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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第37回地獄に京伝】
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一橋治済と松平定信の攻防
なんと鈴木越後の羊羹を日々使いにしているのがけしからんそうです。現在の鈴木亭の前身ですね。「羊羹など自作しろ」と言い出しました。
さらに懐から書類を取り出します。
大崎がそっとそれを開くと、倹約リストでした。反物、小間物、参詣、遊山を削れとわざわざ書付にしてきたのです。大崎は倹約が苦手だろうから、私がまとめてきたと言い募ります。
大崎は黙り込むしかありません。
次の場面で、定信は一橋治済の前にいます。
嫌がらせのように能面を並べておく治済。今回も心理作戦ができております。
治済曰く、大奥があまりに質素であるのは御公儀の威光に関わるとのこと。それに参詣や遊山はストレス発散のためでもありますし、優しさが欠けているといえばそうですね。
それでも定信は、大奥の中など表に見せるものではない。贅沢であれば威厳があるということは浅薄極まりない意見だと強硬です。
「大奥の女たちには外に出る楽しみもない。中で楽しむほどのことと情けをかけてやってはくれぬか?」
そう言われ、定信はこう返します。
「では、中の楽しみを減じぬような倹約の手を私の方で考えましょう」
「お手柔らかにな」
治済がそう返しながら、次の議題へ。朝廷からの「尊号一件」でした。
光格天皇は複雑な経緯で即位しており、その父は天皇ではありません。そこで天皇としては、父に太上天皇(上皇)の尊号を贈ろうとしたのです。
治済は、特に金がかかるわけでもないから認めても良いのではないかと言います。
定信は御三家に確認すると返答。すると治済は、紀伊中納言が体調不良であると告げます。
「お風邪と聞いておるが、もうよいお年であるしのぅ」
そう返す治済。穏やかなようで火花散る場面です。
実は天皇と将軍は、同じ悩みがあるといえる。
家斉にせよ、父である治済は将軍ではありません。もしここで天皇の父が上皇として認められるならば、己の父を「大御所」とするはずみもつきます。そうなれば治済は将軍の父としてますます権勢を振るうことができるわけです。
そこで定信は、あくまでまだあなたは御三卿に過ぎぬと突きつけるように、御三家を持ち出し牽制する。
治済はそれに対し、御三家で最も力ある紀州が弱っていると返すのです。
己の物差しだけで測るのは危うい
紀州中納言こと徳川治貞の前に定信がいます。
治貞は過度な倹約を懸念しているようですが、定信は締め付けねばあるべき世にならぬと答える。
すると治貞は、和学者・本居宣長からの政治の意見を出してきました。物事を急に変えることはよくない――理屈っぽい定信は、こうした識者の意見だとすると通りやすいのです。
「そなたが間違っているとは思わぬが、急ぎ過ぎると、人はその変化についてこられぬのではないか?」
そう優しく諭す治貞。動揺をかすかに滲ませつつ、定信はこう返します。
「心得ましてございまする」
「悪をなくせると思わぬ方がよいとも」
「……悪をなくせるものではない?」
「全ての出来事は神の御業の賜(たまもの)。それを善だ悪だ、我々が勝手に名付けておるだけでな。まぁ、己の物差しだけで測るのは危ういということだ」
うつむきながら定信はこう言います。
「世は思うがままに動かぬもの。そう諫言した者を、私は腹を切らせてしまいました。その者の死に報いるためにも、私は……我が信ずるところを成しえねばなりませぬ!」
嗚呼、やはり……定信は、春町の死をなんとも思わぬどころか、死諫だと思ってしまったようです。
ここの場面は、蔦重にも聞かせてやりたいものですね。
山東京伝作『傾城買四十八手』は傑作だ
山東京伝作『傾城買四十八手』が出来上がり、蔦重が目を通しています。
しかしこうしてみてくると、春町があの世から甦って、定信にも蔦重にも「ちがう、そうじゃない!」とダメ出ししてきそうな気がしてきます。
蔦重はみの吉にも原稿を読ませる。
緊張した面持ちの京伝。こんなに蔦重が険しい顔をしていたら、みの吉だって褒められねえでしょう。
「指南書って話じゃなかったか?」
そう問われ、京伝は初めはそのつもりだったけど、女郎と客のありのままを書くのが楽しくなって、指南書がこじつけになったと言います。
そのうえで出しても意味がねえかというと、蔦重は強圧的にみの吉に意見を求めます。
みの吉は戸惑いながらも「てめえがこの場にいるような気になる」とかなんとか言います。まぁ、そんな短時間で感想を求められてもな。
「どうもおかしな具合なんだよ。景色が目に浮かんできて、出てくる女郎や客が動いて喋って……そりゃ俺が吉原育ちだからかって思ってたんだけど。そういうことじゃねえんだよな、みの吉」
みの吉は夢中になって読んでいて、声をかけても気づきません。なんでも最初の話の女郎が妹に似ていて、幸せになって欲しいと思ったそうです。
「これが才ってやつか……」
蔦重もついに認めました。
「女郎を姉妹(きょうだい)や知り合いのように思わせる。幸せになって欲しいと願わせる。これ以上の指南書はございません。うちで買い取らせてください」
蔦重は素直に認めました。
京伝も安堵し「お高くお願いします」といいます。元通りになって笑う蔦重に、ていも安堵しているようです。
売れっ子戯作者、山東京伝は誘惑される
このあと原稿料で遊びに行ったのか。
女郎屋の赤い寝具に寝転ぶ京伝の目線の先には、彼岸花のように婀娜っぽい菊園という座敷持花魁が針仕事をしています。
「おや、惚れ直しんした?」
「直した、直した」
そう笑う京伝。しかし京伝てなぁ、まぁさんと同じく根っからの女好きでさぁね。
女という存在そのものが好きなので、踊ったりわざと色気を見せていなくても、ただ相手がそこに佇んでいるだけで、常に惚れ直しているんでしょう。
菊園はそんな京伝に、暮れで年季明けだと告げます。そのうえで、手元に置くのはどうかと持ちかけます。
「こ〜んな甲斐性なしと一緒になってどうすんだい。俺ゃあちこちで遊ばせてもらってるだけのすかんぴんよ」
京伝が笑いながら答える。本当の色男はこういうときガッつかないんでしょう。
「そこで、この一冊にござりんす」
菊園がそう出してきたのは、人の道を指南するという心学の本です。今でもある、よりよい生き方を求める本でさぁね。当時の流行でもありました。
京伝は「人の道ねぇ」と言うと、菊園は大和田という本屋が先生とお仕事をしたいと、言づけていったそうです。
礼はとびきり弾むとか、いま流行っているとか言われて、京伝は乗り気になっている様子。
この作品はあまりに過剰な色香を見せないよう、抑制的にも思えるのですが。頬にかすかに笑みを刻む京伝は、襟がはだけていてなんとも悩ましい姿に見えます。
望海風斗さん扮する菊園の謳うような低い声も、淵へと引き込むような魅力があります。
この菊園に騙されねえでどうする? 騙されてこそだろう。
ていは京伝の新作『傾城買』をしみじみと読んでいます。
蔦重がその感想を尋ねると、ていは二番目の話を読み、女郎の客に夫の影をよぎらせて複雑な心境になっていました。
考えてみればそうですね。蔦重、おめえさん、女将の心情にあまりに鈍感じゃねえかい?
「故に私は今心の底から、二番目の女郎さんの幸せを願ってやみませぬ」
そう面白いと念押しするてい。
「それ読んで、ふんどしも願ってくれねえかね。てめえ以外の人に幸せんなって欲しいって」
そう蔦重は言います。
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