べらぼう感想あらすじレビュー

背景は葛飾応為『吉原格子先之図』/wikipediaより引用

べらぼう感想あらすじ

『べらぼう』感想あらすじレビュー第14回蔦重瀬川夫婦道中 なぜ彼女は別れを選んだか

2025/04/07

不法な金貸しをする検校はもはや弱き者にあらず――田沼意次がそう将軍・徳川家治に直訴し、政治が動きます。

当道座の大規模な手入れが実行されるのです。

かくして鳥山検校夫妻にまで手が及んだ摘発で、夫妻は奉行所へ連行されてゆきます。

さらには瀬以を気遣った蔦屋重三郎まで連行されてしまうのでした。

 


囚われた検校夫妻と蔦重

蔦重は見張りの同心に「ご内儀は一応の吟味で連行されただけか」と探りを入れています。

沈黙を貫く同心。

蔦重がこそっと吉原接待をちらつかせると途端に口が軽くなります。

瀬以が詮議を受けた理由は、吉原に多額の心付けをしていたということ。蔦重と瀬以の夢は理解されないどころか、疑惑を深めてしまっていたのでした。

詮議が終わり、解放されることになった蔦重は、瀬川花魁に心づけを頼んだのは私だと訴えます。花魁を通じ、検校に(富本豊前)の太夫襲名を頼み込み、利を得たのだと。

花魁は、ただ蔦重の指示によって動いたからには「召し捕るなら、私を!」と主張するのです。

ここで今回の補足でも。

奉行所のお裁き内容を見ていると、裁判としては曖昧に思えるかもしれません。

昨年の『光る君へ』よりはかなりマシになっているものの、依然としてカチッとした法治が徹底していないんですね。

これは日本史の特徴かもしれません。

歴史を比較すると、日本の法治はどうにも浅いと言いましょうか。日本が常に影響を受けてきた隣の中国と比べるとそうなります。

8代・徳川吉宗はその辺を意識していて、中国明代の法律である「大明律」を参照したようです。

徳川吉宗/wikipediaより引用

日本史の授業ではあまり触れられませんが、吉宗は明代の政治手法を参照にしていることも多い。

海外からの知識流入といえば西洋由の文物ばかりが注目されがちですが、実は中国からのものもあったのです。

 


当道座の始末に吉原まで巻き込まれたか

蔦重のしでかしたことに、ブチギレているのが駿河屋市右衛門でやんす。

吉原が瀬川に頼み事をしていたのは確かだと蔦重が反論すると、それがよくねえんだよ、火のねえところにゃ煙は立たぬってな!と、ますます怒る親父殿。

それ以上やると死ぬぞと止めに入るのは扇屋です。今回の件は鳥山検校だけで済まされない話だと説明しています。

当道座に対する一斉の手入れとなると、及ぶ範囲が広いんですな。

検校や勾当は吉原の上得意であり、これがポイントなんでさ。

当初、吉原の太ぇ客といやァお武家様でした。それが当道座の連中になっている。貨幣経済が浸透してるってことよ。

実際、田沼時代が最も吉原で盲人の姿が見られたそうです。

葛飾北斎『北斎漫画』の座頭と瞽女/wikipediaより引用

高利貸しに一枚噛んでる店もあり、となれば奉行所も吉原に入り込んでくる。

こうなってくると、他の岡場所はほくそ笑むでしょう。なかでも寺社近辺のものはニヤニヤしちまうだろうさ。

奉行所というのは自分たちの管理範囲外には首を突っ込みたくねえモンでして、寺社周りは寺社奉行の縄張りだから抜け道があるんでさ。

商売敵が睨まれて「ざまあみろ!」とはしゃいでいることでしょう。

ともかく吉原はどうするか?

というと、扇屋は根回ししつつ、蔦重におとなしくするように言い聞かせます。

インテリの扇屋ならよ、こう言いてえんじゃないか。

李下に冠を正さず。

スモモの木の下で被り物を直してはいけない。何をしていなくても、スモモを盗もうとして被り物がズレたんじゃないか、と誤解されかねない。

これが今週のポイントですね。

蔦重はもうどうにもできねえってんで、九郎助稲荷に願うばかり。

頼まれたところで使いの狐ごときに何もできないとこぼす稲荷でした。

 

