吉原の街で火事を告げる半鐘の音――2025年大河ドラマ『べらぼう』の始まり。
明和9年(1772年)、火の見櫓でその半鐘を叩いているのが主役の蔦屋重三郎です。
花の井という遊女は、禿(かむろ)のさくらとあやめを見つけます。
少女たちは稲荷像を持ち運ぼうとして粘り続け、その場から引き離そうとしても梃子でも動きません。
そこへ重三郎が駆けつけ、機転を利かせます。
「燃えなきゃいいんだ!」と告げると、稲荷像を「お歯黒どぶ」と呼ばれる堀の水に落とすのです。
このころの火災は、消火ができませんので、各人、水をかぶって避難するしかありません。火消しにしても、建物を破壊して延焼を防ぐだけです。
重三郎は水を被り、また被せ、先んじて逃げようとします。草鞋を後ろに蹴り、裸足になって走るところが江戸っ子らしさを感じさせますね。
痛々しいことに、背中に火が燃え移った男が倒れ込んでくる。
助けを求める女の悲鳴も鳴り響いています。
そんな中、燃え盛る街を一人の少年が呆然と見つめている。
「べらぼうめ! 何考えてんだ!」
その姿を見つけた重三郎が少年を引っ張り「おとっつぁんとおっかさんはどうした!」と聞くと、答えがありません。
それ以上詮索したところで仕方ない。今は火事への対応が先。重三郎は少年と共に走り出すのでした。
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それは“メイワク火事”から始まった
めいわくねん、明和9年!――そう弾んだ声でナレーションが入ります。
なかなか凄惨な冒頭を駄洒落で笑い飛ばす、江戸っ子の心意気を感じさせる展開。
火災の原因は、無宿坊主が盗みを企て、目黒の寺に放火したことだと説明されます。そして江戸の絵が大きく映し出され、南から北へ、三日三晩燃えた規模の大きさを説明します。
それにしても、なぜ本作は火事の場面から始めたのか?
ご存知の方も多いでしょうが、江戸の歴史と火事は切り離せません。もはやメンタリティが火事ありきになっているのです。
ゆえに「宵越しの金は持たねえ」という刹那的な生き方が広まり、銭を溜め込まなければ、モノを長く使うという発想も湧いてきません。
こうした江戸っ子気質というものは、今後、蔦屋が手がけることになる「黄表紙」といった本や浮世絵の特性を踏まえる上でも重要。
現代人にしてみれば好きな本や漫画、ソフトは買って貯めたいと思うかもしれませんが、江戸っ子は「いつか燃えるかもしれねェ」と思うのでそういう発想が湧きにくい。
ゆえに貸本屋が流行しました。
浮世絵にしても、明治時代を迎えた江戸っ子たちが「こんなもんが売れるのかよ」と外国人に持ち込んだことで国外流出が加速しました。
安くて燃えたらそれきり――という感覚だからこそ、起きた現象と言えるでしょう。
ちなみに関東近郊の古民家ではこうした意識も薄く、江戸土産として大切に保管していた浮世絵が大量に発見されることがしばしばあります。
今もどこかの土蔵に眠っていて、今回の大河を機に世に出るかもしれませんね。
火事のシーンから始めたもう一つの理由は「技術のアピール」でしょう。
炎と高い火の見櫓からぐるっと見回すカメラワークは、技術力の高さをアピールするにはもってこい。番宣映像でも映えます。
燃えたまま転がる気の毒な人も出てきましたね。
同じ制作チームが手掛けた大河ドラマ『麒麟がくる』の序盤でも、火がついたまま転がる兵が出てきています。今年も「本気でやる」という気合いを感じさせますね。
江戸中期なのに生々しい暴力も出てきそう。
『麒麟がくる』といえば、これまた序盤の展開に共通点があります。
主役が高い場所に登っていること。
人助けをする精神性があること。
