伊東祐親を討ち取って参れ! 功があったものには褒美を取らす――。
源頼朝が、和田義盛と畠山重忠に命令を下しました。
祐親の外孫である北条義時と三浦義村は、迂回しつつ先回りして伊東館へ向かいます。
祐親と八重を救うべく、馬を走らせる義時。
義時と義村が馬をいなしつつ、先を急ぐのでした。
躊躇なく江間次郎を殺す善児
大軍となって鎌倉へ入った頼朝。反乱鎮圧に失敗した伊東と大庭は、もはや為す術はありません。
都からは、一応、平家の追討軍が迫ってきていますが……。
敵の襲来を待ち受けている祐親の前に、孫の二人がやって来ました。
馬を走らせていた義時と義村です。
「お前たちか」
曇った表情でそう告げる祐親に、二人は佐殿の使いと偽りつつ現状を報告します。
大庭勢は散り散り。こちらには兵が向かっていて、援軍も来ない。命を無駄にしてはならない。
そう説得する最中に、祐親配下の者から「頼朝の兵が迫っている」という知らせが届きます。
すかさず守りを固めるように告げる祖父。待つように頼む孫。話し合いは遅々として進まず、徐々に兵は迫ってきています。
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そのころ江間次郎は、短刀を担当を抜いて八重に迫っていました。
無言で座る八重を見て、短刀を落としてしまう次郎。
「俺にはできません……俺にはあなたを殺せない」
すすり泣く次郎に向かい、八重が言います。
「父上が命じたのですね」
「お逃げください! 正面からだと舅殿に見つかる。裏からどうぞ、急いで!」
八重は立ち上がり、夫の手をとります。そして「来て」と告げると、泣き笑う次郎。妻から聞いた最初で最後の愛ある言葉だったのでしょうか。
と、そこへ善児が足音を響かせ入ってきます。この仕事人は少しの躊躇もなく次郎を刀で突き刺し、告げます。
「旦那様から固く申し付けられてるんで、悪う思わんでください」
「逃げて……」
最後の言葉を絞り出すと、善児にとどめを刺される次郎。
八重がその場から逃げ出すと、義村が助けに来ました。そして華麗な太刀筋を見せると……善児は逃げました。
この刺客は八重にとっては我が子、義時にとっては兄の仇です。ここで義村が斬り捨てるとなるとプロット的にはまずい。次に善児が出る場面を楽しみにしましょう。
山本耕史さんは殺陣がとにかく上手い。
しかし、そんな彼にとっても、後世のような剣術が確立されていないこの時代は、新たな動きに挑戦のはずです。それをこなせるのも彼ならではで眼福。
「あんな爺さんでも、俺の身内なんでね」
義時は祐親を説得していました。
頼朝のもとで生き恥を晒すわけにはいかんと頑なな祐親。それでも義時は、ともに平家と戦うことを訴えます。
祐親が刀を抜くと、そこへ八重が入ってきました。なぜここに来たのかと問う父に、次郎殿は亡くなったと告げる八重。
もうこれ以上誰も死んで欲しくない。八重がそう訴えます。
「親子の縁を切ったのではなかったか!」
「親とは思いません! あなたには生きて千鶴の菩提を弔ってもらいます。死んではなりませぬ!」
八重がそういうと、表門を突破された音が……。
和田義盛の声が聞こえてきました。
その声を受けて義村が「任せろ」と去って行きます。彼は情けに訴えるアピールは苦手だけど、それ以外の説得は得意なのでしょう。本人にもそういう自覚はあるとみた。
一方の義時は、情を汲み取れるタイプです。
祐親は、あくまで八重を頼朝に渡すわけにはいかんと言い張るのですが。
義村が、和田義盛と畠山重忠の二人と対峙しました。
「よう」
涼しげにそう言う義村。
重忠は若干動揺していますが、話が通じそうな相手がいてよかった。義盛だけならどうなっていたことか。
義村は、祐親を見逃すように頼みます。
「そうはいかん!」と義盛も強情で、重忠は「佐殿の下知にございます」と返す。それでも義村はニヤッと笑い、戸を閉める。
「あんな爺さんでも、俺の身内なんでね」
どんな危機でもポーカーフェイスの義村がカッコいいなぁ。
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ただ、冷静さも行き過ぎると誰が悲惨な目に遭っても同じ対応になってしまい「なんかあいつ、感じ悪い」「気持ち悪いんだよな」とされがち。それも義村の個性なんですね。
義時と祐親は、ついに刃を向け合い、戦いが始まることに。
思わず祖父を斬ってしまう義時はこうだ。
「申し訳ありません!」
刀を落とした祐親は、どかっと腰を落として「殺せ!」と言ってしまいます。
「八重さんは必ずお守りいたします! 佐殿には渡しませぬ!」
「私も戻る気はありません!」
八重も続くと、義時の目がキラキラした! 嬉しそうだとわかった!
