忘八たち一堂が会する場所に“奥の手”を連れてきたという扇屋。
それは一体なんなんだ?
というと亀屋の若旦那でした。なんでも亀屋の名前があれば簡単に買えるだろう……要は、名義貸しに協力してくれるようで、蔦屋は亀屋から借りて商いに取り組むことになる。
そのせいか、あまり乗り気そうではない蔦重。
そもそも亀屋がなぜそんな話を引き受けなければならないのか?
というとツケを帳消しにするんだとか。
それにしたっていずれは蔦重がその場にいて商売を担うわけですから、「すぐにバレるんじゃないか?」と懸念しています。当然ですね。
一方で「拙速は巧遅に勝る」という言葉もありますね。
雑な仕上げでも、タイムリミットがあるならとっとと先に進んじまえってことですな。
ムックリを鳴らす和人たち
田沼意次は一橋治済の元にいます。
治済が手にしてベンベンと弾いているのはアイヌの楽器「ムックリ」ですね。
意次は、松前の殿様の花見について探りを入れている模様。
「しかし蝦夷というのは厄介ぞ」
ムックリを鳴らしながら治済がそう言うと、意次は探りを入れようとします。
意次は蝦夷に関心があるのだな……と察知し、面白そうな表情を浮かべる治済。
あわてて松前藩主と会う機会が増えたからだと否定する意次ですが、果たして誤魔化しきれているのか。
田沼屋敷に戻ってきた意次は、三浦庄司がムックリを鳴らしています。
これは鳴らすのがなかなか難しく、いざ鳴ると楽しいようです。

ムックリ/wikipediaより引用
平秩東作からの報告を待っていた意次は、ムックリに「うるさい!」と一喝。
楽しいから鳴らし続けてしまう気持ちが伝わってきますが、気になるのはやはり東作の話でしょう。
蝦夷錦流通の件について話しています。しかし、抜荷の証を得ることは難しく、寝返りそうな商人も見つからぬそうです。
「見返りに、上知後の扱いを約束できれば、話は違うかもしれません。しかし、下手に持ち出せば、こちらの動きが漏れてしまうことにもつながりかねませんし」
そう報告された意次は、抜荷の場所が記された絵図について聞こうとします。
しかしそっちも「紀州様の蔵に収められた」などという噂ばかりで、絵図そのものは出てこないのだとか。
「貴様、調子よく言っておるが八方塞がりということか!」
苛立つ意次に対し、東作を用いている土山宗次郎も頭を下げます。
気になるところがあります。須原屋市兵衛が持っていた蝦夷の地図がそれなのでは?いくつか拠点に◯が書かれていましたよね。
そしてもうひとつ、ムックリです。
アイヌについては陰謀論じみた話がSNSで出回っているのを見かけ、心が痛むことがあります。
結局、ネットで見ているだけではわからないものもあるのでしょう。
実際にアイヌの文物を目の前で見ると、和人にとっては馴染みがない、別の文化のものだとわかるはず。
『ゴールデンカムイ』のアニメーターは、アイヌ模様を描くのがとても大変だとされます。『サムライスピリッツ』のイラストレーターでも同じような話を見聞きしました。
それだけ馴染みがなく、描こうとしてもなかなか筆が乗ってこない。しかし、そのことに惹かれる。
そんなアイヌ文化の持つ力を実際に目にすれば、迂闊なことは言えなくなるのではないかと思うのですね。
ムックリを夢中になって鳴らしている治済や三浦庄司を見ていると、そんなことを考えてしまいました。
蠣崎波響誕生前夜
抜荷の工作を進めたいのに、何一つ進んでいない――大文字屋で田沼意知が嘆いています。
誰袖も、松前藩家老である廣年が絵を贈ってくれたことを語ります。
絵より琥珀が欲しいとおねだりしても、どうにも反応が鈍い。オロシャと直に取引はできぬと戸惑うばかり。
誰袖は裏切りそうな者を金で買収したらどうか?と持ちかけますが、彼は、それすら難しい様子。さしもの誰袖も、これでは直取引できるかどうかわからなくなっています。
それにしても、なぜ松前廣年は絵を贈ったのか?
実は彼、画号である蠣崎波響(かきざきはきょう)の方が有名です。
この絵をじっくりと見てみますと、浮世絵とは異なる印象でしたよね?
彼の画風は清の画家である沈南蘋(しんなんぴん)の流れを汲む南蘋派です。
武士階級ともなれば、こうした由緒正しい画風を学ぶものであり、幼くして画才を発揮した廣年は、立派な師匠に弟子入りし、絵を学んできたのです。
ドラマでの喜多川歌麿とは真逆のキャリアですね。
いずれにせよ気弱な文人肌である廣年には、抜荷などの思い切った取組は向いてないのでしょう。
劇中ではまだ波響という画号を名乗る前のことです。
ただし、幼くして蠣崎家の世継ぎとして入っておりますので、「蠣崎廣年」という名乗りの方が正しいとは言えなくもありません。
ドラマでは血縁関係を示すために「松前」としているのでしょう。
江戸時代は現代よりもずっと名乗りが多様でした。

松前廣年『釈迦涅槃図』/wikipediaより引用
ていは軍師の資質あり
つるべ蕎麦を食べながら、忘八の作戦がうまくいかねえ気がすると蔦重がぼやいています。
次郎兵衛も歌麿もいて、三兄弟で仲良く蕎麦。最初から皆さん上手な食べ方ですが、段々とこなれてきたようで、性格の違いまで出ているとように感じます。
蔦重はいかにもせっかちな江戸っ子らしく、ズズッと音を立てて飲む。歌麿はそこまで豪快にすすりませんね。
二人並んで川縁を走った時の走り方にも通じるものを感じさせます。
半次郎は、吉原者が市中に家屋敷を買えない掟を持ち出してきます。ほんと、それよな。歌麿がここで呑気にこう言います。
「実は丸屋は大の蔦重贔屓!……とかねえかなぁ」
呑気っつうか、そりゃおめえさんが蔦重が好きで好きでたまらねえってことじゃねえかな。
次郎兵衛は煙管を片手に、丸屋にとって蔦屋は仇も同然だという噂を持ち出してきます。
同時に、こうも付け加える。
「こいつの作る本だけは好きとかな」
そりゃ面白いですねえ。そこが狙い目なんですかね……。
一方、ていの元には例の亀屋が来ています。

漫画『大河ブギウギ べらぼう編』より(→link)
村田屋が歓迎する一方、鶴屋喜右衛門は「なぜ茶問屋が通油町に出店したいのか?」という点を気にしているようで、釘屋と本屋ばかりの街になぜ茶問屋が?
