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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第38回地本問屋仲間事之始】
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鶴喜、蔦重と山東京伝の仲直りを企画する
「くれぐれも短気は起こさないでくださいよ」
鶴喜がそう念押しし、蔦重がやってきたのは山東京伝との仲直りの場でした。
にこやかにやってきた京伝は、蔦重を見ると逃げ出そうとし、鶴喜が止めます。どうやら事前通知がなかったようで。
江戸が舞台だからよかったけれど、『鎌倉殿の13人』の世界線なら死人が出ているかもしれませんね。
蔦重は羽織の裾を払い、静かに腰掛けます。鶴喜がそつなく京伝の婚礼を祝いながら、品を贈りました。
京伝は年季明けした菊園と所帯を持ちました。さんざん遊ばせたのだから一人くらいは引き受けろと、扇屋に言われたのだそうです。
京伝にとっちゃ年貢の納め時どころか、素晴らしい話です。
扇屋は吉原随一の教養溢れる女郎が自慢の種ですから、創作の励みにもなることでしょう。
なんせ京伝は江戸随一のリア充ですんでね。

『江戸花京橋名取 山東京伝像』鳲鳩斎栄里(鳥橋斎栄里)筆/wikipediaより引用
二度の結婚相手はどちらも相思相愛の吉原女郎です。これを夫婦仲の悪い曲亭馬琴がさんざん攻撃することになるのは、しばらく先の話。
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史実では2人の妻がいた山東京伝(北尾政演)吉原の遊女 菊園と玉の井とは?
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鶴喜は照れている京伝に、所帯を持ったならばいろいろ物入りだろうと声をかけ、蔦屋と共に相談し、年三十両を支払うことにしたのだと告げます。
日本史上最初期の作家ギャラですね。
ただし、引き換えに、自分たちの仕事を最優先するようにと鶴喜は告げます。
こりゃいいですね。蔦重の吉原云々の縛りは契約として明文化されていないから危険だわ。
京伝は喜びつつ、鶴屋だけなら引き受けるそぶりを見せます。蔦重は、横柄な態度でこの前のことを謝罪します。
鶴喜が怒らないよう釘を刺しても「謝っているだけじゃねえですか!」とオラつく蔦重。本当に階段から落としたくなってきます。
鶴喜は京伝に、そこまで怯えなくてもよいのではないかと促します。
京伝はゴニョゴニョと、モテるために創作を始めたら、ありがたいことに向いていたと本音を口走る。
楽しくて、何よりモテる。どこに行ってもモテる。そう楽しかったと言い出します。
そしてこうだ。蔦重の言うことはわかる。春町先生も大好きだった。とはいえ、正直なところ、世の中に抗うのは柄じゃないと言います。ずっと浮雲みてえにフラフラ生きたいんだと。
「あのよ、遊ぶな、働け、戯けるなって中で、どうやったら浮雲みてえに生きてけるっていうんだ?」
ここで蔦重がそう突っ込みだしました。暑苦しい野郎だな。
京伝が、浮雲一個くらいなんとかなると笑っていると、ついに蔦重は怒鳴ります。
「てめえだけよきゃそれでいいのかよ! てめえがその生き方できたのは、先にその道を生きてきた奴がいるからだろ。周りが許してくれたからだろうが! な? 今こそてめえが踏ん張る番じゃねえのか!」
鶴喜が宥めようとしますが、蔦重はオラつき、絡んでいく。
ちなみに京伝の場合、しっかり者の弟・京山に家のことを任せられたということもあります。
「しくじったのは蔦重さんじゃねえですか! これ以上、俺に乗っけねえでくだせえよ!」
京伝が痛いところを突き、蔦重は俯くしかありません。確かに春町の死の仇討ちを、京伝にやらせるのは筋違いでしょう。
「はい、今日はここまで」
鶴喜がそういうと、鶴屋の使用人二人が「奉行所から呼び出しがやってきた」と告げてきます。
定信は、追い打ちの政策を出しました。
浮世絵や黄表紙はそもそもが贅沢品であり、よからぬ考えを刷り込んでいる。ゆえに全面禁止にする。
「出版統制」です。
言わずもがな江戸の地本にとっては大きな危機となりました。京伝の新作を売るどころか、出版すらできない。しかも文面からは、蔦重の黄表紙のせいだということがわかる。
仲直りどころではありません。
そしてこれはおていさんの予言成就でもある。彼女は蔦重を日本橋に置くことを危険視し、『韓非子』を引きました。