『麒麟がくる』では、火災から救助された経験のある駒という少女が、「麒麟がくる」とドラマのテーマとタイトルを語りました。
今回は重三郎自身が「べらぼうめ!」とタイトルを口にしています。
火災から救われた駒は、最終回まで登場し、主人公の人生目標を提示し続けました。
今回の火災で重三郎が救った少年も、駒のように大事な存在となるのでしょう。
そして、燃え盛る家に閉じ込められた遊女の悲鳴。
情けに篤い重三郎ですら、ここは通り過ぎるしかありません。誰の助けも得られずに死んでゆく吉原の遊女は、悲しいほどありきたりな存在でした。
このようにドラマのテーマに通底する要素がたくさん詰まった、気合いの入った出だし。
もう一つ、このあと出てくる、ある登場人物の来歴にも関係してきます。
“たい尽くし”の百万都市・江戸
さて、吉原という街を描いた後は、江戸っ子にとっては雲の上のような江戸城大奥へ。
「上様のお成り〜!」
声が響き、お錠口の鈴が響き、錠が外されると、十代将軍・徳川家治が雪のように白い着物姿で姿を見せました。
隣には「側室」のお知保。
そして老女・高岳がしずしずとついてゆく。
江戸幕府誕生からおよそ170年――。
白い着物の上様が、いかにも苦労知らずの若者に見えます。
重三郎はじめ江戸っ子の着物は濃く暗い色をしています。幕府の規制だの流行だの、さまざまな要素はあるものの、汚れが目立たないということもある。
それを将軍はこんな墨や食事の汁が跳ねただけで洗濯しないといけない白ときた。悪い人ではないだろうけど……そう思えます。
そしてナレーションが、百万都市江戸、泰平の世には戦の火ではないものが燃え盛ると続けます。
偉くなりたい!
楽したい!
一旗揚げたい!
儲けたい!
たいたい、「たい」尽くし!
そう言いきられ、廊下を歩いてゆく幕臣と、賭博にのめり込む江戸っ子たち。
屋根の上には火消しの姿も見えますが、屋根をご覧ください。
瓦葺です。
『光る君へ』の直秀は、脚本段階では屋根を飛び回る設定でした。
しかし当時は、町の人が瓦葺の屋根に暮らしていないため、設定が変更されました。このおなじみの家屋になるのは「明暦の大火」の後のことであり、防火対策を踏まえて徐々に進んでいきます。
そしてこの欲が蠢く世の中の説明と、重々しい音楽の中、馬上の田沼意次と意知親子の姿が見えます。
世の中を動かしたい人物は田沼意次か?
そう思わせたところで、逃げ惑う重三郎の姿が映し出され
「金なし、家なし、親もなし、ないない尽くしの吉原者がその才覚でのしがっていく」
と紹介され、蔦屋重三郎、または「蔦唐丸」(つたのからまる)と駄洒落で締め括られるのでした。
オープニングへ。
今年は、昨年の根本知先生に続き石川九楊先生です。
オープニングはアニメと実写を組み合わせ、よい意味でEテレの番組のように思えます。
「浮世絵EDO-LIFE」「ねこのめ美じゅつかん」のような味わいですね。
意外性を狙うのではなく、着実に、江戸らしさを残しつつ、こういうのが見たいと届く。そんな堅実性があります。
名前が縦書きで、フォントが明朝体であるのが大変よろしい。
明朝体はいささか古いと感じさせるかもしれませんが、木版印刷の効率を突き詰めたがゆえに残った由緒あるフォントですから、江戸の出版文化にピッタリです。
ワクワクしながら、本編へ進みましょう。
九郎助稲荷、スマホで吉原を解説する
オープニングを挟んで一年半ほど経過し、安永2年(1773年)となりました。
あの稲荷像は引き上げられました。
語りを担当する九郎助稲荷です。それが突然、人の姿となり、吉原の案内を始めます。
綾瀬はるかさんが九郎助稲荷としてナレーターをつとめる意義がよくわかります。
駄洒落まじりのしょうもない言葉を明るく話せるとなれば、彼女はピッタリ。
