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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第24回げにつれなきは日本橋】
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忘八のえげつない買収作戦
吉原者出入無用――そう書かれた通油町の立札なぞどこ吹く風。
吉原者だとざわめく声もものともせず、笑八たちはまっすぐ、丸屋へ向かってゆきます。
そのころ、丸屋では上方からの出店を目指す書物問屋の柏原屋が、鶴屋立ち会いのもの、買取の準備を進めています。
しかし、ていでなく、その頭ごなしに鶴屋が話を進めるというのも嫌なもんだ。
それでも他の連中も「よかったねえ、おていさん」と疑問すら抱いておりません。
「父は、漢籍も好んでおりました。きっと、草葉の陰で喜んでいることと存じます」
証文を手にしたていは乏しい表情のまま、そう返します。鶴屋もこれには同意し、取引を進めようとします。
「ちょいとごめんよ!」
「ごめんなすって」
そこへ忘八が乗り込んできやしたぜ。ていは怯え、鶴屋は嫌味を言います。
「これはこれは、遠路はるばるようこそおいでくださいました」
「おう、年取んねえな、赤子ヅラ!」
そうガラ悪く返す駿河屋。柏原屋が「あの、この方達は」と戸惑っています。
「悪いけど、その取引はなしにしてもらうぜ。もうこの店のいくらかは、俺たちのものになってんだ」
扇屋がそう言い、証文を懐から出してきます。
しかし鶴屋は想定内です。彼らも証文を手に入れていました。
なんでも丸屋は町の講からも借りていたのです。
講というのは互助組織で、互いに金を出し合って寺社参拝を行う信仰に基づくもの。会員が困った時のためにお金を積み立てておくものがあります。丸屋は店が傾いたとき、講にも頼っていたということですね。
こういう店の経営権が分割されていることは、鱗形屋でもありました。
店の経営権の一部を売り渡した相手が、座頭金を借りてしまい、借金が膨れ上がってしまっていました。
そのくらいのことは、日本橋の商人なら誰でも思いつく。そう鶴屋は強気です。
でも、そんなえげつないことはやらない。座頭や無法者、忘八とは違うのだとアピールしてきます。
そのうえで、日本橋にふさわしくないという持論補強に使ってきます。
「けどうちは、丸屋さんの暖簾は残しますよ」
蔦重がここでそう言い出し立ち上がると、ていの前に座ります。
「お初徳兵衛、蔦屋重三郎と申します」
蔦重としちゃ、丸屋と自分の店を一つの店にしたいとのこと。驚くてい。
それでは蔦屋日本橋進出にならないと反論されると、堂号があれば伝わると言い切ります。
丸屋耕書道にするとか。騙されちゃならねえと地本問屋はていに語りかけるも、蔦重はそうしないと言い切りました。
「どうです女将さん、一緒に本屋やりませんか? 本当は店続けてえんじゃねえですか?」
こう言われ、動揺しつつ、ていは返します。
「お受けしかねます。父も、お達しに背くような真似は喜ばぬと思いますので」
「そうですか。じゃあ、俺と一緒になるってなぁどうです?」
これには驚く周囲。中でもりつが、お通夜みてえな顔になっておりやす。こんなサプライズプロポーズはよかねえよ。
「店屋敷の売り買いは難がありますが、縁組は禁じられてねえ。それならお達しには背かねえし、店を一緒にやるのは当たり前。お互い、独り身ですし。どうです?」
ここで一気に冷え込むていの顔。
「男やもめに蛆が湧き、女やもめに花が咲く、と申します」
「そうここはひとつ、花を咲かせましょうよ!」
「花の咲かぬ女やもめは、縁組をちらつかせれば食いつくとでも? どんなに落ちぶれようと、吉原者と一緒になるなどありえません!」
キッパリとそう断ると、立って去ってゆくていでした。そうなるよ、そりゃそうなるわ。蔦重のコミュ力の高さがむしろ詐欺みてえに響いてきたぜ。吉原の宴会ならいいけどさあ。
ていの暖簾への未練と、反省ができる蔦重
このあと、ていの元へみの吉が暖簾をそろそろ外そうかと聞いてきます。ていはあることを思い出しています。その男はこう言いました。
「俺と一緒にならないかい、おていちゃん。俺ゃ、おていちゃんみたいな人がまだひとりだなんて信じられねえよ。真面目で、親孝行な、こんないい娘さんがさ」
こうして口説かれました。これが容姿やらなにやら褒めてきたら、むしろ警戒したのかもしれません。
ていはきっと嬉しかった。真面目さと、親孝行ぶりを見抜いて褒められて舞い上がったのでしょう。
しかし、その夫は逃げました。父の小兵衛ははじめからそれが狙いだったのかと、悔しそうに言ったのです。
あの大好きな父がすすり泣く姿をみて、この孝行娘はどれほど心を抉られたことか。
「みの吉!」
ていはそう声をあげ、己の手で暖簾を外すのでした。

ならまちの織物店/wikipediaより引用