自分の恋心に火がついたような、そういうバチバチッとした火花が散りました。
義時って、衣装は地味だし、頼りないだの何だの言われますけどね。常に、高い水準で演技ができていると私は主張したい。
森の中で馬を操る仕草も、殺陣も、表情も、声音も。目立たないけれど、どの場面でも、自分が中心にいなくても手抜きがない。すごいことだと思うのです。
義時には幸せになって欲しい。
でも無理なんだな。
最終回までこんなことしたくないと悩みつつ、困難に立ち向かうんでしょうね。がんばれ、がんばってくれ!
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義時・政子の姉弟が祐親の助命嘆願
義時は頼朝に頼み込んでいます。
「どうかお慈悲を」
「伊東祐親を生かしておくわけにはいかん!」
頼朝は強硬です。やはり千鶴の死が許せないのでしょう。その理由は、今週あとのほうに出てきます。
義時の隣にいた北条政子は、祐親の思い出を語り、幼き頃よりよく遊んでくれたと言います。
伊東家に行けばよく双六をした。ムキになって賽を振っていたと微笑む。
双六って、『源氏物語』で言うと、近江君という残念ヒロインが大好きなんですよ。まっとうな女のすることじゃないというニュアンスの趣味です。でも、ここは坂東なので。
義時が微笑みつつ、竹馬をあんなに大真面目にする大人を見たことがないとおどけると、険しい顔をしていた、と政子もあわせます。
姉と弟、阿吽の呼吸ですね。
「だから何の話をしておるのだ!」
苛立つ頼朝。思えば彼は祖父はおろか、両親とも兄弟とも引き離されて育っていましたね。
縛られた祐親の前へ行く頼朝。ゆっくりと歩いて行き、目の前に座ります。
「おひさしゅうござる、舅殿。よき孫たちに恵まれましたな。命は取らぬ。身柄はしばし三浦に預ける」
義澄も同席しています。八重と共に三浦で預かるようで、義時は「姉も承知です」と告げる。
いやぁ、これはこれで三浦も大変なことになっちまったな!
というのも、亀はじめ、頼朝の浮気相手を匿った坂東武者は、だいたい政子の嫉妬で理不尽な目に遭うんですよ。
侍女として御所に置いて欲しい
身内同士で和やかにしている中、八重が「一つお願いがあるのです」と厄介なことを言い出した。
侍女として御所に置いて欲しいってよ!
補足しておきます。
当時は、貴人が侍女に手をつけるのはノーカウントなんですね。『源氏物語』では、光源氏と関係を持っていてもカウントされない女性がいました。それが侍女です。
坂東はともかく、京都育ちの頼朝ですから、猫に鰹節という状況だ。
当然のことながら、義時も義村も動揺しています。
八重は、それでも佐殿をお支えしたいと言います。
「それはやめておきませんか」
ショックを隠しながら振る舞う義時と、佐殿のもとには戻らないと言っていたと困惑する義村。
それでも八重は、佐殿の大願成就をなんとしても見届けたいと粘ります。
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こうなると義時は姉を説得しなければならない。嗚呼、義時……なんでこんな目に遭うんだよ。
政子は案の定、般若面の一歩手前のような顔。
そんなもん許すか! 厚かましいにもほどがある! と怒りを堪えています。
いや、堪えてないか。取り付く島もない政子ですが、ここで実衣が面白がるように囁きます。
「近くに置いておいたほうがむしろ安心でしょ」
実衣は義村と同類なので、こういう策を思いつき、かつそれを面白がって観察するタイプですね。
彼女がもっと大きくなったら、相当面白いことをしてくることでしょう。まあ、悪いことも色々あるだろうけど……。
すかさず義時は、姉上の懐の深さを見せつけるよい機会だと強調。
いや、それはどうなのよ。案の定、政子は、深さを見せつけたいような懐は持っていない!と目をギラギラさせている。
でも、実は政子って器が大きいですよね。
次の場面では、八重を侍女にすると告げています。厨の仕事を頼むから、佐殿に会う機会はない。
それでも八重は「結構でございます」と返します。
「佐殿はあなたのことを知りません。今度も伝えることはないでしょう。それでもほんとうによいのですね」
「結構でございます」
政子は納得したようで、八重の手を執ります。
「八重さん。お気持ちお察しいたします。いろいろありましたが、これよりはともに佐殿を支えて参りましょう。それぞれの立場で」
