鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第8回「いざ、鎌倉」

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鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第8回「いざ、鎌倉」
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美丈夫に先陣を任せる頼朝

「いつまでもガタガタ言ってんじゃねえよ」

怒り狂う義盛に対し、横から声を発したのは上総広常。

俺たちは烏合の衆だ、いちいち聞いていたらたち行かなくなる。俺たちは頼朝を信じてここにいる。だったら頼朝の考えを聞いて来い。それに従う。とやかく言う奴がいたら、俺が相手だ。

そうして助け舟のような、苛立ちのようなことを言います。

確かに暴力集団の修学旅行のようになってきた。頼朝先生の引率が必要かもしれません。

その頼朝は、重忠の到着を喜んでいます。

お得意の「次郎! うれしく思うぞ!」のお涙頂戴トークに……籠絡されない重忠。弓を引いた過ちを語りつつ、恥を呑んで参陣仕ったと挨拶をしています。

頼朝は、くれぐれも窮屈な思いをせぬよう、相模入りの先陣を命じます。

義時が焦り、相模入りの先陣は上総介に決まっていると伝えると、頼朝はこう来た。

「若くて見栄えのする方がいい」

えっ、そんな理由で?

これはわかるところではある。頼朝は挨拶をする重忠を見て、その美しさにシビれたのでしょう。

平安末期は男に美を求めた時代。男色も流行しておりまして、これが意外と重要なのですが、話を先に進めましょう。

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ともかく武士はズラーっと並んで控えていたりしますから、美しい方がいい。

京都でそんな流行があったからには、頼朝もそこには敏感です。重忠は美形であると当時から言われておりますので、頼朝としては使いたいのでしょう。

むろん、肝心の重忠が、見る側も納得する美形でなければならない。

中川大志さんは、重忠が義時や義村と同年代なのに、役者ではご自身だけ年下で困惑もあったとか。それだけ若く、美しくせねばならない意図があるのでしょう。

期待に応えるようにして、中川さんの所作や衣装は綺麗であり、大河スタッフが全員総出で美麗な武者を作り上げていると伝わってきます。

ただ、それにしたって、自分より先輩の役者を押し退け、常にキラキラした武者でいなければならないのですから、その重圧はキツいはず。がんばってください!

「なんで俺が先陣じゃねえんだよ!」

実際、広常は露骨に不満です。

頼朝が決めたと言われても「冗談じゃねえ、やってられるか!」と怒っている。そして重忠も何か気まずい顔にはなっている。

目立たないようにするって約束したのに……広常に襲撃されたらどうするんだ。

いざ進軍が始まると、沿道の若い娘たちは「いい男だね」とうっとりしています。

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広常はイライラしているのでしょう。馬上で酒を呑んでいる。

しかし、義時はまだ胃の痛い任務があります……。

 

使者の時政は……メシを食っていた

義時が、どこかへ向かっています。

目的地は甲斐。

大庭や伊東の兵は減ったとはいえ、行き先は東京神奈川辺りから山梨ですのでかなりの距離がある。

使者を命じられた義時は、すでに父がいると困惑しますが、その尻を叩いて来いと頼朝は言うのです。義時は戸惑いつつ、武田が味方になるとは思えないと返す。

「いや、必ず乗ってくる」

果たしてそうなのでしょうか……。

先に役目を負っていた北条時政は、どこかの家で隠れてお食事中でした。

その様子を我が子に見つかってしまう情けない父。なんでわかったのか!と驚いていると、父上のことだからこのあたりで油を売っているだろう、隠れそうなところを探していたと返事されます。

うん、時政ってお腹空いたら動けなくなるもんね。

“ハングリー精神”がある……というか文字通り食欲がある。

新鮮お野菜セットがいい土産だと思い込んでいるし、京女のりくにも腹が減っていないかと聞くし、何か調理していると物欲しそうに見つめるし、飲食物があればすぐ食べようとする。

坂東彌十郎さんは巧みにそういう性質を出しています。

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時政はもう嫌になっていて、佐殿の文だけ渡して帰ろうかと思っていたそうです。

