大河ドラマ『べらぼう』の第36話は衝撃的な展開となりました。
岡山天音さんが演じていた恋川春町が自害という最期を迎えたのです。
これが普通じゃなかった。
春町が腹を切った後に倒れ込むと、顔の先には水を張った桶があり、中に豆腐が入っていたのです。
豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ――。
春町自らが用意していた最後の洒落でしたが、この展開があまりに奇想天外すぎて、逆に史実なのか?と考えてしまった方もいらっしゃるようです。
黄表紙『鸚鵡返文武二道』を発行し、問題作として追い込まれていった、恋川春町の死を振り返ってみましょう。

馬ではなく女性に乗る風刺が描かれた『鸚鵡返文武二道』/国立国会図書館蔵
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親友・朋誠堂喜三二とは立場が違う
恋川春町とセットで語られがちな朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)。
本名は平沢常富(つねとみ)。

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用450
ドラマでは尾美としのりさんが演じていた戯作者で、劇中では遊び人のまぁさんですが、史実においては幕府のお咎めによって筆を折っています。
喜三二は久保田藩(秋田藩)の留守居役でした。
江戸で各藩や幕府との情報交換をも担う役どころで、吉原にも足を運ぶ機会があり、蔦屋重三郎とも繋がりを持ちました。
かつては「宝暦の色男」を自称していたほどです。
しかし同時に久保田藩(秋田藩)は約20万石の大藩であり、藩主の佐竹義和や幕府に睨まれてまで活動を続けるわけにもいかず、執筆は引退へと追い込まれました。
一方、恋川春町はどうか?
本名は倉橋格(くらはしいたる)で、江戸小石川春日町に住んでいたことから戯号(ペンネーム)がとられています。
もともとは紀州徳川家の家臣の生まれで、後に伯父の倉橋家へ養子入り。
駿河小島藩(おじまはん)の藩士となっていました。
駿河小島藩は静岡市清水区にある1万石の小藩ですから、親友である朋誠堂喜三二とは立場がかなり異なります。
喜三二が文筆業を引退したのに対し、恋川春町はどうしたのか?

『吾妻曲狂歌文庫』に描かれた恋川春町/wikipediaより引用
「豆腐の角に頭をぶつけて」ない?
天明8年(1788年)に朋誠堂喜三二が黄表紙『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくとおし)』を出版。
恋川春町が『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』を蔦屋耕書堂から発売したのは、その翌年、寛政元年(1789年)のことでした。
これが江戸っ子たちに大受けして記録的な売上を計上。
幕府の耳にも入ることとなり、結果、恋川春町こと倉橋格(くらはしいたる)は松平定信から呼び出されてしまいます。

松平定信/wikipediaより引用
そこで春町は申し開きのため定信の前へと出向き……ません。
病気だとして出頭せず、隠居をした後、原因不明の死を迎えるのです。
「寛政元年四月二十四日就長病御役御免を願い、同年七月七日病死」
春町の最期については上記の記録が残されているだけで、おそらく自害したのでは……と目されています。
「豆腐の角に頭をぶつけて」死んだという記録はなく、あれはドラマならではの演出だったとなりますね。
それにしても、なぜ春町はそんな謎の死を遂げたのか?
というと、彼は当時、小島藩の重臣となっており、もしも定信の前に出た場合、事と次第によってはお取り潰し(改易)にされかねないような状況でもあったのです。
養子入りしていた倉橋家や藩主に迷惑をかけられない、そんな思いから自害を選んだと指摘されます。
享年46。
新宿御苑駅や新宿三丁目駅からほど近い成覚寺に墓が現存しておりますので、
現地へ足を運ばれたい方は上掲のGoogleマップをご参照ください。
なお、問題作となった『鸚鵡返文武二道』には何が書かれていたのか?
以下の記事に其のあらすじ解説が掲載されています。
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恋川春町の『鸚鵡返文武二道』には何が書かれていた?あらすじ解説!
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参考文献
- 蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人(車 浮代 著, PHP研究所, 2024年8月, ISBN-13: 978-4569904290)
出版社: PHP研究所 公式書籍情報 |
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- 日本国語大辞典(小学館, 複数版・複数巻)