「かしこまりました」
かくしてわかりあう女同士。
しかし、この時代の女性って、精神的には『青天を衝け』の千代たちよりも健康的だと思いませんか。
ため息をつきつつ、妻妾同居という屈辱を受け入れることこそが、婦徳(女性の徳)と信じていた千代。
あれは時代が作り上げた女性の抑圧であり、本来の姿では全くありません。
政子たちは、そんな抑圧ができる前の時代を生きています。
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見守る義時は、ちょっとだけがっかりした顔をしています。何か苦いものを噛み締めているようですね。
義村と比較するとわかるのですが、同じお年頃の幼馴染でも、八重への態度がちがう。声音も目線も、義時は常にちょっと甘いものがあるんですね。
こんな淡い恋心を表現できるのってすごい。
まあ、それだけに気の毒であり。八重本人に罪はないけれども、八重周辺の男はみんな気の毒で……(頼朝は除く)。
光源氏と称された維盛
治承4年(1180年)10月13日――平維盛を総大将とする平家の追討軍が東海道を進んできました。
この赤い旗が平家の証なのですが、戦国時代の軍勢と少し比べてみますと……。
もっと旗指物が細かいし、馬印や母衣もある。
それだけ進化していて、源平合戦が紅白に別れる小学校の運動会だとすれば、戦国時代は「クラスごとにTシャツ作ろう!」となった高校生の体育祭のようなもの。
凝っているし、複雑化している。この、まだまだ単純な合戦だということが、今回は大変重要です。
平維盛は「光源氏の再来」と称され、出陣の際も絵にも描けないほど美しかったと伝わっています。
濱正悟さんの姿は確かに美しい。花でたとえるのならば、さしずめ鉢植えの胡蝶蘭です。
グリーティングカードがついているけれども、祝いごとが終われば捨てられる。そんな虚しい美しさに思えるのです。
これが西の美しい武士の頂点ならば、東は畠山重忠です。
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重忠は愛馬を背負った伝説が有名です。
花は花でもこちらは山百合。豪華で綺麗だけど、山で手入れをしなくても咲き誇る。
日本だとおなじみの存在ですが、山の中に自生するのにあんなに綺麗なものかと海外では驚かれたといいます。
そういう力強い坂東の美と比べると、何か不吉なものを感じさせるのです。
義時は頼朝に、追討軍は5万とも7万ともいると報告しています。苛立つ頼朝は思わず叫ぶ。
「甲斐の武田はまだ来ぬのか! 武田がいなければこの戦は勝てぬ!」
と、ここで時政が武田信義を連れてきたと報告が入ります。
すぐに時政を席へ通すと、そこに信義はいません。時政は甲斐から連れ出しただけでした。
そしてキョトンとしながら「連れてきた方がよかったか?」と言い出します。
「当たり前だ! 源氏の棟梁が呼んでいるのに!」
源氏の統制が無茶苦茶で取れていません。基本ができていない。
しかし頼朝の伝え方にも問題があったのかもしれません。
これは何も頼朝一人の問題ではなく、平清盛も曖昧で「俺が思うことくらいわかれよ!」という姿勢があり、それでは何かと不備が出てきて当然ですよね。もっとキッチリとした指示が必要です。
宗時の化身となった観音像
武田信義は黄瀬川に陣を敷き、そこで佐殿を待っているとのこと。
出向けと言われて、頼朝はイライラしますが、かといって先にいる武田を呼び寄せるわけにもいかない。
時政が悪いですね。
あんな曖昧に「ともかく甲斐から出てこい」だけでは、こうした抜け駆けを許すことになってしまう。
苛立つ頼朝が思わず怒りを口にしてしまいます。
「舅でなければとっくに放り出している! 政子に感謝しろ!」
これには義時も辛そうな顔で「佐殿!」と嗜め、後で頼朝もきつく言い過ぎたとの反省は見せますが……。
父は戦場では優れているけれども、談判は苦手だと庇う義時。
頼朝と坂東武者のかすがいになれるのは時政しかおらず、頼朝としても辛い立場です。亡き北条宗時が惜しまれますね。
しかし感傷的になっていても仕方なく、その役目は義時が果たさねばなりません。
時政が邸へ戻ってくると、りく、政子、実衣が待っていました。
りくが京風ではなく、梶原景時が用意した坂東風の女装束であることにご注目を。珍しい姿といえます。