亀屋は父の言葉を持ち出してきました。
ないところに出してこそ。だから買ってくるように、と父が言い出したというのです。
ていが亀屋に聞き返します。
「では何故、証文のお名前はお父上様ではないのでしょうか?」
これには鶴喜の目もかすかに泳いでいます。自分が見抜けなかった点をていが指摘したので、動揺しているのでしょうか。
「親孝行ですよ。黙って買って、親父を驚かせてやろうかとね」
「黙って……? 先ほど、当のお父上が買ってこいとおっしゃったと」
鶴喜がここでさらに追い詰めます。
「もしや、吉原にツケでも溜まってます?」
こいつぁてぇした女諸葛だな、鶴喜より先に気づいたぜ。
『光る君へ』のまひろに続いて、二年連続ヒロインはめんどくさい才女なのかい。
瀬川も聡明だったけれども、ていも只者じゃねえ。
橋本愛さんの聡明さがピタリとはまる、こんな素晴らしい配役はそうそうねえな!
漢籍で火が着くと止まらなくなる
地本問屋連中は吉原の汚ねえ策に呆れております。
鶴喜は吉原は忘八だと付け加えることをわすれません。吉原にも、蔦屋重三郎にも、策を選ぶという考え方はないと言い切るのです。
とはいって蔦重蔦、乗りに乗ってますもんね。こっちに来るのは悪くねえと言い出す本屋もおりやす。
鶴喜はすると、安永7年(1778年)冬のことを持ち出しました。
見附内にあった家屋敷の売買をできなくなった話ですな。
そういう掟があるのに買われたんじゃ、通油町は吉原者にしてやられた街として、格が下がるてえのが鶴喜の見解でして。一等地の日本橋でも、通油町は格下になるってころですな。
発言を促されたていが、きっぱりと言います。
「はい。当家の不始末ゆえ騒動を起こしておりますこと、まずは心よりお詫び申し上げます」
千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を以て潰ゆ。
さらに続け『韓非子』を引いてくるてい。鶴喜ましてや他の地本問屋もちょっと戸惑っておりますね。
螻蟻(ろうぎ)をそのまま引用していることにもご注目でしょう。この言葉は難しいので「蟻の一穴」と言い換えることもしばしばあります。
「……立派な堤も、蟻の巣穴をたった一つ許すことでその内側より崩れゆく。『韓非子』の一節がございます。蔦屋重三郎の店というのはまさにこの蟻の巣穴にあたるものにございましょう。この一歩を許す許さぬは、町の命運を大きく左右すると考え……」
さすがに鶴喜が止めるように「ああ」と話を始めます。
「まぁ、一番の策はすぐに買い主を見つけてしまうことでしょう。どなたか買いたいという方をご存知であれば私の方までお教えください」
ていは黙っています。いつもは無口でおとなしいようで、漢籍を引用すると着火してしまうようですね。
地本問屋たちが妙な顔をしたのは、漢籍教養を踏まえてのことと思われます。
『光る君へ』のころは貴族が習得し、『鎌倉殿の13人』の頃となると武士にも浸透し始める。
そして『麒麟がくる』では、いずれ訪れる太平の世には儒教が浸透することを「麒麟」というモチーフで示しております。
麒麟到来後の世界が『べらぼう』になります。
何代かかけて浸透させていて、このドラマの登場人物たちは最低限の儒教道徳は理解しています。
亀屋が親孝行を持ち出すこと。そんな孝行まで策に使うあたりが「忘八」らしさであること。そんな儒教規範が前提としてある世界観がそこにはあります。
ここにいる地本問屋も、寺子屋あたりで学んできたのでしょう。
この時代ともなると、わかりやすい教材が出来上がってゆきます。
例えば親孝行エピソードを集めた『二十四孝』が代表でしょう。この話を元にした絵は多数あります。
こういうものを見聞きしているからこそ、親孝行の話は共有できるわけです。

孟宗(歌川国芳『二十四孝童子鑑』)/wikipediaより引用
大河ドラマで「マンタラプティング」を学ぼう
ていが引いてきた漢籍は法家の『韓非子』でした。諸葛亮も好きな書籍ですね。
さらに昨年の上半期浅野連続テレビ小説『虎に翼』のタイトルは韓非子の「為虎傅翼」由来です。今回はあのドラマに通じる要素がありますし、「蔦重にていはまさに鬼に金棒、虎に翼でえ!」となるのかもしれませんよ。
儒教教典には入りませんので、ここまで読みこなしているとなると、相当の教養があります。そのため、皆がていについていけなくなっちまったんですな。
ていが引いた韓非子なんてごく一句でしかなかったって?
そういうことは、この時代の女性が漢籍、ましてや韓非子を学ぶことの困難さを踏まえてからにしてもらいましょう。漢籍がどういう層にどれだけ読まれてきたか、そこを踏まえて考察するのも、教養ではないでしょうか。
日本では、伝統的に漢籍は男の領域とされます。女性は和文。『源氏物語』を頂点とする教育をなされるものとされます。
『光る君へ』の主な舞台であった一条天皇の女房サロンを思い出してみましょう。女性が漢籍を楽しむ、独特の空気があったのです。
藤原定子と清少納言の「香炉峰の雪」の逸話は、二人とも白居易を知り、かつその教養を踏まえて振る舞うことを賞賛する空気があったことを伝えています。
定子のあとの藤原彰子に仕えた紫式部は、「漢字の“一”すら読めないフリをしなくちゃ」と怯えていたと日記に綴っています。定子時代の漢籍を楽しむ空気が後退したということでもあるわけですね。
『光る君へ』では、彰子が紫式部から漢籍読解を習い、一条帝の心をさらに惹きつけたいと励む場面もありました。
女の漢籍教養を含めて愛する一条帝は、心の広い素晴らしい方なんです。ここにいる地本問屋どもとは違ってな!
あの地本問屋のシラケたツラ、既視感を覚えてイライラした方もおられると思うんすよ。
車。アクション映画。少年漫画。ITスキル。ガジェット。日本史に大河ドラマ。
こういう話題を女性が語り出すと、なぜか「俺ら男の領域を踏み込まれた!」と謎のムーブに切り替える男性って、残念ながらいるんですよね。だから女性側がトーンを下げたりせざるを得ない。
あるいは、こんな男性のぼやきに聞き覚えはありませんか?
