松平定信が黄表紙をじっと真剣な眼差しで読んでいます。
「仇……京伝先生は何かうがっておるのか? 仇気屋……仇討ち」
何か不穏なことを考えているのか?と思ったら、めんどくさいオタクらしい考察をしているようで。
彼はあの田安賢丸が成長した姿。
白河松平越中守定信ですので、田沼意次のせいで西の丸に入り、世継ぎとなれなかった恨みが募っています。それを晴らしてこそ仇討ちだという気持ちも当然あり……。
「仇……」
目には、蒼い炎のような何かが宿っている。

松平定信/wikipediaより引用
そこへ家臣が入ってこようとすると、コソコソと黄表紙を片付ける定信。
専門の箱があるぐらい入れ込んでいるようで、さしずめ黄表紙コレクターズボックスじゃねえか。
さて、この場面もなかなか重要でしょう。
江戸時代の身分制度はどれだけ人を分断していたのか。
これは江戸文化の特色ですが、当初は歌舞伎も浮世絵も出版業も、将軍と大名は距離を置いていたとされます。
それが徐々に垣根が崩れてゆき、貴重なこうした文物が現代のお殿様コレクションから大量に見つかるということもあるのです。
十代将軍・徳川家治のあと、徳川家斉の代ともなれば、鷹狩りの余興に狩野派の絵師のみならず、浮世絵師である葛飾北斎も呼ばれている。
江戸中期からの文化と権力の関係は、実に興味深いのです。
松平定信、政治参画の機を見出す
松平定信への用件とは、一橋治済からの書状でした。
ご公儀の政に関与せぬかという誘いであり、不敵な笑みが越中守の顔に浮かびます。
「来たか……ついに……」
鰹節を見つけた猫のような顔になっているのは、江戸時代の政治を踏まえると当然かもしれません。
幕閣に政治参画する機会は非常に限定的。
ゆえに、その垣根を乗り越えたいと、人は野心を激らせます。
思い起こせば一橋治済は、役目が子作りだけとも揶揄されかねない御三卿の一人です。
どんな手を使ってでもそこに嘴を突っ込みたいと思うとしたら、それがどれほど危険か。

徳川治済(一橋治済)/wikipediaより引用
劇中で「田沼意知の志を受け継ぐ!」と治済に向かって意次が啖呵を切ったとき、その危険性をどこまで意識していたでしょう。
これは幕末にも同じことが起きまして、政治に物申す好機をとらえたい大名と、それを阻止したい幕閣という構図が出てきます。再来年大河のときまで頭の隅に入れていただければ。
そして一橋治済の前に現れた松平定信――謙虚なようで、飢饉を乗り越えた手腕への自信を見せています。治済もそれを褒め称える。
地獄のような天明の大飢饉は、寒冷地である東北地方の被害が顕著でした。

天明飢饉之図/wikipediaより引用
稲作はそもそもが温暖な気候に適しているものであり、中国大陸では南が米食、北が粉食と分かれております。
日本でもそうなってもおかしくないにも関わらず、政治や価値観のせいでともかく稲作に執着しました。
ではなぜ、東北地方の白河藩が餓死者を出さなかったのか?
定信の政治手腕がそれだけ優れていたということにほかなりません。
比較対象として近隣には伊達家の仙台藩があります。
仙台藩では米を売り金をあれだけ儲けておきながら、飢饉に対しては打つ手なし。
周辺諸藩で米を買い付けようとした仙台藩士は、呆れられたそうです。
『べらぼう』では名前しか出てこない仙台藩ですが、実は田沼時代を代表する大大名であり、映画『殿、利息でござる』などもその関連作品としておすすめです。
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江戸期の限界が見えて勉強になる|映画『殿、利息でござる』レビュー
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治済の褒め言葉に対して自信を滲ませる定信は「己は凶事に備えただけだ」と返します。
江戸では流民の始末もできていない――そう治済が皮肉をこぼすと、定信も「お粗末だ」と続ける。
治済は呆れたように、田沼を批判します。
蝦夷だの干拓だの、己の手柄となる派手なことばかりをやりたがる。長期的な政治姿勢を理解できない者のぼやきと見せつつ、腹に一物あるわけですな。
定信はこの嘆きをピシャリとまとめます。
「中身のない者こそ、派手に着飾るものにございましょう」
一橋治済、松平定信を傀儡とす
「西の丸の様の代には仁政を取り戻したいのじゃ。これぞ徳川の御政道と言われるような。その血筋、才気、なしえるのは、そなたしかおら〜ん」
