蔦屋重三郎と組んだ著者の中でも当代一の人気を誇った山東京伝(北尾政演)。
大河ドラマ『べらぼう』では二枚目の古川雄大さんが演じられ、第37回放送では『心学早染草(しんがくはやそめぐさ)』にスポットが当てられた。
「善玉・悪玉の語源になった」と説明され、耕書堂ではなく大和田安兵衛から発行されたこの一冊。
劇中での蔦重は「ふんどし野郎(松平定信)を持ち上げてどうすんだよ!」と怒り心頭だったが、「面白けりゃいいじゃん……」という京伝の言葉通り、当時としては異例の推定七千部(一万部とも)の大ヒットとなっている。
なぜ本書はそこまで売れたのか?
まるで現代の漫画のように描かれていて、これが、いま読んでもなかなか面白い。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース(以下同リンク先)
さっそく『心学早染草』のあらすじを振り返ってみよう。
🎬 大河ドラマ特集|最新作や人気作品(『真田丸』以降)を総まとめ
お好きな項目に飛べる目次
お好きな項目に飛べる目次
『心学早染草』あらすじ
主人公は日本橋に生まれた目前屋理太郎(もくぜんやりたろう)。
豪商である目前屋理兵衛(やりへえ)の息子である。
この理太郎が生まれるとき、天帝が悪魂(悪玉)を退治していたので、理太郎の体内には善魂(善玉)が入っていた。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
真っ正直な性格の理太郎は、寺子屋に通って勉学を修め、やがて元服を済ませる。
悪玉たちは、どうやって理太郎の体内へ潜り込むか相談。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
そんなある日、理太郎がうたた寝をしていると、悪玉が善玉を捕らえて、代わりに自分たちが理太郎の体内へ入ることに成功。
彼らは早速、悪所(吉原)へ誘い出した。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
結果、理太郎は怪野(あやしの)という遊女に夢中。
しかし、悪玉により「災」の木に縛られていた善玉が、縄を切って自由になり、再び理太郎の体内に戻る。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
真人間に戻った理太郎ではあったが、悪玉の画策で怪野から「逢いたい」という手紙を貰った途端に落ち着かなくなり、

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
ついに善玉は悪玉に斬り殺されてしまった。
もう邪魔する者はいない。
そんな状況で理太郎はとことん怪野に入れ込む。
しまいにはカネが無くなり、土蔵破りの強盗や追い剥ぎにまで身を落としてしまった理太郎。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
そこで理太郎を押さえつけ、説教したのが道理先生だった。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
このとき善玉が悪玉を斬って滅ぼすと理太郎の悪行もおさまり、

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
その後は真面目に働き、親孝行もするようになり両親も大喜び――。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
大極上請合売
いかがであろう?
ドラマでも「道徳をわかりやすく」と説明されていたように、実際、善玉と悪玉のキャラクターが漫画キャラのように愛嬌があり、つい引き込まれてしまわないか?
パリピの山東京伝らしく、舞台が吉原というのも道徳臭くなくてウケたのだろう。
遊びを絡めたらとっつきやすい、という人の心理は江戸時代も今も変わらないようだ。
なお、上掲の本文は写しとなる『善玉悪玉 心學早染草寫本』であり、オリジナルのタイトルは『大極上請合売 心学早染草』となっている。
「大極上請合売」は最高級品の保証付きという意味。
「心学」は石田梅岩(ばいがん)が説いた道徳で、「早染草」には着物を簡単に着色できる染め粉を彷彿とさせることから、一言でいえば「わかりやすい道徳」となる。
現代ならば「1日5分でわかる英会話」みたいなものか。
読者心理を掴み取ったタイトルで、実際に中身が江戸っ子たちに喜ばれたため大ヒットとなったのであろう。
松平定信を激怒させた『鸚鵡返文武二道(以下の関連記事にあらすじあり)』と比較すると、なお楽しめるかもしれない。
🎬 大河ドラマ特集|最新作や人気作品(『真田丸』以降)を総まとめ
あわせて読みたい関連記事
-

恋川春町の『鸚鵡返文武二道』には何が書かれていた?あらすじ解説!
続きを見る
-

史実の恋川春町は「豆腐の角に頭をぶつけて死んだ」のか?実は謎多き最期
続きを見る
-

『べらぼう』古川雄大が演じる山東京伝は粋でモテモテの江戸っ子文人だった
続きを見る
参考文献
- 『善玉悪玉 心學早染草寫本』(国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」所蔵資料)
所蔵データ: 新日本古典籍総合データベース(公式書誌ページ) - 棚橋正博『山東京伝の黄表紙を読む ― 江戸の経済と社会風俗』(ぺりかん社, 2012年5月, ISBN-13: 978-4831513229)
出版社: ぺりかん社(公式商品ページ) |
Amazon: 商品ページ - 鈴木俊幸『江戸の読書熱 ― 自学する読者と書籍流通(平凡社選書 227)』(平凡社, 2007年2月, ISBN-13: 978-4582842272)
出版社: 平凡社(公式商品ページ) |
Amazon: 商品ページ