瀬川が吉原に戻り、蔦重はまたも夢を抱く

検校は吟味のために入牢しています。

一方で瀬以は釈放され、検校の吟味の間、松葉屋預かりとなりました。

蔦重は大文字屋から蔦屋の店先でそれを聞かされ、瀬川はお咎めなしかと安堵しております。ただし検校の吟味が終わるまで、どうなるかはわからないのだとか。

なんでも吉原に塁が及ぶことだけは避けられたようで、江戸時代のお裁きは、厳しいのか緩いのかちょっとわからなくなりますね。

すると店の前で一悶着が始まる。

なんでも本屋にやってきた女客が、馴染みの男の姿を見つけちまったようで、嗚呼、こいつぁ修羅場だね。

んでこの女客なんですが、ズケズケとしていて物言いがきついんすよ。これが江戸の女なんだよな。

留四郎が対応しようとするものの、次郎兵衛は近頃こういう茶屋と本屋の客の鉢合わせが多いと言います。

他人事で喋ってる場合かよ。とはいうものの、こういう性格だから江戸っ子センスを理解できるんすかね。

すると大文字屋がこう提案します。

「おめえ、そろそろ店持ったら? これじゃ何の店かわからんだろ。男たるものな、一国一城の主になってこそだろ!」

蔦重を焚き付けてきやしたぜ。カボチャの旦那は一代でここまで成り上がってますからね。野心家だね。

そして、彼がそう言った刹那、腑に落ちました。

これぞ、新しい大河ドラマなのだと。

私なりに考えたことがあります。戦国武将で不動の人気を誇る真田幸村が、なぜ2016年まで大河ドラマの主役になれなかったのか。

大河ドラマ『真田丸』のオープニングは、幸村にとっての理想の城を示す映像でした。

最期まで一国一城の主になれなかった、いわば彼の夢。ゆえに彼は大河の主人公に長らくなれなかったのだ……。

絵・富永商太

大河ドラマはじめエンタメは時代の業を背負うものです。

昭和の頃はまさに「男たるもの一国一城の主になってこそ!」と背中を押すような主人公が人気であり、その合間にそんな夫の背中を押す内助の功路線が数年おきに入ってきました。

好景気であればこそサラリーマンに受けた傾向なのでしょう。

だから平成時代に入るとテーマがずれてきて、民放のトレンディドラマ路線を真似たような作品も出てきます。

そんな試行錯誤を繰り返すうちに、ついに一国一城の主ではない真田幸村の登場。

反対に女性でありながら結婚せず、家を背負うことになった主人公の『おんな城主 直虎』のような作品も出てくるわけです。

そして今年の『べらぼう』です。

蔦重は戦国大名よりもはるかに小さいながらも経営者になる。しかもその道筋は、本業の合間に副業として、クリエイターとして歩み出してそうなる。

時代にぴったりじゃねえですか。

色々頭打ちでどうしたって辛いこの時代。本職でなくて副業でどうにかしようという人はいるでしょうよ。

蔦重は大河主人公として異色ではない。むしろこの時代に合わせた大河主人公ってことです。

てなわけで、蔦重はクリエイターとして経営をする夢を見ています。

焚き付けた大文字屋は神田に出かけ、物件を見てくるそうですぜ。

それにしてもうまいっすな。あの忘八の中でも一代で成り上がったカボチャの親父がキーパーソンだなんてよ。

 


百人一首でやり取りをする忘八たち

りつが短冊に何か書いております。

店の場所を うつらんとてか 家田屋に
我が身世にふる ながめ狭しに
大黒屋りつ

店の場所を家田のとこに移すのかい!? もう狭くなっちゃったもんねえ。

花の色は 移りにけりな いたづらに
我が身世にふる ながめせし間に
小野小町

これに蔦重が答えます。

嘆けとて 茶屋か本屋か 惑わする
かこち顔なる 我が馴染みかな
蔦屋重三郎

茶屋か本屋かわかんないって客も困ってんですよ。

嘆けとて 月やは 物を思はする
かこち顔なる 我が涙かな
西行法師

それに丁子屋はこう。

金の痛み 浅草紙の 己の身
破けてものを 思う事かな
丁子屋長十郎

金はどうすんだい!? 破綻してからじゃ遅いんだぜ!

風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ
砕けてものを 思ふころかな
源重之

蔦重は返す。

富本本 わが名はまだき 立ちにけり
稽古本もと 思い染めしか
蔦屋重三郎

富本本で名が売れたので、次は稽古本をと考えています!

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
壬生忠岑

これには扇屋も納得。

ならばよし ならば後押し 憂いなく
吉原故に もの思う身は
扇屋宇右衛門

ならいいんじゃないかい? 吉原のためにも後押ししてやるよ。

人もをし 人も恨めし あぢきなく
世を思ふ故に もの思ふ身は
後鳥羽院(※『鎌倉殿の13人』ラストの後の心境だと各自ご想像ください)

さて、百人一首をパロディにしつつ応答すると、蔦重はニコニコと御礼を言います。

でもちっと気になりませんか。

百人一首には天皇の歌、つまりは御製もあるじゃねえすか。それをこんなアホパロディにして平気なのか? 何気ない場面のようで日本人の価値観変遷が見て取れます。

そもそもここにいる東夷(あずまえびす)どもからすりゃ、こんな百人一首なんてのは、ありがたくてお堅い教養なんですよ。

それが知識のトリクルダウンを起こし、こういうネタに使えるようになっているってことですな。

資産のトリクルダウンは怪しいもんだけど、教養に関しちゃ確かにあるんですね。落語の『崇徳院』なんざまさにこういうもんよ。

蔦重は駿河屋に秋波を送り、商人になって欲しいと持ちかけると……。

「おめえ、茶屋どうすんだよ! おめえの本分は茶屋。本屋はあくまで脇だって取り決めだろ?」

そう凄むものの、他の親父たちからすりゃ、まだ茶屋だと思っているのかと呆れています。それに本来、茶屋は次郎兵衛が仕切るものでしょう。

「本気にすんな……ま、考えといてやらぁ」

駿河屋はどうにもパロディにできず、そう言うしかないのですね。

「ありがたや〜! それにつけてもありがたや〜! 持つべきものは駿河の親父〜! ありがとうございます。恩に着ます!」

そう軽やかに返す愛くるしい蔦重。こんだけ愛嬌があると許せるな。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用

蔦重が出ていくと、親父たちは店は商いのためだけかと噂しています。何? 女房でももらいてえってこと?