「あの女性と同じ趣味で盛り上がって、いい感じだと思っていたのに、誘っても二度と乗ってこないんだよな。なんでだろう?」
こういう場合、知識でマウンティングしようとして、相手が疲れ切ってしまっていることもあるものです。
あの場面でピンとこなかった方は、これまで女性の発言を遮ってこなかったか、マウントしてこなかったか、冷静に考えてみるのもよろしいかと。
相手は対等に話したいのに、下に見たら嫌がられるのは当たり前です。女性だって人間なのですから。
さて、ていが韓非子を出したあと、まだ何か言いかけているタイミングで鶴喜が言葉を被せてきましたね。
これは「マンタラプティング」と言われる行為。
「男(man)」と「遮る(interrupt)」を組み合わせた言葉ですね。
この行為に気づけるか気付けないかというのは、人生経験によると思いますぜ。性別だけでもねえんすよ。
無口で自分の意見を言わない。
理屈ぽくないタイプの女性はこれをやられにくいから気づきにくい。
あるいは趣味や好みがいわゆる女性らしいものであっても、そこまでやられないかもしれません。
逆に姉妹や女性が多い環境で育った男性は、姉や周囲から「遮るな!」と嗜められて避けることが身についている人もいる。
たとえば誰袖の抜荷の誘いを断ったとき、廣年は激昂して強い言葉となり「女郎が!」と罵倒してしまいました。
ああもハッキリと罵倒を混ぜてしまい、かつ悪かったと気づくタイプはまだマシ。
俺もやってしまったと反省することだってあるのです。
一番厄介なのは、鶴喜タイプなんですね。
あの場にいる地本問屋は「おていさん」と優しく語りかけている。
発言する機会だって与えた。
何より、女性を搾取する吉原者を軽蔑し、断固反対している。
なんなら教養もありますので、紫式部や清少納言のことは当然知っていて。認めていることでしょう。女性を尊重することというのは、飛び抜けた才女だけを“俺が認めてやる”ことではないんですけどね。
そんな誤解をしたまま、「俺らは江戸のフェミニストでぇ」くらいのことを思っていても不思議ではない。
あの忘八なんざとは違って、女を大事にしてまさぁ。そういう自意識すらうっすら漂っているんですね。
でも、ていの知識が自分より上で、自分が議論の主導権を握れないとなると取り戻そうとする。
要するに、アンコンシャスバイアスってやつでさぁ。無意識のうちに抱えている偏見さね。
「主導権を握ったり、決定権を持つのは男性である、雌鶏が朝を告げてはならぬ」てなことが刷り込まれてんのさ。
だもんで、自分の主導権を侵されたと思うと慌てて無意識のうちに止めにくる。女の口を塞がずにはいられねんだ。
繰り返しますが、やる方は無自覚です。
なんなら相手の女の意見がおかしいからだの、あの程度のことなら誰でもわかるだの。発言の機会があるだけでもマシだの。
自分の権威や知識を振り翳し冷たい笑みを浮かべながらウダウダウダウダ言い募ってくる。
女の発言時間を短くしておきながら、あとで「でも彼女の言いたいことは、所詮あの程度でしかないんですよ」なんて言い出すからタチが悪い。
女の方もなまじ素直だったり、人生経験がないと、自分の落ち度だとスンッとして黙ってしまう。
殴ってきたり怒鳴ってきてもいないし、そういうものかと納得しちまう。
ですので、皆が気づかないまま、息苦しく、発言しにくい場ができあがっていく。
そういう悪循環があるんですね。
男性比が偏っているとより発生しやすい傾向もあります。プロジェクト開始直後はそこまで極端でもなかったのに、女性ばかりが脱落し、男女比が偏ってしまったことはありませんか?
そういう現場は、女性の弱さを責めるのではなく、彼女らに対し不快な環境にしていなかったか、冷静に振り返ることが必要です。
ちなみに、この「マンタラプティング」をドラマ開始早々、初週でわかりやすく描いたのがおなじみ『虎に翼』です。
お見合いの席で話を振られたヒロインの寅子が、持論展開を繰り広げると、相手から遮られて生意気だとダメ出しされ、怒られておりました。
ちなみにあのドラマのヒロインの決め台詞である「はて?」は、このマンタラプティング等、発言を遮ろうとする相手に対する無効化魔法です。
本作は「マンタラプティング」の教材にまで使えるとは……。大河ドラマも進歩したものです。さすが『麒麟がくる』と『大奥』チームは進歩が止まらないですね!
忘八は「マンタラプティング」を実はしていない
さて、忘八の集まりでは、りつが藪蛇だと嘆いています。
策のせいで、吉原者に家屋敷を売れないことが思い出されてしまった。扇屋も謝るしかねえ。
あの地本問屋との対比で見てみましょう。
女のりつが発言している間、誰も遮ったりはしませんね。マンタラプティングがありません。
大文字屋市兵衛が、親父が暴れたことを持ち出してシュンとしています。

『近世商賈尽狂歌合』に描かれた大文字屋/国立国会図書館蔵
初代が揉めて奉行所に話を持ち込んだ結果、定められちまったんですもんね。
若木屋が「そいつを今言ったって」と慰めます。喧嘩しておいて和解すっと、こんだけ義理堅さを見せるようになるんだな。江戸っ子らしいねえ。
蔦重はここで、日本橋には吉原贔屓の馴染みもいると持ちかけます。
そのあたりも当たってみているそうですが、やはり掟が引っ掛かっちまうようですね。
丸屋から売らせたいと思わせられないか考え出します。
ただ、蔦重のせいで潰れたような店なんだそうでね。それでも蔦重は倍出せないかと言い出します。それだと蔦重の借金が倍になると釘を刺されるわけですが。
ここで若木屋が、「丸屋の女将さんが欲しくてたまらねえモン」でもないかと言い出しましたぜ。
蔦重はアホなのか、不老長寿の薬と言い出す。大文字屋は打ち出の小槌だってよ。おまえら吉原にいるんだったらンなもん、装身具とか着物とか思いつかねえもんかよ。
「男……」
りつがそうきましたぜ。蔦重が色仕掛けをすりゃいいって結論に持っていかれます。女将さんをべた惚れさせりゃいいってよ。
「ごめんやっぱ忘れとくれ」
りつ、すかさず否定。あまりにアホだと思ったんだろうね。りつは男が相手だろうとズバッとダメ出しするよな。
見切られた蔦重が不満を漏らすと、りつは「見掛け倒しだ」と言い切りました。
「俺、近頃人気あんですよ! 江戸一の利き者!」
そうポーズをつけますが、駿河屋と扇屋は無視して次の一手を考えようとしています。
駿河屋は江戸っ子モテ定番のオシャレである、刺青を入れてるんですよね。若い頃は色々考えて、んで、ふじというナイスな女房を見つけた。
蔦重は女を落としたことがないと、まだまだからかわれてるんですね。
顔だけじゃねえんだよな。逆にいうと、誰袖は顔しか見ねえで決めてんだよな。
「てめえらだって手近でまとまってるくせによぉ」とぼやきながら家に戻る蔦重。
すると耕書堂には平秩東作がおりました。

平秩東作/国立国会図書館蔵
久しぶりにやってきて、土産は塩昆布とのこと。蝦夷地の名産品ですね。
蔦重は「上方に行ってらしたんですか?」と聞いています。
遠いようで、海路を辿れば案外近いのがこの時代の蝦夷地と上方。
東作は野暮用で行ってきたとごまかしつつ、こう言います。
「それよりおめえ、日本橋を手込めにしようとしてんだって?」
「よしてくだせえよ、そんな言い方」
「でも、そんな言い方されてんぜ」
蔦重はうんざりした顔になっております。
丸屋の女将さんはどんな人なのか?聞き出そうとすると、東作は関わったことがなく、北尾重政あたりなら知ってんじゃねえかということです。
ついに突破口が見えてきたか!
もっと大物を抜荷に引き込めないだろうか?
