山東京伝と喧嘩別れしてしまった蔦重。
武士ではない貴重な戯作者に対して、えげつない脅しをかけていました。
「日本橋を敵に回して書いていけると思うなよ……」
時に吉原で恩を着せ、また別の時には日本橋を仕切っているような態度を取る。すっかり邪悪になっています。
でも忘れちゃいねえかい?
山東京伝にも家業はあるんですよ。そっちに戻って筆を折ったらどうするんでえ?
鶴喜、蔦重を叱る
案の定、この件で蔦重は鶴屋喜衛門に怒られる場面から始まります。
山東京伝は蔦重専属ではないし、日本橋中の本屋が断るようなことを言われたら、そりゃ困るわけです。
蔦重はここで『心学早染草』を鶴喜に返し、大和田という本屋は何者かと訪ねると、なんでも上方の本屋だそうです。
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鶴喜が「いまや江戸の方が商いが大きくなりましたからねえ」というところが実は重要。
鶴屋も元々は上方の本屋でした。
鱗形屋世代が出てくる前は、上方が江戸進出することが当然のことであり、地本とはそもそも“上方ではない地元の本=江戸の本”という意味となります。ここでの「地」とは、その土地のものという意味ですね。
この西高東低が逆転したというのが、日本史上における重大なターニングポイントでもありました。
『光る君へ』と『鎌倉殿の13人』を思い出してみましょう。
源平合戦の平家=上方と、坂東=関東では、知性教養のレベルにおいて大きな差がありました。
『光る君へ』の藤原行成の美しい書状と、和田義盛の無茶苦茶な書状を比較するとわかりやすいですね。

和田義盛/Wikipediaより引用
ドラマなので誇張はあるにせよ、圧倒的な開きがありました。
それが長い年月をかけて逆転した。江戸っ子にとっては実に誇らしいことです。
だから彼らは同じ東国の鎌倉武士作品が大好きですし、作品のタイトルやジャンルに「あづま」(東だけでなく吾妻といった表記もあり)とつくことが多い。
浮世絵にも「吾妻錦絵」という呼び方があります。
平賀源内の発明により、鈴木春信以降、多色刷りとなった浮世絵をこう呼ぶ。
文化において東が西を圧倒していく、そのターニングポイントが『べらぼう』の時代なのです。
このあと、蔦重が迂闊なのか、なんなのか。鶴屋に西の出の本屋が江戸で幅利かせていることが不快だと言い出します。だから鶴屋のルーツは上方だっての!
鶴喜はさらりと「うちほどの商いに育つには五十年はかかると……」と答えます。
腹の底では蔦重にムッとしているかもしれませんが、嫌味で抑えているようですね。
しかし、この鈍感相手にどこまで効いているのやら。蔦重は、まだ政演(山東京伝)を引っこ抜かれるかもしれないと言ってきます。
鶴喜は蔦重よりも器が大きい
そこで鶴喜はこう来た。
「いえ、そもそも京伝先生は面白ければどこでも書く人ですし」
もうこれだけで、蔦重より器が上だとわかりますね。蔦重はいまだに絵師名義の呼び慣れた“政演”を使い、しかも呼び捨てにしています。
鶴喜は“京伝先生”と、戯作者としての名前に敬称をつけて呼んでいる。
蔦重みたいな態度をとる人間は、信ずるに値しないと私は思う。きっと、おていさんならこう言うでしょう。
「必ずや名を正さんか、と申します」
『論語』の一節です。何をするにせよ、まずは正しい名前で呼ばなければならないということ。わざと間違った名前で呼ぶことは侮辱でもあるのです。
そして鶴喜は満面の笑みを浮かべ、こう言います。
「ええ、実に面白いですね! あの蔦重が、かつての己のような輩を潰そうとするのは、ハハハ!」
こりゃ心底むかついてますね。
山東京伝のことを日本橋名義で脅すわ。西出身の鶴屋にとって侮辱的なことを言うわ。
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それでいて蔦重は鈍感バカなので通じちゃいない。前回のおていさんの諫言も通じちゃいなかった。
鶴喜にこう言われて、自分の時みたいに潰して欲しいと言い出しました。
「おや懐かしい」
相変わらず余裕の鶴喜に対し、蔦重は「懐かしいじゃねえですよ」と凄む。鶴喜は考えてみるというものの、どうなんでしょうね。
蔦重は調子こいてますね。
そろそろ曲亭馬琴が出てきますので、津田健次郎さんのイケボ嫌味に期待したいところ。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)/国立国会図書館蔵
馬琴は、鶴喜やおていさんと違って直接刺してくるし、相手がバカだとわかったら容赦はないでしょう。
ここで蔦重のもとに何か知らせが届きます。
歌麿の弟子である菊麿でした。
きよは不治の病である梅毒末期だった
歌麿の妻であるきよは、病に倒れていました。
医者に診せると「瘡毒」(そうどく)とのこと。梅毒です。
歌麿が、引くまでにどのくらいかかるのかと尋ねると、医者はあのできものの具合だと回復は難しいと答えます。
九郎助稲荷が解説します。
梅毒には治療法がなく、独特の長い潜伏期間が回復したように誤認されてしまうとのこと。それだけでなく、別の性病を「梅毒」と誤認することもあるので要注意です。
そろそろ出てくる曲亭馬琴も、若い頃に梅毒で治療に専念したことがあります。馬琴の場合は回復し長生きしているので、別の病気との混同かと思われます。
歌麿は、最愛の妻が死の淵に立たされていることを知ってしまいました。
きよがここで目覚めると、蔦重を指差し、怯えて歌麿に泣きついてきます。
梅毒による錯乱でした。
歌麿はきよを宥め抑えつけつつ、蔦重に帰宅を促します。
歌麿ときよの話を聞き、耕書堂の面々は暗い顔をしています。みの吉はこんな時だと前置きしつつ、歌麿に仕事が頼めるのかと不安がっています。
勝川春朗という面白い若手絵師がいる
すると北尾重政が、弟子の政美(まさよし)ともどもやってきました。
蔦重が苦い口ぶりになるのは『心学早染草』の挿絵を政美が手掛けているから。
重政からすれば、弟子である政演と政美がタッグを組んで蔦重に背いたことになります。
政美も悪びれずに一応謝る程度。重政も本気で詫びているわけでもねえんですよ。
でもこれは蔦重が悪いんじゃねえかい? 八つ当たりじゃねえか?
