鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第8回「いざ、鎌倉」

2022/02/28

伊豆山権現を逃げ出した北条政子たち一行。

潜伏先である秋戸郷の民家に仁田忠常がやってきて、「鎌倉へ向かう頼朝の報告」を聞き、政子と実衣は喜びあっています。りくは何やら外で若い男と談笑しておりますが。

仁田忠常イメージイラスト
頼朝古参の御家人だった仁田忠常|笑うに笑えない勘違いで迎えた切ない最期

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反乱の炎は、坂東中に燃え上がりました。

大軍となった頼朝勢は、様々な思惑を抱えた巨大な寄せ集めとして、鎌倉を目指しています。

 


焦る清盛 呑気な宗盛

地元民に匿われていた政子たち――本作では、このように民が源氏に対して好意的である描写がしばしば出てきます。

平家の悪政に対する不満があったのでしょう。そんな燃料があればこそ、炎は燃え盛る。逆に、民の反発があると、進軍が思うようにいかぬこともあります。

上総広常を先頭に、進軍する坂東武者たち。

三浦義村が、義時に向かって「並びを考えたのか?」と確認しています。義時がそう応えると、佐殿のお気に入りは大変だとニヤニヤ。

今週も義村は、“友達がなかなかできなさそうな奴”感が満載で素晴らしいですね。

手伝ってくれと言われても、そもそも佐殿を信じていないと断る。いや、もうちょっと他に言い方ないんかい? そう突っ込みたくなってこその義村です。

同時代人からも「なんかアイツよくわからなくてキモい」と言われていたそうですし、そういう個性を味わえていいですね。

三浦義村イメージイラスト
殺伐とした鎌倉を生き延びた三浦義村|義時の従兄弟は冷徹に一族を率いた

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かくして武蔵野に入る頼朝勢、都には、まだその規模は伝わっていません。

平清盛は、息子の平宗盛に追討軍の出発を聞くと、明後日の朝とのこと。なんでも必勝の吉日を選んでいたそうです。

勢いづいた軍勢は日に日に大きくなってゆく!

そう焦る清盛は、追討軍の軍勢が一万と聞き、さらにイラだちます。

「我らは官軍ぞ! 道中その倍は集めよ!」

“官軍”という単語が出てきました。

この言葉の威力は、源平時代より『青天を衝け』の舞台である幕末の方が効き目があったでしょう。 こういうところに人間と思想の関係が現れます。

そして、清盛が賢くて、宗盛が愚かというのも単純な決めつけかもしれません。

清盛は経験と感覚で身につけた危機管理をしていますが、そういうノウハウは書き記すなりして、伝達しておくべきでした。

特に日宋貿易に熱を上げているならば、『孫子』でも流行らせておくべきでしょう。

後世の武田信玄はそれができたからこそ、強かったのだと思います。

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後白河法皇をたしなめる丹後局

後白河法皇は、側近の平知康から追討軍のことを聞かされ、頼朝もこれまで……と言われて駄々をこねます。

「嫌じゃ! 嫌じゃ!」

救いの手を差し伸べるように、寵姫の丹後局が、勝つ手立てがないのか知康に聞く。

と、信濃(木曾義仲)と甲斐(武田信義)と手を結べば勝ち目があるとの返答。

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「それじゃ!」

後白河法皇はそう喜びますが、どうも源氏は互いに信頼関係ができていないという。

「嫌じゃ!」

「頼朝はお諦めになったらいかがですか?」

丹後局が宥めると「えーい! えーい!」と暴れ出す後白河法皇。頼朝たちの弟もどこに行ったのかわからず、後白河法皇はご機嫌斜めです。

どうしちゃったの法皇様?

視聴者がそう感じるのは、頼朝の夢、いや脳内にいる法皇の姿を知っているからでしょう。

実際には頭の切れる丹後局が動かしている。これはドラマの創作でもなく、当時から「あの楊貴妃の紅唇のいいなりだ」と評されていました。

後白河法皇も、今様(いまよう、流行歌)にハマりすぎて喉を潰したほどで、熱中しやすい変わったところがある人物ですからね。

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丹後局を魔女とするのではなく、聡明極まりな女軍師にする。それが本作の挑戦です。実際、ルイ15世とポンパドゥール夫人など、こういう女性は世界を見ても実在しました。

鈴木京香さんがこれまた素晴らしい。

お綺麗なのはわかっておりましたが、この圧倒的な聡明さ。北条政子と渡り合う女性がまた一人登場ですね。

 

狂気の天真爛漫 義経

富士の見える草原で、源義経が弓を引いています。

兎を仕留め、弁慶が誉める。今夜は兎汁だ!と笑顔で、後はお供におまかせです。

と、そこへ頭に布を巻きつけた野武士が出てきます。

なんだかRPGのように坂東武者が出てくる世界観ですが、そもそもRPGは中世の世界がモデルになることが多い。

出くわす相手を倒すと経験値、金、アイテム、食糧が手に入ることもある。倒すのは化け物ではなく、動物や人間なのですけれども。

野武士は、兎を射たのは俺だ、俺の兎だと主張してきます。矢を見ると、確かに赤い記しが……。

兎を渡せと言われて「断る」と言い切る義経。そこで提案します。

「弓を飛ばし、どちらか遠くへ飛ばした方の勝ちだ」

かくして義経と野武士が弓比べをするわけですが……。

キリキリと引き絞り、遠くへ飛ばし得意になっている野武士に対し、さぁ、義経の番! 弓の腕はさほど強くないはず……と思ったら、突如、相手を射殺しました。

しかも、その屍を踏みつけ、何事もなかったかのように矢を抜く義経。

「いくぞ」

あっさりそう言い切ると、弁慶は「“御曹司”ならば真っ向勝負でも勝てたのではないか」と戸惑っています。

カラッと笑いながら無理だと言い切る義経。しかも「俺の矢はこっちだった」と野武士の言い分が正しいことを確認している。

ここで義経が、屍に合掌でもすればいいんですけどね。

実際はこんな調子ですから。

「そうだ! 富士の山に登ったことがある人! 行こう! まずは富士の山だー!」

「待たれよ御曹司ー!」

弁慶がそう止めに入ります。後白河法皇も精神年齢が幼いと思いましたが、こちらもそのようです。丹後局と弁慶が引率の先生のようにも思えてきました。

それにしても、菅田将暉さんよ……。明るく無邪気で愛くるしいほどですが、この義経、相当酷いですよね。

野武士が正しいのに、騙し討ちで射殺。しかも全く反省していない。

亡骸をちゃんと埋葬するとか。みんな空腹ですぐに出発したいとか。野武士が極悪なヤツだったとか。

そういう理由があればいいのに、そうではないらしい。ただ自己都合のために、虫ケラのように相手を殺した。そのあと、はしゃいで富士山登山に向かってゆく。

天才戦略家とは……要するに、人間の大量殺戮を効率的にこなすということです。

この天才は、やはり“天災”でもあるようです。

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弁慶も弁慶です。あんなにも目を輝かせて義経に付いていくのは、もう何かを超越しているんでしょう。

御曹司という呼び方からは、まっすぐな愛というか、忠義というか、そういうものがあってもう感動してしまいます!