するとそこへ大文字屋が怒りつつ入ってきて、障子を開け放つのでした。

「おう、皆、ちょいと聞いてくれよ。こんな人を馬鹿にした話があるかってんだ!」

そう言いながら何かを叩きつけます。

 

蔦重と瀬川の再会

場面は変わって松葉屋の寮、女郎の療養所です。

そこには瀬川がいました。鳥山検校のことを思いつつ、本を読んでいます。

すると寮を管理する“はつ”が、重三の到来を告げるのでした。

目を泳がせる瀬川。

重三は古くなった貸本を置きながら、瀬川には『契情買虎之巻(けいせいかいとらのまき)』という本を渡してきます。

なんでも鳥山検校と瀬川を題材にした「瀬川もの」だそうで……ネタになった本人に渡すのかい!

なかなか好き勝手に書いてあって笑っちまったとか。だもんで、当人のレスポンスが見たいそうですよ。なんつう神経なんだ。

当たり前っちゃそうですけど、江戸時代には誰かのプライバシーを尊重しようなんざ、ないわけですからね。

うつせみが足抜けに失敗したあと、いねが「芝居のネタにでもなるつもりか!」と罵倒したのがそのあらわれでした。日本文学史に残る近松門左衛門も、ゴシップネタを抒情的に仕上げたといえばそうです。

『曽根崎心中』お初と徳兵衛のブロンズ像(大阪露天神社の境内)/wikipediaより引用

すると蔦重が、真っ赤な紅葉を前に年明けに店を出すと言います。俄が秋。そこから深まった晩秋ですね。

瀬川は驚き、大した事じゃないと謙遜する蔦重に、大したもんだと目を輝かせています。

「でな、できれば店、一緒にやんねえか?」

こう言われ、感極まってしまう瀬川。蔦重は「身の振り方を考えていればあれだけど、何もねえなら考えてくれねえか」と問いかけます。

瀬川は寂しそうに、お裁きがどうなろうと検校の妻なんだから無理だと返します。

夫の重い愛を思い出す瀬川。千四百両もかかった元手を考えれば手放そうとはしないだろう。

蔦重も納得すると、どこかに売りつけるのなら納得するかもしれないと瀬川は返します。

「わかんねえだろ。今はいいように考えねえ?」

そう、うつむく瀬川にいう蔦重。瀬川は考え、蔦重とこう言いあいます。

「お正月に検校に離縁された瀬川は、吉原の本屋を手伝うことになりました」

「何か二人は、大当たりする本がねえか考え始めました」

「旦那、ひとつ“瀬川もの”なんてどうでしょう? 瀬川の書いた瀬川ものなんて、売れやしないかねぇ」

「ああ……いいじゃねえか。うん、やろうせそれ! 瀬川が考えた瀬川もの!」

そりゃおめえ、暴露本じゃねえか!

ま、これも重要かもしれねえ。『光る君へ』でも言及されていた『蜻蛉日記』はじめ日本の文学史に暴露本ありですわな。

 

旗本の娘・さえの受難

するとそこへ急病人が運ばれてきました。

勝手に上がり込んでなんだと怒るいねに対し、本を届けにきただけだと蔦重が返します。

病人とは、あの旗本の娘・さえでした。今は松崎と名乗っており、どうも堕胎後の経過がよろしくないそうです。

転落はあっという間、この前、松葉屋に来たと思ったらこれです。

本作は、女性の苦痛をキラキラコーティングして描くどころか、むしろ生々しい。

瀬川が客を取っている最中のことを松葉屋から見せられた蔦重。そして堕胎後の苦しみ。女性の直面しかねない問題を正面切って描いていると思えます。

瀬川は検校から鍼を覚えていて、流産後には三陰交や足三里に鍼を打つとよいと忠告します。

この「三陰交」は昨年の朝の連続テレビ小説『虎に翼』でも生理痛に効くツボとして出てきた、女性特有の体調不良に効くツボです。

蔦重がエレキテルを提案するも、いねは鍼医者を呼ばせます。花魁出身だけに、態度はきつくとも、その扱いは優しいんですね。

蔦重はさらに「エレキテルではいけないのか?」と粘りますが、いねは怒りながら却下。

「効きゃしなかったんだよ、エレキテルは!」

驚く蔦重ですが、はなから効きそうにもなかったですよね。

平賀源内作とされるエレキテル(複製)/wikipediaより引用

あんなもんは嘘っぱちのおもちゃだって近頃みんな知っていると、いねが吐き捨てるのでした。

 

エレキテルは効かない? 源内がおかしい?