そう思いますよね。当時はこういう嫌なキレ方をする人がいます。
山東京伝の弟は京山といい、兄と同じ戯作者でした。
この京山と曲亭馬琴は犬猿の仲。と、ここまではまだよいのですが、馬琴は京山と挿絵でよくタッグを組む絵師の歌川国芳まで罵倒していたんですね。
そのくせ国芳は馬琴作品を題材にした名作錦絵も多数ありますので、「国芳は錦絵はいいけどあとは大したことねえ!(挿絵はダメだということ)」と、実に苦しい罵倒をしています。
ったく、みっともねえな。

歌川国芳『木曽街道六十九次之内・蕨 犬山道節』/wikipediaより引用
蔦重は、富本本を頼めそうな若手絵師の紹介を頼んできます。
歌麿はどうしたのか、やらせられないかと重政が問うと、おきよの病状のことをそれとなく蔦重が口にする。
ここで政美があげた名前が春朗でした。
勝川春章のところにいる変わった絵師だそうで、唐絵や蘭画にも手を出し揉め事ばかり起こしている。でも、重政からみても先が読めねえ奴だそうで、蔦重も興味津々です。
ここで注意したいのは、あくまで蔦重が最初にこの絵師の才能を発見したのではないところ。大河ドラマに便乗してのことか、「蔦重が葛飾北斎を見出した」と誇張されることもあるようですが、そうとは言い切れないのでご注意ください。
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春章からしても蔦屋の富本本はスターダムにのしあがる、政演と歌麿も出世した縁起の良いものだから、きっと喜ぶと請け負います。
重政は真顔になって、仕事が減って弟子に回せるものが欲しいという事情を打ち明けます。
「芝居町でもそうか」
蔦重が返すこの言葉から、歌舞伎も制限がかかっていることが伺えます。役者絵は売れ筋定番なのに仕事がないというのは、それだけ締め付けが厳しいということです。
なお、この勝川春朗とは、後の葛飾北斎です。
この短い紹介の中に、彼自身と、日本人気質がみっちりと詰まっているんでさぁね。
日本の絵師は中国から学ぶことが定番。
鈴木春信の描く美男美女は、衣装こそ日本風ながら、あの夢見るような穏やかな顔は明清時代の絵によく似ております。長崎経由で入ってくる中国要素は、取り入れたいトレンドなのです。

鈴木春信「雨夜の宮詣 笠森おせん」/wikipediaより引用

「紅楼夢(こうろうむ)」/wikipediaより引用
『べらぼう』の頃となると、オランダからの影響も受け始めます。
中国もオランダも、よければどんどん取り入れるのが日本人らしさといえるでしょう。
西洋人がはるばる東洋まで来て、その気質を記録する際、戦国時代だと「学識においては中国人の方がはるかに上だ」と残されています。厳しい科挙もあったこととですし、当時の日本は乱世ですから必然の結果でしょう。
これが逆転するのが江戸時代のこと。
泰平の世で教育レベルが上がったことが要因のひとつ。それだけでなく、良いとなれば西洋由来の技術も文化も積極的に取り入れようとする、日本人の知的好奇心がどんどん才能を磨いているとみなされたのですね。
中国はなまじ大国だけに、自国文化に誇りがあり、西洋を受け入れられないことがネックとしてある。
一方で日本人はフットワークが軽かった。
近代へ向かうことを踏まえますと、この対比はなかなか興味深い。
そして葛飾北斎の評価とは、技術だけでなく、当時の日本人を代表する気質としての評価もあります。
彼の絵には、西洋絵画からの影響がある。波を描くうえで使われたベロ藍にせよ、ベルリン由来でした。
北斎の絵は日本らしさの象徴であるようで、海外の影響を取り入れていく気質も見てとれる――そういう鑑賞の仕方もあります。
それだけでなく、北斎の場合は中国要素としての道教もあり、彼の絵は数多の要素を解読していくとより深く楽しめるのです。

『富嶽百景 浅草鳥越の不二図』に描かれた浅草天文台の簡天儀/wikipediaより引用
これが日本文化を鑑賞する上で必須の姿勢でしょう。
柔軟性は素晴らしい資質であり、日本独自とか世界最古といったキーワードで賛美しようとすると詰みます。江戸時代から詰んで袋小路や陰謀論に突っ込む人が出てきてしまうことも……。
様々な流れを受け入れることができるのが日本文化の強みではないでしょうか。
「人足寄場」が民を真人間にする
京伝の『心学早染草』は当時の不良青少年を刺激しまして、悪玉提灯をかざして暴れる連中が出現しました。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
倹約のせいでクサクサ、イライラしているんですね。これも定信の倹約政策のせいではないかと囁かれたそうです。
定信が「わかっていた、むしろ望んでいた、田沼病の連中をあぶり出せた」と語るその前に長谷川平蔵がおります。
文武両道、かつ打ちこわしの鎮圧が定信の目に留まったのでしょう。