そうそう、義経は何か面白そうだったり、気になるものがあると、飛び出して走って行ってしまうんですね。

現代ならば、道の向こうに何かを見つけて、車が来ていようが飛び出しかねないタイプです。

 


重忠の降伏に対し義盛と義澄は?

岡崎義実が、何やら義時に話しかけています。

鎌倉の“亀谷”で、頼朝の父にあたる源義朝の御霊を祀ってきた。だから御所はそこにして欲しい。

「佐殿にお伝えしておきましょう!」

義実は上機嫌で応えますが、安請負をすると苦労するぞと義村がチクリ。彼は絶対にそういうことはやりそうもないですよね。

するとそこへ土肥実平が大変なことになったと告げてきます。

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畠山重忠が降伏してきたとのこと。

しおらしい表情ながら、どこか凛とした重忠。

「さぞや厚かましい奴と思っておられることでしょう」

義時に丁寧な挨拶をします。頼朝軍にとっては喜ばしいことではありますが、全員がそうでもなく、義時は「俺がなんとかする」と返します。おいおい、また請け負ってるよ!

「かたじけない」と、やはり丁寧な重忠。こういう素直さがいいですよね~。

そんな重忠に向かって、しばらくは目立たぬようにと告げ、平家との戦になればきっと目立つことはあると続ける義時。

地味とか頼りないなんて言われたりしますが、こういう潤滑剤がチームにいると、うまく回ってよい。強い集団には必須の存在です。本人は苦労しますけどね。

出演者のインタビューを呼んでいると、ともかく小栗旬さんは誉められている。

顔がいいとか、演技がうまいとか、そういうことだけでなく現場をよく盛り上げてまとめているのだそうです。義時と一致しますよね。だからこその起用ではないかと思えてきます。

重忠の降伏に対し、案の定、和田義盛が怒り狂っています。断じて許さん! だってよ。

重忠の父が清盛に仕えていて、平家に敵対するワケにはいかなかったという事情を説明されても、首を刎ねてやると怒っています。

というか、そもそも三浦義澄と義村は重忠との戦闘を回避しようとしたのに、義盛のせいで衝突しているんですけどね。

仲良く! 仲良く! そう実平からなだめられます。

三浦義澄にしても、重忠は父・三浦義明の仇です。それでも忘れると彼は言い切る。大義のためにはそうするのだと。

これには千葉忠胤も「よくぞ申した」と誉めています。頼朝に平家方の生首土産を届けたとはいえ、温厚でまともな方です。

しつこい義盛は、それでも追討軍がくれば裏切ると不満そうですけどね。

しかし、彼も三浦氏の出自であり、一族の上には義澄がいます。

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義澄が目を光らせていれば、義盛も重忠を襲ったりはできないでしょう。

 

美丈夫に先陣を任せる頼朝

「いつまでもガタガタ言ってんじゃねえよ」

怒り狂う義盛に対し、横から声を発したのは上総広常。

俺たちは烏合の衆だ、いちいち聞いていたらたち行かなくなる。俺たちは頼朝を信じてここにいる。だったら頼朝の考えを聞いて来い。それに従う。とやかく言う奴がいたら、俺が相手だ。

そうして助け舟のような、苛立ちのようなことを言います。

確かに暴力集団の修学旅行のようになってきた。頼朝先生の引率が必要かもしれません。

その頼朝は、重忠の到着を喜んでいます。

お得意の「次郎! うれしく思うぞ!」のお涙頂戴トークに……籠絡されない重忠。弓を引いた過ちを語りつつ、恥を呑んで参陣仕ったと挨拶をしています。

頼朝は、くれぐれも窮屈な思いをせぬよう、相模入りの先陣を命じます。

義時が焦り、相模入りの先陣は上総介に決まっていると伝えると、頼朝はこう来た。

「若くて見栄えのする方がいい」

えっ、そんな理由で?

これはわかるところではある。頼朝は挨拶をする重忠を見て、その美しさにシビれたのでしょう。

平安末期は男に美を求めた時代。男色も流行しておりまして、これが意外と重要なのですが、話を先に進めましょう。

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ともかく武士はズラーっと並んで控えていたりしますから、美しい方がいい。

京都でそんな流行があったからには、頼朝もそこには敏感です。重忠は美形であると当時から言われておりますので、頼朝としては使いたいのでしょう。

むろん、肝心の重忠が、見る側も納得する美形でなければならない。

中川大志さんは、重忠が義時や義村と同年代なのに、役者ではご自身だけ年下で困惑もあったとか。それだけ若く、美しくせねばならない意図があるのでしょう。

期待に応えるようにして、中川さんの所作や衣装は綺麗であり、大河スタッフが全員総出で美麗な武者を作り上げていると伝わってきます。

ただ、それにしたって、自分より先輩の役者を押し退け、常にキラキラした武者でいなければならないのですから、その重圧はキツいはず。がんばってください!

「なんで俺が先陣じゃねえんだよ!」

実際、広常は露骨に不満です。

頼朝が決めたと言われても「冗談じゃねえ、やってられるか!」と怒っている。そして重忠も何か気まずい顔にはなっている。

目立たないようにするって約束したのに……広常に襲撃されたらどうするんだ。

いざ進軍が始まると、沿道の若い娘たちは「いい男だね」とうっとりしています。

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広常はイライラしているのでしょう。馬上で酒を呑んでいる。

しかし、義時はまだ胃の痛い任務があります……。

 

使者の時政は……メシを食っていた

義時が、どこかへ向かっています。

目的地は甲斐。

大庭や伊東の兵は減ったとはいえ、行き先は東京神奈川辺りから山梨ですのでかなりの距離がある。

使者を命じられた義時は、すでに父がいると困惑しますが、その尻を叩いて来いと頼朝は言うのです。義時は戸惑いつつ、武田が味方になるとは思えないと返す。

「いや、必ず乗ってくる」

果たしてそうなのでしょうか……。

先に役目を負っていた北条時政は、どこかの家で隠れてお食事中でした。

その様子を我が子に見つかってしまう情けない父。なんでわかったのか!と驚いていると、父上のことだからこのあたりで油を売っているだろう、隠れそうなところを探していたと返事されます。

うん、時政ってお腹空いたら動けなくなるもんね。

“ハングリー精神”がある……というか文字通り食欲がある。

新鮮お野菜セットがいい土産だと思い込んでいるし、京女のりくにも腹が減っていないかと聞くし、何か調理していると物欲しそうに見つめるし、飲食物があればすぐ食べようとする。

坂東彌十郎さんは巧みにそういう性質を出しています。

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時政はもう嫌になっていて、佐殿の文だけ渡して帰ろうかと思っていたそうです。

