どうする家康感想あらすじレビュー

どうする家康感想あらすじ

『どうする家康』感想あらすじレビュー第46回「大坂の陣」

2023/12/04

家康が鉛筆を使い、それを阿茶局が褒めています。

千姫は絵を描くのが好きだった……。

しみじみと思い出す家康が、いかにも孫思いの良き爺さんという表現なのでしょうが、筆でも絵は描けるし、普段は筆で描いていたはず。鉛筆だからって思い出すものでしょうか。

それより気になるのは、鉛筆でも筆でも持ち方があまり変わらないところ。さらには「お千」という文字です。

崩字で「於千」ではいけませんか?

普段、筆を使っているならば、崩字でそう書いた方が自然であり、「於千」のほうが見栄えもよいでしょう。

それを鉛筆で下手くそな楷書というのは情けない。

当時の日本人は書道を本格的に嗜むのでもなければ、楷書はそこまで熱心にやらない。日頃は行書や草書、要するに崩字で書きます。

なぜそうしないのか、初っ端から疑問です。

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どうする提灯記事

大仏殿と梵鐘が出てきますが、美術班が力尽きた感がある。

ここまでピッカピカに光りますか?

林羅山と金地院崇伝も出てきました。

林羅山は家康にとって孫のような年齢のはず。画面ではそう見えませんが、このドラマは時空が歪んでいますからね。

配役に不満はありません。若手役者の無駄遣いはもう見たくありません。

それよりも、あの若い頃から変わらぬ胡散臭い口調の本多正信が嫌になります。

何か裏がある、油断ならない知恵者に描きたいなら、表向きは好感度高く、家康と二人きりになったときに腹黒いことを語るほうが自然ではありませんか。

あんな調子で語られたら『なんだこのジジィ?』と余計に警戒されてしまうでしょう。

提灯記事では相変わらず、斬新だのなんだの持ち上げていますが、

◆「どうする家康」家康の難癖→茶々の挑発「国家安康 君臣豊楽」描写にネットまさか「斬新」「確信犯とは」(→link

週をまたいだら従来通りじゃないですか。

 


どうする若手俳優の無駄遣い

秀忠にせよ。正純にせよ。千姫にせよ。江にせよ。

若手俳優に恥をかかせるようなことをして、こちらの胸が痛くなってくる。

『大奥』出演者のトークを聞いていると、時代劇経験が少ない方も多い。しかし、見ている側からはわかりません。

同じ役者でも『大奥』では素晴らしい所作やセリフだったりするのに、今回の大河ではからきしダメだったりする。一体何が起きているのでしょう。

 

大坂の陣がまるで予言のようだ

バレたらえらいことになるのに、意識が低い愚か者が短絡的な面白さを求め、やってしまった。そして大坂の陣で滅びる。そういう流れですよね。

「あいつらを挑発したらおもしろそうw やっちゃえw」

バレる

重大事案に……

まるで滅亡を予兆した歌のようになりました。NHKの不祥事そっくりの展開です。

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秀頼が愚かすぎて理解できない

秀頼が千姫との愛を強調したいのか、何なのか、よくわからない。

どうしてこのドラマは夫妻の寝室での語り合いばかりで歴史が動くのでしょう。

昭和のオフィスラブものでもオマージュしているんですか?

出張先でも不倫。同じ会社でも不倫。それを繰り返すうちに出世できる話ですね。

豊臣秀頼はボケーっとしているところの顔が、ただの愚鈍に見えてしまう。美男なのにどうしてこんなに目がうつろなのか……もったいない。

 

戦となれば鬼になれるお方とは誰のことなのか?

江が「戦では鬼」だなんて形容していますが、最初、誰が該当するのかわかりませんでした。

まさか家康が?

ビエビエ泣き喚いて逃げ出した印象が上書きされていません。

どうもこの脚本家さんは成長が嫌いだそうで……そんな自己弁護をドラマの偉人に反映させないで欲しいと切に願います。

 

もう、どうしようもない千姫

千姫は毎回毎回同じウルウル顔で、何がしたいのでしょうか。

本当に、このドラマは人間の描き方が単調です。

千姫は弱々しい泣き虫モードしかない。ここまで魅力がない千姫は初めて見ました。

しかも衣装は、焼き芋カラー。どうしてここまで酷い千姫にするのでしょう。

 

最後まで最悪の衣装センスだった

ドラマ10『大奥』の方が用意された衣装の数が多いとか。センスも段違いに『大奥』が上です。

毎週言わせてもらいますが、家康の白い服装はどうしようもない。着物の作りが安っぽい。

しかもコスパは悪い。

大河や朝ドラの強みは、衣装ストックが使えること。

本作のデザイナーの場合、使い回しができないでしょう。過去、大河の別作品で流用した際、揉めておりました。

 

どうする「地獄を背負う」

家康が「地獄を背負う」と言いますが、そもそも、どう背負うのでしょう?