そうした不良を放り込み、療治する寄せ場を作ると定信が言い出しました。舐め腐った根性を「真人間」に鍛え直すのだとか。
百姓ならば田畑に返す。町人なら鉱山等で労働させ、あるべき世の中にすると言い出します。
定信は、態度がピリピリしてかわいげがないので損をしておりますが、これは素晴らしい政策でしょう。
この政策は、前回の歌麿の嘆きにも対応している。彼はこう語っていました。
「ほかに身を立てる道が支度されんなら別だけど……そんなもなぁめったにないわけで。つまるところ、買いたたかれるしかねぇ。弱い者にツケが回るってなぁ、蔦重の言うとおりなんだよな」
定信の脳裏には悪玉提灯を持ち歩くバカボンの姿があるのでしょうが、生活苦から犯罪に手出しする弱い者も一定数おります。
そういう人々にスキルを身につけさせ、働く場を用意するのは実に理に適っている。米や銀を配るだけでなく、稼ぐ道を身につけさせることは大変素晴らしい。
長谷川平蔵もそう絶賛すると、定信は「平蔵に任せる」と被せるように言い出しました。
まぁ、平蔵は若い頃は素行不良でしたし、適性があるといえばそうですね。とはいえ火付盗賊改にも就任しており、さすがに固辞しようとします。
定信は、平蔵を選んだ理由を語ります。
市中に通じ、ならず者の扱いにも長けていて、最も適していると思ったのだとか。九郎助稲荷が「嘘だ」と突っ込み、面倒くさそうで誰も手を上げなかったのだと暴露しておりますが……。
光栄だと思いながらも、即答しかねる平蔵に、定信は餌をぶら下げます。
彼の父以来の念願である町奉行の地位をちらつかせたのです。
父からの悲願をぶら下げられ、腹を決めた平蔵。
根は真面目で親孝行なところもあるとしましょう。この動揺する顔がいいですね。
ちなみに結局のところ、平蔵は町奉行にはなれませんでした。本人のみならず江戸っ子も待ち望んでいたのですが、その前に亡くなってしまうのです。
歌麿はきよの姿を描き続ける
歌麿はきよの姿を描いています。
皮膚にいくつも赤い斑点ができ、目も虚。半ば死にかけている彼女も、歌麿から見れば観音か天女のように見えているのでしょう。
蔦重は歌麿から「案じぬように」との手紙を受け取っています。
弟子の菊麿曰く、ずっときよの絵を描いているとのこと。なんでもそうしていると、きよは癇癪を起こさないのだとか。
蔦重が不思議がっていると、隣にいたつよが、惚れた男が自分のことだけを見てくれてうれしいからだろうと推察します。
「見ててくれるか」
蔦重がつぶやきます。
耕書堂の店先には、鋭い目をした武士がいました。
なんでも町方掛の手の者だそうで、市中見回りのための新たな役職だそうです。
つよは「どうせならもっといい男がいいのにね」とふざけたことをいい「そういう話じゃねえだろ、ババア!」と蔦重が毒づく。
まあ、つよはなかなかいいことを言っておりやすぜ。
「江戸の三男」というモテるランキングでは、治安維持をする与力が入ります。いい男がパトロールするならば割と好意的に見られたことは確かでさ。
するとそこへ鶴喜が入ってきます。蔦重は菊麿に「歌麿のことを頼む」と出かけてゆくのでした。
鶴喜、蔦重と山東京伝の仲直りを企画する
「くれぐれも短気は起こさないでくださいよ」
鶴喜がそう念押しし、蔦重がやってきたのは山東京伝との仲直りの場でした。
にこやかにやってきた京伝は、蔦重を見ると逃げ出そうとし、鶴喜が止めます。どうやら事前通知がなかったようで。
江戸が舞台だからよかったけれど、『鎌倉殿の13人』の世界線なら死人が出ているかもしれませんね。
蔦重は羽織の裾を払い、静かに腰掛けます。鶴喜がそつなく京伝の婚礼を祝う言葉をかけています。
京伝は年季明けした菊園と所帯を持ちました。さんざん遊ばせたのだから一人くらいは引き受けろと、扇屋に言われたのだそうです。
京伝にとっちゃ年貢の納め時どころか、素晴らしい話です。
扇屋は吉原随一の教養溢れる女郎が自慢の種ですから、創作の励みにもなることでしょう。
なんせ京伝は江戸随一のリア充ですんでね。

『江戸花京橋名取 山東京伝像』鳲鳩斎栄里(鳥橋斎栄里)筆/wikipediaより引用
二度の結婚相手はどちらも相思相愛の吉原女郎です。これを夫婦仲の悪い曲亭馬琴がさんざん攻撃することになるのは、しばらく先の話。
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鶴喜は照れている京伝に、所帯を持ったならばいろいろ物入りだろうと声をかけ、蔦屋と共に相談し、年三十両を支払うことにしたのだと告げます。
日本史上最初期の作家ギャラですね。
ただし、引き換えに、自分たちの仕事を最優先するようにと鶴喜は告げます。
こりゃいいですね。蔦重の吉原云々の縛りは契約として明文化されていないから危険だわ。
京伝は喜びつつ、鶴屋だけなら引き受けるそぶりを見せます。蔦重は、横柄な態度でこの前のことを謝罪します。