上総介殿も味方について大軍勢になったと義時が説明すると、だったら、もう武田はいらねえじゃねえかと逃げようとする。

それでも義時は辛抱強く、味方は多い方がいいと言い、期待されているのだから応えようと父を励まします。

そして、いざ武田信義の元へ。

院宣を持って来れば北条だけ助けると条件提示したのに、持ってこないわ、頼朝につけと言うわ、目の前に出た時政と義時の二人を煽ってきます。確かにどういうつもりかと言いたくもなる。

「いろいろと事情が変わったもんで」

あっけらかんと言う時政に、もう相手も諦めたのでしょう。義時に「おぬしの父の面の皮は天下一じゃ」と嫌味を言います。

それでも義時が助力を願うと信義はこうだ。

「いいだろう」

驚く相手を意に介さず、信義はさっさと応じるのでした。

 

信義「頼朝に大義はないだろ」

なぜあれほど渋っていた頼朝への参陣を急に受け入れたのか。

「わからねえ」と困惑する時政に対し、都から追討軍が来れば真っ先にぶつかるのは武田だと、義時が説明。

佐殿はとっくにそれを見抜いていたとも続ける。

「やはりすごいお方です」

義時がそうしみじみとしていると、となると使者は誰でもよかったんだな、と時政が拗ねたようなことを言い出す。

「そんなふうにお考えにならない方が」と慌ててフォローする義時。

これが本作の面白いところです。

実際のところ、時政と義時父子に与えられたこの役目は、さほど大きな意味がないとされてしまう。そこに意味を持たせている。

義時が、頼朝から色々なものを吸い取り、育っていく過程が描かれているんですね。

同時に、時政につきまとう謀略家とされる本質も変えていく。時政は本質的にはそう悪くはない。ただ染まりやすいことが示されています。りくの描き方と重ねて見ていくのが良さそうです。

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ゴロリと寝転がる時政。

「寝ねえのかい?」

と、義時に話しかけると、佐殿に頼まれたことがあると答える。

息子を手伝おうとする時政ですが、その用事とは、鎌倉入りを果たした後の住居配分というアタマを使う面倒な仕事でした。

館の位置、大きさ、所領……木簡での米勘定が好きな義時には、結構楽しいことかもしれません。

しかし、それを知った父は。

「おやすみなさい……お前はよかったな、佐殿に出会えて」

あっさり寝転ぶ。まぁ、手伝ったとしても役に立ちません。時政の屋敷の設計絵図面もりく(牧の方)が吟味をしていましたが、夫はあてにならないと悟っているのでしょう。

義時はここで頼朝の言葉を思い出しています。

頼朝は使者は誰でもよいと言い、時政は何をしているのか……。

ため息をついている義時の隣に、信義が来ます。

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武田信義(信玄の先祖)は頼朝に息子を殺されながら甲斐武田氏を守り抜く

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「月の夜は心が落ち着く……」

そう語る信義。彼らが京都の者ならば和歌でも詠み合うのかもしれませんし、『麒麟がくる』の明智光秀と細川藤孝ならば、月の文学でも引用しそうなところです。

しかし、源氏の彼らにとってはそんなことはまだ先の話。

それでも月を愛でる心はあります。

信義は、小四郎(義時)は頼りにされていると文に書かれていたと言います。そして頼朝の意向を聞いてきます。

追討軍を追い払ったあとは?

義時はここで信義がどうしたいのか尋ねます。

願いはもちろん、京で平家を倒すこと。そう聞き、義時は頼朝の狙いを明かします。

法皇様をお助けし、清盛が壊した世をあるべき姿にする。あるべき姿に返そうとしている。

しかし、信義は魂胆を見抜きます。清盛に代わりたいだけで大義はないだろ。

佐殿は正しい政(まつりごと)を行いたいだけで、私欲はないと義時も返しますが、「どうだか」と相手は信じておりません。

これも、もどかしいですね!

『麒麟がくる』の光秀あたりなら儒教で理論武装して、『論語』を引用しつつ語ることができる。政策内容だってあるはず。

それが義時にはまだない。

彼はこれからそこを学び、スラスラと説得できるようになっていくはずです。そんな成長を見ることが面白い。

義時一人だけではなく、この時代の日本そのものが成長期に思えます。

 

京都にも劣らぬ御所にするのだ

頼朝の元に戻った義時は、武田信義参陣のことを伝えました。

と、その隣には阿野全成(あのぜんじょう)、頼朝の弟だと紹介されます。なんでも星を読み、易もよくするとか。

前回は風を呼ぼうとして失敗しましたが、一体何を学んできたのか――。

中国から日本への文物の伝わり方にも色々あります。仏教はバッチリ伝来しましたが、道教は断片的でした。

華流ドラマだと星読みや易は、道教を信奉する道士が行います。『三国志演義』で諸葛亮が風を呼ぶ動作も、道術をもとにしています。

日本では、断片的に伝わったこの道教が陰陽道に取り入れられます。

全成は、仏教と道教由来の術を身につけた、ハイブリッド型の人物なんですね。

鎌倉の住居割はどうするのか。

と、頼朝が義時に聞くと、岡崎義実が提案した亀谷の御所案を伝えます。

これを頼朝は一蹴。御所は京都にも劣らぬような煌びやかなものにする。亀谷は狭いから却下――だそうで、大倉はどうか?と全成に尋ねると、方角もよいとのことで決まります。

困惑しつつ岡崎殿は……と口籠もる義時に、頼朝はキッパリ言う。

御所は政(まつりごと)を行う場所。岡崎如きに口は挟ません! 豪族の言いなりにはならん!

ここで、大事なことをおさらいさせてください。

京都が手本としたのはどこか?

唐の長安です。

かつて日本の人々が憧れた世界最大、最高級の都市――いかにそこに近づけるか、そこを意識していた。

映像作品を見ればその壮大さがわかります。

 

鎌倉の田舎っぽさを頭に焼き付けながら、同時期の宋代が舞台となっている華流ドラマがオススメです。

予告だけでも大丈夫。居酒屋でもこんなにスゴいんだ……としみじみ思えます。

鎌倉武士にも宋への憧れは出てきますので、事前にこうした映像作品を頭に入れておくと、イメージがしやすくなります。

 

頼朝は、義時が伝えた大事なことを忘れつつあるのかもしれない。

坂東武者のことを考えろ。

挙兵のときにそう言われたのに、もう今は、目線が京都に向いている。都の人々を驚かせたいと意識してしまっている。

いきなり大変なことになっています。

けれども義時の能力は、人を団結するときにこそ輝く。さぁがんばりましょう!

 

時には大事な飲みニケーション

義時が御所の一件を伝えると、岡崎義実はシュンとしてしまいます。

つれねえな。爺さん、元気だせ。みんなそう励ましますが、上総広常は不満ありあり。俺たちは野宿なのに、頼朝は寺を宿にしてるってか!

「いい身分じゃねえか、流人風情がよ! 俺はな、あいつの家人になったわけじゃねえんだよ! 小便、行ってくる!」

あー、もう、坂東武者よ、規律もねえ、忠義もねえ!