『麒麟がくる』では「仏を背負う」という仏僧に苛立った織田信長が、仏像を背負って歩き回る場面がありました。

あれは比喩を理解できない信長の特性が出ていて面白かった。

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しかし、地獄は背負えるものではありません。

「地獄に堕ちる覚悟だ」

あたりの言葉ではいけませんか? もっと具体的に「修羅道へ堕ちる覚悟だ」でもよいでしょう。

もともと歴史に興味がないと公言してしまう脚本家ですから、ちょっとしたセリフも違和感が出てしまう。そんな場面でした。

 

この世界はなぜ白い霧が湧いているのか?

産業革命のロンドンか!

そう突っ込みたくなるほどスモークがかかっている本作。

なぜか?

スタジオ撮影を誤魔化したいからでしょう。大坂の陣に集まった連中の数が、高校の体育祭以下でわけがわかりません。

今回もまたツルツルテカテカの兜に、ピカピカと天井の照明が反射していました。

今どきメルカリの出品者でも“映り込み”のケアをする人は多いのでは?

その処理を怠っている本作は、どう取り繕っても言い訳できないでしょう。

 

もう『鎌倉殿』オマージュはやめて

その体育祭レベルの規模で、茶々が語彙力の低い演説をするところは恥ずかしすぎて目を逸らしてしまいました。

北条政子をやりたいことはわかった。しかし何から何まで及ばない。

下劣で化粧が濃い茶々。

また同じ顔をしている千姫。

目が泳いでいる秀頼。

体育祭感覚の浪人ども。

全員終わってますよ。戦う前からこれは負けることが明らかだ。いや、照明ピカピカ兜の徳川軍が相手なら、いい勝負になりますかね。

 

開戦経緯がわかりません

放送時間が足りないのは仕方ないにしても(いや、自業自得か。瀬名救出に2回! 側室やら侍女マラソンやら……)、戦闘経緯があまりにも雑な省略でワケがわかりません。

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省略の技術が圧倒的に拙いのでしょう。『大奥』との違いに愕然とします。

『大奥』は原作を相当圧縮していますが、その切り方、再構成、研究の反映が見事というほかない。天衣無縫、縫い目がわからぬほど綺麗な流れとはまさにこのことです。

それに比べたら、本作は継ぎ目がレゴブロックのように見える。

何もかもが恥ずかしく、煮詰めた恥辱が流れている……確かにこれは“地獄を背負った”ドラマかもしれませんね。

 

どうする真田丸詐欺

予告では真田丸を出すと言い切った。

そうかそうか、千田嘉博先生が解説したような真田丸が見られるのかな?

と思いきや、引いた映像で一瞬だけ真田丸の全貌を映し、後はせいぜい体育祭の借り物競走程度の戦闘でした。

あんな調子で『こんな砦を落とすのなんて絶対無理だろ!』と思った視聴者はいるんですかね。

あまりにも合戦に対する“熱”が感じられません。

例えば司馬懿主役の華流ドラマ『司馬懿 軍師連盟』の前半は、政治劇中心です。そのためほとんど合戦シーンはありませんが、ここぞとばかりに出てくると、実に迫力ある戦いが描かれます。

映し方一つで、いくらでも合戦の迫力は出せるのだな、と思わされる。

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小道具班、息を吹き返さず……

小道具班はニコライ・バーグマン押し花を作らされたせいで、士気が尽きてしまったんですかね。

どうにもおかしい。和紙に筆で描いた線に見えないシロモノが頻出します。

腹が立ってくるというより、悲しくて頭を抱えたくなるだけです。

『大奥』スタッフはウキウキワクワクとしながら、懐中時計や薩摩切子を取り揃えているのに、大河はどうしてこうなってしまったのか……。

 

どうする棒読み信繁

急に思い出したように「乱世を泳ぐは愉快なものよ!」と言葉にする真田信繁。

凄まじいまでの棒読みで、こちらも悲しくなるばかりです。

このドラマの連中は、合戦シーンの面白さが「敵を倒す」「敵を殺す」ことくらいにしか見出せていないようだ。

妙手を繰り出す計略のうまみを理解していない。『パリピ孔明』はこの点、実にワクワクしたものです。

 

ピアノがうるさい!