鶴喜が怒らないよう釘を刺しても「謝っているだけじゃねえですか!」とオラつく蔦重。本当に階段から落としたくなってきます。
鶴喜は京伝に、そこまで怯えなくてもよいのではないかと促します。
京伝はゴニョゴニョと、モテるために創作を始めたら、ありがたいことに向いていたと本音を口走る。
楽しくて、何よりモテる。どこに行ってもモテる。そう楽しかったと言い出します。
そしてこうだ。蔦重の言うことはわかる。春町先生も大好きだった。とはいえ、正直なところ、世の中に抗うのは柄じゃないと言います。ずっと浮雲みてえにフラフラ生きたいんだと。
「あのよ、遊ぶな、働け、戯けるなって中で、どうやったら浮雲みてえに生きてけるっていうんだ?」
ここで蔦重がそう突っ込みだしました。暑苦しい野郎だな。
京伝が、浮雲一個くらいなんとかなると笑っていると、ついに蔦重は怒鳴ります。
「てめえだけよきゃそれでいいのかよ! てめえがその生き方できたのは、先にその道を生きてきた奴がいるからだろ。周りが許してくれたからだろうが! な? 今こそてめえが踏ん張る番じゃねえのか!」
鶴喜が宥めようとしますが、蔦重はオラつき、絡んでいく。
ちなみに京伝の場合、しっかり者の弟・京山に家のことを任せられたということもあります。
「しくじったのは蔦重さんじゃねえですか! これ以上、俺に乗っけねえでくだせえよ!」
京伝が痛いところを突き、蔦重は俯くしかありません。確かに春町の死の仇討ちを、京伝にやらせるのは筋違いでしょう。
「はい、今日はここまで」
鶴喜がそういうと、鶴屋の使用人二人が「奉行所から呼び出しがやってきた」と告げてきます。
定信は、追い打ちの政策を出しました。
浮世絵や黄表紙はそもそもが贅沢品であり、よからぬ考えを刷り込んでいる。ゆえに全面禁止にする。
「出版統制」です。
言わずもがな江戸の地本にとっては大きな危機となりました。京伝の新作を売るどころか、出版すらできない。しかも文面からは、蔦重の黄表紙のせいだということがわかる。
仲直りどころではありません。
そしてこれはおていさんの予言成就でもある。彼女は蔦重を日本橋に置くことを危険視し、『韓非子』を引きました。
千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を以て潰(つい)ゆ。
まさにその危機が迫っております。
おていさんの懸念は毎回当たる。それなのに信じてもらえない。劉備と諸葛亮どころか、まるで袁紹と田豊になっちまったのかもしれませんぜ。
歌麿が初めて聞いたきよの声
歌麿はきよに寄り添い、こう語りかけます。
「うちのおっかさんは、いつも男の方ばっかり見ててさ。けど酔い潰れて世話している時だけは、こっち見てくれっから……世話すんのは嫌いじゃなくてさ」
「こっち向いてくれると嬉しいから?」
「そうそう。ガキってのはどんな親でも親が好……」
歌麿はそう答えてからハッとします。
ふと顔をあげると、縁側にきよが座り、こちらを見ています。
「私もそんな子だった、歌さん」
微笑むきよを見てから、歌麿は病床にいるきよを見返します。
決して音が聞こえず、口をきけぬはずのきよがそうできた。その瞬間、歌麿は悟ったことがあるのです。
それを否定し、物言わぬきよの体に抱きつき、彼はこう言い泣きます。
「いかねえで、おきよさん……お願えだから。俺にはおきよさんしかいねえの……置いてかねえで……ずっと見てっから」
この場面で、歌麿はきよの魂が消えてゆくことは理解できたと思います。
しかし、それを認められないのです。
蔦重のせいで江戸文化は存亡の危機となる
かくして地本問屋の前で、蔦重の釈明が開催されることになりました。
付き添いは鶴喜です。定期的に階段から落としておくべき存在ですが、ここは吉原でなく日本橋ですので、おおっぴらに仕置きをしましょう。
そこに居並ぶ業種はこうだ。
・本屋
・板木屋
・摺師
・戯作者
・絵師
・狂歌師
そして懐かしの鱗形屋孫兵衛と、西村屋与八もでてきます。

初代西村屋与八/wikipediaより引用
鱗の旦那は一時期江戸から離れていましたが、西与までもしばらく出番がありませんでした。
制作チームの「へえ、これから蔦重の始末に気合を入れて取り掛かりやすぜ!」という声が聞こえてくるようです。
なぜ、この二人が並んでいるのか。しっかり覚えておきやしょう。
蔦重は、まずは平謝りだ。自分のしくじりのせいだと謝るしかありません。
そうはいっても事が簡単に収まるわけもなく、松村屋が「どうすんだよこれ!」と叫んでいます。高木渉さんはこういう時の声がやはりいいですね。
室内には怒号が響き、謝る蔦重に西与が言います。
「謝られたって困ンだよ。これから一体どう落とし前つけてくれるんだい? べらぼうが!」
武士じゃねえから腹も切れねえしな。