芝居がかった口調で定信をおだてる治済。
要するに、定信が敬愛してやまない吉宗路線に戻せということですね。
定信はそれに即答はせず、母の具合が思わしくないと返しました。
母の宝蓮院は、男子なき田安家当主を務めており、いざ彼女が亡くなれば田安家は取り潰されると気を揉んでいるのです。
つまり定信は田安を存続させるという言質を引き出したい。
快諾する治済。
「では政の席に加わり、忠良の士と組み、田沼を追い落として見せましょう!」
そう顔を上げつつ言い切る定信でした。
この場面には、実は日本人の価値観の変化が見てとれます。
定信が母の具合をあげ、躊躇する点です。
親孝行が根付きました。
『三国志演義』でもしばしば「老母がおりますゆえ」と仕官を断る英雄が出てきます。
親孝行を第一とするのが儒教思想。
日本はずっと儒教を信奉してきたかというと、実はそうでもありません。乱世も挟むし、民衆に深く浸透していくのはやっと江戸時代になってからでしょう。
大河ドラマを見ても『独眼竜政宗』の主人公である伊達政宗は父の伊達輝宗を射殺しています。

伊達輝宗(左)と伊達政宗/wikipediaより引用
ドラマをはじめとしたフィクション、遡れば仙台藩の歴史ではなんとか誤魔化そうとした形跡はあります。
しかし政宗の養育係である虎哉宗乙が大激怒したということは、決してやってはならない究極の親不孝でした。
『鎌倉殿の13人』では、北条時政が政子と義時によって追い払われています。
殺してもいないし、時政も充分に悪い。
ドラマにせよ史実にせよ同様の処置でしたが、もし彼らの社会に儒教が根付いていたら、親の追放などそう簡単にはできない重大なことだったでしょう。
親孝行を持ち出されただけで、上から下まで「なるほどそうか!」となるには、日本の場合それだけ時間がかかったということであり、『べらぼう』は浸透後の世となりますね。
田沼意次は、高岳より青磁香炉を贈られております。
田安の取り潰しと引き換えに、白河松平家の家格を上げて欲しいのだとか。
意次が訝しがると、高岳は田安は諦めるゆえ、白河の家格を上げたいと高岳は繰り返します。
意次はその真意を探ることはなく、田安の石高10万石を節約できる方に注目してしまいます。
値打ちある取引だと納得し、その上で大奥の意向を確かめます。
大奥としては、あまり遺恨を重ね過ぎるのも得策ではないと判断したとのこと。
二人は納得しておりますが、若い定信と比べると、少し警戒心が薄れているように思えます。
若さではなく性格の違いなのか。定信はいかにも猜疑心旺盛に見えます。
それと比べると、意次すら毒が抜けているように見えるのですな。まぁ、いずれにせよ最強の毒は治済ですが……。
黄表紙は勢いを取り戻し、三浦庄司も魅了されていた
意次が家に戻ると、三浦庄司がぼやきます。
「あの“癇癪小僧”が城中に戻ってくるのか……」
意次は書状をしまいながら、政治手腕を認めながら「禍根を取り除くにはよい」と返しきます。
そして三浦の懐から黄表紙を取り出すと、つぶやく。
「売れておるのかのう、ありがた山の仇討ちは」
「大いに売れています」
三浦がそう太鼓判を押しながら、それ以外の黄表紙ベストセラーもあげてみせます。
芝全交『大悲千禄本(だいひのせんろくぼん)』や、唐来三和『莫切自根金生木』などなど、三浦は遅咲きながら黄表紙ファンになったそうです。
『莫切自根金生木』のタイトルは上から読んでも下から読んでも「きるなのねからかねのなるき」になるんだとよ。
新たな黄表紙ファンも獲得し、蔦屋耕書堂は絶好調。
開店以来の大にぎわいを見せていました。
しかしそこで満足せず、次の手を目指すのが蔦重です。
それは「狂歌絵本」でさ。狂歌師から金を集めて作り、絵を入れたものです。これを蔦重は手広くやりたいと。
この仕組みを西の京都で育まれた和歌集と比べると興味深いですね。
あちらは選者がいて、ある程度の水準を求められます。
それこそ「勅選」ともなれば天皇の命を受けて作るわけです。
それが江戸の狂歌はエントリー料を払えばどうにでもなるってのは、ビジネス重視のスタンスですなぁ……。
北尾重政に語る蔦重。
売れっ子狂歌師、そんな作者が集うサークルである「連」にまで声をかける。エントリーは入銀金一分となりゃ、金がザクザク入ってくる。そんな狂歌好き相手のことを思いついてやす。
重政も、次から次へよく考えるモンだと感心しながら、こんなことを聞いてきました。
「んじゃ、もっと歌を売り出すってなぁ、ねえの?」
歌麿を売り出す――なぜこのタイミングで?