エレキテルが気になったのか。

蔦重が源内のもとへ出向くと、大荒れでした。

なんでも弥七というふてぇ野郎が、エレキテルの図面を盗み、複製品を安価で販売したとか。その品が悪い信用を落としたそうです。

ここで浮上してくるのが、新之助のありがたみですね。

新さんは誠実で真面目なので、そういうことはしなかった。

誠実さがありがたいとわかるのは、往々にして不誠実な後任者がなんかやらかしたときなんですわ。

源内は、弥七を相手に訴訟の準備中です。

これが今回のポイントで、訴訟や法が何度か出てきますね。

それでも、蔦重は気になっています。

いねがうつせみの身代金として持ってきたものは本物、源内が作ったものです。

そこでそっと「弥七の品が悪いから効かないのか?」と念押ししますが……苛立つ源内は、弥七のせいだ!と強く断言しました。

こりゃ相当危ういですね。

エンジニア気質なら文句を言う前に検証すべきはずなのに、頭に血が昇って怒りを別の方向へ押しやっていて、本質的な問題解決に向かうことができません。

 

めぐる恨みが瀬川を襲う

松葉屋に戻り、その懸念を瀬川に話す蔦重。

瀬川もその辺の危うさを見抜いていて、カッカきているから認められないだけだと忠告します。

二人は相性抜群で、ちゃんと根拠あるアドバイスをしてくれるのがいいですね。

すると瀬川が瀬川本にクレームをつけます。

検校が工藤祐経で、お付きの手下が曽我兄弟なんだそうです。

工藤祐経と曽我兄弟いえば『鎌倉殿の13人』に出ていましたが、これも重要かもしれねえ。

曽我兄弟/wikipediaより引用

というのも曽我ものが人気だから設定を流用したというツッコミではあるんですが、『鎌倉殿の13人』を思い出してみてください。

坂東武者ときたら、何かあるとすぐ暴力で解決しようとする。

あの価値観なら、源内先生は弥七の首をとっていても不思議はないわけで、それが訴訟となる流れに人類の進化を感じさせてくれます。

瀬川のツッコミに対し、蔦重はおしどりが侍に化けて助けるのは『塩売文太』そのまんまだと言います。

そして瀬川を取り合って高田馬場で戦う。ああ、仇討ちで有名な場所さ。ストーリーの安直さに蔦重は呆れています。

そんな幸せそうな二人をじっと見つめるのが、病み上がりの松崎。

瀬川がそのもとへ看病に向かうと、突如として袖を掴まれました。

「覚悟!」

包丁をかざし、振りかぶります。

蔦重は駿河屋から証人になってもらえるとの返答をもらい、喜んでいました。ただし条件が……。

「その店に瀬川花魁置いた日にゃ、俺ゃすぐさま降りるぜ」

蔦重は困惑しつつ、吉原に累が及ぶとは聞いたけれど、片がついたはずだと主張します。

いつもは無口なふじがさらにこう続けます。

「重三。世の中にゃ、検校を腹の底から憎んでる人だっていんだよ。座頭金で家が潰されたり、親が首くくっちまったり。そんな人たちは妻だった花魁が楽しそうに本売ってるの許せないと思ったりしないかね」

瀬川のことまで恨むのかと困惑する蔦重。

これも源内と同じですね。人一倍、風を読むことに長けた蔦重なのに、それができなくなってら。これが恋ってやつか。

するとそこへ、瀬川花魁が刃傷沙汰に巻き込まれた急報が松葉屋から知らされてきます。

 

犠牲にされた女たち

いねが松崎に水を浴びせながら折檻しています。

大事はなかったし、病み上がりだからとそれを止めに入る瀬川。

「さぞ気分がよかろうな。私を憐れみ、助けるのは。父上と母上は金につまって自害された! お前の夫のせいじゃ! 私はお前らのせいでかようなところに身を落とされたのじゃ!」

武士の娘らしい凛とした口調で瀬川を罵る松崎。

「……それを言うなら、わっちが売られてきたのは、お武家さんのせいでありんすよ。きつい年貢に耐え切れず、親はわっちを売りんした。百姓の娘と旗本のお姫様を同じにするなという話もありんしょう。けんど恨みは恨み。恨みの因果を巡らせても、切りがありんせんのでは?」

傷ついた頬で、そう反論する瀬川。社会の歪みが立場の弱い女性にふりかかる構造が見てとれます。

現代社会で、こうした問題もどこまで改善されたのやら。

世の中が不景気になって悪くなれば、老若男女が苦しみますが、とりわけその歪みが女性に向かいやすいとも言われています。コロナ禍においても、若年女性の自殺増加が顕著であったと統計が出ていました。

そこへ蔦重がやってきます。

瀬川の怪我を確認すると、右腕と右頬だけで済んでいる。傷跡が残らないか気にする蔦重に、いねは大袈裟だと言います。

どうして瀬川のいるところに座頭金がらみの訳ありを送り込んだのか!と、いねに抗議する蔦重。

私のせいか!と反論するいねに対し、大見世の女将にしちゃ迂闊だとさらに詰め寄ります。

瀬川は別に鳥山検校の客ではなく、八つ当たりだと言います。

その上で彼女は、恨まれている人が大勢いることを痛感させられており、振る舞いに気をつけるしかありません。

 

吉原者は「四民の外」になった

蔦重の目にはいつもの吉原も違って見えるのか。番所に目が行くようです。

すると「親父が大事な話があると呼んでいる」と次郎兵衛が告げてきます。

大事な話とはなんぞや?