困りましたね。

和田義盛も不満そうだ。

「小四郎どうなんだよ、佐殿はちょっと調子に乗ってんじゃねえか? 俺たちはないがしろにされてねえか?」

畠山のことも腹に据えかねているってよ。

戦国武将はこういう事態を避けるため、事前に家ごとのルールを決めておりましたので、ここまで危なくはない。今は、そういう時代の前なんですよねぇ。

あらためて義時が深々とため息をついています。どうもうまくいってない。すると義村がこう来た。

「しょうがねえよ。あっちとこっちじゃお育ちがちがう」

義時は落ち込むばかり。本来なら北条がその間に立ってまとめていかねばならんのに……兄の北条宗時がいればよかったと思えます。

そこへ安達盛長がきて、佐殿と家人の隙間風がどうにかならんかと相談してきます。

「平六〜」

義時がそう声をあげると、義村は酒を飲む仕草をしつつ、佐殿はこっちの方はどうか?と盛長に聞いています。

強くはないと盛長が返すと、義村は家人たちと呑んでいるところを見たことがないと指摘します。

「あ、確かに!」

盛長が気付きます。

そうなんですよ、義村って情緒ケアは期待できないのですが、サッと役立つ策は出せる。そこを見抜けないと、こんな冷酷でわけわからん奴には何を言っても無駄だと諦めてしまう。

けれども義時は、幼い頃から平六がなんとかする様を見てきているから、いざという時は頼るんですね。

そのことを頼朝に提案すると、気が進まない様子。

それでもちょっと顔を出すだけ、心を掴むのは上手だと盛長に促され、酒を飲むことにするのでした。

広常が「頼朝を呼んでこい」とくだを巻いています。“佐殿”なんて呼びたくねえとかなんとか言っていると、義村が「武衛(ぶえい)」という呼び方もあると言います。

唐(から)の国では親しい相手を「武衛」と呼ぶと伝える。

その様子を見た畠山重忠が、ボソリと義村に「確か武衛というのは……」と困惑しています。

武衛とは、佐殿の意味する兵衛府(ひょうえふ)を唐風(中国風)に呼んだもので、佐殿の上位版ですね。

「まあ見てな」

不敵に微笑む義村。

かくして笑顔の頼朝が、酒盛りにやってきました。佐殿が来てくださったと、どよめく坂東武者たち。

広常は上機嫌でこう言います。

「こっちに来いよ、武衛!」

武衛、あんたとはこうして飲みたかったんだよ、武衛!

そう武衛を連呼され、頼朝は上機嫌になります。

「ははは、もうよい!」

義村がすかさず皆を呼びたてます。

「佐殿と膝を突き合わせて飲む機会なぞ滅多にない! 来い来い!」

頼朝も笑顔で労うと、調子に乗った広常が、“みんな武衛宣言”を始めて、頼朝だけが怪訝になっていく。

「それはどういうことかな?」

「いいんだよ俺のことを武衛って呼んでも。さあ武衛同士飲もうぜ!」

「武衛同士ってなんだ?」

戸惑いもありつつ、なんだか楽しそうな“飲みにケーション”が成立していますね。

こういう宴会ってなかなか大事です。

というのも料理なり酒に毒が入っていたらおしまい。生物は食料がないと生きていけない。命の一部を分け合う飲食には、信頼関係を育む効果があるんですね。

同じ釜の飯を食った仲と言うぐらいで、現代なら「そんな原始的なことはやってられない!」という指摘もありそうですが、妙なマウントや上司の武勇伝聞かされ地獄がなければ、食事自体は悪いものでもないでしょう。

そして教養格差です。

義村は、頼朝と自分達は「お育ちがちがう」と言い切りました。漢籍を読む機会の有無もある。義村と重忠は読む機会がそれなりにあった。

それでも京都には及ばないことが劣等感としてあるのかもしれない。けれども、上総広常たちはそのことすら把握できていない。

 

坂東武者を下にみる男を許せるか!

10月6日――頼朝勢は鎌倉に入ります。

石橋山で大敗してから一月半後のこと。

義村から「何を考えている?」と聞かれた義時は、こう返します。

「この様子、兄上に見せたかった……」

弟としての姿がなんとも気の毒ではある。更には、義村と比較しても甲冑の地味さはどういうことでしょう。

そのころ大庭の館では、山内首藤経俊が頼朝勢総勢三万だと慌てていました。

もはや勝ち目はないと経俊は言うものの、景親は、清盛に頼朝の首を取ると手紙を送ってしまったのです。

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景親はそう悪い人でもない。恩義は知っている。時政よりはそのあたりは真面目だと思います。

そして、経俊が勝ち目がないと焦る中、景親は梶原景時にこう呼びかけます。

「尻尾を巻いて逃げるなどできん、平三、出陣じゃ!」

「既に勝敗は決しておりまする」

「何?」

「某は大庭の家人ではござらぬ。ここまでのようでござるな。御免」

経俊とはちがい、景時は頼朝がふくれあがるという知らせを天命だと思い、聞いていたのでしょう。

景時はとてつもなく賢い。この知能がいなくなれば、景親はもう何もできないかもしれない。

兵器の性能が極端にない限り、勝負は、数と戦術で決まります。坂東の平家方は数でも、そして戦術でも勝ち目が消えつつあります。

そして景時にここまで余裕があるのは、畠山重忠を受け入れ、先頭に立てて相模入りした頼朝軍の動向も踏まえてのことでしょう。

あれを見れば、頼朝は降伏した者に対しても、場合によっては条件も良く、受け入れることがわかる。相模武士である景時にとって、先頭に立っていた畠山重忠は希望そのものだったのではないでしょうか。

もしも和田義盛が重忠を襲撃していたら、こうはならなかった。寛大さも時には武器となります。

一方、伊東家は?

伊東祐親は平家を待つと覚悟を決めています。

しかし息子の祐清は、八重と佐殿の仲を裂かなければ……と後悔の念を漂わせる。この、後世の人間がさんざん言ってきたことに、祐親は苦々しくこう返します。

「血筋の良さを鼻にかけ、坂東武者を下にみる。あんな男にどうして愛娘をくれてやることができようか!」

父の言葉に戸惑うばかりの祐清は、援軍を連れて戻って参ると出かけてしまいます。

と、祐親は江間次郎を呼び出し、こう告げる。

「頼朝に決して八重を渡してはならぬ。わかっておるな」

「かしこまりました」

そう答えるしかない江間次郎。

この場面は、祐親が無茶苦茶なようで、本質をついているとは思います。

岡崎美実も、上総広常も、三浦義村ですら、頼朝と自分たちは違うと感じてしまっている。義村のようにこの状況を面白がってやるほど達観できないと、モヤモヤが残るばかり。

祐親は、すごいことなんじゃないか?と思います。

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都会や文明の土地から来た男性と、現地女性の恋愛はともかく美化されてきました。

男が上、女が下という構造。それはロマンでもなく、搾取だったのでは?