大文字屋の誰袖花魁は松前を前にして、琥珀に詳しい方を探してもらっていると告げています。
直取引を進めようってハラですな。そこにいるのは平秩東作。廣年は怯えています。
何せ抜荷は御法度であり、兄であるあの殿様に漏れたらどうなることやら。
「まさかの折は、わっちの名をお出しくださんし。わっちに唆されたといえば、兄上様の怒りはわっちに向きんしょう」
誰袖はそう言いますが、あの狂気を知らないからそう言っているのでしょうか。
いや、吉原には仙台のお殿様に斬られた高尾太夫伝説がありますね。誇張はあるとされますが。

月岡芳年『月百姿』に描かれた2代目高尾太夫/wikipediaより引用
気の弱い廣年が戸惑っていると「主さんのためなら」と手練手管を使う誰袖。
オロシャに頼む手段を教えてもらうところまで話を進めます。
東作がここで話を進めます。
オロシャの商人にとっちゃ、儲かるなら相手が誰でもよいのは確かなこと。船で直接接触しちまえばいいんです。
これを見守る田沼意知は、東作の話が本当か訝しんでいます。土山宗次郎は、上方で聞き齧ったことをつぎはぎしているだけだと返しています。
意知はまことしやかに語る相手に、半ば呆れるような、半ば驚嘆するような態度です。
土山はあの者が抜荷ができるのかと呆れています。気弱な文人肌ですもんねえ。
「そう……故にいっそあの男を餌に、世にも肝の太い男が釣れぬかと思うてな」
土山はここで、松前公に直取引をさせるのかと驚いています。
「乗ってくるかどうかは、賭けだがな」
そう意知は言い切るのでした。
ここで、蝦夷錦を掛けられた場所での宴会になります。またあの松前公は粗相をした相手を撃つ遊びをしておりました。
「まこと熊のごとき大男であることよ。果たしてそなたは人か熊か、確かめねばな」
そんな嫌な道産子ジョーク感覚でやらねえでもいいじゃねえすか……。
ちなみに熊胆(ゆうたん・クマの胆汁)は漢方薬として高級品であり、清にも輸出できる目玉商品となります。
意次は顔をしかめ、治済は指で耳を塞いでおります。哀れな熊男はついに気絶してしまいました。
「どうやら熊ではなかったようですのう」
「熊は鉄砲を向けられたごときで気を失いませんからのう」
そうしたり顔でコメントする一橋治済と島津重豪が嫌です。
「これしきのことで。武士の風上にも置けぬ!」
そう吐き捨てる道廣でした。一体何を言ってんだか。
ここで意次と三浦は「ぬっぺっぼう」を思わせるあのお方かと話しています。

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「ぬつへつほふ」/wikipediaより引用
意知が目をつけて、特徴としてあげたのがその顔なんだそうで。その「ぬっぺっぽう」こと廣年が珍しく宴に参加中です。
ここで三浦が「ええっ!」とわざとらしく声をあげ、意次が嗜めます。
わざとらしく、何かに気づいたふりをする三浦と、苛立つ意次の小芝居が展開。
道廣が何に気付いたのか尋ねてくると、三浦はシラを切ろうとします。
しかしかえって道廣は苛立つ。三浦は、しぶしぶこう言います。
「あの、もうお叱りにならないであげてくだしませ。それがし先日、あの方を吉原でお見かけし……」
「あやつを?」
そう三浦が指した先には廣年がおります。驚く道廣。
ここで三味線と鼓が響き、おなじみのお仕置きタイムへ。あの音色は処刑のテーマなんですかね。
「お前! 家老の分際で吉原で湯水のごとく金を使っておるのか!」
「お、お家のお金には手をつけておりませぬ!」
兄が銃を構え、縛られた弟はそう言い訳します。
「女……女郎に唆されまして!」
三味線が響く中、兄に「立て!」と言われる弟。そのまま怯えて後ろに倒れ込んでしまうのでした。
しかしよぉ、この松前のお殿様は、出てくるたびに処刑タイムするつもりかい?
彼の出番だけ山口貴由先生の『衛府の七忍』の世界観でやんす。この作品はKindle Unlimited読み放題に入りましたので、気になる方は是非挑戦してみてください。
ていは寺で漢籍を学んできた
蔦重は北尾重政から丸屋の女将について聞き出そうとしています。
「へえ、手に入れたがってるもんとか。叶えてえ望みとか。それに応えられますよって示しゃあ、店売ってくれんじゃねえかと思って」
こうして歩いていると、町の女たちが声を掛けてきます。
女たちは蔦重に群がり、日本橋移転の噂まで期待を込めているようだ。
江戸の女はおっかけ気質でやんすからね。蔦重が日本橋移転について言葉を濁していると、こう来ました。
「待ってるよ! 旦那衆はうるさいけど、私たちは味方だからね。向こうで桶屋やってるから、何かあったら言っとくれよ」
「かたじけ茄子。お頼み茄子!」
そうファンサービスに余念がない蔦重。重政は扇子で仰ぎながら「時の人だねえ」とからかってきます。
でもここで浮かれてんだか、そうでねえのか、蔦重はちょっとよくわからねえな。
「丸屋の女将さんも、あんなふうだったらいいんすけどねぇ」
「ああいう手合いじゃなかったような……」
なんでも重政は丸屋の親父と仕事をしていて、娘のことはさして知らねえそうで。
「女将さんのことに詳しい人、一体どこにいるんですか?」
「寺」
「寺?」
ここで重政がそう言うと蔦重は訝しんでいます。なんでもその親父さんは、うちの娘は漢籍が読めると自慢していた、女だてらに手ほどきを受けていたそうですぜ。
蔦重は重政から寺の名前を聞き出します。
どうして寺なのか?
これは戦国武将が寺に通うなり、仏僧を招くことと同じ理由があります。
『光る君へ』の時点で、遣唐使は遠い過去のこととなっておりました。
日宋貿易を通じて手に入れた漢籍は、上級貴族が所有するものとなります。日宋貿易の主体が鎌倉幕府へ移りますと、坂東武者が漢籍を読みあさるようになります。
貿易以外にも、中国とのルートはあります。
仏僧です。
最新の仏教を求めて海を越える僧侶がいたのです。そのため、最新鋭の漢籍は仏僧のいる寺社が管理することとなります。
室町幕府は足利学校を作るものの、地方大名は通うことができません。その地方の寺に子を通わせることで、教育を施したというわけです。
『どうする家康』では織田信長の傅役が直に謎の地下室で教育しておりましたが、戦国大名の教育は基本的に寺で行います。
江戸時代中期となると、各地に寺子屋ができます。
江戸っ子ならばこれに通い、読み書きそろばんを身につけているわけです。地本問屋の主人たちもそんな教育程度でしょう。
それがあえて寺にまで通うとなると、それを上回る高等教育です。
相当珍しいことで、だからこそ丸屋の親父は自慢したわけですな。
ちなみに江戸時代中期は、男女の教育カリキュラムも分かれてきます。
『女四書』といった女子教育、良妻賢母思想を植え込むテキストが生まれてくるのです。ていの場合、そこからはみ出したかなり特殊な教育を受けてきたことが見えてきます。
さらに時代がくだった『八重の桜』や『青天を衝け』の八重や千代は、男性の教育から遠ざけられることに悔しさを感じていたものです。
ていは女性専用カリキュラムからはみ出したところにいると。なるほど、だから韓非子を読んでいたわけか。
ちなみに、日本における軍師は中国本場とはちぃと異なっておりやして。
軍師は文官でありながら戦場に立つ、甲冑を身に付けず、馬に乗らない諸葛亮スタイルこそ本来のものとされております。
日本史でこの意味での軍師該当者は、仏僧でありつつ軍事を指揮した太原雪斎あたりが適任と思えますね。
ていは本作中でもっとも軍師に近い経歴の持ち主に思えてきますな。
やはり、こりゃてぇした女諸葛じゃねえか!