歌麿を売り出す時が来たか
北尾重政にそう言われ、思わず蔦重がハッとします。
それまで金儲けのことで頭がいっぱいだったろうに、思考に沈むような翳が顔に浮かびました。
重政曰く、なんでも「人まね歌麿」と噂になっているんだとか。
「人まね歌麿? ほんとにそう呼ばれてんですか?」
顔を輝かせ、重政に尋ねる蔦重。
「こりゃ、時が来たか……」
そう呟いたところへ、その歌麿が来ます。声をかけられても今忙しいとぼやく歌麿。
「お前、狂歌絵本やんねえか?」
そう声をかける蔦重。北尾重政そっくりな絵でやるんだとよ。

蕎麦を食べる江戸の町民・北尾重政作/wikipediaより引用
背後をふら〜っと気楽に歩きつつ、羊羹を食べている重政先生が実によい江戸っ子ぶりだねぇ~。
柝(き)の音がテテンと入り、場面が名物の浮世絵風イラストとなります。
店先に並んだ錦絵。微風にたなびく暖簾。羊羹を食べている重政。そして手前の蔦重と歌麿。
実に風情ある絵です。
仕事の早い蔦重は、重政そっくりな歌麿による狂歌絵本を作り上げたようです。
それをすっかり常連になったらしい三浦に紹介している。
蔦重としては「人まね歌麿」を三浦にも広めて欲しいようです。
すると「狂歌を載せたい」と話し始める三浦。こりゃ相当なファンだわね。
蔦重はズズイと近寄り、入銀金一分と営業トークを始めます。
三浦様なら一首といわず、二首、三首と勧めている。
この有料エントリシステムは、まだ日本にあると思いやすぜ。
なまじ伝統ある書道なんてなァ、習う会ごとに昇段試験なども有料でルールがあったりしますね。名を挙げたけりゃある程度課金しなきゃいけねぇ。
『べらぼう』は随所に今に続く日本の伝統や慣習を散りばめてますぜ。
耕書堂の店先にはズラリと売り物が並べられている。
カチッとした楷書で『光る君へ』のかな書道とは全く異なっていますよね。
浮世絵も「武者絵」があることがわかります。庶民が大っぴらに支配階級である武士をモチーフにしても通るのが江戸時代。
ただし、これにもルールがないわけではないことを頭の隅にでも入れておいていただければ……。
溜詰どころか、ガナリヅメだとぼやく意次
明けて天明6年(1786年)、溜間には松平定信がやってきました。
この溜間に入ること、つまりは「溜詰」となることが江戸時代における政局中枢への参画です。
これまでは、せいぜい確認程度だったのでしょう。
定信はズケズケと直言してきます。
『光る君へ』の「陣定(じんのさだめ)」と比較すると、日本史における政治の進化が見えてきますね。
平安時代よりシビアであり、定信は、藤原実資のような立ち位置です。
実資がだいたい空振りであしらわれていたのに対して、定信の意見はぶつかりあって火花を散らしております。
科挙がない日本でも、江戸時代ともなれば官僚による談義で政治が回っていたことを示す重大場面ですね。
大河ドラマでは戦国幕末が人気ですが、政治の仕組みを見たいとなれば、実は太平の世である『光る君へ』や『べらぼう』のほうが生々しいんですね。
定信は意次の提案した拝借金に、正面切って反論するわけではありません。
回り道とばかりに財政逼迫の折、新規船舶まで作って蝦夷調査とは何事か?と言い募ります。
定信は財政のことを問題視しているようで、意次の狙いはそこだけか?という気もしてきます。
江戸時代に大型船舶建造ができるのは幕府だけ。
実はこの言葉には、幕府が本気で蝦夷をとらえていることがみてとれる。そりゃ松前藩は冷や汗かくわけですよ。
自宅に戻った意次は、癇癪小僧のせいで一刻(二時間)も絞られたと三浦にぼやいております。溜詰どころか「ガナリヅメ」だと、江戸っ子らしい地口(駄洒落)で嘆いている。

田沼意次/wikipediaより引用
すると松本秀持が「よい知らせ」として、蝦夷でも米が取れると言い出しました。
なんと583万2千石だとか。
当初は金山銀山の採掘を目指していたのが、ここへきて米作りへ転換されてゆく秀逸な場面ですね。
実は田沼意次の蝦夷地政策も、そういう転換がはかられていました。
さて、本当に蝦夷地で米は作れるのか?
前述した通り、稲作は温暖な気候が向いております。もっと北の樺太(現サハリン州)では稲作ができません。
現在でこそ品種改良によって北海道の稲作が可能となっておりますが、当時はどうだったか。
できない――そう断言できるかどうか。
アイヌは耕作しなかったとか、松前藩が禁じていたとか、そういったことも近年の研究では覆されてきています。アイヌの作った田畑のあとは確かにあるのです。
要するに、松前藩の規模や政策では、稲作を展開できなかったのではないか?というのが現状での答えとなりましょう。

松前城と大手門/函館市中央図書館蔵
再び2027年の予習を。
蝦夷地改め北海道の本格的な近代化は、明治以降のように思えます。
しかしそれより前に幕臣やら、その命を受けた開拓者が、函館あたりでテキパキと整備を進めて成果をあげていました。『逆賊の幕臣』では栗本鋤雲の活躍に期待したいところです。
そんな歴史をふまえまして、この蝦夷地稲作計画はなかなか魅力的に思えます。
当初の目的通り金銀採掘と交易促進も、もちろん魅力的ですが、意次が大興奮するのも無理のない話でして、583万石もの石高ともなればご公儀に匹敵するわけです。
秀持は定信に蝦夷地のことを言われたら、これを返せば良いと自信たっぷりに言い切ります。
意次は「拝借金もどうにかしたい」とぼやいています。
と、今度は三浦が狂歌絵本を片手に「入銀システムを参考にしたらどうか?」と政策を提案します。
少しづつお金を出させて、それで本を出し、利益を得る。出資者に利益をつけて返せばよい。そんな融資の発想を持ち出すんですね。
意次は、全国から年貢のように集め、公儀から貸し付けるシステムを思い付きました。
「まさにそれだ!」
三浦が喜ぶと、秀持も微笑みながら同意します。
しかし問題もあります。実際に提案するとなると「黒ごまむすびの会」が黙っておらぬ。秀持がそうぼやきます。
「黒ごまむすび」の会とは?