今週も音楽が辛い。

自己主張たっぷりに、ニコライ・バーグマンのフラワーボックスが似合いそうな、カフェ調のピアノを流して何がしたいのでしょう。

 

どうする火器考証

本作は火縄銃の連射あたりから火器の描写に何も期待できなくなっていました。

今回も当たった途端即死していますが、陣笠に当たったような状況で即死というのは理解できません。

大筒の重量感がまるで出ていない。

大筒の反動は相当で、扱いを間違えたら重傷を負いかねない。そういう感覚がありません。

射程距離も異常に見える。砲弾が炸裂しているのもおかしい。装填も異常な速度だ。

こういう映像は、真面目に作るとコスパもよいものです。

2013年『八重の桜』は火器考証が抜群によいものでした。

フィクションゆえの誇張があるとはいえ、幕末銃器は実に見応えがあり、鶴ヶ城砲撃の場面はNHKの他の歴史番組でもよく使い回されていました。

しかし、『花燃ゆ』『西郷どん』『青天を衝け』などのお粗末戦闘シーンはそうはなりません。その場しのぎで適当な仕事をすると、何も残せないのです。

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どうした茶々の現状認識

天守閣を大筒で砲撃されているのに、「まやかし」だのなんだのいう茶々は、現実すら認識できていないのでしょうか。

 

どうしようもない家康と秀忠

家康が戦は酷いだのなんだのいい、秀忠が止めようとします。

いやいや、逆では?

秀忠はむしろ千姫を突き放しています。嫁いだからには婚家に殉じろ!と頑なな態度でした。

孫娘の悲運が申し訳ない家康が、そんな我が子を抑えながら、千姫救出の手立てを考えています。

秀忠をこんな無能に描いておいて「最新の説も取り入れました」と言われてもサッパリ理解できません。

 

『パリピ孔明』に完敗でどうする?

先日、最終回を迎えた『パリピ孔明』は素晴らしかった。

赤壁の戦いとサマーソニアを重ねたため、周瑜の功績が諸葛亮のものとされましたが、それは『演義』準拠なので仕方ありませんね。

諸葛亮陣営もよいものです。

そして前園ケイジは曹操オマージュだと見ていて伝わってきました。私の中の「曹操リスト」に前園ケイジも追加されています。

前園はやり方は間違っていたれども、あれだけビルドアップしているのは彼が真面目な努力家である証拠。

そういうところが「どんな時でも、常に書物を手放さなかった」とされる曹操と一致していていいですね。

前園ケイジって、考えれば考えるほど、曹操の魅力も詰まっていて素晴らしい。

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あと2~3週間もすれば、私の脳内歴史人物リストから『どうする家康』は焼き消されます。

例えば明智光秀リストは、長谷川博己さんの次は西島秀俊さんで埋まります。今年の大河は、とてもじゃないけど数に入れられない。

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そして、なぜ『パリピ孔明』が成功したのか? この記事を読むと腑に落ちます。

◆【実写化成功のカギ】『パリピ孔明』演出が明かす、主演・向井理との意見の一致「ギャグはやらない」(→link

向井さんは真面目です。昔の中国らしい礼法を守り、綺麗な所作を見せます。

それが『どうする家康』はどうか?

◆NHK「どうする家康」徳川家臣団の「おいリレー」はアドリブだった!視聴者驚愕「まさか」「今日のハイライト」「恐るべし!」(→link

痛々しいノリでアドリブをする。所作も何もあったものではなく、自分が目立ちたいだけ、楽しみたいだけ。

そんな低い志のまま、その場のノリで回すだけから、時代劇として作品が面白くなるわけがありません。

『パリピ孔明』では祈祷の場面で、きちんと東洋の占星術である星宿を唱えていました。

「西洋には星座ってあるんだって!」

家康と三成がそう語っていた大河ドラマを比較すると、その落差に気が遠くなるばかり。

友達同士がわちゃわちゃしていればいいというわけではありません。

◆松本潤、『どうする家康』で実現した中村七之助との初共演に喜び「かけがえのない友達と…」(→link

ドラマを純粋に楽しみたい大半の視聴者にとって、出演者の友情とか初共演とか、そんな身内話はどうでもいいことです。

 

どうする「ランキング」とWeb記事の信頼性

『どうする家康』は、結果的にWebメディアの問題点を露にし、信頼性も下落させることにも繋がるのではありませんか?

