江戸時代の文化と社会を描いた絵画の組み合わせ。徳川家康や徳川家光の肖像、出島や日本橋の風景、庶民の屋台や美人画など、江戸の政治・経済・文化を象徴する場面をまとめた画像。

江戸時代|徳川幕府の政治や事件 庶民のエンタメなどの総合ガイド

松平定信大河ドラマ『べらぼう』でもお馴染み、江戸時代は庶民の個性が爆発した時代――。

徳川家康に始まり、徳川慶喜に終わるまで。

時代の区切りは、確かに将軍様がわかりやすいけれど、歌舞伎に浮世絵、黄表紙、浄瑠璃などのエンタメはじめ、伊勢詣や善光寺参り、相撲、屋台、お寿司など。

今に繋がる歴史の流れを振り返ってみましょう。

 

江戸初期(初代家康~3代家光)

徳川家康が征夷大将軍となった慶長8年(1603年)から徳川家光が逝去する慶安4年(1651年)までの期間。

幕府の政治や外交体制が三代によって固められました。

戦国の気風がまだ残っていた当時、どんな人物が活躍したり話題になったか?あるいはどんな事件が起きていたか?

江戸初期の幕府・大名・朝廷

江戸初期の出来事

江戸初期の文化

 

江戸中期(4代家綱~8代吉宗)

武断政治から文治政治へ。

武力を背景にしていた幕府の姿勢は法や儒学を重視するようになり、例えば徳川綱吉による「生類憐れみの令」も現代では「人々の道徳心を掘り起こした」として見直されるようになりました。

元禄文化も花開く一方、贅沢を戒め新田開発に力を注ぐ米将軍こと徳川吉宗が紀州藩から輩出されるなど、幕府の人事体制も大きく変わった時期。

徳川家綱の将軍就任1651年から、徳川吉宗が家重に譲って隠居する1745年まで。

一体どんな時代だったでしょう?

江戸中期の幕府・大名・朝廷

江戸中期の出来事

江戸中期の文化

 

江戸後期べらぼう時代(9代家重~12代家慶)

米将軍こと徳川吉宗の改革は一定の成果を見せながら、抜本的な対策にはならず。

米から銭へ――幕府の根底を覆すような政策の急転換を実行したのは、皮肉なことに吉宗が連れてきた紀州藩士から輩出された田沼意次でした。

ご存知『べらぼう』時代には何が起きていたか?どんな人物が活躍したか?

家重が就任した1745年から家慶が隠居する1853年まで、ドラマ以外の場面も振り返ってみましょう。

江戸後期の幕府・大名・朝廷

べらぼう登場の幕府・大名・朝廷

江戸後期の文化人・町人

べらぼう登場の文化人・町人

江戸後期の出来事

べらぼう注目の出来事

江戸後期べらぼう時代の文化・風習

幕末への道

12代将軍・徳川家慶の治世がまさに終わろうとしていた、そんな最期の瞬間にペリーの黒船が来航。

問題を先送りにしてきた幕府の体制は動揺を始め、次の時代「幕末」へと進みます。

13代将軍・徳川家定、14代将軍・徳川家茂、15代将軍・徳川慶喜は幕末・維新のページからご覧ください。

▶ 幕末・維新を見る

 

江戸時代 庶民の暮らし・風習

 

他の時代・特集を見る

 

📚 過去の更新はこちら

直近の更新を見る
  • 2025/12/3「蝦夷地ロシア対策」を追加
  • 2025/11/29「浮世絵の祖・岩佐又兵衛」など16本の記事を追加
  • 2025/11/27「三浦庄司」「蔦重の妻・てい」を追加

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

BUSHOO!JAPAN(五十嵐利休)

武将ジャパン編集長・管理人。 1998年に大学卒業後、都内出版社に入社し、書籍・雑誌編集者として20年以上活動。歴史関連書籍からビジネス書まで幅広いジャンルの編集経験を持つ。 2013年、新聞記者の友人とともに歴史系ウェブメディア「武将ジャパン」を立ち上げ、以来、累計4,000本以上の全記事の編集・監修を担当。月間最高960万PVを記録するなど、日本史メディアとして長期的な実績を築いてきた。 ◆2019年10月15日放送のTBS『クイズ!オンリー1 戦国武将』に出演(※優勝はれきしクン) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001159873

2025/11/09

目次