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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第30回人まね歌麿】
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歌麿はどうしても描けない
歌麿が、ふらふらと江戸の街を彷徨っています。
そして、こっそり書き損じを捨てようとすると、背後で物音が……。
荒寺へ足を踏み入れたところ、闇の中に女の白い肌が浮かび上がっています。
「おい、大事ねえか?」
女の背に呼びかけると、そこにいたのは顔を腫れ上がらせた“おっかさん”でした。
「あんたは殺したって死なない、鬼の子だからね!」
あのおぞましい声が再び歌麿を支配します。
書き損じを投げ出し、立ち去ろうとする歌麿。
気がつけば、馬乗りになって激しく殴りつけています。
通りかかった蔦重が、殺しちまう!と慌てて止めます。
「おいっ、何やってんだよ! 歌麿、お前、やめろ! 死んじまうから!」
歌麿に襲いかかられた男は怯え、いきなり殴られたと言います。
「女殴っただろ!」
歌麿がそう叫んでいますが……一人の女が彼の顔を覗き、やさしく微笑みます。
荒寺にいたのは彼女です。野に咲く菫のように可憐な女性。歌麿がすがるように見つめると、彼女も去ってゆく。
蔦重は如才なく男に薬代を渡し、その場をおさめようとします。そして歌麿に声をかけると、絞り出すように言います。
「描けねんだよ……」
歌麿の背をやさしく叩く蔦重。
しかし、彼では救えぬという諦念も、その瞳の奥にあるように見える。
ていとつよが蔦重と歌麿の帰りが遅いと気にしていると、一人の来客が耕書堂にやってきました。
「人まね歌麿……」
鳥山石燕です。
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『べらぼう』片岡鶴太郎演じる鳥山石燕~史実でも歌麿と蔦重を繋ぐ重要人物だった
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三つ目に見えるものを写してこそ絵師
歌麿は蔦重に、語り出しました。
「描こうとするとおっかさんやヤスが出てくるんだよ。人殺しならではの絵なんて誰が見てえんだって……」
「俺は見てえけどな」
「……すまねえ蔦重。こんなべらぼうで。いらねえよな、人まね歌麿で終わる俺なんて……」
「んなことたねえって何遍も言ってんだろ。何で信じてくれない」
「目いっぱい役に立ちてえとは思ってはいんだよ」
そう語り合う二人は、関係性の限界に突き当たったように見えます。
歌麿の技量は申し分ない。
問題は、その心です。
純粋な気持ちで描かなければ、もうどうにもならない。歌麿は蔦重のことが大好きで、好きで、好きで、たまらない。
だからこそ彼に笑って欲しくて、期待に応じたいのに、それができない。その苦しみが伝わってきます。
蔦重もその心を癒すことはできません。
二人が耕書堂に戻ってくると、そこにいたのは鳥山石燕でした。
「三つ目〜! やはり歌麿は三つ目であったか〜!」
鳥山石燕――人なのか、あやかしなのか。仙人のような風情で、彼は歌麿がなぜ来なかったのか、いつ来るかと思っていたと語りかけます。
「けど、よう生きとったなぁ……よう生きとった!」
歌麿の目が赤く縁取りしたようになり、涙が滲んできます。
「覚えてくれてたんですか? ちょいと遊んだだけのガキのこと……」
「忘れるか! あんなに楽しかったのに!」
「楽しい?」
「おお、楽しかったぞ! お前は楽しくなかったのか? うん?」
歌麿の顔に驚きから、微笑みがかすかに浮かんできます。
蔦重が座り、手をつき、歌麿の書き損じを見せようとします。歌麿が止めようとするも、彼は石燕に見せます。
それはまるで楽しくない、塗りつぶされたもの。
潰された絵を見てどう思うか?問われる石燕。
ていも、つよも、遠くから伺っています。
「……妖(あやかし)が塗り込められておる。そやつらはここから出してくれ、出してくれとうめいておる。閉じ込められ、怒り、悲しんでおる。三つ目、なぜかように迷う? 三つ目の者にしか、見えぬものがあろうに。絵師は、それを写すだけでいい。写してやらねばならぬとも言えるがな。見えるやつが描かなきゃ、それは誰にも見えぬまま、消えてしまうじゃろ? その目にしか見えぬものを現してやるのは、絵師に生まれついた者のつとめじゃ!」
そう言われ、歌麿の目には決意が燃え上がります。
「弟子にしてくだせえ。俺、俺の絵を描きてえんです。おそばに置いてくだせえ!」
そう言う歌麿を見て、蔦重も静かに頭を下げます。
妖(あやかし)のことは妖がよくわかるのかもしれません。蔦重は己の限界に気づいたのでしょう。
歌麿が持つもの
かくして歌麿は、晴れやかな顔で石燕のもとへ向かってゆきます。
それを送り出し、つよに行っちまったと言われると、蔦重はこう言います。
「まぁ、うめえ話じゃねえか。あいつが一皮剥けてくれりゃァ、こっちは骨を折らずとも“濡れ手に粟”ってもんよ」
ここでていが“濡れ手で粟”と訂正します。
それを認めつつ、蔦重が答えます。
「いろいろ間違ってました。俺ゃあいつのこと誰よりも分かってる。花咲かせんのは俺だって思ってましたよ。素人だったってことですね」
しみじみという息子に、母のつよはこうだ。
「あんたには絵を売るっていう仕事が残ってんじゃないか!」
「慰めてんじゃねえよ、ババア!」
ちなみにこの「ババア」は台本以上にアドリブで追加されているそうですぜ。
歌麿は、石燕に三つ目には妖が見えているのかと尋ねています。歌麿は、自分にもそんな目があるのかとおずおずと聞くのですが……。
「まぁ多分、持ってんじゃねえかな」
「多分て……」
「そのへんのものなんか描いてみろよ。持ってりゃそのうち、何か見えてくるさ」
「ほんとですか?」
「多分」
「いいかげんだなぁ」
「それくらいでちょうどいいのさ」
そんな飄々としてやりとりを経て、歌麿は微笑み、立ち上がると花に目を留めます。
そして愛おしそうに牡丹を描き始めるのでした。
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