なぜ「黒ごまむすびの会」なのか?
というと、定信が昼ごはんとして質素な黒ごまむすび弁当を持ち込んだことを契機とし、反田沼派大名、旗本が同じものを持ち込んで集まっているとのことです。
思えばドラマの初回で田沼家には、百川(ももかわ)の豪華な弁当が届けられてましたね。
そんな田沼に対し、定信一派は質素な弁当を食べ、田沼政治の突き上げに余念がありません。
松平信明は、定信が大奥に足掛かりがあるのかどうか、聞いてきます。
大奥への政治工作をしなければならないのは江戸時代の特色ですな。
大奥はいちいち贅沢だ、無駄が多いと言われがちなところ。
定信路線では大奥の支持を得られない可能性が当然あります。定信の取り巻きとしては気になるところでしょう。
そこで定信は考えを巡らせます。
ターゲットにしたのは知保の方でした。
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知保の方は史実でも田沼意次を憎んでいた?正気を失った彼女は何をする?
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大奥について教えていただきたいと頭を下げる定信。
しかし最愛の息子・徳川家基を失った知保には、もう何の力もないと暗い顔をして沈み込んでいます。

徳川家基/wikipediaより引用
唯一気にかけてくれる人物として映し出されるのは大崎。
その大崎も、実は治済の手の者であり、なんという蜘蛛の巣か……とあらためてゾッとされられますね。
聡明な定信ですら、その身に蜘蛛の糸が絡みつくことに気づいていない。彼の目には田沼意次だけが元凶として映っているのでしょう。
田沼への仇討ちを定信が口にしたとたん、知保の蒼白い顔にふと、何かが見えます。
定信を使えば仇討ちができる――今度は彼女の目にもそんな火が灯されたように見えてくるのでした。
世間様を喜ばせることが絵師の務めだ
耕書堂では蔦屋重三郎が、歌麿売り出し計画を進めています。
「人まね歌麿」という名が売れたということはチャンス――蔦重はそんな風を感じているようで、ついに歌麿の絵を売り出す時が来たと、プロデューサーとして言い出します。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用
歌麿は野心がなく、「ならではの絵」なんて別に描きたくないと返します。
絵を描く。飯を食う。それで十分なんだとよ。
それでは小さい、お前ならいける! 俺がいかせてみる! 蔦重の野望は止まりません。
歌麿は戸惑う幼児のような顔をしていますが、蔦重はさらに話を続け「重政先生も歌麿は画風が読めない、見たいと言っている」と発破をかけます。
「絵で、世間様喜ばすのが、絵師のつとめなんじゃねえのか?」
蔦重はそう言い切るのですが……この言葉がこの先、歌麿を縛ってしまうのかもしれない。
「わかったよ」
そう歌麿が答えると、前途を祝して蔦重は盃に酒を満たすのでした。
では何を描けばよいのか。歌麿がそう問いかけると、蔦重は何でもいいと返す。名所絵。美人絵。芝居絵。何でも錦絵にするってよ。
「じゃあまずは、耕書堂主人図とか」
そうどこか甘えるように語りかける歌麿。心底好きなのが、目の前にいる蔦重なのでしょう。
蔦重は、ふと何か思いついたようですが、それは何かと歌麿に問われると話を逸らします。一体なんなんだよ。歌麿がさらに「遠慮されるのがいっちやなんだけど!」というと、蔦重は覚悟を決めてこう言います。
「んじゃ、枕絵ってなぁ、ねえか? 名のある絵師ってなぁ、面白え枕絵を残してる。表じゃ流さない分、自由にやれるし、枕絵から名を成した絵師も多い。ああ……忘れろ」
そう言われて戸惑う歌麿をみて、蔦重は悔やんだように言います。
「ああ、忘れろ」
ま、新婚の蔦重と歌麿が同居していることなんか踏まえたら、ひでえ話だと思うぜ。
「……やる。描きたいもんなんて別にねえし、それに何か、やらねえといけねえ気がする」
歌麿は覚悟を決めたようにそう言います。
「おっし! んじゃ目一杯助太刀させてもらいますぜ、歌麿先生!」
蔦重はそう言われて膝を打ち、かくして話は進められてゆきますが、果たしてどうなることやら。
枕絵はまたの名を笑い絵という
蔦重は早速、須原屋から借りてきたという春本コレクションを持ち出してきます。
『光る君へ』でこうした絵は当時の現物が残っていせんでしたが、江戸時代のものはいくらでもありますね。
須原屋はなんでもかんでも集めるのが好きなので、大量に持っているとか。
実のところ偉いお殿様もそうで、殿のコレクションを調べると、場合によってはこうした絵がどっさり出てくる。
歌麿が吹き出しているのは、鈴木春信『風流艶色真似ゑもん』ですね。小人の真似ゑもんが覗き見する趣向ですな。