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政子が頼朝から譲られた観音像を示します。
「兄上、皆が揃いましたよ」
観音像が宗時の化身となりました。
観音像の前でこれから何が起こるのか。実衣は、これでしばらく皆でゆっくり暮らせると言うものの、すかさず「出陣する」と答える義時。
今度は平家の本軍が迫っている、いよいよ正念場だ。
政子は、佐殿をよろしく頼むと言い、りくは北条の名を挙げるときと語る。そんな妻の言葉に時政が心を掴まれているとわかります。目が潤んでいるように見える。彼も愛情が深いと思います。
夜、佐殿が強く言い過ぎたと反省していると、義時が時政に伝えています。
「別に気にしちゃいねえよ」
頼朝は石橋山の疲れがまだ残っているからイライラしている、だから言わせておくと時政。ちょっとそれはないという顔をしている義時。たしかに結構時間が経ってるってばよ。
義経を偽物だと一刀両断する全成
「出陣じゃ!」
頼朝が声をあげると、坂東武者たちは「おー!」と従います。
しかし、人間というのは気合いだけでどうにかなるものじゃありませんよね。
戦国時代ともなると、そこをしっかり学んでいるので、起請文を書くなり、あるいは人質を確保するなりして、命令に従うようなシステムを作り上げています。源平はまだそうじゃない。
10月16日、頼朝は武田との合流を目指し、黄瀬川へ出陣しました。
今年の大河は映像技術を洗練してきて、スローモーションや早送りを使ってきます。ここでスローにすると、重々しさが出ると思えます。
政子は兄の化身である観音像に祈っています。
一方でりくは、阿野全成と共に開運アイテムを自宅に置くようにしていました。
南西の方角に壺を置くと、運気が高まって健やかな子に恵まれるってよ。彼女は、悪いことが起こないように祈るよりも、よいことを呼び寄せたいんだとか。
ははぁ、そういう考えのもとで時政に接近したんですかねえ。京都で鬱々と過ごすより、坂東で一発逆転よ! そういうノリですかね。
連れてこられた全成は、宗時の事情も知らないようで、無造作に観音像の位置が悪いと動かしてしまう。
この人の占いってなんなんですかね。当たるのか、そうでないのか。あんまり合戦には向いていないとみた。
そして仁田忠常が、表に佐殿の弟・九郎がいると全成に告げてきました。
全成は鬱陶しそうに、九郎は奥州にいるから偽物だと断言します。今回の頼朝のように、名を挙げると急に縁者が来てかなわん……と面倒臭そうに追い払うよう指示を出します。
いやいや、全成さん、そこでこそ占うべきでは?
そう突っ込みたくもなるし、三浦義村あたりだったら、それこそ精密に裏付けを取りそうだと思います。
義経は鐘楼に登り、叫んでいます。
「いいから兄上に会わせてくれ!」
しかし忠常から、頼朝はもうここにはおらず、黄瀬川に出立したと聞いた義経はこうだ。
「よし、黄瀬川だ!」
そして弁慶も、フリスビーを取りに行く犬のように主君を追いかけてゆきます。弁慶がいないと義経は事故でえらい目に遭っていそうではある。よい君臣です。
義経が変人だのサイコパスだの言われていて、私はちょっと悲しい。
彼は純粋に生きているだけなのに、なんでそんなことを言われなければならないのだろう。
でも、そう言われる理由はわかる。菅田将暉さんだからこそ、この義経ができるとも思える。無邪気で、美形で、無茶苦茶。全部いっぺんに出ていてすごい。流石です。
黄瀬川で源氏の両頭相まみえる
10月20日――富士川に維盛が到着しました。
黄瀬川では、源氏の両雄が対面しています。
「兵衛佐殿か!」
「武田殿!」
にこやかなようで、どこかよそよそしい二人。お気遣い無用だの、手を組めば大勝利間違いなしだの言いながら、早速、いつ攻め込むか決めようと言い出します。
敵は大軍だから策を練る必要があると武田信義は言い、合戦の日取りは明後日に決まりました。
源氏の底力、清盛に見せつけてやろうではないか!
そう盛り上がり、酒盛りに……。い、いや……その前に軍議しなくていいの? もっと布陣図でも決めましょうよ。
思わずそんなツッコミが脳内で駆け巡っていると、二人の後について行こうとした義時が、信義に冷たくあしらわれます。
「お前の分はない」
そして後で迎えに来いと言われる義時。
こんな素っ気無く扱われる大河主人公がいていいものでしょうか?
