて綱吉公より賜った桜の樹! それを枯らしてしまうとは!」
私が枯らしたわけではないと政言は弁明するも、父には届きません。杖を振りかぶり、打ち据えてきます。
「愚か者め! 出来損ないめ! お前のせいで!」
華やかな田沼親子と比べたら、あまりに哀れな環境にいる政言。やるせない気持ちでいると、あの謎の男がやってきて、政豊も動きを止められています。
政言は、謎の男に向かって弱音を吐いてしまいます。
9人の娘のあと、やっと生まれた待望の男子が政言でした。父がそれを喜び、こう言いました。
「そなたが来てくれれば我が家は安泰じゃ。そなたの働きで、佐野の桜はますます咲き誇ろう」
そこまでしてやっと息子を得たというのに、いつまでたってもうだつが上がらない。そのうえ家宝の桜が咲かぬ。そうなれば当たりたくなるだろうと、父に理解を示しております。
男はここである噂を教えようとします。
迷いながらも、我慢できず、伝えておきたい……それは田沼が佐野の系図を預かり、なきものにしたというものです。
嘘でありつつ、一部は真実が混ざっている。確かに意次が捨ててしまいました。
そして男は、田沼の桜のことを言い出します。
田沼から寄進されてみるみるうちに育ち、見事な花を咲かせて愛でられているのだとか。
あれも、元は佐野の桜ではないかと男は煽ってくるのです。
咲き誇る桜と枯れた桜
田沼屋敷にて、意次は大阪で買い占めた米6万石を公儀で買うことにしたと意知に語っています。
意知が礼をいうと、意次はこれで首が皮一枚でつながったと満足そう。
「昔、白眉毛に言われてな。金などいざというときは役にたたん。腹を満たしてもくれぬし、身を守ってもくれぬ。まことに頼りになるのは米と刀だと。今となっては身に沁みるわ」
意知は父の言葉を聞き、今のうちに米の蓄えを見直すべきかもしれぬと言い出しました。
意次も同意し、印旛沼の干拓のこともを言い出します。
さらには蝦夷地の米作りも俎上にのぼります。
はじめは金山銀山の発見を目玉にしていたはずが、米栽培に目的が変わったことがみてとれます。
三浦は、親子が息をするように政の話をしていることに感心するばかり。彼の目からみても、意知の優れた資質がつかめるということでしょう。
意知は政より面白い話はないと言い切ります。そう笑いあう父と子でした。
佐野政言は、庭の桜を前に一人うなだれています。
その隣に父が腰を下ろし、杖を振りながらこう叫び出しました。
「咲け〜! 咲け〜! 咲け〜!」
「何故、何故こうも違うのか……」
そんな父を見て、政言は苦しそうにそう絞り出し、思わず涙してしまいます。
そんな我が子に気づいたのか、父は歩み寄り、こう言います。
「よう来た。よう来てくれたのう、源之助。そなたが来てくれれば我が家は安泰じゃ。そなたの働きで佐野の桜はますます咲き誇ろう! 見よ、これが当家の桜」
そう言われた政言は膝をつき、涙を落とすしかありません。
父はまた桜の前で杖を振り回します。
「父上! 私が……咲かせてご覧に入れましょう」
そう泣き笑う政言。我が子の顔をみて、父はニコニコと笑い、二人で枯れた桜を見上げるのでした。
その晩、政言は刀の手入れをしています。
実に美しい場面です。
血は一滴も流れていない。それなのに刃と、手にしたものの狂気が底光りするようで、これから起こる惨劇を予感させます。
画面に血や惨劇を描かずとも、その直前で止めて緊迫感を見せる技法は浮世絵にもある――そんな静謐さを思わせる画面です。

月岡芳年『藤原保昌月下弄笛図』/wikipediaより引用
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