鈴木春信『風流艶色真似ゑもん』/wikipediaより引用
歌麿は改めて枕絵のバリエーションに感銘を受けていると、蔦重も「笑い絵」というくらいだから噴き出しちまうようなもんもあると解説します。
情を煽るもん。話仕立てのもん。ここでは出てこないけれども、人体解剖の知識を入れたものだとか。蛸と絡むとか。まあ、何でもありですよね。
そして出たばかりの鳥居清長作品を見せています。
「こんな形でもいいんだ」
ますます感心してしまう歌麿に、表に流れねえ分だけ自由だと言い切る蔦重です。
「心のまま。わがままに描けるってことだ」
「心のまま……」
そう蔦重が綺麗に締めましたが、実はこれって現代にも通じますよね。
例えば広告がエロいと認定されると炎上したりします。あれは別に、SNSでフェミニストが指摘するから悪いわけじゃない。表に流れないならどんだけ自由にエロくしてもいい。
それが広告といった表に流れるものでやるから規制されるわけで。要はレイティングであり、それこそ江戸時代から攻防はあったんですね。
「じゃあ、お前はどんな女が好みだ? そいつと、どこでどんなことをしてえ?」
「あのさ、蔦重。こういうもんは打ち合わせて描くようなもんじゃねえだろ」
「そうか?」
「まず一人で考えたいから、出てってよ」
蔦重に問われ、困惑する歌麿。
同じ義兄弟でも、次郎兵衛ならスラスラとお気に入りの状況を語れるのでしょうが、歌麿はそうではありません。
歌麿は蔦重が出ていったあと、男色の枕絵に目を留めます。それから宙を見てこう言います。
「女……好きな、女……」
すると彼の脳裏に浮かんでくる「女」は……あの母親でした。
「私を描いて、名をあげようってのかい? 殺しただけじゃ、飽き足らず?」
そう白い顔をした彼の母が、部屋の一隅に座り、そう語りかけてきます。
ゆっくりと顔を向けてきた相手に、歌麿は怯え、後ずさり。
「おっかさん……消えろ!」
思わず硯を投げつけます。
心と向き合うことで、彼のおぞましいものが出てきてしまったのでした。
見たくもないものが見えてくる
歌麿は部屋に篭り切りで、飯にもろくに箸をつけずに挑んでいるようです。
つよが「歌の部屋で食べようか?」と言うと、蔦重は慌てて止める。
「一世一代の絵に取り組んでんだ、邪魔すんじゃねえよ」
ていは一世一代の絵とはどんなものか。
「一世一代の絵ですよ、言葉にゃできねえような」
よくわからん答えを返す蔦重。曲亭馬琴が書いた通り、彼にはあまり教養がなかったのでしょう。
ていは納得したのか、していないような顔で「それは楽しみですね」と返します。
歌麿は筆を持ち、紙に向き合うものの、眉間には皺が寄っています。その背後にはヤスとおっかさんが取り憑いています。
「ふ〜ん……これが人殺しの絵か」
「へへへへへ、こりゃ俺を殺した時の絵かい?」
「おおさすが、うまいうまい」
歌麿は苦しげにうなり、絵をぐちゃぐちゃと塗りつぶしてしまいます。
ここはメイクも照明も効果が抜群で、浮世絵の幽霊画が動き出したように見えます。素晴らしい映像美ですね。

月岡芳年『月百姿 源氏夕顔巻』(左)と中判錦絵揃物『百物語』「さらやしき」葛飾北斎/wikipediaより引用
蔦重が飯を運んできても、障子越しにまるで物怪がいるようにすら見える。
軋るような声で歌麿が「そこ、置いといてくれ!」と返します。
そんな歌麿を気遣い、話をしないか?と蔦重が提案すると、それを拒み、自身と向き合うしかない。
しかし飯を食べておらず、女中のたかも不安そうにしています。蔦重はそれでも「入れ込んでいるからだ……」と強がりますが……。
「これを知る者は、これを好む者にしかず……と申します」
おていさんがそう言うのは『論語』です。
ただ知っているだけの人は、楽しむ人には敵わない。
そういう意味であり、要するに、歌麿は楽しんでいない、期待に応じるためだけに向き合っていると言いたいわけですね。
「だから、入れ込んでんだって言ってんだろ! 何かを生み出す時ってなァ、苦労すんのは当たり前なんだよ」
日本橋の旦那らしさを吹き飛ばし、そう語気を荒げてしまう蔦重。
彼なりに、自分が苦しめているという意識があるのかもしれませんね。
そして怒鳴ったことを素直に謝ると、ていも「何も知らぬ素人が刺し出口を申しました」と返します。
これがなかなか痛い返しで、実は蔦重も絵のことをそこまで知らないと思うんですよね。
すると歌麿が出てきて、外へ出かけてゆきます。
歌麿はどうしても描けない
歌麿が、ふらふらと江戸の街を彷徨っています。
そして、こっそり書き損じを捨てようとすると、背後で物音が……。
荒寺へ足を踏み入れたところ、闇の中に女の白い肌が浮かび上がっています。
「おい、大事ねえか?」
女の背に呼びかけると、そこにいたのは顔を腫れ上がらせた“おっかさん”でした。