いや、これでいいんですよね。吉田松陰の妹がおにぎりや野菜を作ると大絶賛されるとか(『花燃ゆ』)、そういう強引な主人公補正は不要です。
義時は、上総広常のもとへ出向きます。
なんだかんだで広常は義時が好きで、勝機は見えたとやる気を見せています。頼もしいお言葉だと義時は嬉しそうだ。
義時の言葉は裏表がないように思えるから、誰もが彼の言葉は素直に受け取れるのでしょう。
刀を抜きつつ、総大将をやってやると広常が若干凄むと、陣は武田ありきだと義時が答える。
それにしても……源平合戦って「ほう・れん・そう(報告・連絡・相談)」が曖昧ですよね。
寒川町観光協会が、梶原景時は日本で初めて「ほう・れん・そう」を徹底したと主張されていましたが、確かにそうかもしれない。
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こういうのは本来、頼朝が酒盛りの前にでも「武田ありきの陣だぞ!」と念押ししておくべきだし、酒が入る前に陣を決めて通達するすればいい。
だからこそ広常も張り切ってしまい、この前の鎌倉入りみたいなことでは困ると真剣な眼差しです。
思わず義時が謝ると、見栄えが大事なら俺だって整えればそれなりに見えるとまで広常は言う。佐藤浩市さんですから、それはもうそうでしょう。
広常を見ていると心が痛みます。
先週爆笑を誘っていた「みんなで武衛になる飲み会」だって、あれは広常が「武衛」が「佐殿の上位版」という認識ができていないから成立した。
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状況を知っている畠山重忠なら、そうはなりません。
それだけに、広常が真実を悟ったら、ものすごく恥ずかしいし、残酷な話。そういうトリックを使った三浦義村は、やっぱり性格が悪いな。そこも個性だけど。
広常は今までなんでも大体自分の思い通りになってきて、その調子で生きていけると思っていたのに、それが変わってしまいました。
酒に飲まれる時政
和田義盛も猛っています。
佐殿が武田と酒を飲んでる! 俺らとは一回しか飲んでないのにぃ!
時政もこれには「なんだと!」と動揺。義澄は「酒はもらった」といなします。
義澄は“商店街の気のいいおっさん”として佐藤B作さんは演じているそうで、善良だし、人徳があるし、賢い。
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水で薄めてあるに決まっている! と怒り冷めやらぬ義盛は、そう言いながらも酒を飲んでいる。
しかも、重忠が合戦の打ち合わせがあるんでしょ、と理解を示しても、なんで俺らに相談がないのか!と苛立っている。もうなんなんだよ。
重忠は陣立てをいちいち相談していては埒があかないと理解し、義盛は「なんだと!」とムッとしている。なんだか義盛と重忠がいいコンビになっていますね。
賢い重忠はこうも付け加えます。
「とはいえ、我ら坂東武者がないがしろにされるのはいただけませんね」
そこで義澄が時政に「お前の出番だ」と告げると、「よっしゃ、任せておけ!」と豪語する時政。
頼朝と信義の酒盛りの席へ入っていくと、酒を勧められてこうだ。
「ほれほれほれほれほれ!」
言われるまま酒を飲み干す時政を見て、義盛はますます猛っています。さすがに義澄も「自分が取り込まれてどうするのだ」と呆れるばかり。北条だけが取り込まれても意味がない。
すっかり出来上がった一同を、義時が迎えにいくと、ベロンベロンになった父までいました。
時政が使えない!
やっぱり兄上がいればなぁ……。死んで悲しいだけでなく、有用だったからこそ、宗時の喪失が惜しまれます。
彼は勢いがありすぎるところはあったけれど、だからこそ人を団結させる才能がありましたから。
武田が抜け駆け
その日の深夜――安達盛長が頼朝を起こします。
なんでも富士川の陣に武田が進軍しているとか。
明後日ではなかったか!
すっかり出し抜かれてしまった頼朝は、慌てて軍を出そうとして、いったん落ち着きます。武田は功を焦っていて、釣られても混乱するだけだから、夜が明けるまで待つ。
こう言うやりとりを見ていると、この先、頼朝が梶原景時を重用する理由も想像がつきますね。
もしも景時がいれば、状況を分析して最善最良の答えを素早く出してくるでしょう。頼朝自身はそこまで戦上手ではないので、景時は便利です。
いや、そもそもが景時がいたら、頼朝を酒宴に行かせなかったかもしれない。
景時が切実に必要です。景時のあの顔、あの声、あの所作、あの知能。すべてが懐かしくなりましたよ。
そのころ義時は武田軍にいました。
信義に、夜討ちをかけるつもりか?と問いただし、お待ちいただきたいと伝えると、駿河目代・橘遠茂の首桶を見せつけられます。