というと吉原者は市中の地所や屋敷が買えなくなったというものでした。

大文字屋が項垂れつつ説明します。

事の起こりは、彼が神田に屋敷を買おうとしたこと。たしかに張り切っていましたね。

実際、話はまとまり、手付金の二百両も払ったのに、町名主がこの町内に吉原の女郎屋がいたことなんてないと言い出したのだとか。

大文字屋としても、前例があればこんなドジは踏まねえ。なんでも浅草橋に寮を買ったときは通ったそうで、納得できず奉行所に訴え出たんだそうです。

すると奉行所は、そもそも吉原は「四民の外」であり市中に家屋敷を得るなど甚だ不届至極だ!と、訴えを退けたんだとか。

吉原者は見附内の土地を買わないと証文を出せとまで、言われたそうです。

見附内とは江戸城周辺の番所である見附周辺ですな。結構な広範囲ですぜ……。

弘化年間(1844年-1848年)改訂江戸図/wikipediaより引用

「四民の外……」

あの呑気な次郎兵衛も、衝撃を受けたように呟きます。

こうなっちまったのも、大文字屋が奉行に訴えちまったことがあるんで、反省しているんですね。

手をついて謝る大文字屋。

周囲はお前のせいじゃねえ、悪くねえと庇い、あの若木屋も「ツラあげろこの野郎」と慰めておりやす。

そして、りつは悔しそうに続ける。

「こちとら町役もこなして、運上冥加だって入れてるってのに、何だってんだよ、ねえ!」

「町役をこなす」とは、街の運営維持のために行う義務のこと。

例えば町火消しだってその一部です。江戸市中に住む者はこれをこなすので、年貢は免除されていました。

それに加えて金まで入れておいて、権利を制限されるとはどういうことでぇ。りつとしちゃ、おさまらねえんですよ。

松葉屋は苛立ち、払うの辞めちまうかと言い出した。んで、忘八は荒稼ぎしてやると言い出す。

ゲスなように見えますが、これも他の岡場所と違って運上冥加を入れているからにゃ、成立する言い訳っちゃそうですね。

 

手放すことでしか、愛を得られない鳥山玉一

蔦重は瀬川に、この一件を話しています。

「公に線引きされちまったのはキツい」という彼女の言葉は他人事ではありません。蔦重が吉原の外に出ていけるか?という話になりますね。

そこへ管理人はつが松葉屋からの文を届けてきました。奉行所からの呼び出しです。

松葉屋と共にお白洲(おしらす・当時の裁判所)に座る瀬川。

東映京都撮影所にある「お白州」のセット/wikipediaより引用

検校も連れられてきました。

井上和彦さんが扮する声のいい奉行が、ここで仕置きを申しつけると宣言します。まずは妻である瀬以の裁きから。

悪徳検校の寵をよいことに、善良なる民から搾り尽くした金で遊興、贅の限りを尽くしたことは許し難き悪行である――そう言いながら「幼き頃に吉原に売られ、夫より他に寄る辺なき身の上であったことは憐れむべきだ」と続けます。

二度と遊蕩を繰り返さぬことを条件に、「きっと叱りおく」と言い渡します。

「急度叱り」ですな。民衆が課された刑罰で、こうやって奉行に叱られて反省するという刑罰でやんす。

さらに奉行は、鳥山玉一との絶縁し、よき民として暮らすようにと言い渡します。

この刑罰は頭の隅にでも入れておきましょう。なぜなら、もっと重い処罰を受ける人が後に登場するでしょうから。

瀬川と松葉屋は離縁か?と驚いています。

なんでも鳥山は、これより先は妻の面倒を見ることは遠慮したいと言ったそうです。

「お奉行様、夫に、話をいたしましてもよろしいでしょうか」

「手短にな」

瀬川は驚き、夫の背中に声をかけます。

「旦那様……私は決してよい妻ではございませんでした。どこまで行っても女郎癖の抜けぬ振る舞いはお心を深く傷つけたことと存じます。にもかかわらず、なんでも望みを叶えてくださった。今、ここに至っても……」

「そなたの望みは何であろうと叶えると決めたのは、私だ」

「私はほんに幸せな妻にございました!」

そう瀬川の透き通った声を聞き、鳥山検校はかすかに笑います。

彼が心の底から聞きたかった声色の言葉なのでしょう。愛のある声。手放すことでしか、愛を確認できないとは、なんという辛さなのか。

かくして高い秋の空のもと、瀬川は自由になりました。

 