ノベライズ担当者が毎週露骨に持ち上げている。

ジャニーズと関係の深いスポーツ新聞系メディアの提灯記事も激しい。

そしてランキング系記事の信頼性低下。

◆NHK大河ドラマの歴代「徳川家康」、ハマり役だった俳優ランキング! 2位「津川雅彦」、1位は?(→link

組織票が使えるランキングは当てになりません。

『どうする家康』は視聴率が低迷している。関連書籍も少ない。NHKの番宣は激しいものの、民放は追随しようとしない。

『大奥』は、便乗だろうと思えるドラマも制作されるというのに、この家康のしらけぶりはどうしたことでしょうか?

Webメディアもインプレッションは稼ぎにくいと思います。

同様の現象は『青天を衝け』でもありました。

特定俳優のファンダムが熱いだけで、歴史好きはそこまで反応していないことが、データから浮かんできます。

そういう役者のファンは歴史に興味はない。

来年以降の大河など見向きもしないでしょう。

そもそも、こういうランキング記事で強引に『どうする家康』を捩じ込まれるところがかえって胡散臭い。

百戦百勝は善の善なる者に非ず。視聴率ワースト2位なのにランキングで上位に入り込むのは、組織票ありきと自白しているようなものでは?

 

先憂後楽:来年以降の嵐もとい荒らしに備えておこう

一部の熱狂に頼った結果、今後、最悪のケースになることもありえます。

前作の熱狂的なファンが、次作を貶める。あるいは粘着質のアンチが、次作を白々しいまでに褒めちぎる。

そういう現象が大河と朝ドラは起こりやすいように感じます。

自分の頭で考えず、ただ周りの空気、ファンダムのルールに流されていく。

褒めるなり、貶したりするだけで、いいねがもらえる。そうすると脳内で何かがドクドクと出てきて、気づいたらやめられなくなる。

大河ドラマの場合は『平清盛』、『八重の桜』、『いだてん』と『麒麟がくる』でそんな現象を見かけました。

2012年から2013年、2019年から2020年の大河ファンダムは序盤で荒れました。第一話の時点でアンチがつき、SNS投稿を繰り返していたものです。

そうした過去を踏まえると、来年の序盤も相当たちの悪いアンチが生まれるかもしれません。

朝ドラ発の「反省会」もおなじみ。はなから反省会ありきで来年は荒れるでしょう。

そこから距離を置くことも大事ですね。

 

“推し活”はよいことなのだろうか?

推し活が今、当然のことのようになっています。

誰しも推しはあってよいですし、そもそも本人の自由です。とはいえ、行き過ぎは警戒した方がよいのでは?

金を落とすことが推し活ならば、資本主義に利用されているとも思えます。

なんでも肯定だけするというのも、結局のところは一歩まちがえれば田野大輔先生の『ファシズムの教室』のようになりかねない。

もうすぐ2023年も終わります。

ジャニーズ、歌舞伎、宝塚と、今年は「推し活無罪」とは言い切れぬ出来事が次から次へと起こりました。

よりにもよってその推し活ブームに、なぜ大河ドラマまで巻き込まれてしまったのか。虚しくなってきます。

推し活は、一歩間違えれば大変なことになります。

今だけよければよい。自分たちだけよければよい。学ばずとも、金を落とすだけでよい。そういう刹那的なことでよいのでしょうか。

道は一つだけでなく、例えば諸葛亮の推し活ならば、『出師表』を読むとか、書写したって良いはず。

歴史ファンは元来そういうものだった気もします。

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学ぶにあらざれば以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし

学ぶにあらざれば以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし。諸葛亮『誡子書』

学ぶことで才能は開かれるのです。その志がなければ、学問が完成することはありません。

脚本家のインタビューがどっと出てきました。

◆NHK大河「どうする家康」脚本・古沢良太氏「大きな挑戦でしたが、よやりきったなと」(→link

大きな挑戦だのなんだの、キレイな言葉で飾られているものの、この方は「武士が何か?」ということすらじっくり思考されなかったのだな、と感じます。

先日、このドラマの過ちにあらためて気づきました。

ワンパターンでしつこい「覇道と王道」論争です。

このドラマを見ていると、家康は王道を掲げた「王者」になるように思えます。そう誘導していますよね。

しかし、彼はどう考えても「覇者」です。

それが武士では?