千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を以て潰(つい)ゆ。
まさにその危機が迫っております。
おていさんの懸念は毎回当たる。それなのに信じてもらえない。劉備と諸葛亮どころか、まるで袁紹と田豊になっちまったのかもしれませんぜ。
歌麿が初めて聞いたきよの声
歌麿はきよに寄り添い、こう語りかけます。
「うちのおっかさんは、いつも男の方ばっかり見ててさ。けど酔い潰れて世話している時だけは、こっち見てくれっから……世話すんのは嫌いじゃなくてさ」
「こっち向いてくれると嬉しいから?」
「そうそう。ガキってのはどんな親でも親が好……」
歌麿はそう答えてからハッとします。
ふと顔をあげると、縁側にきよが座り、こちらを見ています。
「私もそんな子だった、歌さん」
微笑むきよを見てから、歌麿は病床にいるきよを見返します。
決して音が聞こえず、口をきけぬはずのきよがそうできた。その瞬間、歌麿は悟ったことがあるのです。
それを否定し、物言わぬきよの体に抱きつき、彼はこう言い泣きます。
「いかねえで、おきよさん……お願えだから。俺にはおきよさんしかいねえの……置いてかねえで……ずっと見てっから」
この場面で、歌麿はきよの魂が消えてゆくことは理解できたと思います。
しかし、それを認められないのです。
蔦重のせいで江戸文化は存亡の危機となる
かくして地本問屋の前で、蔦重の釈明が開催されることになりました。
付き添いは鶴喜です。定期的に階段から落としておくべき存在ですが、ここは吉原でなく日本橋ですので、おおっぴらに仕置きをしましょう。
そこに居並ぶ業種はこうだ。
・本屋
・板木屋
・摺師
・戯作者
・絵師
・狂歌師

初代西村屋与八/wikipediaより引用
鱗の旦那は一時期江戸から離れていましたが、西与までもしばらく出番がありませんでした。
制作チームの「へえ、これから蔦重の始末に気合を入れて取り掛かりやすぜ!」という声が聞こえてくるようです。
なぜ、この二人が並んでいるのか。しっかり覚えておきやしょう。
蔦重は、まずは平謝りだ。自分のしくじりのせいだと謝るしかありません。
そうはいっても事が簡単に収まるわけもなく、松村屋が「どうすんだよこれ!」と叫んでいます。高木渉さんはこういう時の声がやはりいいですね。
室内には怒号が響き、謝る蔦重に西与が言います。
「謝られたって困ンだよ。これから一体どう落とし前つけてくれるんだい? べらぼうが!」
武士じゃねえから腹も切れねえしな。
ここで鶴喜が鎮め、蔦重に対策を語らせます。なんでもお上に触れを変えさせるんだそうです。
「お上にやっぱり新しく作っていいぜって言わせるってことかい?」
鱗の旦那が低く、よく響く声でそう聞きます。できるわけねえと呆れる一同。すると鶴喜が手を叩いてざわめきを止めます。
蔦重はもう一度お触れを見るように促します。
新規の仕立ては無用。けど、どうしても作りたい場合は指図(検閲)を受けよ――蔦重はここを突くようです。
江戸中の地本問屋がひっきりなしに指図を受けに行ったらどうなるか?と、そう考えたんでさ。
山のように確認させたら根負けして、指図を骨抜きにできると踏んだわけです。鱗の旦那は、それじゃ指図もなく一切出すなとならないか?と懸念します。
「うまく話を持ってかなきゃなんねえですが……」
そう返すだけの蔦重は、やはり策士としちゃ出来がよろしくないねえ。だもんで、おていさんを女諸葛にすべきなんだが、そうなってないんですね。
西与は、山のような草稿はどう用意すべきか?と当然の疑問を投げかけると、蔦重はこうだぜ。
「そこは……皆様で急ぎ作っていただくとか……」
「ふざけてんじゃないよ、べらぼうが!」
西与が正論を言い出しました。いちいちその通りなんだよな。
蔦重が自分で作ると言い出しましたが、だからなんなのか。思えばこいつぁアイデアは出してきたけど、手を動かすのは別の者にさせていましたね。吉原細見の時は新之助を酷使していたものでした。
しかも、一月でやるんだってよ。
これには皆が激怒し「べらぼうが!」と叫び出します。
すると勝川春章た助け舟を出すように「助太刀するしかない」と言いだします。「勝川も北尾も潰れちまうから」と、気遣って言い出したわけで、後進の弟子を案じているのですね。
理屈の上では、京伝を脅した蔦重と同じことなのですが、大きな違いはあります。
蔦重の場合、自分ではさして手を動かさないし、抱えた相手を守り育てる意識が薄い。
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