諸葛亮/wikipediaより引用
書は人の心を耕すーーその思いを感じて
蔦重が寺に行くと、覚圓という和尚とていが向き合っています。
「大変なことになったね、おていちゃん。あっ、今は丸屋さんか」
ていは漢籍を和尚に渡しているようです。
「これだね。かようにたくさん、いいのかい?」
「仏様の前で少々憚られますが『捨てる神あらば、拾う神あり』と申します。私にはもう、この本を屑屋に出すしか手はありません。しかし、屑屋に出せば本は本ではなく、ただの紙屑と成り果てます。それは本の身なればまこと不本意にございましょう。けれど手習の子らの手に渡れば、本としてのつとめを立派に果たすことができます。子らに文字や知識を与え、その一生が豊で喜びに満ちたものとなれば、本も本望。本屋も本懐というものにございます」
この言葉を聞いているうちに、蔦重は何か感銘を受けた顔になっています。
おめえさんはさ、書をもって世を耕し、この日の本をもっともっと豊かな国にすんだよ。
源内と同じ言葉を言っている。そう腑に落ちた蔦重。
覚圓はしみじみと、こう言います。
「親父さんも、本のあるとなしで一生は天と地ほど変わると言っていたね」
「父の口癖にございました」
「その眼鏡もねぇ、『このままじゃおていが本読めなくなる! 大変だ!』って大騒ぎをして、何度も何度もあつらえ直してね」
ここでていは、そんな父の愛のこもった眼鏡に触れます。
「まことに情けのうございます。そこまで大事に育ててもらいながら、私のしたことといえば、ろくでもない夫と一緒になり、丸屋を傾け、盛り返すこともできず……一体……私は何のために生きておるのかと……申し訳ございません。益体なき愚痴を……」
そう絞り出すように無念を語るてい。蔦重は何か思いついたようだぜ。
「なに、坊主など、それを聞くためのものだ。うん」
「では和尚様、何卒よろしくお願い申し上げます」
ここで丁寧に頭を下げるてい。
蔦重はどうするのか? ていは心を閉ざしてしまいがちで、信じた相手にしか本音を言わない。それを幸運にも聞けたわけですね。
月を見つつ、蔦重は何事か思うところがあるようです。歌麿は、丸屋の女将のことを聞けたのかどうか確認してきます。
確信を込めて、蔦重はこう言います。
「あの人の望みは、一つしかねえんだよ」
歌麿にそれを説明しようとしたところ、駿河屋が呼び出しに来ました。なんでも明日乗り込むそうですぜ。
扇屋が手を回して、丸屋の証文を買い上げ、明け渡しを迫るようです。
蔦重はこれには賛同できないようですが……忘八としちゃあ、買い手が決まらぬうちに強引にでもやっちまいたいそうです。
「合点承知の助でごぜえやす」とは答えるものの、蔦重はどこまで本気ですかね。
忘八のえげつない買収作戦
吉原者出入無用――そう書かれた通油町の立札なぞどこ吹く風でぶっこ抜きました。
吉原者だとざわめく声もものともせず、笑八たちはまっすぐ、丸屋へ向かってゆきます。
そのころ、丸屋では上方からの出店を目指す書物問屋の柏原屋が、鶴屋立ち会いのもの、買取の準備を進めています。
しかし、ていでなく、その頭ごなしに鶴屋が話を進めるというのも嫌なもんだ。
それでも他の連中も「よかったねえ、おていさん」と疑問すら抱いておりません。
「父は、漢籍も好んでおりました。きっと、草葉の陰で喜んでいることと存じます」
証文を手にしたていは乏しい表情のまま、そう返します。鶴屋もこれには同意し、取引を進めようとします。
「ちょいとごめんよ!」
「ごめんなすって」
そこへ忘八が乗り込んできやしたぜ。ていは怯え、鶴屋は嫌味を言います。
「これはこれは、遠路はるばるようこそおいでくださいました」
「おう、年取んねえな、赤子ヅラ!」
そうガラ悪く返す駿河屋。柏原屋が「あの、この方達は」と戸惑っています。
「悪いけど、その取引はなしにしてもらうぜ。もうこの店のいくらかは、俺たちのものになってんだ」
扇屋がそう言い、証文を懐から出してきます。
しかし鶴屋は想定内です。彼らも証文を手に入れていました。
なんでも丸屋は町の講からも借りていたのです。
講というのは互助組織で、互いに金を出し合って寺社参拝を行う信仰に基づくもの。会員が困った時のためにお金を積み立てておくものがあります。丸屋は店が傾いたとき、講にも頼っていたということですね。
こういう店の経営権が分割されていることは、鱗形屋でもありました。
店の経営権の一部を売り渡した相手が、座頭金を借りてしまい、借金が膨れ上がってしまっていました。
そのくらいのことは、日本橋の商人なら誰でも思いつく。そう鶴屋は強気です。
でも、そんなえげつないことはやらない。座頭や無法者、忘八とは違うのだとアピールしてきます。
そのうえで、日本橋にふさわしくないという持論補強に使ってきます。
「けどうちは、丸屋さんの暖簾は残しますよ」
蔦重がここでそう言い出し立ち上がると、ていの前に座ります。
「お初徳兵衛、蔦屋重三郎と申します」
蔦重としちゃ、丸屋と自分の店を一つの店にしたいとのこと。驚くてい。
それでは蔦屋日本橋進出にならないと反論されると、堂号があれば伝わると言い切ります。
丸屋耕書道にするとか。騙されちゃならねえと地本問屋はていに語りかけるも、蔦重はそうしないと言い切りました。
「どうです女将さん、一緒に本屋やりませんか? 本当は店続けてえんじゃねえですか?」
こう言われ、動揺しつつ、ていは返します。
「お受けしかねます。父も、お達しに背くような真似は喜ばぬと思いますので」
「そうですか。じゃあ、俺と一緒になるってなぁどうです?」
これには驚く周囲。中でもりつが、お通夜みてえな顔になっておりやす。こんなサプライズプロポーズはよかねえよ。
「店屋敷の売り買いは難がありますが、縁組は禁じられてねえ。それならお達しには背かねえし、店を一緒にやるのは当たり前。お互い、独り身ですし。どうです?」
ここで一気に冷え込むていの顔。
「男やもめに蛆が湧き、女やもめに花が咲く、と申します」
「そうここはひとつ、花を咲かせましょうよ!」
「花の咲かぬ女やもめは、縁組をちらつかせれば食いつくとでも? どんなに落ちぶれようと、吉原者と一緒になるなどありえません!」
キッパリとそう断ると、立って去ってゆくていでした。そうなるよ、そりゃそうなるわ。蔦重のコミュ力の高さがむしろ詐欺みてえに響いてきたぜ。吉原の宴会ならいいけどさあ。
ていの暖簾への未練と、反省ができる蔦重
このあと、ていの元へみの吉が暖簾をそろそろ外そうかと聞いてきます。ていはあることを思い出しています。その男はこう言いました。