「あんたは殺したって死なない、鬼の子だからね!」
あのおぞましい声が再び歌麿を支配します。
書き損じを投げ出し、立ち去ろうとする歌麿。
気がつけば、“ヤス”に馬乗りになって激しく殴りつけています。
通りかかった蔦重が、殺しちまう!と慌てて止めます。
「おいっ、何やってんだよ! 歌麿、お前、やめろ! 死んじまうから!」
歌麿に襲いかかられた男は怯え、いきなり殴られたと言います。
「女殴っただろ!」
歌麿がそう叫んでいますが……一人の女が彼の顔を覗き、やさしく微笑みます。
荒寺にいたのは彼女です。野に咲く菫のように可憐な女性。歌麿がすがるように見つめると、彼女も去ってゆく。
蔦重は如才なく男に薬代を渡し、その場をおさめようとします。そして歌麿に声をかけると、絞り出すように言います。
「描けねんだよ……」
歌麿の背をやさしく叩く蔦重。
しかし、彼では救えぬという諦念も、その瞳の奥にあるように見える。
ていとつよが蔦重と歌麿の帰りが遅いと気にしていると、一人の来客が耕書堂にやってきました。
「人まね歌麿……」
鳥山石燕です。
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『べらぼう』片岡鶴太郎演じる鳥山石燕~史実でも歌麿と蔦重を繋ぐ重要人物だった
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三つ目に見えるものを写してこそ絵師
歌麿は蔦重に、語り出しました。
「描こうとするとおっかさんやヤスが出てくるんだよ。人殺しならではの絵なんて誰が見てえんだって……」
「俺は見てえけどな」
「……すまねえ蔦重。こんなべらぼうで。いらねえよな、人まね歌麿で終わる俺なんて……」
「んなことたねえって何遍も言ってんだろ。何で信じてくれない」
「目いっぱい役に立ちてえとは思ってはいんだよ」
そう語り合う二人は、関係性の限界に突き当たったように見えます。
歌麿の技量は申し分ない。
問題は、その心です。
純粋な気持ちで描かなければ、もうどうにもならない。歌麿は蔦重のことが大好きで、好きで、好きで、たまらない。
だからこそ彼に笑って欲しくて、期待に応じたいのに、それができない。その苦しみが伝わってきます。
蔦重もその心を癒すことはできません。
二人が耕書堂に戻ってくると、そこにいたのは鳥山石燕でした。
「三つ目〜! やはり歌麿は三つ目であったか〜!」
鳥山石燕――人なのか、あやかしなのか。仙人のような風情で、彼は歌麿がなぜ来なかったのか、いつ来るかと思っていたと語りかけます。
「けど、よう生きとったなぁ……よう生きとった!」
歌麿の目が赤く縁取りしたようになり、涙が滲んできます。
「覚えてくれてたんですか? ちょいと遊んだだけのガキのこと……」
「忘れるか! あんなに楽しかったのに!」
「楽しい?」
「おお、楽しかったぞ! お前は楽しくなかったのか? うん?」
歌麿の顔に驚きから、微笑みがかすかに浮かんできます。
蔦重が座り、手をつき、歌麿の書き損じを見せようとします。歌麿が止めようとするも、彼は石燕に見せます。
それはまるで楽しくない、塗りつぶされたもの。
潰された絵を見てどう思うか?問われる石燕。
ていも、つよも、遠くから伺っています。
「……妖(あやかし)が塗り込められておる。そやつらはここから出してくれ、出してくれとうめいておる。閉じ込められ、怒り、悲しんでおる。三つ目、なぜかように迷う? 三つ目の者にしか、見えぬものがあろうに。絵師は、それを写すだけでいい。写してやらねばならぬとも言えるがな。見えるやつが描かなきゃ、それは誰にも見えぬまま、消えてしまうじゃろ? その目にしか見えぬものを現してやるのは、絵師に生まれついた者のつとめじゃ!」
そう言われ、歌麿の目には決意が燃え上がります。
「弟子にしてくだせえ。俺、俺の絵を描きてえんです。おそばに置いてくだせえ!」
そう言う歌麿を見て、蔦重も静かに頭を下げます。
妖(あやかし)のことは妖がよくわかるのかもしれません。蔦重は己の限界に気づいたのでしょう。
歌麿が持つもの
かくして歌麿は、晴れやかな顔で石燕のもとへ向かってゆきます。
それを送り出し、つよに行っちまったと言われると、蔦重はこう言います。
「まぁ、うめえ話じゃねえか。あいつが一皮剥けてくれりゃァ、こっちは骨を折らずとも“濡れ手に粟”ってもんよ」
ここでていが“濡れ手で粟”と訂正します。
それを認めつつ、蔦重が答えます。
「いろいろ間違ってました。俺ゃあいつのこと誰よりも分かってる。花咲かせんのは俺だって思ってましたよ。素人だったってことですね」
しみじみという息子に、母のつよはこうだ。
「あんたには絵を売るっていう仕事が残ってんじゃないか!」
