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【周明はマージナル・マン】
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宋人とのロマンスはありなのか?
まひろは破天荒な性格であるし、宋に向かってしまうような危うさがあった。
では周明は、まひろのことをどう思っている?
海を越えるロマンスは歴史的に見た場合はありなの?
これは「あり」だと言えます。
中国人にとって日本人女性はストライクゾーンに入るのか――歴史的に考えてみると、その通りとしか言いようがない記録は残されています。
宋代の上流階級ともなれば纒足が美女の条件となるものの、異国ならばそうではない。
現地人はその基準で美しくしていればそれでいいじゃないか、とばかりに、江戸時代の長崎では、清の商人が芸妓に惚れ込んだ話が残されています。
かわいい。誠意がある。こんなに愛してくれるなんて感激するなぁ……と、遊女の手練手管に騙されたのかもしれませんが、そんな情熱的な記録も残されています。
異国でハメを外したくなることは必ずしもロマンスとは言い切れないものの、時代を超えているんですね。
幕末に清から来た外交官は、江戸ではしゃいで「祖国ではこんなに浮かれられないよ!」と喜ぶ姿を残しています。
中国語圏で日本人美女が注目されることも、実は伝統的なのかもしれません。
歴史的にはほんの少し前の昭和から平成時代では荒木由美子さん、山口百恵さん、酒井法子さん、などなど……世代ごとに女神のように崇拝される日本人女性が出てきました。
『利家とまつ』で酒井法子さんが見られなくなったことは、中国の大河ファンにとっても悲劇的なことなのです。
山口百恵さんは、その人気ゆえに中国限定の都市伝説まで残されています。
楊貴妃の子孫だというものです。
あくまで都市伝説なのに、根強く残っているほど、彼女は愛されているのでしょう。
宋人が出ることで中国でも注目を集める『光る君へ』ですから、もしかしたら吉高由里子さんも中国で次の女神になれるかもしれない。
松下洸平さんは中国の大河ファンにも「イケメンだね」「中国語がんばっているね」と評されています。
中国では二次元の美男美女、声優も大人気。声優の不倫騒動があると、海を超えて涙するファンは多いものです。
ですので宋から送られてきたオウムの声を種崎敦美さんがあてていることは、海を超えて喜ばれることでしょう。アーニャの声が「你好!」と話すなんて、実に素晴らしいことなのです。
最後に、対馬生まれだとする周明の国籍について考察してみましょう。
複数の文化にまたがるマージナル・マン
「どこの国の人なのか?」
まひろにそう尋ねられた周明は「宋人だ」と答えました。
しかし実際の生まれは対馬であり、父に捨てられ、宋船に拾われ、以降はかの地で育っている。
こうなると「どこの国の人だ」という断定は難しいものでしょう。
「マージナル・マン」という言葉があります。
子どもと大人のはざまにいる青年期をさすこともありますが、歴史用語としては複数の文化にまたがる出自の人を指す。
日本、朝鮮半島、中国大陸に渡る海域で暮らす――周明のような人々は、日本周辺に少なからず存在していました。
複数の言語を話し、服装や文化も混ざり合う人々。
『光る君へ』の越前編に登場する宋人の姿は、後の時代の日中関係を連想させるような描き方に思えます。
歴史的に見てわかりやすい【マージナル・マン】の集団が【倭寇】でしょう。
「倭」とつくことから日本人集団という誤解があり、それを踏まえた上で「他の国の人々もいるから捏造だ」と飛躍する意見もしばしば見られます。
しかし、この場合の「倭」とは、中国大陸や朝鮮半島からみて東側、日本側にある地域という意味となります。
その地域に拠点がある。
その地域の言語を話し、衣服を身につけている。
その地域の相手と貿易をしている。
そうした意味合いとなり、そんな多国籍の集団が、日本周辺や日本に関わる武装交易をしていたことで後世に知られることもあります。
それが【倭寇】です。
【倭寇】が活躍した時代、中国は明代でした。
明は強引な海禁政策をとりましたが、元代に拡張した交易の需要を抑えつけることは不可能です。
かといって日本との正式な交易は簡単ではありませんでした。
なんせ、その頃は南北朝時代であり、明にしてみれば、交渉窓口が幕府と朝廷だけでも迷う上に、それが分裂しているとなるとどうしようもない。
足利義満と永楽帝の時代には、それでも【遣明使】が実現するほどの外交が成立します。
しかし長くは続かないうえに、室町幕府が弱体化し、戦国時代へと突入。
すると今度は、銀の採掘技術が高まります。
明代は紙幣の信頼性が低いうえに、安価な銅銭での交易は大量に必要となり、限界がある。そこで通貨としての銀の需要が比較的に高まっていました。
国家の統制が弱い。
それなのに、貿易需要は高い。
こうした要素が重なった結果、【倭寇】が暗躍する余地が生まれたのです。
周明の時代はこうした条件は揃っておりません。あとの時代に生まれていれば、彼は倭寇になっていてもおかしくはありません。
しかし、彼のような【マージナル・マン】が海域にいたと認識すると、歴史への理解が深まることでしょう。
そうした時代背景を踏まえると、周明はただロマンチックなだけでなく、歴史を学ぶ上で重要なキャラクターであると思うのです。
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◆視聴率はこちらから→光る君へ全視聴率
◆ドラマレビューはこちらから→光る君へ感想
文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考書籍】
村井章介『中世倭人伝』(→amazon)
小島毅『中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 宋朝』(→amazon)
森田健司『異国人たちの江戸時代』(→amazon)
他