べらぼう感想あらすじレビュー

背景は喜多川歌麿『ポッピンを吹く娘』/wikipediaより引用

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『べらぼう』感想あらすじレビュー第24回げにつれなきは日本橋 ていは三顧の礼で迎えるべし

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『べらぼう』感想あらすじレビュー第24回げにつれなきは日本橋
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もっと大物を抜荷に引き込めないだろうか?

大文字屋の誰袖花魁は松前を前にして、琥珀に詳しい方を探してもらっていると告げています。

直取引を進めようってハラですな。そこにいるのは平秩東作。廣年は怯えています。

何せ抜荷は御法度であり、兄であるあの殿様に漏れたらどうなることやら。

「まさかの折は、わっちの名をお出しくださんし。わっちに唆されたといえば、兄上様の怒りはわっちに向きんしょう」

誰袖はそう言いますが、あの狂気を知らないからそう言っているのでしょうか。

いや、吉原には仙台のお殿様に斬られた高尾太夫伝説がありますね。誇張はあるとされますが。

月岡芳年『月百姿』に描かれた2代目高尾太夫/wikipediaより引用

気の弱い廣年が戸惑っていると「主さんのためなら」と手練手管を使う誰袖。

オロシャに頼む手段を教えてもらうところまで話を進めます。

東作がここで話を進めます。

オロシャの商人にとっちゃ、儲かるなら相手が誰でもよいのは確かなこと。船で直接接触しちまえばいいんです。

これを見守る田沼意知は、東作の話が本当か訝しんでいます。土山宗次郎は、上方で聞き齧ったことをつぎはぎしているだけだと返しています。

意知はまことしやかに語る相手に、半ば呆れるような、半ば驚嘆するような態度です。

土山はあの者が抜荷ができるのかと呆れています。気弱な文人肌ですもんねえ。

「そう……故にいっそあの男を餌に、世にも肝の太い男が釣れぬかと思うてな」

土山はここで、松前公に直取引をさせるのかと驚いています。

「乗ってくるかどうかは、賭けだがな」

そう意知は言い切るのでした。

ここで、蝦夷錦を掛けられた場所での宴会になります。またあの松前公は粗相をした相手を撃つ遊びをしておりました。

「まこと熊のごとき大男であることよ。果たしてそなたは人か熊か、確かめねばな」

そんな嫌な道産子ジョーク感覚でやらねえでもいいじゃねえすか……。

ちなみに熊胆(ゆうたん・クマの胆汁)は漢方薬として高級品であり、清にも輸出できる目玉商品となります。

意次は顔をしかめ、治済は指で耳を塞いでおります。哀れな熊男はついに気絶してしまいました。

「どうやら熊ではなかったようですのう」

「熊は鉄砲を向けられたごときで気を失いませんからのう」

そうしたり顔でコメントする一橋治済と島津重豪が嫌です。

「これしきのことで。武士の風上にも置けぬ!」

そう吐き捨てる道廣でした。一体何を言ってんだか。

ここで意次と三浦は「ぬっぺっぼう」を思わせるあのお方かと話しています。

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「ぬつへつほふ」/wikipediaより引用

意知が目をつけて、特徴としてあげたのがその顔なんだそうで。その「ぬっぺぼう」こと廣年が珍しく宴に参加中です。

ここで三浦が「ええっ!」とわざとらしく声をあげ、意次が嗜めます。

わざとらしく、何かに気づいたふりをする三浦と、苛立つ意次の小芝居が展開。

道廣が何に気付いたのか尋ねてくると、三浦はシラを切ろうとします。

しかしかえって道廣は苛立つ。三浦は、しぶしぶこう言います。

「あの、もうお叱りにならないであげてくだしませ。それがし先日、あの方を吉原でお見かけし……」

「あやつを?」

そう三浦が指した先には廣年がおります。驚く道廣。

ここで三味線と鼓が響き、おなじみのお仕置きタイムへ。あの音色は処刑のテーマなんですかね。

「お前! 家老の分際で吉原で湯水のごとく金を使っておるのか!」

「お、お家のお金には手をつけておりませぬ!」

兄が銃を構え、縛られた弟はそう言い訳します。

「女……女郎に唆されまして!」

三味線が響く中、兄に「立て!」と言われる弟。そのまま怯えて後ろに倒れ込んでしまうのでした。

しかしよぉ、この松前のお殿様は、出てくるたびに処刑タイムするつもりかい?

彼の出番だけ山口貴由先生の『衛府の七忍』の世界観でやんす。この作品はKindle Unlimited読み放題に入りましたので、気になる方は是非挑戦してみてください。

 


ていは寺で漢籍を学んできた

蔦重北尾重政から丸屋の女将について聞き出そうとしています。

「へえ、手に入れたがってるもんとか。叶えてえ望みとか。それに応えられますよって示しゃあ、店売ってくれんじゃねえかと思って」

こうして歩いていると、町の女たちが声を掛けてきます。

女たちは蔦重に群がり、日本橋移転の噂まで期待を込めているようだ。

江戸の女はおっかけ気質でやんすからね。蔦重が日本橋移転について言葉を濁していると、こう来ました。

「待ってるよ! 旦那衆はうるさいけど、私たちは味方だからね。向こうで桶屋やってるから、何かあったら言っとくれよ」

「かたじけ茄子。お頼み茄子!」

そうファンサービスに余念がない蔦重。重政は扇子で仰ぎながら「時の人だねえ」とからかってきます。

でもここで浮かれてんだか、そうでねえのか、蔦重はちょっとよくわからねえな。

「丸屋の女将さんも、あんなふうだったらいいんすけどねぇ」

「ああいう手合いじゃなかったような……」

なんでも重政は丸屋の親父と仕事をしていて、娘のことはさして知らねえそうで。

「女将さんのことに詳しい人、一体どこにいるんですか?」

「寺」

「寺?」

ここで重政がそう言うと蔦重は訝しんでいます。なんでもその親父さんは、うちの娘は漢籍が読めると自慢していた、女だてらに手ほどきを受けていたそうですぜ。

蔦重は重政から寺の名前を聞き出します。

どうして寺なのか?