そういう目線が出てきたからこそ、もう美化できない。典型例がディズニーでも取り上げられたポカホンタス伝説です。大河ですと『西郷どん』における西郷隆盛と愛加那がそうでした。

こう示すことで、今後、義時が京都と対峙するとすれば、伊東祐親の無念もそこに反映され、ただの狭量な悪役ではなくなります。

とても大事な人物になりそうです。

 

亀が来たので再会は一日延期

鎌倉の仮御所にて、義時は明日姉上(政子)が着くと頼朝に告げています。

「それなんだが明後日にしてもらえぬか。いささか疲れが出た。休みたい」

その日取りは庚寅でよろしくない、そう全成が告げるものの、暦に振り回されたくないと頼朝が強引に決めてしまいます。

一日延びたことを姉に伝えなければならない義時。

安達盛長が、頼朝をどこぞへと連れて行きます。

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亀でした。

「会いたかった、佐殿」

「はははははは!」

抱き合う男女。ったくもう、権三(亀の夫)の亡霊にでも祟られればいいのに!

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なぜ亀の前は政子に襲撃されたのか?後妻打ちを喰らった頼朝の浮気相手

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盛長も呆れつつ、遠くから見てしまった義時にこう言います。

「そういうことです」

唖然とするしかない義時。

事情を義村に聞くと、亀という漁師の娘で、上総から連れてきたと説明されます。

「はぁ……佐殿はどういうおつもりなのか! 姉上がありながら!」

「都生まれだから妾なんて当たり前なんだろう」

突き放したように言う義村。

昔は一夫多妻制が当然だとは言いますが、坂東武者はよほど身分でも高くなければ一夫一妻が当たり前。そんなボーナスにありつける男なんて、歴史においてもそう多くありません。

そしてこのことは、義時のさらなる苦悩を増やします。

「どうしてすぐに会えないのですか!」

政子にそう詰め寄られるのです。姉の出迎えを任された義時は、政子からのプレッシャーに対し、今日一日骨を休めて改めて……とゴニョゴニョ言っておりますが、その脳裏にはいちゃつく頼朝の影がチラついていてもおかしくはありません。

休むとかなんとか言っても納得しない姉に、今まで会えなかったのだから一日ぐらい……と返すしかない。

ここで義時が兄上(宗時)のことを言いかけると、政子はきっと帰ってくると言う。りくも無事だと言う。

しかし実衣は、兄が死んだことをわかっているのに、そういう言い方をするのは大嫌いだと言い切りどこかへ去ってゆきます。

「気分悪い!」と不満そうなりく(牧の方)。実衣も、義村と同じくで情緒ケアが苦手で猜疑心旺盛、かつ達観していて皮肉屋、さらには観察眼に優れていて、賢いタイプなのでしょう。

義時は、兄上の思い通りに進んでいると言うばかりです。

政子は目を輝かせ、鎌倉は住みよいところだと聞いていると話します。

「これからは、いいことしか起きない気がする……」

「そうなるよう、努めます」

このやりとりを覚えておきたいですね。

今後、政子の身にふりかかること。そんな苦難の生涯を振り返り、周囲を叱咤激励する政子の姿。

先の展開を意識しつつ覚えておくと、このセリフが重くなってきそうです。

それにこの先、ある意味宗時の思いの先に、大きな宿命があるわけですが、この時点で、ふっと気がつくと何かに飲まれそうな気がするドラマです。

 

芋も単なる芋ではない?

実衣が、森の中をずんずん歩いて行きます。

美しい風景ですね。

すると「腹が減ったなあ」という義経の声が聞こえてきます。

弁慶が叫ぶ。

「御曹司! 向こうの家でこれをもらいました!」

佳久創さんのこの弁慶、義経のことが好きで好きで好きでしょうがないという気がします。

言葉は悪いんですけど、散歩している犬を思い出す。主人を全面的に敬愛していて、絶対についていくと誇らしげな姿。人間を犬にたとえるのは確かにどうかと思うのだけれども、生き物が持つ原始的で透き通った敬愛があると言いましょうか。

こういう声音で主人を呼ぶ誰かがいたら、もうただただ、これはよいものだと感心するしかありません。

藤平太という若者は、源氏の人だとわかって喜んで持ってきたそうです。

鍋を開け、芋を箸でつまもうとする義経の一行。滑ってなかなか食べられないでいると、義経が芋をグサリと箸で刺して、食らいつきます。

「うまい!」

「おおー!」

空腹を満たせる喜びで盛り上がる一同。誰も行儀が悪いとは言いません。

やはりこのドラマは、飲食の場面に深い意義があるとみた。豆なんかポリポリしていたりする場面も多いですよね。

義経の食べ方も単なる飲食ではなく、彼の持つ機転そのものが凝縮されているのではないでしょうか。

鍋が戦場で、芋が敵だとすれば?

「おおー!」と褒める者だけではなく、思わぬ攻撃に討たれる敵もいる。

鎌倉は近いのかと尋ね、この丘の東だと、聞いた義経は興奮しています。そしてこの恩は必ず返すと名前を聞きます。

「腰越の藤平太」と名乗る若者。彼は再登場を果たすことでしょう。

荷車に芋をいっぱい積んで、必ず戻ってくるからな!

満面の笑みとなった義経は、さらに何かの臭いを嗅ぎ取る……潮の臭いでした。

「海が見たくなった! いくぞー!」

「御曹司ー!」

弁慶が呼ぶ中、義経は元気に走っていきました。

義経は、誰に対しても冷たいわけじゃありません。

自分から兎を取ろうとした野武士には冷酷極まりなかったけど、芋をくれた藤平太には必ず借りを返すと言い切る。ものをもらったら素直に受け取る。

上総広常の砂金を一旦断った義時とは違います。

そして、潮の臭いで好奇心を刺激されたら、そちらへ走って行ってしまう。

子どものような、動物のような、純粋な性格です。

 

景時を自軍に誘う義時

義経よりも頭が複雑な義時は海を見ています。

姉たち一行を迎えに行くため出発。

りくが夫の居場所を尋ねると、聞くのがずいぶん遅いと実衣がチクリ。義時は武田のところへ向かっていると言いますが、政子がこう言い出した。

「待って! こんなみすぼらしい格好でお会いしたくない!」

ゲーッ!!!