ここで鶴喜が鎮め、蔦重に対策を語らせます。なんでもお上に触れを変えさせるんだそうです。
「お上にやっぱり新しく作っていいぜって言わせるってことかい?」
鱗の旦那が低く、よく響く声でそう聞きます。できるわけねえと呆れる一同。すると鶴喜が手を叩いてざわめきを止めます。
蔦重はもう一度お触れを見るように促します。
新規の仕立ては無用。けど、どうしても作りたい場合は指図(検閲)を受けよ――蔦重はここを突くようです。
江戸中の地本問屋がひっきりなしに指図を受けに行ったらどうなるか?と、そう考えたんでさ。
山のように確認させたら根負けして、指図を骨抜きにできると踏んだわけです。鱗の旦那は、それじゃ指図もなく一切出すなとならないか?と懸念します。
「うまく話を持ってかなきゃなんねえですが……」
そう返すだけの蔦重は、やはり策士としちゃ出来がよろしくないねえ。だもんで、おていさんを女諸葛にすべきなんだが、そうなってないんですね。
西与は、山のような草稿はどう用意すべきか?と当然の疑問を投げかけると、蔦重はこうだぜ。
「そこは……皆様で急ぎ作っていただくとか……」
「ふざけてんじゃないよ、べらぼうが!」
西与が正論を言い出しました。いちいちその通りなんだよな。
蔦重が自分で作ると言い出しましたが、だからなんなのか。思えばこいつぁアイデアは出してきたけど、手を動かすのは別の者にさせていましたね。吉原細見の時は新之助を酷使していたものでした。
しかも、一月でやるんだってよ。
これには皆が激怒し「べらぼうが!」と叫び出します。
すると勝川春章た助け舟を出すように「助太刀するしかない」と言いだします。「勝川も北尾も潰れちまうから」と、気遣って言い出したわけで、後進の弟子を案じているのですね。
理屈の上では、京伝を脅した蔦重と同じことなのですが、大きな違いはあります。
蔦重の場合、自分ではさして手を動かさないし、抱えた相手を守り育てる意識が薄い。
侠気にめざめた山東京伝
すると蔦重に応じた者たちを見て、京伝がハッとした顔になっています。
ようやく蔦重の意図が伝わったのでしょう。立ち上がり、こう言います。
「蔦重さん! 俺、戻って草稿書いてきます」
「いっそ、そのまま出せるもん頼むぜ。京伝先生」
やっと蔦重も“京伝先生”と呼びだしました。雨降って地固まるたぁ、このことさね。
鶴喜も立ち上がり、京伝先生もやるといったと示します。
「よし蔦重、また面白え案思(あんじ)考えようぜ」
鱗の旦那もこう続き、かくして地本問屋の大量草稿作戦が動き始めます。
奉行所は山のように集まる草稿に手を焼き、こう言います。
「やってられるか!」
それにしても、この場面は情報量が多いぜ! ネタバレもあるから嫌なら読み飛ばしてくんな。
まず、西与と鱗の旦那。
鱗の旦那の息子・万次郎は今、西与に奉公しています。これだけ父に白髪が増えた一方、彼は聡明な若者に成長していることでしょう。
一方の西与には息子がいない。二代目を婿として継ぐわけでさ。この二代目は実に見る目があり、葛飾北斎の傑作は彼が出したからこそだと言われております。
西村まさ彦さんが西与を演じるのは二度目ですが、一度目に演じた時は二代目で、今回は初代というなかなかややこしいことになっております。
そしてこの二代目西与は、この先蔦重に「おめえの時代は終わった」と突きつけかねません。写楽がらみなので、キャスト発表は最後、大物となることでしょう。
次に、奉行所の「やってられるか!」宣言に注目でやんす。
このなんとかしてお上の目を掻い潜る戦略は、この先どんどんヒートアップしていきます。
今回は量より質ですが、江戸後期になると解読難易度を上げに上げる連中も出てきます。買った側も考えに考え、考察を日記に残していたりします。
歌川国芳が幕閣を批判した『きたいなめい医 難病療治』は、あまりに高難易度のため論文の題材になるほど。
エクストリーム検閲回避はますます盛り上がってゆきます。
こうした状況は、ドラマ後半の見どころにもなるでしょう。
長谷川平蔵、吉原で返金を受け取る
蔦重は手を動かすよりも接待が向いている野郎です。パリピです。
てなわけで、長谷川平蔵を吉原でもてなしておりました。
鬼平もそれでいいのだろうか……と思ったら、賄賂としての接待ならば受けられぬと断っています。
人足寄場を任された長谷川様をもてなしたいだけだと蔦重が答えると、平蔵は酒を飲み干し、こうだぜ。
「やはり吉原はよいのう」
大丈夫なのかよ!
ここで親父殿こと駿河屋が入ってきます。
案内されてきたのは、二文字屋の女将である“はま”と、先代の“きく”です。この“はま”は、かつては“あざみ”という女郎でしたね。きくはおもむろに小判を取り出し置きました。
平蔵は、賄賂ならば受け取れぬと焦っています。
そうではなく返金だと答える蔦重。どういうことか? というと、きくとはまは、長谷川様のおかげで河岸(かし)が助かったと言います。
いつ騙されたのか?