「俺と一緒にならないかい、おていちゃん。俺ゃ、おていちゃんみたいな人がまだひとりだなんて信じられねえよ。真面目で、親孝行な、こんないい娘さんがさ」
こうして口説かれました。これが容姿やらなにやら褒めてきたら、むしろ警戒したのかもしれません。
ていはきっと嬉しかった。真面目さと、親孝行ぶりを見抜いて褒められて舞い上がったのでしょう。
しかし、その夫は逃げました。父の小兵衛ははじめからそれが狙いだったのかと、悔しそうに言ったのです。
あの大好きな父がすすり泣く姿をみて、この孝行娘はどれほど心を抉られたことか。
「みの吉!」
ていはそう声をあげ、己の手で暖簾を外すのでした。

ならまちの織物店/wikipediaより引用
さて、このあと忘八は反省会へ。
唐突な蔦重プロポーズへのダメ出しがされています。
「証文だってしくじったじゃねえか」と蔦重が反論すると、扇屋が間髪入れずに「うるせえな、この野郎!」と怒るんですね。
鶴屋、そしてていと比較するとわかりますが、後者は感情をいったん置いて反応します。
松葉屋がここで、店を一緒にやろうとしたのはなぜかと聞いてきます。
蔦重は探りを入れた結果を説明します。丸屋の女将は自分が店を出して潰したことを不甲斐なく思ってたまらないようなのだと。
りつがここで、芸者衆のネットワーク情報を披露します。
なんでもあの前の旦那は、熱心に女将に言い寄った。行き遅れだった女将さんはその話に飛びついたんだとか。このままじゃ体裁も悪い。親も安堵させられない。
そうタイムリミットを悟って結婚した旦那が、三月もしないうちに吉原に通い始めてしまったと。
「ろくでもねえ男だな!」
そう憤る蔦重。するとりつはこうだ。
「あんたはそのろくでもねえ男と同じに見えたんじゃないのかね。女将さんからすりゃ、また男が、自分の独り身につけ込んできたとしか思えなかったんじゃないかい?」
焦る蔦重。
「俺、べらぼうもべらぼうじゃねえですか!」
やっちまったな。そう後悔しています。
ここで注目したいのは、ダメ出しをしたのがりつで、蔦重はそれを受け止めて素直に反省しているところです。
鶴喜だったら「そうでしょうか?」とかなんとか、ウダウダウダウダ、己の落ち度を認めようしない気がするんですよね。
無意識下に「男が正しくて女は間違っている」とインストールされちまってますんでね。
そのころ、ていは暖簾を前にして、蔦重の言葉を反芻しています。店を続けたいという思いを、どうしてあの男は知っているのか。そんな動揺があるようです。
松前道廣の野望が疼く
大文字屋で誰袖と意知が話しています。
あれ以来、廣年は来ないのだとか。文は送っても梨の切り口。意知も、兄に叱られて反省したのかと考えています。
誰袖はそんな意知にしなだれかかり、抜荷以外の話もしたいとおねだりをします。
しかし意知は、身請けの後でよいとそっけない。
「暁ばかり憂きものはなし……いちゃつきばかり、好きものはなし」
そうしなだれかかり、己の煙管を意知にくわえさせる誰袖。
るとそこへ志げが慌てて飛び込んできます。
なんとご家老がやってきて、兄上様までやってきたとか。
どうにもいけねえ。あの殿様だと、花魁を吊るし斬りにしそうでヒヤヒヤしまさぁ。

月岡芳年『英名二十八衆句』/wikipediaより引用
さて、その道廣は浮かれつつ戯れております。それでも時々怒鳴ると不穏な空気が漂います。
突如志げを呼び、大文字屋を呼んでくるよう命じる道廣。
誰袖と廣年だけ残すと人払いをするようにと付け加えます。
ついに吉原残酷ショーが始まるのかい?
流石の誰袖も血の気が失せた顔色をしておりやす。
大文字屋が挨拶に来ると、道廣はこう来ました。
「お前……花魁が琥珀の直取引を企んでおったことは知っておるか?」
大文字屋はシラを切り、ご家老経由で住吉屋に頼もうとしたと言います。
しかし、唆されたと吐いちまってますからね。住吉屋を通さない直取引を目論んで金を抜こうとしていたことくれえ、把握してんのさ。
「花魁、なんてことを!」
そう叱られると、誰袖は顔をあげます。
「お許しくださんし! 主さん会いたさに魔が差しんして……」
「物知らずの女郎がしでかしましたこと。今後、かようなことがなきよう、きつく言って聞かせますので。どうか、お許しを!」
しかし、道廣はこうだぜ。
「いや」
許せねえってことかよ! こ、こりゃ、血の雨が降るのかい?
「いっそ、それをわしとお前でやらぬか? 松前家と吉原で、ひとつ、琥珀で大儲けせぬか? という話だ」
ええーっ! とんでもねえ方向に話が進んでおりやすが。
ただ、これは歴史的根拠がないわけでもありやせん。
道廣は油断ならぬ大名として評判が悪い。道廣のもとに出入していた人物として大原呑響という者がおります。
彼が幕府に提出した『地北寓談』には、道廣とロシアの内通疑惑が書かれておりました。
なんでも道廣は、密かに愛する女に恐るべき計画を漏らしました。
ロシアと通じ、その協力を得て徳川幕府を転覆し、己がとって替わろうと計画しているというのです。
幕閣としても、こんなネタのような話を信じるわけにもいかない。とはいえ、北の守りが手薄かつ、ロシアが脅威であることは確かではあります。
そういう不穏な噂が流れていたからこそ、そこをちょっと飛躍させれば、この展開もありだと思えます。
さらにいえば、補強として幕末薩摩藩と明治維新があります。
一橋慶喜と決裂した島津久光は、イギリスと密約を結び、倒幕へ舵を切ります。
北か南、ロシアかイギリスか。その違いはあれど、討幕シナリオとして筋は通っているわけです。
道廣はともかく問題ある大名ですので、この扱いもさもありなんでしょう。
浅間山が火を噴く冷夏
さて、春が終わり、夏がくるころ。佐野政言は父を気遣っています。
「そろそろ春か」
そう父が言うと、子はこう返します。
「春はとうに過ぎたのでございますが……」
佐野の父が曖昧な認識のようで、そうとも言い切れません。なんでもこの年は夏になっても寒いままなのだとか。何やら気候が不穏なようです。
蔦重と次郎兵衛が半次郎のつるべ蕎麦で蕎麦をすすっています。
兄の次郎兵衛としちゃ、吉原から出たらこの蕎麦もすすれないと、弟を慰めているようでして。
蔦重は須原屋のもとへ向かおうとします。すると何か地鳴りが響き、地震が来ます。
近頃頻発しているとか。次郎兵衛はダイダラボッチの腹痛だと解説します。

ダイダラボッチのイメージに近いものと考えられている勝川春章・勝川春英画『怪談百鬼図会』/wikipediaより引用
「浅間山が、火ィ噴いとるらしいんですわ」
そう言ってやってきたのは、柏原屋でやんす。
「蔦屋さん、うちからあの店。買いまへんか」
いきなりそうきたか! どういうことでえ?