武力で敵を制圧しておきながら、どうして「覇者」でないのか。

征夷大将軍とは、夷を征する将軍という意味です。天皇という徳で世を治める王者から、覇者としての位を授かっているという名目です。

『麒麟がくる』では、織田信秀が信長に「天皇が一番えらい、次はそれを守る武士だ」と教えました。

その通りでしょう。実際に信秀がそう言ったかどうかではない。認識として理が通っている。

『鎌倉殿の13人』では、後鳥羽院は三種の神器が揃わぬまま即位した天皇でした。

剣が沈んだというのであれば、征夷大将軍である源実朝を剣に見立てればよいと後鳥羽院は考えているという設定です。

ところが実朝が横死し、北条義時はおとなしく鞘におさまっている剣にはならない。それが最終盤の展開です。

そしてドラマ10『大奥』。

将軍後見職となった一橋慶喜は、天皇の御機嫌取りのために上洛せよと、将軍である徳川家茂をせっつきます。

水戸学を身につけた徳川慶喜の論拠は、「覇者」として「王者」を守るべきだということになる。

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このように、まっとうなドラマと日本史の認識では、武士は「覇道」を歩むものであり、その頂点である征夷大将軍は「覇者」となります。

「王道」と「覇道」の対比は、中国ならば通じる話ではありませんか?

文官上位も崩壊し、武士が政治を行う日本でそれを適用するのはおかしいのでは?

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どうも本作を見ていると、

「王道」はいい子ちゃん、学級委員長の発想

「覇道」はワル、ヤンキーの発想!

という程度で描いている気がしてなりません。

そんな付け焼き刃でプロットを組み立てたから、何か危ういものを踏み抜いた。

要するに、この作品は「王道」の象徴たる天皇の存在をまともに把握していないということです。

本作と同じ磯プロデューサーが手がけた『平清盛』も不敬がらみで揉めました。

今どき不敬だのなんだのと言い出す理論に乗りたくありませんが、なぜこうも悲惨な過ちを繰り返すのか……と呆れてしまいます。

 

まるで劉禅みてえなドラマだな

『パリピ孔明』のオーナー小林なら、本作のことをそう評価するのではないでしょうか。

「王道」「覇道」の話って、『鎌倉殿の13人』が渡したバトンを落とすことでもありました。

あの作品の最終回では、家康が『吾妻鏡』を読んでいます。

源頼朝の「覇業」を前例として東国武家政権を作る狙いをふまえれば、秀逸な展開。

それなのに本作はせっかくのパスを活かせない。

そして『貞観政要』です。

英雄タイプということならば、「守成」と「創業」という『貞観政要』に出てくる分類もできた。

『貞観政要』は『鎌倉殿の13人』でも言及されていますし、今週出てきた林羅山の師匠である藤原惺窩だって、家康相手に講義しています。

そんな重要なこともこのドラマは活かせない。

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『三国志』の孫策は、死ぬ間際、弟の孫権に言います。戦うことならば自分の方が秀でているが、勢力を養っていくのであれば、弟のお前の方が向いている。

それこそオーナー小林のような歴史オタならば、英雄のタイプ分けなんて色々思い浮かぶ。

本作には、そういう蓄積がないから、悲惨な状況に陥っているのでしょう。

劉備という偉大な父親から何も引き継げない、劉禅みてえなドラマだぜ。

 