釈然としない平蔵に対し、蔦重がネタばらし。花の井が入銀を持ちかけ、五十両ふんだくった件でやんす。
あれは入銀本の『一目千本』に使わず河岸に流し、それで女郎は米を買い、食いつなげたというわけです。ここでようやく「そういえば花の井の花の絵はなかったのか」と腑に落ちる平蔵。
蔦重が「情に篤い花魁ですから、河岸を捨ておけなかったのでしょう」と説明すると、うれしそうにシケをはじき、ニンマリと笑う平蔵。
ますます花の井に惚れ直したのでしょう。
「花の井……さすが俺の金蔵を空にした女だぜ」
ここは江戸センスがないと読み解けないのか、平蔵をアホ呼ばわりする声もあります。
そいつァちっと違ェのよ!
平蔵は「俺のセンスはやはり間違っちゃいねえ」と花の井に惚れた自分自身にも満足したんでさ。
何がってぇと、花の井はとびきり「侠」(きょう)なんでさ。江戸っ子にとっては男女問わず魅力の第一。「競い肌」(きおいはだ)なんて呼び方もありますね。
意味としては、弱ったり、困っている相手を見たら後先考えずに助けるという意味です。
河岸の女郎のため、金を騙し取ってでも使うなんて、まさに侠そのものではないですか。
そういう、とびきりいい女を見抜き、金を使われたなら、こりゃ笑うしかねえんです。
花の井は美しいだけでなく、心根までいい。そんな女に惚れた俺はなんて見る目があったんだ。そのおかげで河岸の女郎まで助けられて、俺ァもう嬉しくてたまらねえ。
だからこそマタタビを舐める猫のように喜んでるんですね。
メロメロになった平蔵に、蔦重は利息もつけます。人足寄場は年間五百両で、不足分は平蔵が出さねばならない。その足しにするようと言い添えます。
「利息はこれしきか」
そう言い出す平蔵。冗談半分なのに、駿河屋が咳払いしたので「冗談だ! 冗談!」と言い添えます。
それでも駿河屋は前に進んできて腰を下ろし、金を握らせながらこうきました。
「長谷川様。どうかもう一度、吉原を救ってくださいませんでしょうか? いま、倹約と悪所潰しで河岸は大変なことになってます。加えて、黄表紙、錦絵、細見もだめになるって話なんです! そうなれば吉原はもう……」
そう言われても賄賂は受け取れぬと頑な平蔵。
蔦重はさらに付け加えます。人足寄場が悪党を更生させる施設ならば、女の堕落は身を売るしかないということ。それを救って欲しいと訴えるのです。
平蔵もここまで言われたら受け入れるしかありません。そこで蔦重は、定信からある言葉を引き出して欲しいと言い出しました。
上方に負けてたまるか!
平蔵が、定信と向き合っています。
奉行所のことを持ち出すと、定信はすでに把握しており、かつ蔦重の疲弊させる策も見抜いています。一体どう対応するのか?と平蔵が尋ねると、定信は指図を受けられる数を制限すると言い渡します。
すると平蔵が、いささか大袈裟に定信に続きます。
「本など上方に任せればよいとそれがしも考えます」
「上方? どういうことだ?」
何かを察知した定信に、平蔵は上方本屋の江戸進出について説明します。
江戸で出せぬとなれば上方が押し寄せてくる。蔦重仕込みの懸念を語るわけです。
黄表紙と錦絵は江戸の誇りなので、本屋は躍起になっていると平蔵は続け、それも、くだらぬ町方の意地の張り合いだと締めくくる。と、定信が釣られます。
「くだらなくなどなかろう! 江戸が、上方に劣るなど、将軍家の威信に関わる!」

松平定信/wikipediaより引用
ついに熱くなったぜ。平蔵がしれっと驚くと、定信はますます熱を帯びてくる。
謝りながらも平蔵が威信を守るにはどうすべきかと問いかけると、定信の優秀な頭脳が猛回転している様が見て取れます。
地本問屋にも株ができる
このあと地本問屋が話し合う場面へ――奉行所から狙い通りのお達しが出ました。
書物問屋と同じく地本問屋も株仲間を作り、行事を立てて改めを行う。要は自主検閲の仕組みを作り上げたのですね。
これもなかなか重要なことで、書物問屋の須原屋市兵衛に蔦重が相談した時、出てきた対比ですね。
鱗の旦那は株仲間にどう入れるのかと言い出しました。
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なぜ『べらぼう』蔦屋重三郎は「地本問屋」の仲間に入れて貰えないのか?