着替え、湯浴み、化粧と、次々に要求を繰り出す北条政子。りくも北条時政の妻がこんな格好で言い訳がないと言い出します。実衣もついでにと言い出すわでてんやわんや。

「平六〜!」

義時がまたも義村に泣きつくと、力のある豪族から借りる案を出します。向こうには梶原景時がいると重忠。

あいつは敵だ!と例の調子で義盛は猛りますが、義時は梶原邸へ向かいます。

梶原景時は、衣装を用意してくれると即答しました。

聞けば、大庭と袂を分かったところで、良い頃合いだったと言うのです。

「なんと!」

「粗暴な男は苦手でな……」

すかさず、是非我が軍にお越しいただきたい!と誘う義時。

気持ちが上がって気づいていないでしょうが、政子が実衣に言っていた理由と同じようなことを景時は言っています。

政子も、景時も、粗暴な坂東武者よりも洗練された相手が好きなのです。

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頼朝も一度降伏したものには寛大だと太鼓判を押し、ましてや梶原殿ならば喜んで迎え入れる――そうハキハキと語る義時と、じっと見る景時。

景時なりに測っているのでしょう。

義時は裏表が現時点ではないし、嘘はついていないようだ。

相模入りで先頭を務めた者は畠山重忠。そう分かりきっているからこそ、女物の装束三着だと確認しつつ、用意する卒の無さがある。

そして場面は頼朝と政子の再会へ。

「お見えになりました!」

「御台所の到着にございます!」

そう告げられ、大姫を抱いた政子が輿から降りてきます。

「待っておったぞ、政子!」

と、政子の横顔が映し出される。これまた映像技術を極め、一番美しい小池栄子さんを形にとどめようとしたような、見事な一瞬です。

「佐殿!」

政子は最愛の夫に抱きつきます。沿道の人々も感動しています。今回はエキストラさんもよい味を出していて盤石。

「美しい眺めですね」

政子はそううっとりとして鎌倉の景色を眺めます。

頼朝は鶴岡八幡宮を建立するといい、都に攻め入り、平家を滅ぼすち語ります。そして政子に、早く後継を頼むと言うのです。

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わしの跡を継ぐ立派な男子を産むようにと言います。

「はい!」

そう答える政子。

理想的な夫婦像のようで、ここでジトっとした目をした亀がいるからたまらない。チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式に、カミラさんがいたことを連想してしまいます。

このあと和田義盛畠山重忠が出陣したそうです。

義時は疲れていて少しゆっくりしています。本当に、こんなに疲労感に満ちた大河主人公もそうそういない。

すると義村が走ってくる。

呼ばれていくと、伊藤祐清が縛られていました。

なんでも鯉名から船で平家に助けを求めていたところを捕まえたとか。すぐに縄を解こうとする義時が優しい。こういうちょっとした場面って流しそうになるのですが、彼は本当に優しい。

尋問するとか、凄むとか、殴るとか、そういうことはしません。まず相手の苦痛を和らげることがアタマにある。

覚悟はできていると言いながらも、祐清は父のことを心配しています。

和田と畠山がめざしているのは伊東の館。そこには八重もいる!

「八重さんが?」

義時はハッとします。

祐親が八重の命を奪いかねないと祐清が懸念すると、義村も「爺様ならやりかねんな」と同意する。

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そのころ八重のそばには江間次郎がいました。

なぜ戦いに行かないのか。

そう尋ねる八重に対し、小刀を抜こうとする江間次郎。彼女は一体どうなるのか? 緊迫のクリフハンガーです!

 

MVP:源義経と弁慶

私事で申し訳ありませんが……人生で最初にハマった歴史上の人物は源義経でした。

子ども向け『義経記』を読み、あの衝撃と感動は上書きできないんじゃないかと思うほどです。同時に、そんなことではいけないという気持ちもずっとありました。

若い頃に好きだったアイドルを今更好きというのは照れ臭い。

そんな思いがあった自分にとって、やっと思い出を上書きする義経が見られて感無量です。

ネットニュースでは好意的意見ばかりを切り取るためわかりにくいけれども、「義経になんてことするんだ!」と苦い顔の方もきっと多いでしょう。

行動も半端ないけれども、菅田将暉さんがものすごく高度な演技をしている。

中川大志さんの重忠と比較するとさらによくわかる。

重忠は織り目正しい綺麗な所作をして、それこそ精緻な人形のような表情をする。歯を剥き出すようなことはありません。

それが義経はもう『ダーウィンが来た』状態だ。

野生動物が獲物を狩って、血まみれの口を開けて得意げにしているような顔。

生まれつき、先天的にどう狩ればいいのか理解していて、考えることもなくできてしまう。

生まれながらの狩人だから、何か気になるものがあればそちらに走っていってしまう。

人類の群れの中には、こういう天才狩人が数パーセントいて、導かれるままに冒険をして生息域を広げていったのでしょう。

三浦義村も似たタイプでしょうが、彼には義澄という父がいて指導にあたりました。

義村が野生の狩人じみたことをしてしまうと「そういうことをすると周囲は困るし、お前を嫌うようになるぞ!」と叱ってくれた。

彼は父の言うことにはしおらしく従うこともある。自分にはできない協調性を発揮できるとわかっていて、それに従う方が良いと学ぶことができました。

しかし、義経は?

天才狩人は周囲を不安にします。それのみならず、梶原景時のような秀才、後天性の才知ある人を苛立たせる。

景時は書物を読むなり、人と接して、あとから吸収した才能があります。ルールやセオリーがあって、こうすればよいと自身の中で順序を決めている。

そんな理論的な人物からすれば、一切合切を無視して成果をもぎとる先天性の天才は目障りに思えるものです。

描き方や解釈をどう変えたとて、義経の生涯は変えられません。

ただ、彼が討たれるとすればそれには理由があると、この作品は示すものになると思います。

『麒麟がくる』では、明智光秀が織田信長を討たねばならない理由を描きました。

心理的な齟齬。信長が光秀を消耗させ続けた様が描かれました。

そんなストレス源のような、天才と天災が一体化した信長を演じた染谷将太さんは、つくづく素晴らしかったと思う。

菅田将暉さんは、そんな彼に対抗し得る同年代の逸材として、満を持して選ばれたのでしょう。

ただ見た目がよいだけではない。そのよい見た目や従来の像を破壊し尽くしても、そのあとに立っていられる。そういう強い人だから選ばれたのだと思います。

もう、この義経には期待しかありません。

 

総評

鎌倉について海外向けに説明するとしたら、日本版キャメロットでいいんじゃない? ふとそんなことを思いました。

キャメロットというのはアーサー王の治めていた王国で、架空のものだし実態はわからない。

それでも漠然と夢の国として引き合いに出されます。

鎌倉のどこがそんな夢の都なのか、と思われるでしょうか。

けれども、今回の「いざ鎌倉」で示される土地って、そんな甘美なものであると思えます。

みんなでワイワイとしていて盛り上がった。これから先の悲劇なんて想像すらできなくて、とても楽しかったな。そういう青春時代の部室というか、甘ったるいノスタルジーがあるのでないかと思う。

「いざ鎌倉!」という言葉も残っていますし、やはり夢とロマンがあったのでしょう。

同時にそこには破綻や亀裂もあったはず。

ワイワイと楽しいようで、このドラマにはそれが見えています。

例えば阿野全成の術です。

星を読んで占いって面白い……と言ってもよいのかどうか。呪術というのは中世ともなると危険です。当時は呪っただけで有罪とされます。

源義経は?

彼は奪うことと殺すことの天才です。梶原景時の折り目正しさを踏まえると、その対立構図も見えてきます。

お育ちがちがう――そう皮肉っぽく言い放つ三浦義村はクールでひょうひょうとしているようで、腹の底には、坂東武者に対する西の見下す目線への反発がありました。

伊東祐親や他の坂東武者にもある。

彼らが西から脅かされたとき、何をするのが正解なのでしょう?