それも気になるけど、浅間山が噴火したんですね。

浅間山の天明大噴火を描いた「夜分大焼之図」/wikipediaより引用
MVP:てい
女諸葛なので、三顧の礼で落ちるんでしょうね。
ていとの結婚まで引っ張るわけにもいかねえんで、あと一歩でさあ。
ここでそもそもの三顧の礼について考えてみやしょう。ていとも関係のある話です。
どうして諸葛亮は、劉備に三度も足を運ばせたのか?
彼は自分の発言が劉備に採用されるのか、見極めたかったのだという解釈もできます。
若く、廬に引きこもり、何をするわけでもない一人の青年が、仕えたところで己の策が採用されるかどうかがわかりません。
何かとうるさそうな関羽や張飛を止めてでも、劉備が自分を尊重するか?
そうわざとつれなくして、見極めたかったとも思えるわけですね。それを乗り越えてきたからこそ、諸葛亮は劉備を信じてついて行ったわけでさ。

歌川国芳『通俗三国志之内』の「玄徳三雪中孔明訪図」における錦絵3枚/wikipediaより引用
蔦重が見抜きつつあるていの欲しいもの、求めるもの。それは丸屋の経営権でもあるし、自分の話を遮らず、聞いてくれる態度ではないかと思います。
親切なようで、その求めるものを理解していない様を、鶴喜のマンタラプティングぶりは示してきましたね。
ていは、いやというほどわかっています。
自分が漢籍を読めることを喜び、褒めてくれる人なんて、父と和尚様くらいしかいないことを。
むしろ漢籍を引用しようものなら、あの地本問屋の連中のように、しらけきった顔をされるばかり。
場の空気を凍らせてしまい、かえって居づらくなりかねない。そのくらい、空気が読めないていでも、生きてきてなんとなく理解できるようにはなっているのでしょう。
『光る君へ』のまひろこと紫式部の場合、理論的に漢籍教養女がいかにウザがられるか、解析してみせ、それを『源氏物語』にも盛り込んできたものです。
まひろは道長から紙をもらい、ありのままの思いを作品に昇華させました。
そういうアウトプット願望を、ていはどう発散するのでしょうか。
きっとそこは、見逃せねえ名場面になるぜ!
私の話を、遮ることなく誰かに聞いて欲しい――彼女がそう気づくときはきっとこのさき訪れることでしょう。思う存分ていが漢籍を語るとき、きっと花が咲きます。
私の話を聞けーーていは自分でも気づいていねえかもしれねえけど、ずっとずっと、心の奥底でそう叫んでんだ。
ついでにいえば経営知識も活かしたい。
ていは軍師タイプなので、俯瞰した目線で店を経営し、改善するよう努力したい。でもその意見が無視されるとだんだんと心が腐り、閉ざしていってしまうタイプでしょう。
そんなていに花を咲かせる男なんですけどね。そらジェンダーイコール男だぜ。
これは鶴屋喜右衛門は該当しねえ。あいつは儒教倫理くれえわかっちゃいるし、それこそ歴史上の才女の名前もスラスラ出てくるし、インテリなわけだよ。
吉原にゃあ足が向かねえし、母や妻もそれなりに大事にしてるって自認してんじゃねえかな。
でもよ、それだけじゃ足りねえんだな。
ああいう赤子ヅラボンボンは、なまじ母や姉妹、女中にも大事にされている。
彼が何かいうと、たとえどこか間違っていても、周りは褒めちぎる。否定しねえ。となると、自分が優れていて賢いことを当たり前のように身につけちまう。んで、母や姉妹の気遣いが当たり前になりすぎて、自分の足が踏んづけていても気づかないようになってっちまうんだよ。
一方で蔦重はどうか?
蔦重は貸本を抱えて、女郎たち営業をかけておりましたね。女郎の要望に応えてきました。
瀬川のような気の強い女郎にガツンと言われても、筋道通ってりゃ受け入れる。今回もりつにガツンと言われたら、素直に受け入れて反省しましたよね。
いわばあいつは、姉妹に揉まれてきた男なんでさあね。
こういう「母や姉にしばかれた男」は有望なんでさぁ。理屈でなく、肌に沁みて「女の言うこた一理あるぜ、俺より賢い女はいくらでもいるぜ」と理解できている。
ていが漢籍披露しだしたら「すげえ!」と素直に聞く耳を持つ。これぞていが求めてやまねえものなんでさ。
今回を見ていますと、蔦重が女の扱いの達人とは大して思えないんですよ。
そもそもていにせよ、蔦重追っかけ女子のような気持ちはさらさらない。
破れ鍋に綴じ蓋ってもんで、ピタッとハマる相性のよさがあるんですね。
そしてもうひとつ、この時代ならではの解毒ができるのも、蔦重でやんす。
蔦重は「忘八」だ。儒教倫理に背く存在ですね。
ていは儒教倫理に合わせて生きてきました。
父を喜ばせようと漢籍を読み、学ぶ。その真面目さと親孝行ぶりを誰かに認めて欲しい気持ちはあったのでしょう。だから、そこを認めてきたあの旦那にも騙されてしまいました。
一方で、女性が儒教倫理を学ぶと引き裂かれるジレンマに苦しむことになります。
女子と小人とは養い難し。
牝鶏晨す。
こうした女性を下に見る思想が儒教経典には溢れているため、息苦しさを感じてしまうのです。
真面目なていは、このジレンマに心を引き裂かれていることが見て取れます。
父から受け継いだ店を潰した不孝に苦しんでいるのです。
一方で、自分の意見を語りたいこと。自分で店を切り盛りしたいこと。こうした自分の欲求は儒教倫理に背く。
もう、自分の思いを口に出してなかなか言えなくなってしまったんです。ていは自分の心を閉ざし、向き合っていないことは言葉を聞いているとわかります。
柏原屋の買取の話がきたとき、ていはこう言いました。
「父は、漢籍も好んでおりました。きっと、草葉の陰で喜んでいることと存じます」
蔦重を断る時ですら、こうですぜ。
「お受けしかねます。父も、お達しに背くような真似は喜ばぬと思いますので」
彼女は亡き父、世間の掟を基準に判断を下していると語り、自分自身の意思がどこにあるのかすら、見えてきません。
行方知らずになった彼女の心を蔦重がつかんだからこそ、彼女は動揺しているのでしょう。
丸屋の暖簾を見て、ウズウズする心の動き。それは蔦重への思いというよりも、どこにいるかわからない自分の心への思いでもあるんですよ。
ていは心が迷子です。だってこれだもの。
「まことに情けのうございます。そこまで大事に育ててもらいながら、私のしたことといえば、ろくでもない夫と一緒になり、丸屋を傾け、盛り返すこともできず……一体……私は何のために生きておるのかと……」
こういうタイプは、まず、自分自身を認めるところから始めなきゃいけねえ。