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入りたいものならば制限しないと返答する蔦重ですが、鱗の旦那は大和田のことが気になっている様子。彼は蔦重が昔の自分のような人物を潰そうとしているのだと見抜いています。
そしてその大和田安兵衛が仲間入りを申し出てくる場面へ。
鶴喜は、大和田が許しもなく黄表紙を出したことへの遺憾の意を表明します。江戸の地本問屋の仁義違反であると。
蔦重は、書籍の出来を誉めつつ、黄表紙を盛り上げるため仲間に加わって欲しいと言い出しました。横にいた山東京伝も喜んでいます。
黄表紙には節操もない。昔話、幽霊、廓話、と面白いものをなんでも心のままに放り込む。だから、新規の参入もありだと言い出し、それを弾いたら春町先生から嵐みたいな屁をひられるところだったと振り返ります。
そして山東京伝に礼を告げ、和解したようです。
しかし大和田から思わぬ返答が。彼は黄表紙を出す気はないんだとか。正確に言えば、やってみたけど面倒だと答えます。
同時に、少し安く仕入れたいと大和田は続けます。
大坂でも黄表紙はブームで偽板も出回っている。本物が出回ったら偽板も鎮まるし、大和田としては大坂の地本売り広めの店としたいと提案します。
願ったり叶ったりじゃねえか! これで丸く収まったな!
てなわけで、山東京伝は蔦重と鶴喜の抱えにおさまりました。善玉悪玉の続編も、入手できたそうですぜ。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
「詰まるところ、面白えもんを作るには諦めねえってことが、黄表紙の灯を守ってことだ」
そう煙管を吹かし、まとめる蔦重。
ていもこれを認めており、おそらく正しい結論となるのでしょう。
蔦重はここで書物問屋の株も買うと言い出します。
書物の株があれば流通ルートの確保も可能。
江戸の外で徐々に湧き上がってきている黄表紙や狂歌のブームに目をつけたのです。そうした商売上の狙いだけではなく、書物問屋は学術書を扱います。勉強熱心なおていさんへのサービスにもなるわな。
感極まったおていさんは、春町先生も喜ぶと興奮しています。この人は自分も納得する策がでたとき、一番喜ぶタイプなんですね。
歌麿は屍を描き続けていた
大和田との話が一段落着くと、今度はただならぬ様子の菊麿がやってきました。
慌てて出かけていく蔦重。
歌麿は絵をひたすら描き続け、床一面が覆われています。歌麿は月代と髭が伸び切った姿であり、前のシーンから日数が経過していることがわかります。
部屋には崩れゆくきよの屍があります。
まずは手を合わせる蔦重。背後の人が鼻を覆うことで腐敗臭があるともわかる。
歌麿の横に座り、「大変だったな」と声をかける蔦重。
「気持ちは痛えほどわかっけど、旅出させてやんねえか? おきよさん成仏できねえよ」
「まだ生きてるから。人の顔ってよくよく見てると毎日変わんだ。一日として同じ日はねえんだよ。おきよはまだ変わってっから、生きてる」
蔦重はそう言われ、打つ手がないように首を横に振ります。
そして意を決して義弟の体をつかむと、屍を触らせます。
「脈がねえんだから生きてねえんだよ」
それでもまだ屍を愛おしそうに触る歌麿を突き飛ばす蔦重。
「こうしたら一緒に行けるっておきよが……」
「やめろ! おい、仏さん運べ! 早く!」
蔦重はなおも屍に取りすがろうとする歌麿を突き飛ばし、屍を部屋の外へ出させました。
歌麿は暴れる。
「おきよはまだ生きてんだよ、そこにいんだよ!」
「お前は鬼の子なんだ! 生き残って命描くんだ。それが俺たちの天命なんだよ」
歌麿は、屍から流れ出た液体が黒く染みた畳に身を伏せ泣きじゃくり、蔦重に抱きつくとさらに激しく泣き叫ぶのでした。
MVP:喜多川歌麿
蔦重がうまくことを収めたように見えて、実はそうでもないことは来週明らかになるのでしょう。
平蔵はまだまだこれから。
そんな理由もありますが、このドラマのおける喜多川歌麿はあまりに秀逸で、他を吹き飛ばしてしまうことは確かです。
彼はまるで台風のようだ。
歌麿の妻子については断片的な話しかありません。比較的信頼のおける曲亭馬琴の記述によれば、亡くなった時に妻子がいなかったことがわかります。
そうなるとフィクションは自由にしてよい。そこに浮世絵師の本質を埋め込んできたように思えるのが、この作品の実によいところ。
歌麿ではなく、別の浮世絵師となりますが、複数回幽霊を見たと逸話が残っているのが月岡芳年です。
別れてしまった最愛の人の姿を見た。顔を隠して泣いているけれど、着物の柄でわかった。一心不乱にその姿を描いた。
あとで絵師がその姿を見た時間に亡くなっていて、彼女は死の間際まで「先生にお礼を言いたい」と呟いていたと知った――そんな話が伝えられ、そうした絵師の業が歌麿に反映されていると思えるのです。
縁側から振り向いて「歌さん」と声をかけたきよは、最期の力を振り絞ってそうできたのでしょう。

月岡芳年『月百姿 源氏夕顔巻』/wikipediaより引用
浮世絵師について調べていると、どうにも恐ろしく、精神状態が悪化するような逸話もチラホラと出てきます。
あの沈んでゆくような気持ちを、今回、見ていた視聴者と共有できるなんて実にありがた山。
心の底から浮世絵を愛しているスタッフだからこそ、こんな業が深いもんを作れちまうんだね。
さて、こんな病んだ歌麿をみて、一体どうなるのか彼の今後が不安になる方もいるでしょう。
大丈夫(でぇじょうぶ)だ!