義時と政子は偉大で歴史を変えたかもしれない。

でも、そのためには、これほどまでに苦労をせねばならないのかと、笑って楽しんでみたあとで考えてしまう。そんな作品です。

 

権三ロス、発生せず

先週は亀の夫・権三が死んだものと思われます。長狭常伴は三浦勢に討たれておりますので。

それよりも気になったことは、あの悲惨な場面をお笑いにする空気が蔓延していることが驚きでした。権三には何の罪もないのに……。

◆鎌倉殿の13人:頼朝“第三の女”が鮮烈デビュー 江口のりこ“亀”「ついでにうちの人も討ち取って」で爆笑誘う(→link

“ロス”ブームはどこいったーー?

はい、もう手遅れかもしれませんね。視聴者の感覚が中世に片足突っ込み始めたのではないでしょうか。

『ゲーム・オブ・スローンズ』の視聴者のように鍛えられてきた証拠でしょう。

◆「ゲーム・オブ・スローンズ」のスーパーボウルCMにファンは大混乱! 「なんと残酷な!」[動画あり] (→link

えらいことになってきました。

最終回までに、我々はどうなってしまうのでしょう?

 

大河ドラマの時代考証とは

興味深い記事がありました。

◆『鎌倉殿の13人』時代考証を務めるはずだった研究者が番組に喝!「新垣結衣演じる八重との恋仲に疑問符」(→link

実に、挑発的なタイトルです。しかし、中身を読めば「喝!」と言うほどではない。なぜこうなるのか?

Web媒体はPVが重視されますので、針小棒大、大仰なものをつけたがります。

三谷幸喜さんはかなりしっかりと調べている脚本家ですが、ご本人がフランクで穏やかな方であるせいか、どうせふざけておちょくって書いているという批判をされます。

それこそ『新選組!』のころから散々やられてきました。

三谷さんがふざけていい加減なことをしているから、エライ先生からすれば「喝!」を入れたくなるはずだ――そんなPV狙いで記事が作られるから、このようなタイトルになる。

歴史にも歴史フィクションにもさして詳しくないライターに任せた。ゆえにツッコミどころが目立つ。

はっきり申し上げまして、これは研究者ではなく、ライターと媒体の問題です。

■頼朝と義時が出会う描写はウソ

毎回、放送を見ている呉座氏には、第一話から微妙な “違和感” があったという。

「頼朝(大泉洋)と義時(小栗旬)の最初の出会いがコミカルに描かれていましたが、そもそも2人の出会いを記録した史料は存在しません。ドラマでの描写は完全なフィクション。実際には、年少の義時はもっと頼朝に敬意を払ったと思いますが、ドラマではあえてコメディ調にしたのでしょう」(呉座氏・以下同)

ウソも何も、史料に残っていなければ創作するしかありません。

それがドラマや映画です。

逆に、史料に残っている場面を大きく変えるような描写は問題があるでしょう。

具体例を挙げますと『青天を衝け』での徳川斉昭の死もそうでした。

便所で倒れた急死で、暗殺の噂すら流れたほどの状況。死因は心臓病です。

にもかかわらずドラマでは吐血した上に、妻に感謝してキスをしながら息絶えていました。

■八重が実在したかどうかは不明

流罪となった頼朝が八重(新垣結衣)と恋仲になることにも疑問符がつくという。

「八重は『曽我物語』などの軍記物には登場するのですが、史書である『吾妻鏡』によれば、頼朝が最初に結婚した相手は北条政子(小池栄子)です。

じつは八重が実在していたことを示す確実な史料はないのです。史実どおりなら、新垣結衣さんはドラマに登場しなかったかもしれません」

この理屈でいくと、この先とんでもない難題が発生します。

北条泰時の母って、結局、何者かわからないのです。

史実通りにするから泰時がいきなり発生するようにしたら、ドラマとしては通用しないでしょう。

フィクションであるドラマならば、伝説に登場する人物や架空の人物を出してもよい。

しかし、この理屈だと『三国志』フィクションにおける貂蟬、シェイクスピア『ヘンリー4世』のフォールスタッフもダメということになりかねません。

それに過去の大河では、『三姉妹』や『獅子の時代』のように架空の主人公もいたわけです。

『麒麟がくる』の駒をやたらと執拗に叩いている方もおられますが、大河はそもそもがそういう枠。

時代劇の本数が減りすぎて誤解が生じているのかもしれません。

■武家政権を築く志はなかった

北条宗時(片岡愛之助)ら、坂東武士が「俺たちの独立国を作ろう」と気炎を上げるシーンがあったが、これも史実とは異なるようだ。

「実際は、平家と平家に与して威張っている武士たちが目障りというレベルの話でしょう。

ドラマでは宗時たちは、京都から独立して関東に武家政権を作るために頼朝を神輿として担ぎ出しますが、そんな明確なビジョンはなかったというのが、最近の学説です。政権樹立の大志があったことにして、ストーリーを盛り上げたかったのでしょう」

ビジョンのあるなし問題ですが。

あったかどうかなんて、本人でもなければわからない。

心理的動機を想像して肉付けするのが、歴史フィクションの醍醐味です。

『麒麟がくる』は、明智光秀が織田信長を討った理由が特定できないからこそ、そこを掘り下げることができた。

動機なんて当人の心理で表には出ない、わからないブラックボックスなのに、そこを「ありえない」で切り捨てたら、歴史フィクションなんて存在できなくなります。

■20年間「打倒平氏」を思い続けるのは無理

頼朝は以仁王(木村昴)の令旨を得て奮起したように描かれるが、実際はすぐには乗り気にならなかったという。

「史実では、令旨を受け取ってから挙兵までの期間が空きすぎているのです。政子と結婚して幸せな生活を送っていた頼朝にとって、以仁王の命令はいい迷惑だったはず。

また、伊豆での20年間、打倒平家を心の中で誓っていたという設定ですが、本気ならもっと早く動くでしょう。その間、何をしていたんだと(笑)」

これはライターさんが取り上げてはいけないものではないでしょうか。

というのも、劇中での頼朝は、以仁王の令旨を受け取った時点では、頼朝は迷っているし、迷惑だったとちゃんと描写されていました。

あとで頼朝は「何もしないで討伐されるくらいなら挙兵しておけばよかった!」と叫んでいます。

伊豆での二十年間何をしていたのかと言いますが、そもそも流刑時はまだ幼い。

行動を起こすにせよ、好機を待つことは歴史上往々にしてあります。

くずぶっていた思いが好機を得て燃え盛ることもある。そういう心理描写があったはずです。

■挙兵は清盛に討たれるという勘違いから

いざ挙兵するシーンも、史実とは異なるという。

「頼朝は、結果的に武士の時代を切り開いたわけですが、挙兵段階では武家政権を作るという意識はまったくなかった。

平清盛(松平健)に監禁されていた後白河法皇(西田敏行)を救出して、院政を復活させることが挙兵の目的とされていますが、それすら後づけの理屈だと思います。

決起を促した以仁王が討たれ、源頼政(品川徹)が敗れ、さらに清盛が諸国の源氏を討とうとしているという誤った情報が入ってきて、それを事実と勘違いして頼朝は一か八か挙兵を決断したのです。逃げるか戦うかという状況に追い込まれた結果です」