本作の人物は、ルンルンしながら生首を披露する。そういう時代なんですね。
信義は前哨戦である【鉢田の戦い】についてざっと語ります。平家方の目代を倒したから援軍の望みは潰えた、と。
「どうじゃ! 全てはわしの目論見通り! 頼朝を出し抜いてやったわ! ふはははは!」
そう聞かされ悔しそうな顔をするしかない義時。言い返すこともできません。
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ちなみに戦国時代ですと、抜け駆け行為等は禁じられていたりします。
源平合戦の味方同士の騙し合いを例に挙げ、
「うちの家でこういう味方を騙す真似をするのはダメだぞ!」
と、わざわざ掟を作っていることもありました。
敵はともかく、味方を騙すとなると収拾がつかなくなりますからね。「敵を騙すにはまず味方から」という言葉は、実践には移さない方がよいものです。
水鳥の音に馬が驚き軍は総崩れ
平維盛軍を前にして、川べりにいる三浦義澄と北条時政。
義澄は、幼馴染である時政の目を覚ましたい様子で語ります。
目の前の敵は平家の本軍であり、これまでとはまるで違う相手である。
しかし時政は、幼い頃の川遊びを思い出すってよ。
これも教育の差を感じます。
足利学校なり、藩校がある時代ならば、幼児期からルールを叩き込まれます。
会津藩の什の掟には「ならぬことはならぬ」という言葉があり、思考停止だのなんだの言われますが、時政みたいな子の教育にはうってつけです。
義澄はイライラしながら頼みます。
「四郎、頼むからもう少しちゃんとしてくれ」
それでもふざけた態度の時政。もう前とはちがう、大勢の坂東武者の命がかかった戦いだ、己が何をすべきか考えろ。そう説得しても、どこかマイペースなのです。
「しっかりしてくれ、四郎時政!」
義時がこの様子をハラハラしながら見ています。また胃が痛くなりそうだ。
敵軍の目の前で、さすがに危ないから、義時も二人に戻るよう声を掛けました。武田が夜討ちをかけるのに、味方で足を引っ張ってはまずい。
ここも父子の差を感じますね。義澄は我が子の義村の知恵を信頼していて、確認を取って行動している。それなのに時政はぐずぐずしている。
義澄は呆れ返ってこう言います。
「この世で一番見苦しいのは何か知っているか? しょげかえっているジジイだ」
ここで時政はこうきた。
「次郎、俺のほっぺたを思い切りぶん殴ってくれ! 頼む!」
義時が困惑する中、義澄が殴ると、時政はこう返して殴ります。
「やりおったな!」
ばかやろう!
思わず声が出る中、おっさん同士のしょうもない殴り合いに……。そして義澄が水に倒れ、大きな音を立ててしまうと……水鳥がバタバタバタッ!
何万羽もの鳥が一斉に羽ばたき轟音となって響き渡りました。
すかさず馬の顔が映ります。馬は慎重ですから突然の大きな音が苦手。
馬が驚くと、それが人にも伝播し、美麗な大将である平維盛も動じてしまう。
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富士川の戦いで惨敗した平維盛はその後どうなった?平家敗北の戦犯か
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「どうした?」
「少将様、お逃げください!」
「なにっ!」
敵か、味方か、それとも頼朝か?
赤い旗が無惨に倒され、平家軍は総崩れになります。
敵を追わない坂東武者
いわゆる富士川の戦い。
平家にとっては悪い要素が重なりました。ざっと分析しますと……。
・維盛の経験不足
→清盛まで行かずとも、もう少し慎重な将であればもっと落ち着いて行動できたかもしれない
・士気の決定的なまでの低下
→援軍は期待できない、兵糧もない。数だけはいても、中身はスカスカだ
・信賞必罰が曖昧である
→『麒麟がくる』では、松永久秀が無断で陣を離れたことに対し、明智光秀がとんでもないことだと焦っていました。
戦国の織田家では、持ち場を勝手に離れただけでも処罰される、そういう信賞必罰があった。
そういうことがまだできていないから、勝手に持ち場を離れてしまう。
将兵の質はあるけれども、それ以前に軍としての統率も何もあったものではなく、これでは到底勝てません。
そして、これについては源平どちらも曖昧だったりします。
いずれにせよ頼朝軍にとっては願ってもない展開。
平家が総崩れになったと盛長から聞かされた頼朝は、追撃だ! 武田に先を越されるな!と張り切っています。
しかし……。
同時に坂東武者の士気も低下しきっていました。
京へ向かったら困ると皆やる気がない。追討軍を討伐して終わりだと思っていたとか。
なぜか?