絵師にとって最高のセラピーは絵を描くこと。
歌麿は美人画を描き、最愛のおきよの魂を呼び出すことで、彼自身をきっと救うことでしょう。浮世絵師てえのは、なかなか健全でもあるのさ。
ついでにいえば劇中の歌麿の経験は壮絶なようで、もっと恐ろしい経験をすることになる浮世絵師はいます。
幕末に戊辰戦争を目撃することになった、月岡芳年世代です。
この世代の揚州周延は彰義隊士でもありました。
本物の死体や銃弾を見て描くことになった彼らも、筆を手にすることで自らを救っていたのでしょう。
2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』にも、出てくることを期待しております。
総評
毎回勉強になる本作。
2024年と2025年は、大河ドラマで西日本と東日本の文化対決をしたようにも思えてきます。
松平定信は上方から江戸へものが流れてくることを嫌いました。
輸送費がかかるということもあるものの、ここで描かれたような東の意地を感じさせます。
将軍の威信だのなんだのいうものの、江戸っ子の意地を感じさせますぜ。
今年の大河は視聴率が低迷しているとされます。
まず、文化への関心が低いのか。
今年と去年を比べて前者が高いとすれば、これも東西文化の差かと思っちまって、胸がちくりと痛みますぜ。
平安文学の方が江戸文化より人気があるってことかい?
思い当たる節があって辛ぇわ。
例えば浮世絵の場合、海外の美術館が「我々はこんな大物絵師の作品を所蔵しています」と誇らしげに書いていることがあります。
その絵師の作品が日本で展示されると、画廊の客が自分一人であったりするのです。
時間帯もあるだろうとは思いますし、じっくり見られることはありがた山なのですが、それでも寂しいし、もったいないとは思います。
今年の大河を契機に、推し絵師ができてもいいと思いますけどね。
ただ、東洲斎写楽はお勧めしません。
ドラマの展開もありますが、彼はこれ以上評価が上がることはなく、むしろ下がりかねないと思っております。
ジャンルも限られているし、新発見もなさそうだし、そもそも作品数が少ないのであまり深掘りできないのです。
そもそも浮世絵の歴史からいえば、写楽に完全勝利をおさめた歌川豊国率いる歌川派が重要で、系譜は今にまで続いているわけです。
それなのに写楽ばかりありがたがると、浮世絵の理解に弊害が生じる。
本作はきっとその歪みを修正してくれるぜ。信じてっからな。
そしてここからは、これから恒例になりそうな「蔦重ダメ出し」でやんす。
蔦重は、実はあまり反省していないところも注目しております。今回の対処はせいぜい服が破れて仮縫いした程度に思えるんですね。
そんな彼の痛々しい振る舞いは実に世間の問題をうまく描いているようにも思えます。
今週、痛烈だったのは、鶴喜も、鱗の旦那も、蔦重が後進潰しをしていることを見抜いている点でしょう。
これは本当に気をつけたほうがよい。知らぬ間に昔の自分のような人物を潰しにかかるものというのは、いくらでもおりますから。
そしてもう一つ、周囲に苦労をかけること。
蔦重も動かねえわけじゃないけれども、それよりもっとフル回転させられる周囲がいます。
今週も、京伝の労働力をあてこんで話をどんどん先に進め、鶴喜のフォローがなければ詰んでいたことでしょう。
京伝が納得したのだって、蔦重の説得だけでは足りず、勝川派と北尾派絵師たちの侠気によって気づかされているのです。
そういうの、バレてねえと思ってんのか?
大御所気取りで、なんなら俺に利用されて嬉しいとでも思ってんのか?
自分一人でここまでのしあがったと思ってんのか?
そんな勘違いした大御所気取りおじさんの振る舞いが毎週見られまして、大変ためになると思っておりやす。
なぜ蔦重がこうも薄っぺらいのか?
前半は田沼意次、後半は松平定信、蔦重はその対比で描いているように思えます。
定信が悪辣なようで、彼は根っこに教養のある文化愛好者なので、蔦重よりもマシだと私には思えることもよくあります。蔦重よりきちんと反省しているようにも見える。
時に方向性を間違えるとはいえ、根が真面目なんですね。
その対比を強めるためか、あるいは別の狙いか。蔦重の人物像は、カルチャーでなく“軽チャー”寄りにしていると思えてきます。
これは民放テレビ局が掲げたフレーズである「楽しくなければテレビじゃない」に象徴されます。なんでもかんでも軽薄に扱えばいいという舐めた態度ですね。
今週もよいこと気取りで煙管を咥えてまとめておりましたが、それは本当によいことなのかと疑念は覚えました。
心のままに楽しければよい――そう言っても格好がつくのは、ある程度道徳心なり、教養が伴ってからの話ではないのか。
蔦重の場合、根っこにそういうものがないから、どこか薄っぺらくて偽善的ではないのか。そこを補うための侠気や愛嬌が、若い頃は充溢していたのに、今は欠けてきたように思えます。
そういう“軽チャー”への憎しみ、軽蔑を本作からは感じさせます。
それを全力で、しかも主人公にぶつけてくるなんてどういうことかとは思いますが、それも狙い通りなのでしょう。
来週は、もう予告編の時点で、蔦重へのダメ出しがすごいことになっております。楽しみですね。
曲亭馬琴もそろそろ出てくることですし、容赦なく蔦重を始末して欲しいものです。
このドラマについて言やァ、甘ったるいハッピーエンドには毛ほども期待しちゃいねえぜ!
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【参考】
べらぼう公式サイト







