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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第38回地本問屋仲間事之始】
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侠気にめざめた山東京伝
すると蔦重に応じた者たちを見て、京伝がハッとした顔になっています。
ようやく蔦重の意図が伝わったのでしょう。立ち上がり、こう言います。
「蔦重さん! 俺、戻って草稿書いてきます」
「いっそ、そのまま出せるもん頼むぜ。京伝先生」
やっと蔦重も“京伝先生”と呼びだしました。雨降って地固まるたぁ、このことさね。
鶴喜も立ち上がり、京伝先生もやるといったと示します。
「よし蔦重、また面白え案思(あんじ)考えようぜ」
鱗の旦那もこう続き、かくして地本問屋の大量草稿作戦が動き始めます。
奉行所は山のように集まる草稿に手を焼き、こう言います。
「やってられるか!」
それにしても、この場面は情報量が多いぜ! ネタバレもあるから嫌なら読み飛ばしてくんな。
まず、西与と鱗の旦那。
鱗の旦那の息子・万次郎は今、西与に奉公しています。これだけ父に白髪が増えた一方、彼は聡明な若者に成長していることでしょう。
一方の西与には息子がいない。二代目を婿として継ぐわけでさ。この二代目は実に見る目があり、葛飾北斎の傑作は彼が出したからこそだと言われております。
西村まさ彦さんが西与を演じるのは二度目ですが、一度目に演じた時は二代目で、今回は初代というなかなかややこしいことになっております。
そしてこの二代目西与は、この先蔦重に「おめえの時代は終わった」と突きつけかねません。写楽がらみなので、キャスト発表は最後、大物となることでしょう。
次に、奉行所の「やってられるか!」宣言に注目でやんす。
このなんとかしてお上の目を掻い潜る戦略は、この先どんどんヒートアップしていきます。
今回は量より質ですが、江戸後期になると解読難易度を上げに上げる連中も出てきます。買った側も考えに考え、考察を日記に残していたりします。
歌川国芳が幕閣を批判した『きたいなめい医 難病療治』は、あまりに高難易度のため論文の題材になるほど。
エクストリーム検閲回避はますます盛り上がってゆきます。
こうした状況は、ドラマ後半の見どころにもなるでしょう。
長谷川平蔵、吉原で返金を受け取る
蔦重は手を動かすよりも接待が向いている野郎です。パリピです。
てなわけで、長谷川平蔵を吉原でもてなしておりました。
鬼平もそれでいいのだろうか……と思ったら、賄賂としての接待ならば受けられぬと断っています。
人足寄場を任された長谷川様をもてなしたいだけだと蔦重が答えると、平蔵は酒を飲み干し、こうだぜ。
「やはり吉原はよいのう」
大丈夫なのかよ!
ここで親父殿こと駿河屋が入ってきます。
案内されてきたのは、二文字屋の女将である“はま”と、先代の“きく”です。きくはおもむろに小判を取り出し置きました。
平蔵は、賄賂ならば受け取れぬと焦っています。
そうではなく返金だと答える蔦重。どういうことか? というと、きくとはまは、長谷川様のおかげで河岸(かし)が助かったと言います。
いつ騙されたのか?
釈然としない平蔵に対し、蔦重がネタばらし。花の井が入銀を持ちかけ、五十両ふんだくった件でやんす。
あれは入銀本の『一目千本』に使わず河岸に流し、それで女郎は米を買い、食いつなげたというわけです。ここでようやく「そういえば花の井の花の絵はなかったのか」と腑に落ちる平蔵。
蔦重が「情に篤い花魁ですから、河岸を捨ておけなかったのでしょう」と説明すると、うれしそうにシケをはじき、ニンマリと笑う平蔵。
ますます花の井に惚れ直したのでしょう。
「花の井……さすが俺の金蔵を空にした女だぜ」
ここは江戸センスがないと読み解けないのか、平蔵をアホ呼ばわりする声もあります。
そいつァちっと違ェのよ!
平蔵は「俺のセンスはやはり間違っちゃいねえ」と花の井に惚れた自分自身にも満足したんでさ。
何がってぇと、花の井はとびきり「侠」(きょう)なんでさ。江戸っ子にとっては男女問わず魅力の第一。「競い肌」(きおいはだ)なんて呼び方もありますね。
意味としては、弱ったり、困っている相手を見たら後先考えずに助けるという意味です。
河岸の女郎のため、金を騙し取ってでも使うなんて、まさに侠そのものではないですか。
そういう、とびきりいい女を見抜き、金を使われたなら、こりゃ笑うしかねえんです。
花の井は美しいだけでなく、心根までいい。そんな女に惚れた俺はなんて見る目があったんだ。そのおかげで河岸の女郎まで助けられて、俺ァもう嬉しくてたまらねえ。
だからこそマタタビを舐める猫のように喜んでるんですね。
メロメロになった平蔵に、蔦重は利息もつけます。人足寄場は年間五百両で、不足分は平蔵が出さねばならない。その足しにするようと言い添えます。
「利息はこれしきか」
そう言い出す平蔵。冗談半分なのに、駿河屋が咳払いしたので「冗談だ! 冗談!」と言い添えます。
それでも駿河屋は前に進んできて腰を下ろし、金を握らせながらこうきました。
「長谷川様。どうかもう一度、吉原を救ってくださいませんでしょうか? いま、倹約と悪所潰しで河岸は大変なことになってます。加えて、黄表紙、錦絵、細見もだめになるって話なんです! そうなれば吉原はもう……」
そう言われても賄賂は受け取れぬと頑な平蔵。
蔦重はさらに付け加えます。人足寄場が悪党を更生させる施設ならば、女の堕落は身を売るしかないということ。それを救って欲しいと訴えるのです。
平蔵もここまで言われたら受け入れるしかありません。そこで蔦重は、定信からある言葉を引き出して欲しいと言い出しました。
上方に負けてたまるか!