兵糧不足でした。
もうあと十日しかないとか。尽きて分けてもらっているとか。三浦義澄も、千葉常胤も、土肥実平もそう言い出します。
義時が、戦には勢いが必要だからと言い募っても、義澄は「所領を守るために立ち上がった」と言うだけ。
平家は二の次――それを頼朝に伝えて欲しいと言います。
周囲の坂東武者も同意しているのです。
義時はわかりにくい人物かもしれない。あんなに優しく、米の収穫を気にしていたのに、今では平家を倒すことにこだわっている。
どうやら彼は兄・宗時の理想にすっかり取り憑かれているようです。
思わず義村に相談すると、すかした口調でこうきた。
戦は難しい、女と一緒でどう転ぶかわからない。
ってよ。
カッコつけてる場合かよー。と、突っ込みたいけれども、本人からすれば「いや、八重さん見てみなよ」となるのかもしれません。
女というより、義村は人間の感情そのものが理解しにくいのかもしれません。精緻な細工物じみた、そんな己の計画に挟まる砂つぶ――邪魔で厄介なもの、それが感情ってやつ。
義時が、今は戦うべきだと悔しがっていると、義村が逆に問いかけてきます。
「お前はどっち側なんだよ、坂東か、頼朝か?」
「決まってるだろ、俺も坂東武者だ」
「だったら手を考えろよ。お前はいつもそうだ。皆にいい顔して安請負いしてばかりじゃねえか」
義村にそう言われた義時は、思わずムッとしています。
二人の対比は面白い。互いに、自分にはないものを持っているとわかっています。
義時は、義村ほど理詰めでビシバシと進められない。一方で義村は、相手の感情を取り持ってバランスをとるなんて無駄でくだらないと思いつつも、それはできない自分ゆえの逃避だとわかってもいる。
ゆえに組み合わせるといい。お互い便利だ。幼いころからそれがわかっているから、なんだかんだで仲が良い。
義村って、感情なんてくだらないと思っていて、自分の本心すら隠して見せなくて、自分でもワケがわからなくなっているかもしれないけど、時折ふっと素の感情が出てしまうと、その思いが激しくて濃い。
そういう面白さがある。
山本耕史さんにしかできない役を、三谷幸喜さんが丹念に描き、劇中でも随一で興味深い。義村は可愛げがないけれども、組織構成員は、すべて可愛げがある必要もないわけで。
義時は広常を動かそうと説得するも……
周囲の坂東武者にそっぽを向かれた義時は、頭をフル回転させたのでしょう。
上総広常に追撃の提案しています。
残った兵糧を集めて計算し、残りが七日ならその日数で京都の上のはどうか。
「こんなに愉快なことはない」と言うあたりに、広常を動かそうとする義時の工夫が見て取れます。
義時は広常と接するうちに、その自尊心や求めるものがわかってきた。功名をあげる機会に飢えていると分析して、そう刺激したのでしょう。
しかし、相手は乗ってきません。流れが変わったと諦め顔です。
聞けば留守の間に、北の動きが怪しくなってきたそうで、以前から折り合いの悪かった常陸の佐竹義政が狙ってきているそうです。
そりゃそうですよね。二万を率いる連中が目の前からいなくなれば、佐竹も動く。ただ、事前に大庭や伊東と連携しておけば、もっとスムーズに事を運べたでしょう。
義時の読みにも限界がありました。
広常だって所領が大事です。
義時には、こんな言葉を提示したい。
強弩の末、魯縞(ろこう)に入る能わず
強い弩が放った矢でも(勢いが衰えたら)、薄い絹すら射抜けない
勢いがあっても衰えたら無力という意味です。
『史記』が出典で、かつ諸葛亮が曹操の遠征軍について述べた時もこの言葉を使いました。遠征軍は移動だけでエネルギーを使うから、それだけ弱くなるということですね。
そもそもが前提として、飢饉で合戦したらいけません。ヘロヘロになって引き返すのは、この場合、正解です。
そしてこのことを義時が覚えているとして、後に京都へ向かうことに危惧感を覚えるのであるとすれば、伏線としてよくできているのかもしれません。
平家だって、水鳥程度で大敗とは情けないけれど、遠征で疲れ切っていたのであれば、説明はつきます。
なんだかわけのわからない富士川の戦いの顛末ですが、消耗しきっていた上に、兵法が成熟しておらず、統制が取れていなかったのであれば致し方ない、と。
「兄上! 兄上がいる、兄上だ、兄上だなあ!」
頼朝も悟りました。
坂東武者の助けがない限り、進軍はできない。
一日も早く清盛の首を取りたいのに、この機を逃せと言うのか!
そう悔しがる頼朝に時政は言います。
坂東武者に大事なのは所領と一族だ。清盛はどうでもいい。所領がかかっているから戦うまで。そこのところをお考えくだされ。
「戦で命をはるのは、わしらなんだ!」
「時政、よう言うたな」
「ご無礼をお許しくだされ」
頼朝も何か思うところがあるようで、武田も撤退したと報告が入ると腹を決めます。
「致し方ない。鎌倉へ帰ろう」
「ありがとうございます」
かくして鎌倉撤退が決まります。
しかし、理屈はわかっても感情は整理できないのか。頼朝は「小四郎!」と義時に呼びかけます。
「おまえはわしと坂東なら、どちらにつく?」
義時は迷っています。義時のように裏表がない人間が迷うと、それだけでもう、相手の心はざわつく。
八重はそこにいるだけで周囲がざわつく、そんな罪な女だと思った。義時って、そういう罪な男なのかもしれない。
本人にはその気がないのに、周りが勝手にこの人に好かれたいと思ってしまうような。そんな魅力の持ち主です。
頼朝はこう返します。
「もうよい。とどのつまりはわしは一人ということじゃ。流人の時も今も……」
思わず寂しげに力が抜けてしまう頼朝。こんなに哀しい頼朝は今まで見たことがなかった。
そこへ盛長が呼びに来ると、「あれがおったか」とホッとしたように言います。そんな風に言われる盛長もなんだか……。
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それにしても、頼朝よ。あんなに囲まれて酒を飲んだりしつつも、孤独感を味わっていたんですね。
と、そこへ佐殿に会いたい若武者が来ているとの報告が。
九郎義経――。
その名を聞いて頼朝は、九郎は奥州の藤原秀衡に養われていると聞いていると返します。
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そうして会うのを断ったはずなのに、自らやってきた義経。
「兄上ー! 兄上ー!」
一方的に自己紹介を始めます。
兄上の挙兵を聞いて奥州から馳せ参じました! ずっとこの日を待ち焦がれておりました!