「慰めてんじゃねえよ、ババア!」
ちなみにこの「ババア」は台本以上にアドリブで追加されているそうですぜ。
歌麿は、石燕に三つ目には妖が見えているのかと尋ねています。歌麿は、自分にもそんな目があるのかとおずおずと聞くのですが……。
「まぁ多分、持ってんじゃねえかな」
「多分て……」
「そのへんのものなんか描いてみろよ。持ってりゃそのうち、何か見えてくるさ」
「ほんとですか?」
「多分」
「いいかげんだなぁ」
「それくらいでちょうどいいのさ」
そんな飄々としてやりとりを経て、歌麿は微笑み、立ち上がると花に目を留めます。
そして愛おしそうに牡丹を描き始めるのでした。
田沼意次こそ「まとうど」である
新之助とふくの間に男児が生まれています。
この年の夏には「貸金会所令」も生まれました。
各地の大名が領民から金を集め、幕府に納める。その金を、利息をつけて大名たちに貸し付ける。それをのちに領民に利息をつけて返す。そんな金融システムですね。
この仕組みは三浦の提案というのはその通りにせよ、寺社の再建のために信徒が金を集めた事例を元にしたとされています。
それを狂歌絵本の入銀に置き換えたのが、このドラマの妙手でしょう。
歴史劇とはかくあるべし。そう言いたくなるほど素晴らしいアレンジですね。
これを知る者は、これを好む者にしかず。大河にせよそうで、歴史が好きで好きでたまらないスタッフほどあたりを引いてくるもんです。今年がそれでさ。
「貸金会所令」について、溜間で何か意見があるかと求められると、定信は不適な笑みを浮かべるにとどまり、黒胡麻むすびの会構成員が噛み付くように反論し出します。
まずはそうして軽く殴っておいて、定信は理詰めで迫ります。
寺社は本山の許可を得ねばできない。宿場や馬方は間口に応じて途方もないことになる――要はシステムが緩すぎて取り立てなど無理だと、構造欠陥を指摘してきます。
意次は指摘を受け止めつつ、説明することになります。
なんでも先手をうち、いくら納めるか事前に決めておくのだとか。
徳川家治が、田沼意次を「まとうどの者」だと評しています。

徳川家治/wikipediaより引用
彼自身ではなく、父の家重が遺言のようにそう言い残し、田沼意次を重用するように命じたのだとか。
全人と書き、誠実で正直という意味です。
実は家治も、当初はこの言葉にしっくりこなかったとか。それが今では納得しているとのこと。
家治は公儀の金貸しなぞ型破りだけれども、これが今の世の中には合っていると理解しています。
そのうえで、そんな議論を呼びそうな政策を出してくる田沼意次は、自分の保身や名声以上に行く末を考えた誠意ある正直者であると腑に落ちたようです。
「世に正直なのだろう」という評価を聞き、意次は感極まったように頭を下げます。
この水魚の交わりの君臣を乱すように、知保の約束があるという知らせが入ります。
なんでも二人は最近将棋を指しているとか。指しながら家基を偲んでいて、そのことを家治は楽しんでいるとのこと。意次はどこか不安げな顔をします。
「家基は、そなたに似ておったな。実に負けん気が強く」
「私より賢丸様によう似ておられましたよ」
家治と知保の二人が将棋盤を挟んで語り合っています。さらに知保は定信について聞いてきます。
家治が驚いていると、知保は家基に似ているのではないかと導いてきます。
家治もそう促され認めます。
雷鳴が不気味に鳴る中、一橋治済が庭で舞っています。
まるで己が天意を知るものだと言わんばかりに、高い着物を台無しにすることもものともせず、運命の傀儡のように旋回を続ける。
雨を眺め、商売あがったりだとぼやく蔦重。
天明6年7月――利根川決壊を招いた豪雨です。
家康以来、暴れる流れに手を焼いていた江戸の街に水が襲いかかる。そんな龍のうねるような雨の中、一橋治済が叫ぶ。
「時が……来た!」

『名所江戸百景』に描かれた葛西用水路(利根川から引かれていた)/wikipediaより引用
MVP:鳥山石燕と喜多川歌麿
このドラマはすげえ!
浮世絵とは何か? 浮世絵師とは何か?
そこまで迫ってきたように思えます。
石燕のもとで筆を握る歌麿は、絵師だけが持つ三つ目で浮世を見て、それを紙に写しとっていて、とても幸せそうに見えます。
残された歌麿の絵は、それは幸せそうに微笑む人々のものがあり、彼は乗り越えで幸福を感じ取って描けるようになったと思える。
今回を踏まえて歌麿の絵を見ると、何かもっと別なグッとくるものが掴めることでしょう。
歌麿の枕絵が海外で衝撃を持って受け止められた理由として、ただの扇情だけではない幸福感や静寂さがあるとされます。
それもこうして迷いつつ、乗り越え、心を映し取ったからではないかと思うと、ますます浮世絵が好きになれまさァ。
ただ、その三つ目に写しとるものが、果たして幸福だけだったのかどうか?