それが手助けできんのは、儒教からの解毒ができる、蔦重、おめえだけなんだよ。
今週の逆MVP:鶴屋喜右衛門
今回の鶴喜は、忘八や蔦重と対比させてきて、ほんとうに解像度の高い、いけすかねえ野郎に仕上がってきました。
風間俊介さんをなんと見事に活用しているのか。ここはひとつ、階段から落としておきたいと思います。
鶴喜と似たタイプは世間にいるので解析されてんだ。奴のやらかしをみていくぜ。
◆マンタラプティング(manterrupting)
バッチリ劇中で、お手本にしたいくらい出てきました。
◆マンスプレイニング(mansplaining)
鶴喜は柏原屋との交渉でもていとの間に入って、いちいち説明してくるんですよ。鬱陶しいんだよなあ。
◆ブロプロプリエイティング(bropropriating)
女性が発案した策を、男性が横取りし、自分が一から考えたように振る舞うこと。
亀屋の策をはじめに見抜いたのは、ていでした。それを鶴喜が横からひっ攫うようにして、亀屋を見破ったようにしておりました。
◆ヒピーティング(hepeating)
女性が提案した時はそこまで反応されないのに、男が同じことを言うと賞賛される現象。鶴喜はずっとこれをしてんだよな。
これ、もう教材に使えんじゃねえかな。
この鶴喜を見ていて、思い出した苦いことがあります。
杉浦日向子さんという、江戸時代の知識と文化に詳しい女性漫画家がおりました。『百日紅』はアニメ映画となり、好評を博しておりますね。
そんな彼女の語り口を求めて対談集を読むと、かえって精神が抉られることがありました。
というのも、男性が相手の対談だとしばしばこの鶴喜じみた対応を相手が取っているんですね。
杉浦さんメインで読みたい、あんたのマウンティングを読みたいわけじゃねえ。
そうイライラするものの、本を叩きつけるわけにもいかず、眉間に皺がぐっと寄ることがあるもんでして。そんなあれやこれやを連想させるほど、鶴喜の逆MVPぶりが水際だってますわな。
総評
さて、ここで問題提起です。
鶴喜は自分に対して、ていが苛立っていてもおかしくないことを自覚できているのでしょうか?
こりゃねえ、本人は気づかねえんだわ。
むしろ鈍感化していると思います。
論拠の一つとして、吉原者を強く非難し、彼らとは違うという自意識を振り翳していることがあります。
『べらぼう』そのものでもある反応なのですが、SNSのジェンダーに敏感な人たちは吉原が舞台というだけで本作をやたらと叩き出したんですね。
どうにも気のせいじゃないと思ったのは、ある熱心な大河ドラマファンのポストを見ていたときのこと。
ずっと『べらぼう』を見てきたけれども、ジェンダーに鈍感と思われたくないから感想を投稿しなかったという旨が書かれていました。
逆に、今年の大河を叩くことで「ジェンダーに敏感な自分」というブランドを生み出すこともできるのではないか、と。
しかし、そういう頭でっかちなことでなく、心に届く言動が大事ではありませんか?
誰かを殴る“棒”として作品を使うとか。マウントを取るためにどうこうするとか。どうにも無粋で、あっしゃあ御免でやんす。
本来団結し、助け合うための思想や考え方が、分断やら見下しを煽るこの世知辛い世の中は、さすがに世知辛いですよね。どうにかならねえもんすかねえ。
むしろこのドラマは、先端をぶっちぎりすぎているのかもしれませんね。
今回の描き方は、昭和平成をぶっちぎって、突如令和にギューンとすっ飛んできたと思えます。
そして『光る君へ』に続き、二年連続、教養ガチガチ、心閉ざしがち、めんどくさいインテリヒロインにしてきたことも興味深い。
思い出してみてもくだせえよ。
平成の『利家とまつ』や『功名が辻』はヒロインの知性を実在するモデルより低くしてきた。
『八重の桜』は前半はまだしも、後半どうにもおかしくなりました。明治という新時代を、知恵という武器で戦うヒロインとなるはずが、家事能力の高さばかりをアピールする内容にされてしまいました。
『花燃ゆ』は、悪夢の毒おにぎりマネージャー路線。
『青天を衝け』も、主人公妻である千代から、教養や向学心がかなり減らされていたものです。
こうした大河の中、気を吐いていたのが『おんな城主 直虎』。そして『麒麟がくる』です。この脚本家とチームが手を組み、令和にふさわしいヒロインを仕上げてきました。こりゃ事件ですぜ。
今回は女性上位婚というのも興味深い。
この女性上位婚というのは歴史的にしばしば存在しますが、なまじ現代人は理解できずに無茶苦茶な誤解をしてしまうことがしばしばあります。
日本の江戸時代なら、ていのような家付一人娘に婿が入るとなると、女性上位婚になりやす。
有名なフィクションにおける女性上位カップルといえば、『アナと雪の女王』がありますね。
あれはアナが王女であり、彼女と相思相愛になるクリストフはしがない氷販売業者です。
あれだけ奮闘したのに、王室御用達氷商人になるだけとはあまりにしょぼい。そんな批判があったのですが、いやいや、てえしたもんじゃねえですか。
同業者の中で頭ひとつ飛び抜けますし、暮らしはきっとずっと豊かになりやすぜ。
男が何かしたら美人がくっついてきて、宴会して、浮かれ騒いで英雄扱いしろってか?
いやいや、それより女性上位の結婚について調べてもいいと思いやすがね。
朝ドラでもこうした例は近年出てきております。『虎に翼』では、ヒロインの初婚の相手である優三がそうでした。
彼は孤児であり下宿生としてヒロインの家に住んでいたのです。ヒロインが通った司法試験を何度も失敗し続けてもおりました。
ヒロインが一時迷う恋の相手と比較すれば、スペックで言えば諸々が下だったのです。
それでも優三は最高の相手役でした。
口が達者で理屈っぽいヒロインの話をうんうんと優しく聞く。よいことは二人で分かち合う。そんな寄り添う心が、今は求められる時代になったんですね。
このドラマは、女性だけを救うんじゃねえ。男性にもスペックを重視すぎる弊害から解き放つ、そういう境地に達してきました。
視聴率が苦戦するのも無理はねえと正直言って思います。ためになりすぎるんですよ。
朝ドラの『虎に翼』も、こんなにためになるドラマはアンチが出てくるんじゃないかと思っておりやしたんで、むしろ好評すぎて拍子抜けしましたからね。
強すぎる薬はどうにも体に合わねえ人はいる。そこも含めての作品だと思いますぜ。
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【参考】
べらぼう/公式サイト