さて、このあと忘八は反省会へ。
唐突な蔦重プロポーズへのダメ出しがされています。
「証文をしくじった」と蔦重が反論すると、扇屋あ間髪入れずに「うるせえな、この野郎!」と怒るんですね。
鶴屋、そしてていと比較するとわかりますが、後者は感情をいったん置いて反応します。
松葉屋がここで、店を一緒にやろうとしたのはなぜかと聞いてきます。
蔦重は探りを入れた結果を説明します。丸屋の女将は自分が店を出して潰したことを不甲斐なく思ってたまらないようなのだと。
りつがここで、芸者衆のネットワーク情報を披露します。
なんでもあの前の旦那は、熱心に女将に言い寄った。行き遅れだった女将さんはその話に飛びついたんだとか。このままじゃ体裁も悪い。親も安堵させられない。
そうタイムリミットを悟って結婚した旦那が、三月もしないうちに吉原に通い始めてしまったと。
「ろくでもねえ男だな!」
そう憤る蔦重。するとりつはこうだ。
「あんたはそのろくでもねえ男と同じに見えたんじゃないのかね。女将さんからすりゃ、また男が、自分の独り身につけ込んできたとしか思えなかったんじゃないかい?」
焦る蔦重。
「俺、べらぼうもべらぼうじゃねえですか!」
やっちまったな。そう後悔しています。
ここで注目したいのは、ダメ出しをしたのがりつで、蔦重はそれを受け止めて素直に反省しているところです。
鶴喜だったら「そうでしょうか?」とかなんとか、ウダウダウダウダ、己の落ち度を認めようしない気がするんですよね。
無意識下に「男が正しくて女は間違っている」とインストールされちまってますんでね。
そのころ、ていは暖簾を前にして、蔦重の言葉を反芻しています。店を続けたいという思いを、どうしてあの男は知っているのか。そんな動揺があるようです。
松前道廣の野望が疼く
大文字屋で誰袖と意知が話しています。
あれ以来、廣年は来ないのだとか。文は送っても梨の切り口。意知も、兄に叱られて反省したのかと考えています。
誰袖はそんな意知にしなだれかかり、抜荷以外の話もしたいとおねだりをします。
しかし意知は、身請けの後でよいとそっけない。
「暁ばかり憂きものはなし……いちゃつきばかり、好きものはなし」
そうしなだれかかり、己の煙管を意知にくわえさせる誰袖。
るとそこへ志げが慌てて飛び込んできます。
なんとご家老がやってきて、兄上様までやってきたとか。
どうにもいけねえ。あの殿様だと、花魁を吊るし斬りにしそうでヒヤヒヤしまさぁ。

月岡芳年『英名二十八衆句』/wikipediaより引用
さて、その道廣は浮かれつつ戯れております。それでも時々怒鳴ると不穏な空気が漂います。
突如志げを呼び、大文字屋を呼んでくるよう命じる道廣。
誰袖と廣年だけ残すと人払いをするようにと付け加えます。
ついに吉原残酷ショーが始まるのかい?
流石の誰袖も血の気が失せた顔色をしておりやす。
大文字屋が挨拶に来ると、道廣はこう来ました。
「お前……花魁が琥珀の直取引を企んでおったことは知っておるか?」
大文字屋はシラを切り、ご家老経由で住吉屋に頼もうとしたと言います。
しかし、唆されたと吐いちまってますからね。住吉屋を通さない直取引を目論んで金を抜こうとしていたことくれえ、把握してんのさ。
「花魁、なんてことを!」
そう叱られると、誰袖は顔をあげます。
「お許しくださんし! 主さん会いたさに魔が差しんして……」
「物知らずの女郎がしでかしましたこと。今後、かようなことがなきよう、きつく言って聞かせますので。どうか、お許しを!」
しかし、道廣はこうだぜ。
「いや」
許せねえってことかよ! こ、こりゃ、血の雨が降るのかい?
「いっそ、それをわしとお前でやらぬか? 松前家と吉原で、ひとつ、琥珀で大儲けせぬか? という話だ」
ええーっ! とんでもねえ方向に話が進んでおりやすが。
ただ、これは歴史的根拠がないわけでもありやせん。
道廣は油断ならぬ大名として評判が悪い。道廣のもとに出入していた人物として大原呑響という者がおります。
彼が幕府に提出した『地北寓談』には、道廣とロシアの内通疑惑が書かれておりました。
なんでも道廣は、密かに愛する女に恐るべき計画を漏らしました。
ロシアと通じ、その協力を得て徳川幕府を転覆し、己がとって替わろうと計画しているというのです。
幕閣としても、こんなネタのような話を信じるわけにもいかない。とはいえ、北の守りが手薄かつ、ロシアが脅威であることは確かではあります。
そういう不穏な噂が流れていたからこそ、そこをちょっと飛躍させれば、この展開もありだと思えます。
さらにいえば、補強として幕末薩摩藩と明治維新があります。
一橋慶喜と決裂した島津久光は、イギリスと密約を結び、倒幕へ舵を切ります。
北か南、ロシアかイギリスか。その違いはあれど、討幕シナリオとして筋は通っているわけです。
道廣はともかく問題ある大名ですので、この扱いもさもありなんでしょう。
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