おめえをずっと大事にして、守り抜くから

離縁状を手にして、蔦重の前にやってきた瀬川。

夢じゃないかと頬を殴り始める蔦重。

抱き合う二人を、蔦屋の向かいのつるべ蕎麦から半次郎も見守っています。ようやくこうすることができたのです。

このあと二人は床に寝そべりつつ、瀬川ものの筋書きを考えています。

検校を亀の化身にするのはどうか?と語る瀬川。身請けされて竜宮城にいくと語ると、蔦重は浦島太郎だとつっこんでいます。

それで楽しく遊んでマブのところに帰ると続ける瀬川。よその人は検校を悪役に書けるけど、わっちにはできない。それはもう大事にされたとしみじみと語ります。

「めぐる因果は、恨みじゃなくて恩がいいよ。恩が恩を生んでいく。そんなめでたい話がいい」

「大事にする」

瀬川にそう語りかける蔦重です。

駿河屋は、花魁と所帯を持つと蔦重に言われ困惑します。

吸っていた煙管を盆に荒々しく叩きつける駿河屋。

煙管の扱いというのは大事なもんで、煙管に入る煙草の量は少ない。それを落とす盆がセットになります。この所作を粗くすることで心理状態を示すわけです。

小栗忠順はこの煙管の扱いが見事だったそうで『逆賊の幕臣』の松坂桃李さんの所作にも期待して待ちましょう。

「刺されそうになったんだぞ! 花魁を外になんか出したらどうなると思うんでえ!」

「だからこそでさ!」

蔦重は大門口には面番所がある、五十間の入り口にも町番所があって見張りがいる、市中で暮らすより安全だと理屈をつけます。

『新吉原の桜』歌川広重(1835年3月頃)/wikipediaより引用

お裁きをひっくり返すためにも必要だと言います。

吉原が四民の外にされてるのは忘八の里だから。親父様たちの女郎の扱いはひどい。四民の外が嫌なら内から変わらなきゃいけない。困った女を食い物のするのではなく、助けるところにする。

それで見る目を変えると言い切ります。

そのためにも瀬川を厄介者として放り出すのではなく、吉原はその後も面倒を見たということにする。

それを世に示すと大きな話をぶち上げました。

「チッ、しゃらくせえ」

そう言うしかない駿河屋。ふじが「ん」と夫に水を注いで勧めます。

墨を擦りつつ、こういう駿河屋。

「能書きは正しくても、風当たりは弱くねえと思うぜ。ちゃんと花魁を守り切れよ!」

「へえ、ありがとうございやす!」

かくして蔦重は望みに一歩、近づきました。

そのころ江戸城では、田沼意次が8検校、2勾当を闕所(財産没収)不座(当道座追放)にしたと家治に報告しています。

家治が、接収した証文の処理を聞くと、意次は違法な利息を処理し直し、幕府が取り立てると答える。

反発するのが徳川家基。

それではお上が富を奪うことになるとのことですが、検校たちは金を貸す際「お上の金」と言っていたとして、お上の蔵に返すだけだと道理づけます。

家治は感心しています。

道理に従い、苦しむ者を救いつつ、幕府の金蔵を潤すとは、一石二鳥というわけです。

意次は道理をうまくつかってこそ政治だと言い、年末の挨拶をします。

納得できないのでしょう。家基が爪を噛んでいます。

 