そしてこうだ。
「兄上! 兄上がいる、兄上だ、兄上だなあ!」
オイオイと泣き出してしまう。
はー、つらい……。この野生動物のような愛くるしさ、誰かと分かち合わないとつらい!
この場面の写真に映る義経は、まるでフレーメン反応を起こした猫のようで動揺しました。人というより、動物のような愛くるしさがある。
「顔! 顔! 顔そっくり!」
はしゃいで叫ぶ義経に対し、頼朝は困惑しながら「そうかな」と返します。盛長も同様に「いや……」と困惑するばかり。
「そうだ! 御館から兄上への文がございます!」
御館(みたち)とは奥州藤原氏当主のこと。ワイルドな義経も、ここでは頼朝の前に跪いて渡します。
文を読み、感極まっている頼朝に対し、義経が思いを訴える。
「父上を殺し、母上を奪った清盛への恨みを、忘れたことは片時もございませぬ。兄上とともに必ずや、必ずや、父上の仇を討ちとうございます!」
「九郎……九郎……」
「兄上のためにこの命捧げます!」
感極まって抱き合う兄弟。
「兄上!」
「よう来てくれた!」
「兄上!」
「よう来てくれた!」
兄弟は泣きながら抱き合っています。その姿を義時は見ているのでした。
頼朝は、坂東武者を籠絡していた時とは声音がちがいます。
一人きりで孤独を味わってしまう――そんな頼朝の前に、わかりあえる身内が駆けつけてきた。
孤独を味わう気持ちに入り込んできた義経は、天からの恵みのように思えたのでしょう。
そんな大事な弟を、なぜ、兄は討つのか?
そのこともこれから見通したいと思います。
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MVP:北条時政
政子の父親でなければこんな対応ではなかった――という頼朝の叱責はきつい。
けれども仕方ない。
そう思いませんでしたか?
私は仕方ないと思えました。
しかも、その叱責後に、水鳥を怯えさせるわ、頼朝が納得する坂東武者の理論を告げるわ、なにがなにやらわからないまま大活躍ですよ。
こういう作劇もありなんですね。
これはもう時政しかいない。そう思える活躍でした。
演じる坂東彌十郎が素晴らしいのでしょう。
共演者が皆さん大絶賛するけれど、理由はわかります。
ものすごく考えて演じているのだろうけれども、何も気負わずスルッとできているように見えます。
天衣無縫はこういうことかと思う。
映像が初めてで苦労していると仰られても信じられないと思ってしまう。
圧倒的な魅力がある、それが本作の時政です。
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総評
今週は超絶技巧が光ります。
扱いが難しい八重をうまくおさめてきました。
八重はなんなの?
そんな問いかけはきっとあり、私は慈愛の人だと思う。
江間次郎へ、父・祐親へ、我が子・千鶴へ、頼朝へ。
どの愛もまっすぐで混じり気はない。江間次郎に対しては冷淡だったけど、ここにきて愛を見せました。
富士川の顛末も見事でした。
水鳥に驚いた無様さでなく、近年、実は武田信義主体の勝利と言われている。それをうまく反映させた描写です。
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そして黄瀬川の対面――「ネットで号泣」みたいな記事は好きじゃないし、大河を見て泣いたとは言いたくないのですが。
今回は何度もこの兄弟対面を見て、しかもそのたびティッシュを鼻に当てました。
まさに名場面。
兄弟の対面に疑いを挟む側に主人公・義時が回っているのも面白い。
いやでも、これは、もう、感動した。
頼朝の孤独がこれでもかと伏線で示されて、そこへ義経がやってくる。
義経を厚遇したのは、藤原秀衡の勢力目当てともいうけれど、こういう解釈もありではないでしょうか。
大昔に読んだ『義経記』を実写化されたようで、いや、そうではない。
義経像はきっちりアップデートしていて、この義経は猛獣が人里におりてきて、駆除しなければいけなくなったようなものだと思います。もちろん、かわいそうなのはそうだ。
そう上書きする本作は、凄まじいと思う次第です。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト


