ここもちゃんと、三善康信の勘違い由来だと描かれています。

そのウッカリを強調するためにわざわざ硯をひっくり返す場面まで入れていたのに、この記事の書き手(あるいは編集者)が見落としたか、あるいは意図的に無視したのか……。

研究者の発言を悪意を込めて切り取ったようにしか思えません。

事前チェックもなしにいきなり記事が公開されたとあれば、気の毒です。

はじめから叩きありきで記事を制作するぐらいなら、大河愛にあふれた小島毅先生を呼び、その声をもっと広めて欲しい。この前、やっと書かれていて嬉しかったんですよね。

歴史フィクションは創作が許されています。

それは当たり前のことで、フィクションの中身が悪質であると問題視されます。

例を挙げましょう。

・現代への過剰な忖度と歴史修正

『いだてん』の後半主人公であった田畑が、ベルリン五輪でヒトラーに嫌悪感を露わにしました。

あれは現代人への忖度だと思いました。

枢軸国の仲間である日本人はヒトラーを英雄として崇拝礼賛していましたし、ユダヤ人迫害を問題していたのは杉原千畝のような例外的な人物ぐらいです。

ましてやヒトラーはオリンピックを成功させたロールモデル。あの嫌悪感はアリバイに思えます。ただ、この手のアリバイは、戦後本人も書き残していたりするから厄介なのですが。

一世紀後のフィクションで、日本人が「おそロシア」といったネットミームではしゃいでいたとか。プーチンが日本から贈られた秋田犬と戯れる姿を喜んでいたとか。そんなことが消されるとしましょう。

あの描写はその手の忖度を感じました。

・現実のイベントとリンクさせ、人を侮辱しかねない

『いだてん』では、関東大震災被災者の悲願がオリンピックだったと過剰に演出しました。

東日本大震災からの復興として東京オリンピックがあるような、そんな意図を感じさせます。

流石にこれは無神経ではありませんか?

・宗教描写のミスや改悪

『軍師官兵衛』では、かなりあやふやなカトリック描写がありました。

実在した仏教徒をカトリックにするような、無神経な描写です。

宗教はデリケートですから丁寧に取り扱わねばなりません。

『八重の桜』では、同志社大学がチェックを入れて盤石の体制を整えていたのですが。

・資料がしっかり残っているにも関わらず、偏った利用をする

平安末期から鎌倉時代の『鎌倉殿の13人』ですと、資料不足があってこういう問題は発生しにくいのかもしれません。

問題は近代史以降です。

幕末史は大量の証言が出てきます。

『徳川慶喜公伝』なんて刊行された時点で「嘘ばかりだ!」と論争になったのに、それをそのまま使う『青天を衝け』は悪質の範疇に入るでしょう。

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・国際問題に発展しかねない

主に近代史が問題視されます。

『青天を衝け』では、日米開戦の理由で日本側の問題を消し「アメリカが日系人を迫害するからだ」と誘導していました。

逆のことをされたらどう思うでしょう。

・事実を悪質な誤認へと導く

『青天を衝け』では、関東大震災後、過激な活動家が金持ちを襲っているというセリフがありました。

そういう事実はなく、そういうデマを流して官憲が活動家を逮捕殺害したのです(「亀戸事件」等)。

NHKの大問題である五輪特番字幕に隠れていますが、これも下手したらBPO案件にも感じます。

◆NHK五輪番組の虚偽字幕問題 河瀬直美さんは市民団体の公開質問状に回答せず(→link

・差別を隠蔽、美化する

『西郷どん』では、島妻・愛加那とのロマンスを甘ったるく描きました。

薩摩藩と奄美大島の関係は搾取する側とされる側であり、島妻制度はその象徴。

それを甘ったるく描かれるとさすがに抵抗感があります。

白人奴隷主人男性と黒人奴隷女性のロマンスを甘ったるく描く――というドラマをアメリカで作ったらどうなるのか。そんな想像を喚起されて空恐ろしくなりました。

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・人の手柄を横取りさせる

『青天を衝け』では、池田屋に遅れて到着した土方歳三が、無双して大活躍!という場面がありました。

創作ありの歴史ドラマだとしても、フィクションの域を完全に逸脱しています。

池田屋は活躍度で報奨金も出ているし、そんなもの嘘だと即座にバレるもの。

あの土方が、近藤勇永倉新八の活躍を掠め取る悪夢でしかありません。

・動機の過剰な美化

『青天を衝け』では、まるで戦争未亡人を救うために愛人を作ったような描き方でした。

エロいから愛人作りました、ではいかんのですか?

『鎌倉殿の13人』で、頼朝のゲス不倫をこんな風に描くようなものです。

「安房で偶然であった寂しげな漁師の妻・亀。なんとDV夫・権三に殴られているじゃないか! 身も心もイケメンな頼朝様は助け、そのままラブラブに……」

主人公補正を無理にするから、事実を大いに歪めることになる。

全てを受け入れて、それでも魅力ある主人公を描けばよいと思うのです。

・悪事を責任転嫁する

『青天を衝け』では、天狗党の処刑を慶喜が止めたのに、田沼意尊が独断で行ったように描きました。

これまた『鎌倉殿の13人』の場合だ、こんな展開になるようなものです。

「本当は優しいお兄ちゃんの頼朝は、義経を殺したくなんかなかったの! でも梶原景時が勝手に殺しちゃって……ひどいよ!」

こんなことされたら許せませんよね。

万が一こんな風に描かれたら「兄に討たれた義経」の悲劇の特性も台無しにしちゃってます。

・改変した結果がつまらない!

これに尽きます。

前述の天狗党の処刑だって、慶喜が迷いに迷い、苦渋の決断をする様を重厚に描いたら、それはそれで興味深かったと思います。

そうでなくて「勝手に死んじゃった! あわわわわ!」って、単なる無責任で幼稚な対応で、史実での慶喜が持つ聡明さをも消してしまってます。

改悪以外の何物でもありません。

上記に挙げた作品は「お前の嫌いな大河ばっかりじゃないか!」と突っ込まれたら、その通りです。

嫌いな理由が、悪質な歴史改ざんをしているからなのです。

私は『47 RONIN』だろうが『グレート・ウォール』だろうが愛せます。

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確かにトンデモ映画ですが、悪質ではありませんからね。

原作をかなり変えている『アンという名の少女』だって好きです。

例に挙げた作品が近代以降に集中しているのは、資料の残存状況や国際問題への影響等を踏まえた結果です。

その点、近代史を扱う朝ドラにも、中々ひどい改悪がありますが、このあたりで終わりにしておきます。


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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-鎌倉殿の13人感想あらすじ

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