除夜の鐘を聞きながら瀬川は決意する

そのころ、松葉屋では除夜の鐘が鳴る中、狐の面をつけたものが女郎を追い回していました。

「狐舞」という吉原の年末行事ですね。ドラマで再現されるのはよいものですな。あの松崎も回復したのか、武家娘らしい凛々しさで狐に対峙しております。

そのころ蔦重は「あ〜終わんねえぞ!」と仕事に没頭。

次郎兵衛はしてねえんだろうな。

駿河屋夫妻は、蔦重も大事だけど、ちったぁバカ息子の躾もしねえとよ。

蔦重は足抜け未遂の際の手形を見つけ、色々あったと笑顔になります。

一方の瀬川も、手形に目を落としています。そして『青楼美人合姿鏡』をめくるのでした。

しかしその表情には、翳が落ちていくようにも思えます。

瀬川は蔦重との夢の話を思い出しています。

二人の夢は、女郎がよい思いばかりできる場所に、吉原を変えることでした。その夢のことを蔦重は駿河屋にも語っていた。

年が明けました。

蔦重が松葉屋の寮へ向かうと、そこに瀬川はおりません。「知り合いの店を手伝うことになった」と、出ていったそうです。

瀬川は、はつに文を託していました。

明けましておめでとう。今年もよろしく。

と言いたいとこだけど、わっちは吉原を離れることにしたよ。

五十間で二人で本屋をやる。

あんなの出そう。こんなのがいい。

ああでもない、こうでもないと思案して、時には喧嘩もして。

それはきっと幸せな毎日さ。

けんど、その毎日が二人で夢にみた吉原につながるかといえば、違う気がしたんだよ。

吉原はついに、公に四民の外とされちまった。

しかも本屋のお仲間は、こうなる元からそれを振りかざしてきた人たちさ。

耕書堂の行く道は、恐らくますます険しいものになる。

そこに曰くつきのわっちまで抱え込むってのは、弱みを一つ増やすだけ。

夢を現(うつつ)にしたいなら、余計なものは抱え込んじゃならないと思うのさ。

だから、もう、行くね。

顔を見ると行けなくなりそうだから、会わずに行くよ。

見つかると戻っちまいそうだから、どうか捜さないどくれ。

捜す代わりに夢を、あんたにはそこで日がな一日夢を見続けて欲しい。

わっちはわっちでやってくから、あまり案じないどくれ。

なかなかたくましいのは、知ってるだろ。

そう文を読み、たまらず瀬川は探し回る蔦重。

誰もいない建物の戸を開けて中に入ります。

そこには瀬川が置いていったものがありました。

重三、ありがとね。

あの日、あんたが赤本をくれた時、あの時生まれた思いを握りしめていたから、わっちは溺れずに済んだ。

女郎の闇に堕ちていかずに済んだんだ。

まったくさ、マブがいなけりゃ女郎は地獄とはこのことさ。

持ってると思い出しちまうから、悪いけどもらった本は置いていくよ。

おさらばえ――そこには瀬川が残していった本がありました。

いつの日も、わっちを守り続けてくれたその思い。

長い長い初恋を、有りがた山の鳶がらす。

そう相手に夢を託し、瀬川は姿を消したのでした。

本を読む瀬川『青楼美人合姿鏡』/国立国会図書館蔵

 

MVP:瀬川と周りの男たち

瀬川はまるでお釈迦さまで、蔦重も、鳥山検校も、その掌にいる孫悟空のようにも思えてきましたぜ。

確かに瀬川が去るところは、悲しいっちゃそうですよ。泣けました。

でも、これしかなかった気もする。

瀬川は五十間で蔦重の隣にいる限り、籠の中の小鳥なんですよ。

その前を通り過ぎていく人たちは、皆彼女の素性を知っている。だからこそ、蔦重は守らなければいけないと神経を尖らせる。

ずっと苦界にいて、花としての価値が落ちたら己がどう見られるか、彼女がそれを知らないわけがありません。白髪が一本生えてきただけで嘲笑われかねないんですよ。

蔦重の隣にいるということは、吉原に手足を縛られ続けるということでもある。

じゃあ、いっそ籠から飛び立ったほうが幸せになれるんじゃないかと思えるんですよね。

そしてそのほうが、蔦重の中で自分が一番綺麗なままでいられるということでもある。

喧嘩も楽しいといえども、ずっとそれが言えるかどうか。

守るというけれど、それもずっとできるかどうか。

蔦重に守られるということは、生殺与奪を相手に委ねるということでもあるでしょう。そんなの自由がない。けんど、それを素直に書いたら蔦重は傷つく。

ならば二人の夢を使えばいいじゃないですか。

客の心を傷つけずに遠ざけるのも、女郎の手練手管でありんすよ。

その意味で、瀬川は徹頭徹尾、プロフェッショナルなのだと思えてきます。

こう書くといくらなんでも邪推だ、瀬川はもっと純情だと思いたくもなりますよね。

でも、私には彼女の魅力は聡明さと冷静さにあると思っております。

思えば瀬川はいつも冷静です。うつせみやかをりと比べるとよくわかります。

蔦重が一番喜ぶような、単純な褒め言葉を言ってこない。むしろ嘲ったり反論することもありますよね。

本当に彼女が恋に溺れるタイプならば、マブとしてできていたと思います。それをここまで、皆の許しが出るまで抑制しきって、最後はスッと去っていく。本当に賢いと思いますよ。

そしてこれは『光る君へ』のまひろと道長でも言えたことですが、運命のカップルが二年連続、女の側の方が頭が切れるというのも興味深いところでして。

大河ドラマのヒロインは、知能を下方修正されていると思えることもしばしばありました。

『利家とまつ』のまつは実際にはもっとビシッと夫に物申すタイプでしょう。

『花燃ゆ』は松陰の妹でも賢いとして有名な長姉と二姉でなく、なぜか最も翳が薄い三妹にするなどなど。

『八重の桜』ですら、後半は実際の八重にあった気の強さが頭のキレを抑制しているのではないかと思えました。

これって要するに、女はバカな方がかわいいと思う誰かが権限を握っていて、そういうドラマにすべきだという共通理念があったからそうなった気がしてなりません。

それを二年連続で否定してきた。これはすごいことですよ。

そして、どうして賢い女はダメなのかも見えてくる。

まひろにせよ、瀬川にせよ、恋に溺れて他のことを忘れるタイプではないのです。

まひろは、恋よりも己の創作欲求を満たしたいと思えました。

瀬川も、恋よりも自分の道理で考え尽くした上で答えを出したように思える。

要するに、賢い女は恋の先にあるリスクと己のうちにあるものを天秤にかけて、恋を選び取らないってことですよ。

そういうところが、女は男の恋に溺れてメロメロになるんだと信じたい人にとっちゃ、面白くねえってことなんですね。

でも心配しなくていい。

あっしが見るに、皆の瀬川ロスはじきに癒されるんじゃねえかな。

橋本愛さんも番宣に出るようになった。よっしゃ、蔦重の女房もいいぜ! そう思いますかね。それはまだ早いかもしれませんぜ。

そろそろ喜多川歌麿が出てくる頃合いでしょう。

この蔦重と歌麿の関係が、アツアツのドロドロです。演じる染谷将太さんは『麒麟がくる』の信長で、主人公と濃い関係を築く準主役としてのパフォーマンスを証明しています。

実際、蔦重と歌麿は、同じ家に住み、膝を突き合わせて作品構想を練り上げていますんでね。それに期待しやしょう!