これは戦国武将が寺に通うなり、仏僧を招くことと同じ理由があります。

『光る君へ』の時点で、遣唐使は遠い過去のこととなっておりました。

日宋貿易を通じて手に入れた漢籍は、上級貴族が所有するものとなります。日宋貿易の主体が鎌倉幕府へ移りますと、坂東武者が漢籍を読みあさるようになります。

貿易以外にも、中国とのルートはあります。

仏僧です。

最新の仏教を求めて海を越える僧侶がいたのです。そのため、最新鋭の漢籍は仏僧のいる寺社が管理することとなります。

室町幕府は足利学校を作るものの、地方大名は通うことができません。その地方の寺に子を通わせることで、教育を施したというわけです。

『どうする家康』では織田信長の傅役が直に謎の地下室で教育しておりましたが、戦国大名の教育は基本的に寺で行います。

江戸時代中期となると、各地に寺子屋ができます。

江戸っ子ならばこれに通い、読み書きそろばんを身につけているわけです。地本問屋の主人たちもそんな教育程度でしょう。

それがあえて寺にまで通うとなると、それを上回る高等教育です。

相当珍しいことで、だからこそ丸屋の親父は自慢したわけですな。

ちなみに江戸時代中期は、男女の教育カリキュラムも分かれてきます。

『女四書』といった女子教育、良妻賢母思想を植え込むテキストが生まれてくるのです。ていの場合、そこからはみ出したかなり特殊な教育を受けてきたことが見えてきます。

なるほど、だから『韓非子』を読んでいたわけか。

ちなみに、日本における軍師は中国本場とはちぃと異なっておりやして。

軍師は文官でありながら戦場に立つ、甲冑を身に付けず、馬に乗らない諸葛亮スタイルこそ本来のものとされております。

日本史でこの意味での軍師該当者は、仏僧でありつつ軍事を指揮した太原雪斎あたりが適任と思えますね。

ていは本作中でもっとも軍師に近い経歴の持ち主に思えてきますな。

やはり、こりゃてぇした女諸葛じゃねえか!

諸葛亮/wikipediaより引用

 


書は人の心を耕すーーその思いを感じて

蔦重が寺に行くと、覚圓という和尚とていが向き合っています。

「大変なことになったね、おていちゃん。あっ、今は丸屋さんか」

ていは漢籍を和尚に渡しているようです。

「これだね。かようにたくさん、いいのかい?」

「仏様の前で少々憚られますが『捨てる神あらば、拾う神あり』と申します。私にはもう、この本を屑屋に出すしか手はありません。しかし、屑屋に出せば本は本ではなく、ただの紙屑と成り果てます。それは本の身なればまこと不本意にございましょう。けれど手習の子らの手に渡れば、本としてのつとめを立派に果たすことができます。子らに文字や知識を与え、その一生が豊で喜びに満ちたものとなれば、本も本望。本屋も本懐というものにございます」

この言葉を聞いているうちに、蔦重は何か感銘を受けた顔になっています。

おめえさんはさ、書をもって世を耕し、この日の本をもっともっと豊かな国にすんだよ。

源内と同じ言葉を言っている。そう腑に落ちた蔦重。

覚圓はしみじみと、こう言います。

「親父さんも、本のあるとなしで一生は天と地ほど変わると言っていたね」

「父の口癖にございました」

「その眼鏡もねぇ、『このままじゃおていが本読めなくなる! 大変だ!』って大騒ぎをして、何度も何度もあつらえ直してね」

ここでていは、そんな父の愛のこもった眼鏡に触れます。

「まことに情けのうございます。そこまで大事に育ててもらいながら、私のしたことといえば、ろくでもない夫と一緒になり、丸屋を傾け、盛り返すこともできず……一体……私は何のために生きておるのかと……申し訳ございません。益体なき愚痴を……」

そう絞り出すように無念を語るてい。蔦重は何か思いついたようだぜ。

「なに、坊主など、それを聞くためのものだ。うん」

「では和尚様、何卒よろしくお願い申し上げます」

ここで丁寧に頭を下げるてい。

蔦重はどうするのか? ていは心を閉ざしてしまいがちで、信じた相手にしか本音を言わない。それを幸運にも聞けたわけですね。

月を見つつ、蔦重は何事か思うところがあるようです。歌麿は、丸屋の女将のことを聞けたのかどうか確認してきます。

確信を込めて、蔦重はこう言います。

「あの人の望みは、一つしかねえんだよ」

歌麿にそれを説明しようとしたところ、駿河屋が呼び出しに来ました。なんでも明日乗り込むそうですぜ。

扇屋が手を回して、丸屋の証文を買い上げ、明け渡しを迫るようです。

蔦重はこれには賛同できないようですが……忘八としちゃあ、買い手が決まらぬうちに強引にでもやっちまいたいそうです。

「合点承知の助でごぜえやす」とは答えるものの、蔦重はどこまで本気ですかね。

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