文春砲、またも補強される

そろそろ最終回のこのドラマですが、文春砲による告発の信憑性が増すばかりなのはどうしたことでしょうか。

◆ Snow Man宮舘涼太、連ドラ初レギュラー フジ『大奥』で亀梨和也“徳川家治”のライバル“松平定信”に「自分の役を全(まっと)うできたら」(→link

文春砲で松本潤さんが大河出演を蹴ったという宮舘涼太さんが、民放が気合いを入れて作る時代劇に出演するとのこと。

松平定信とは、ドラマ10『大奥』では安達祐実さんが演じた人物です。

そしてこちら。

◆ 有村架純「どうする家康」ファン感謝祭欠席の裏 松本潤との"静岡デート"報道でNHKが「待った!」(→link

文春砲では、松本潤さんが有村架純さんに入れ込んでいたと報道されました。それをNHKが警戒し、感謝祭に参加させなかったのではないか?という推察記事ですね。

むろん、記事が不正確で、ご本人が断った可能性もあるかもしれません。

わかっているのは、これだけ瀬名を猛烈にプッシュしておきながら、感謝祭にはいなかったということ。

『鎌倉殿の13人』最終回イベントでは、八重を演じた新垣結衣さんが参加していたというのに、なぜ今年はそうなるのか不可解です。

理由はどうあれ、文春砲は否定されるどころか補強されている。

そして文春砲を踏まえ、紅白ではむしろ突き放すような対応をするNHKから察せられることもあります。

NHKは、契約途中での降板や更迭は余程のことがない限り、できないようですね。

となると、2015年『花燃ゆ』の脚本家降板ラッシュは何だったのか? よほどの事情でもあったのかと考えてしまいます。

NHK……なかなかの伏魔殿のようですね。

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どうするミソジニー

NHKが伏魔殿という話は、あの情報流出があったからには、もはや笑い話でもなんでもないでしょう。

大河ドラマの抱えるリスクも再認識しました。

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どこが大河と関係があるのか。NHKつながり? いや、それだけではありません。

ミソジニーとヘイト、アンチフェミニズムによって結びつく絆です。「インセル」という言葉もあり、既に深刻な犯罪も起きています。

そうした負の感情によって形成されるエコーチェンバーが、リスクとなることはわかってきている。むしろ、もっと早く認識されて然るべきでした。

マスコミにも根を下ろしていて、手柄欲しさにルールすら破りかねない。それが可視化されたのが今回の不祥事でしょう。

私は、かなり前から大河周辺に漂うミソジニーが気になっていました。

女性主人公。女性脚本家。こうした要素が揃う大河ドラマのアンチ活動は、熾烈さを増します。

確かに『江』や『花燃ゆ』は駄作であり、作品自体を擁護しようがないのは仕方ないと思います。

ただ、男性主人公あるいは男性脚本家でもここまで叩かれただろうか?という疑念もあります。

『八重の桜』『おんな城主 直虎』のバッシングは過剰にも思えました。

『麒麟がくる』の駒叩きも、典型的なミソジニーだと思えました。

ちゃん付けで呼んだり、彼女の医学知識を無視したり、はたまた将軍義昭の愛人だと誤認した上で広めたり。

現実世界で女性政治家や研究者が浴びせられるものに近い悪口がSNSで撒き散らされ、ネットニュースにまで発展する様は危惧を覚えるものでした。

『パリピ孔明』の諸葛亮は、やたらと相手を観察していて気持ち悪いですね。

あれは兵法の基礎。あの作品のおかげで兵法を簡単に説明できるようになって、ありがたいことです。

私も兵法を参考にしながら仮説データの収集を行いたい。

仮説:『麒麟がくる』の駒叩きを熱心に繰り返しているユーザーは、現実社会の女性、こと男性が多いとされる分野で活躍する女性をバッシングしているのではないだろうか?

この仮説を検証するために、ネットの海に潜っていると、予想が当たっていると感じる。

そして大河ドラマファンダムに充溢しているミソジニーは危ういと思ったものです。

華流ドラマはじめ海外ドラマ界隈は、そういう傾向はここまで極端ではありません。

アンチフェミニズム関連の炎上事件は多く、いつか大河も大々的に巻き込まれるのではないか?と懸念しています。

そんな懸念は当たってもらわなくて結構。来年と再来年はそうならないと今の段階では思いますが……。

 

どうするネットリテラシー

大河ドラマのネットリテラシーは大丈夫なのでしょうか?

『青天を衝け』の公式SNSもなんだか危なっかしい投稿ぶりだと思っておりました。

作品と年によって波があり、一体どういう体制で行われているのか、疑問が湧いてくる。

SNSを活用しなければ理解できないというドラマ作りは、本来は禁じ手でしょう。

ネット環境を利用しない視聴者もいるのは当然のこと。特定のSNSを用いて、補完しながら見てこそ本物のファンだ! そんな誘導や風潮は忌むべきことであるはず。

裏話が暴露されるような投稿が放置されれば、情報漏洩につながりかねません。

NHKはネットリテラシーの見直しを検討すべきではないでしょうか。

 