で、瀬川より歌麿はパッションタイプだと思いやすぜ。蔦重に溺れるぜ。

んで『麒麟がくる』の光秀と信長みたいに、蔦重と歌麿も、ドラマ後半になると色々あるのよ。

最後まで気が抜けねえよな。

 

総評

みんな蔦重と瀬川の恋についてメロメロしていると思いやすが、別の視点でも。

前回、神君家康公のことを書きましたが、その続きです。

吉原と当道座が相対的に価値が落ちました。

これは彼ら自身の問題のようで、実のところ、徳川の権威も目減りしているのではないかと思えてきます。

当道座の連中は神君家康公を振りかざしていた。

吉原だってお墨付きだと庄司甚左衛門以来の権威を盾に取ることができた。

でもそれが薄れたからこそ、価値が落ちてきているとも言えるわけです。

とはいえ、まだ現役でもあります。

瀬川の受けた「急度叱り」とは、ああしてお白洲で奉行に叱られる程度なんですよ。

こんな程度で、どうして江戸の民は反省したのか?と思うじゃないですか。

それだけ屈辱的だということなんですね。これも権威あってのことです。権威に忖度して「あいつ、急度叱りだったってよ」と噂をみんなが立てたら、それだけでマイナスになります。

鱗形屋がすでにそういう状況にさせられていて、急度叱りよりも厳しい営業停止や罰金刑とはいえ、“曰く付き”ということで商売に大きな翳が落ちていました。

ドラマが進んでいくと、田沼意次よりも厳しい松平定信時代となり、蔦重周辺もこうした権威と罰則に翻弄されることになります。

急度叱りはまだマシだった。瀬川は恵まれていたと、思い知ることになるのでしょう。

日本人ってお上の権威に弱くて忖度しちまうんだな……悪名がめぐりめぐって人を傷つけるなんて、救われねえ話だよ。そう暗い気持ちになりましたかね。

どっこい、これも歴史を見ていきゃァ、そうでもねえとわかりまさ。

千葉県佐倉市歴史民族博物館では企画展「時代を映す錦絵ー浮世絵師が描いた幕末・明治ー」を5月6日まで開催中です。

これを見れば、江戸っ子がだんだんと幕府権威を恐れず、好き放題やらかす様がわかりますぜ。

劇中のころは「お上に睨まれたらもうおしめぇだ」と冷や汗を垂らしている江戸っ子どもですが、時代が降ると彼らはあることに気づきます。

「お上が睨みたくなるみてぇな出版物を出すと、プレミアもついてむちゃくちゃ売れるぜ。取り締まる前に売って、やべえとなったら逃げる。それを繰り返せば濡れ手で粟ってな!」

てなわけで、ヤベエギリギリの錦絵をふてぇ絵師に発注し、発注時点でちょっと異なるバージョン違いを用意、板木も作り、ずらしてリリースする。

甲が捕まったら乙が売る。そういうことをしてたんまり儲けてました。

そういう実例がこの展覧会では見られるんですね。

この手の風刺画とブレイクし、時代を牽引した歌川国芳作『源頼光公館土蜘作妖怪図(みなもとのよりみつこうのやかたつちぐもようかいをなすず)』もビジュアルとして代表格を飾っておりますぜ。

源頼光公館土蜘作妖怪図

歌川国芳作『源頼光公館土蜘作妖怪図』/wikipediaより引用

これを機会に一度ご覧になってはいかがでしょう。

てなわけで、ふてぇ絵師の代表格が歌川国芳です。

国芳の絵は美術史のみならず、江戸の世の移り変わりを示すものとして日本史教材でも扱われることが多い。

そんな国芳がなぜ許されたのか?

実は許されていたわけでもありません。最近の町人どもはお上の威光を恐れねえ。特に浮世絵師、中でも国芳はなんなのか。奉行所で叱りつけろ!

そんな提言もされていますし、監視されたこともあります。

でも国芳は肝が太ぇのよ。

「え? これが風刺に見えるんすか? 気にしすぎじゃねw」

「俺が悪いっていうよりも、検閲通した側の責任じゃねw」

こんな舐めたことを言ってすり抜けたとか。いやぁ、根性あるねえ。

時折「エンタメに政治を持ち込むな」と言い出したり、漫画家の先生が自分のキャラで批判やら何やらすると失望したとかなんとかぬかす人がおりますけどね。

きっとそいつら、歌川国芳とその一門に興味ねえんだろうなァと思って見ておりやす。

けど、それでいいのかって話でね。

この国芳が生まれたのは、蔦重の没年でもあります。

国芳とその一門と版元どもが大暴れできたのも、蔦重たちが道を拓いた果てにあることなんでしょう。

お上や法治との兼ね合いの中、キリキリしつつ生きてゆく――そんなドラマの連中が愛おしくて、尊くてならねえすよ。

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅


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【参考】
べらぼう/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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