平蔵が、定信と向き合っています。
奉行所のことを持ち出すと、定信はすでに把握しており、かつ蔦重の疲弊させる策も見抜いています。一体どう対応するのか?と平蔵が尋ねると、定信は指図を受けられる数を制限すると言い渡します。
すると平蔵が、いささか大袈裟に定信に続きます。
「本など上方に任せればよいとそれがしも考えます」
「上方? どういうことだ?」
何かを察知した定信に、平蔵は上方本屋の江戸進出について説明します。
江戸で出せぬとなれば上方が押し寄せてくる。蔦重仕込みの懸念を語るわけです。
黄表紙と錦絵は江戸の誇りなので、本屋は躍起になっていると平蔵は続け、それも、くだらぬ町方の意地の張り合いだと締めくくる。と、定信が釣られます。
「くだらなくなどなかろう! 江戸が、上方に劣るなど、将軍家の威信に関わる!」

松平定信/wikipediaより引用
ついに熱くなったぜ。平蔵がしれっと驚くと、定信はますます熱を帯びてくる。
謝りながらも平蔵が威信を守るにはどうすべきかと問いかけると、定信の優秀な頭脳が猛回転している様が見て取れます。
地本問屋にも株ができる
このあと地本問屋が話し合う場面へ――奉行所から狙い通りのお達しが出ました。
書物問屋と同じく地本問屋も株仲間を作り、行事を立てて改めを行う。要は自主検閲の仕組みを作り上げたのですね。
これもなかなか重要なことで、書物問屋の須原屋市兵衛に蔦重が相談した時、出てきた対比ですね。
鱗の旦那は株仲間にどう入れるのかと言い出しました。
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なぜ『べらぼう』蔦屋重三郎は「地本問屋」の仲間に入れて貰えないのか?
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入りたいものならば制限しないと返答する蔦重ですが、鱗の旦那は大和田のことが気になっている様子。彼は蔦重が昔の自分のような人物を潰そうとしているのだと見抜いています。
そしてその大和田安兵衛が仲間入りを申し出てくる場面へ。
鶴喜は、大和田が許しもなく黄表紙を出したことへの遺憾の意を表明します。江戸の地本問屋の仁義違反であると。
蔦重は、書籍の出来を誉めつつ、黄表紙を盛り上げるため仲間に加わって欲しいと言い出しました。横にいた山東京伝も喜んでいます。
黄表紙には節操もない。昔話、幽霊、廓話、と面白いものをなんでも心のままに放り込む。だから、新規の参入もありだと言い出し、それを弾いたら春町先生から嵐みたいな屁をひられるところだったと振り返ります。
そして山東京伝に礼を告げ、和解したようです。
しかし大和田から思わぬ返答が。彼は黄表紙を出す気はないんだとか。正確に言えば、やってみたけど面倒だと答えます。
同時に、少し安く仕入れたいと大和田は続けます。
大坂でも黄表紙はブームで偽板も出回っている。本物が出回ったら偽板も鎮まるし、大和田としては大坂の地本売り広めの店としたいと提案します。
願ったり叶ったりじゃねえか! これで丸く収まったな!
てなわけで、山東京伝は蔦重と鶴喜の抱えにおさまりました。善玉悪玉の続編も、入手できたそうですぜ。

『善玉悪玉 心學早染草寫本』(東京都立中央図書館所蔵)出典 国書データベース
「詰まるところ、面白えもんを作るには諦めねえってことが、黄表紙の灯を守ってことだ」
そう煙管を吹かし、まとめる蔦重。
ていもこれを認めており、おそらく正しい結論となるのでしょう。
蔦重はここで書物問屋の株も買うと言い出します。
書物の株があれば流通ルートの確保も可能。
江戸の外で徐々に湧き上がってきている黄表紙や狂歌のブームに目をつけたのです。それだけでなく、勉強熱心なおていさんへのサービスにもなるわな。
感極まったおていさんは、春町先生も喜ぶと興奮しています。この人は自分も納得する策がでたとき、一番喜ぶタイプなんですね。
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