しかも、こんなに美味しい仕掛けがあるとは参りました。稲荷が、スマホ片手に吉原の解説を始めるのです。
この世界観では、吉原のレビューが荒れ気味で評価がかなり低い1.8……ちょっと想像してみましょう。
・もっと江戸の中心にあればね。そら近場でいいや、ってなるよ。(商人、40代)★★☆☆☆
・いくらなんでも高すぎる。貧乏旗本には無理ッス……。(旗本、20代)★☆☆☆☆
・コスパもタイパも悪すぎんだろw夜鷹でいいよw(職人、30代)★☆☆☆☆
・金と手間に見合うだけの経験ができるかって息子から聞かれて、答えられんかった。(大工、50代)★☆☆☆☆
・気取り過ぎ。金と暇あるなら水茶屋行くわ。(職人、10代)★☆☆☆☆
・「今時吉原かよw」って言われて一瞬凍った。あいにく俺は古いヤツなんでね。(絵師、30代)★★★☆☆
・私みたいな粋な爺いなら、高くても行こうと思いますけどね。正直、若い方には厳しいんじゃないかなと。(商人、70代)★★★☆☆
まあ、こんな感じに荒れてるんでしょうね。
この稲荷スマホはなかなか便利で、ナビゲーションでは徒歩、駕籠、船、馬、それぞれの所要時間で検索できます。
徒歩と駕籠はほぼ同じ……って、そりゃそうですな。
そんなスマホ班を労いたくもなりますが、ヘアメイクもお見事でして、浮世絵でしか見られないような髪型が再現されています。
稲荷は、吉原の悲惨さを明るく説明します。
出入りに厳しく、出入り口大門は一箇所。周りは「お歯黒どぶ」という堀に囲まれていて、稲荷が沈められたのもここだそうです。
稲荷は尻尾を揺らしつつ、大門につづく吉原五十間を進んでゆきます。
すると、そこに蔦屋重三郎の勤める「蔦屋」がありました。
さて、この稲荷ナビゲーションにつきましては『青天を衝け』の徳川家康(北大路欣也さん)との比較論もあるようです。
あれは家康と慶喜を並べるという、福地桜痴以来の歴史修正、プロバガンダの流れを汲むものなので個人的には却下したい。
スケジュールが詰まっていたせいなのか、国旗を逆さまにして謝罪に追い込まれる痛恨事もありましたね。
この稲荷は、むしろ江戸のセンスっぽくていいと思います。
武士や儒学者は「怪力乱神を語らず」なんて言ったものですが、庶民はお構いなし。
狐の存在を信じて生きていたものです。そういうセンスを感じますね。
蔦屋重三郎はないない尽くしの吉原の男
吉原の案内所である「五十間の茶屋」の解説も始まります。
客の刀や荷物を預かり、情報を教える、いわばガイドですね。重三郎は、義兄・次郎兵衛の経営するここで働いているそうです。
この次郎兵衛が、典型的な江戸のバカボンですね。
重三郎が来客の情報を伝え、幼い唐丸を連れて出て行くのに、鏡に向かってボケーっ。こういうバカボンでも、そうそう簡単にくだばらないのが江戸の都市文化ってやつか。
唐丸もこれには疑問のようで「なんで、次郎兵衛はあんなに働かないのか?」と重三郎に問いかけます。
いずれ家を継ぐからだ。彼は実子だけど、重三郎は養子なので先が見えない……ってなこともサラリと語られます。
すると、重三郎の悲惨な境遇が振り返られることになりました。
「十把一絡げの拾い子」
駿河屋は行きどころのない子を養って、大人になったらその辺に若い衆として奉公に出しているそうです。
吉原は男手も「いっぺえいる」と語られますが、これがなかなか危険な業務でして。
刀は一応預かるものの、思い通りにならない客はしばしば暴れるため、ある意味命懸けかもしれません。
そんなわけで、唐丸の児童労働もさらりとプロットに組み込まれてゆきます。
重三郎は幼い少年を働かせているけど、扱いは優しいのでマシといえるでしょう。
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