人を射らば先ず馬を射るべし

人を射らば先ず馬を射るべし。杜甫「前出塞九首其六」

そろそろ『どうする家康』の総括に取り掛かる時期かもしれません。

この大河ドラマはある意味歴史に残る作品となるでしょう。

傑作ではなく、歴史の変わり目にいた象徴的な駄作であり、テレビタレントのノリが終わるということを意味します。あるいは外向的優位の時代の終わりですね。

内向か外向か?というのは人の心理分析での話であり、じっくり考える内向に対し、パーッと大人数に訴えかけるのが外向。

資本主義が強固になると、外向有利の時代になっていったとされます。

口がうまく、人あたりがよい、営業マンタイプが優秀とみなされるようになっていったのです。

一方、内向的なコツコツタイプは「陰キャw」とコケにされる。

ノリがよく、勢いが強く、ズバリ本音を言う――そんな外向的で勢いのある人間が強いということで、テレビの普及と共にそうした神話はさらに強固となり、形成されてゆきました。

真面目にコツコツ学ぶガリ勉はダサい! モテない!

そんな意識とワンセットになります。1980年代の漫画やドラマのノリで生きているぶんにはそれで十分かもしれません。

しかし、ハッタリ重視のノリや冷笑逆張りが通じたのは、せいぜいが2010年代あたりまで。

それなのに『どうする家康』は、2020年代に入っても、冷笑逆張りカッコつけで、中身は空洞のドラマでした。

「慈愛の国」だの「王道」だのなんだの言っていたと思ったら、「地獄を背負う」だのなんだの極端にブレる。

作り手が無知でインプット不足なのに、新説をつまみ食いして「最新研究を取り入れました」とマウントをとる。

そして批判する連中をコケにする。

何が若者向けか?なんて全く把握せず、アップデートもしていないくせに、自分は永遠の若者だと言わんばかりの態度を取る。

もう、ウンザリです。辟易させられる状況です。

来年こそは大河ドラマを楽しみたい、真っ当な歴史作品を見たい――本記事をここまでお読みいただけた方は、そんな悲痛な思いでいるかもしれません。

今年の、あまりにも幼稚で陳腐な展開に愕然としながら、『果たして他の視聴者は納得できたのだろうか?』という感情になることもあるでしょうか。

そして、2024年がどうなるか?気を揉んでいるかもしれませんが、現時点では誰にもわかりません。

ドラマが楽しければ、反対意見など気にならないもので、来年はそうなるように心から願っています。

ただし、いくらドラマが楽しくても、SNSなどに目を向ければ、ご自身と対立する意見もありましょう。そこでどうすべきか?

無理に理解しようとしない。

妥協しない。

差別はゆるさない。

相手のペースや屁理屈に乗らない。

数に頼りすぎない。

反論するなら、データ理詰めで。

要するに、相手が喧嘩をふっかけてきたときのみ策なり兵法なりは用いられるべきであり、そうでないなら避けるに越したことはありません。

挽弓当挽強 弓を挽かば当に強きを挽くべし
弓を引くなら強いものを

用箭当用長 箭を用いなば当に長きを用うべし
矢を用いるのならば長いものを

射人先射馬 人を射らば先ず馬を射るべし
人を射るのならばまず馬を射るべし

擒賊先擒王 賊を擒(とりこ)にせんとすれば先(ま)ず王を擒にすべし
賊を捕まえるならばまず王を捕えろ

殺人亦有限 人を殺すには亦限り有り
人を殺すにせよ限りというものはある

列国自有疆 國を列(た)つるには自ずから疆有り
国がいくつもあるのであれば国境はある

苟能製侵陵 苟(いやし)くも能(よ)く侵陵を製せば
敵の侵攻を防げばよいだけだ

豈在多殺傷 豈(あ)に多く殺傷するに在らんや
どうして多数を殺す必要がある?

来年の大河ドラマで、ハッシュタグ荒らしなどが起きなければよいですが、結局は個々人で上手に楽しむしかないということですね。

さすがに今年のような状況はもう起きないのでは?とは思います……。

◆嵐・松本潤「どうする家康」低迷で苦しい前途 CM、ドラマ界が指摘する〝起用リスク〟(→link

戦を好まぬ皆様方は、思うところがあればネット上ではなく、NHKに送りましょう。

◆NHK みなさまの声(→link

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【参考】
どうする家康/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-どうする家康感想あらすじ

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