ここでネタバレしつつ書いてしまいますと、歌麿は石燕の元で解毒ができるようで、そうでもない。版元としての蔦重がかけた呪いがつきまといます。
「絵で、世間様喜ばすのが、絵師のつとめなんじゃねえのか?」
今後、歌麿を縛り続けるこの言葉。
浮世絵師というのは市場原理を読み解き続ける現役時代が終わったら、自分の描きたいものを売り上げ関係なく描く、肉筆画ルートに行くのが楽隠居です。
そこへ辿り着く前に売れずにやめてしまったり、あるいは亡くなってしまう人もいる。
歌麿は、あれだけ売れたならば、このルートへ進めたはずなのに、江戸市中に売り出すための浮世絵を一生描き続けたのですから、これが呪縛のように思えてきます。
そして歌麿は、このさき東洲斎写楽を売りに出す蔦重を目の当たりにすることとなります。

東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』/wikipediaより引用
写楽の正体は、能役者である斎藤十郎兵衛でもう決着済みです。『べらぼう』もそこでのサプライズは特にないと思われます。
ただ、別の謎が積み残されることがこの時点でもう、見えてきています。
写楽は消えたわけでもなく、売れないから打ち切りになった作家のようなもの。
浮世絵そのものに業を感じていたわけでもなく、売れなければやめる。そんな版元の商品であったことがわかるキャリアといえます。
取り憑かれたように、絵筆を通さなければ浮世を見られないとばかりに描き続ける――業の深い絵師とは異なるわけです。
このドラマの歌麿は、業の深い絵師です。
浮世絵師を代表して、業を背負い込んだように見えます。
そんな彼を演じる染谷将太さんの黒い瞳は吸い込まれそうなほど、深く、黒々として見える。
横浜流星さんも、その闇の深さに怯んだように見えることがある。
蔦重も、その業を理解していると思ったら、商品として写楽を売り出し、失敗する。
そんな様をみて、繊細で業の深い歌麿の心は、どれだけ傷つき、砕け散ってしまうことでしょうか。
そのことを思うだけでもあっしの胸は今からもう、つらいんでさ。

喜多川歌麿『百物語』/wikipediaより引用
総評
浮世絵鑑賞者のメンタルまで破壊するほど、このドラマはすげえことに毎回つっこんできますね。
よい時代劇は、その時代にあった因習や迷信を否定したり、現代人目線でぶった斬るのではなく、正解が何か曖昧なままでこちらに見せてきます。
今回はまさに、そんな幽明そのものの世界でした。
歌麿が見るおっかさんとヤスの幻は、夢か現か、わからなくなる。
石燕の語る「三つ目」とは何か。そこに科学的な説明は入らないまま、話は進んでゆく。
浮世絵とは実に不思議なもので、絵師はどんな目で浮世を見、何を紙に描こうとしていたのか、わからなくなることがあります。
ただ売れるものを送り出せばよい。そう思っていただけなのか。
浮世に漂う妖気やなにやら吸い取って、描いてしまったのではないか。
そう困惑させられる気持ちまで、ドラマに落とし込んできました。ドラマがここまでできるとは思いませんでした。蔦重主役の大河ドラマを見られて本当に幸せです。
そしてこのドラマは、浮世絵のその先にあるものだと確信できます。
筆でなくなった、静止画でなく、動いている。そういう違いはむろんあるけれど、まるで浮世絵を動かそうとしてたどり着いた境地ではないかと、今回はしみじみと思いましたぜ。
光の調整が素晴らしく、闇の中で浮かぶような白い人の顔や、輝く衣装が実に美しい。
絵師たちが追い求めていた美に近づく試みを、このドラマの作り手もしているのではないかと心が躍ります。
スタッフが重なるドラマ10『大奥』からこれは感じてきていたことです。
このドラマは純粋に美しい。美しいものは魅力的。江戸時代の美が何か、このドラマは表現できておりますな。ドラマだからこそ、絵師の業まで描きこんできましたな。
田沼意次が徳川家治から「まとうど」と絶賛された場面も印象的です。
田沼は己の悪評をものともせず、世の中を前に進めるために、政策を通そうとします。
『べらぼう』も、テーマからして大変なんですよね。
江戸中期を描こうとすれば、吉原に絡んだ文化芸能は避けて通れない。
でもそうなると、性的搾取といった目線は付き纏います。
今年の大河はスタッフキャストへの罵倒もなかなか酷い上に、「見る価値なし」と断言した上で罵倒している声もSNSで見かけます。
でも、そんなことを気にしていたらできないことはある。
それを乗り越える強さを毎回改めて感じてもいます。
紛れもなく今年の大河ドラマは、傑作ですぜ。毎週その思いを新たにしまさあ。
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【参考】
べらぼう/公式サイト