上総介殿も味方について大軍勢になったと義時が説明すると、だったら、もう武田はいらねえじゃねえかと逃げようとする。

それでも義時は辛抱強く、味方は多い方がいいと言い、期待されているのだから応えようと父を励まします。

そして、いざ武田信義の元へ。

院宣を持って来れば北条だけ助けると条件提示したのに、持ってこないわ、頼朝につけと言うわ、目の前に出た時政と義時の二人を煽ってきます。確かにどういうつもりかと言いたくもなる。

「いろいろと事情が変わったもんで」

あっけらかんと言う時政に、もう相手も諦めたのでしょう。義時に「おぬしの父の面の皮は天下一じゃ」と嫌味を言います。

それでも義時が助力を願うと信義はこうだ。

「いいだろう」

驚く相手を意に介さず、信義はさっさと応じるのでした。

 

信義「頼朝に大義はないだろ」

なぜあれほど渋っていた頼朝への参陣を急に受け入れたのか。

「わからねえ」と困惑する時政に対し、都から追討軍が来れば真っ先にぶつかるのは武田だと、義時が説明。

佐殿はとっくにそれを見抜いていたとも続ける。

「やはりすごいお方です」

義時がそうしみじみとしていると、となると使者は誰でもよかったんだな、と時政が拗ねたようなことを言い出す。

「そんなふうにお考えにならない方が」と慌ててフォローする義時。

これが本作の面白いところです。

実際のところ、時政と義時父子に与えられたこの役目は、さほど大きな意味がないとされてしまう。そこに意味を持たせている。

義時が、頼朝から色々なものを吸い取り、育っていく過程が描かれているんですね。

同時に、時政につきまとう謀略家とされる本質も変えていく。時政は本質的にはそう悪くはない。ただ染まりやすいことが示されています。りくの描き方と重ねて見ていくのが良さそうです。

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ゴロリと寝転がる時政。

「寝ねえのかい?」

と、義時に話しかけると、佐殿に頼まれたことがあると答える。

息子を手伝おうとする時政ですが、その用事とは、鎌倉入りを果たした後の住居配分というアタマを使う面倒な仕事でした。

館の位置、大きさ、所領……木簡での米勘定が好きな義時には、結構楽しいことかもしれません。

しかし、それを知った父は。

「おやすみなさい……お前はよかったな、佐殿に出会えて」

あっさり寝転ぶ。まぁ、手伝ったとしても役に立ちません。時政の屋敷の設計絵図面もりく(牧の方)が吟味をしていましたが、夫はあてにならないと悟っているのでしょう。

義時はここで頼朝の言葉を思い出しています。

頼朝は使者は誰でもよいと言い、時政は何をしているのか……。

ため息をついている義時の隣に、信義が来ます。

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「月の夜は心が落ち着く……」

そう語る信義。彼らが京都の者ならば和歌でも詠み合うのかもしれませんし、『麒麟がくる』の明智光秀と細川藤孝ならば、月の文学でも引用しそうなところです。

しかし、源氏の彼らにとってはそんなことはまだ先の話。

それでも月を愛でる心はあります。

信義は、小四郎(義時)は頼りにされていると文に書かれていたと言います。そして頼朝の意向を聞いてきます。

追討軍を追い払ったあとは?

義時はここで信義がどうしたいのか尋ねます。

願いはもちろん、京で平家を倒すこと。そう聞き、義時は頼朝の狙いを明かします。

法皇様をお助けし、清盛が壊した世をあるべき姿にする。あるべき姿に返そうとしている。

しかし、信義は魂胆を見抜きます。清盛に代わりたいだけで大義はないだろ。

佐殿は正しい政(まつりごと)を行いたいだけで、私欲はないと義時も返しますが、「どうだか」と相手は信じておりません。

これも、もどかしいですね!

『麒麟がくる』の光秀あたりなら儒教で理論武装して、『論語』を引用しつつ語ることができる。政策内容だってあるはず。

それが義時にはまだない。

彼はこれからそこを学び、スラスラと説得できるようになっていくはずです。そんな成長を見ることが面白い。

義時一人だけではなく、この時代の日本そのものが成長期に思えます。

 

京都にも劣らぬ御所にするのだ

頼朝の元に戻った義時は、武田信義参陣のことを伝えました。

と、その隣には阿野全成(あのぜんじょう)、頼朝の弟だと紹介されます。なんでも星を読み、易もよくするとか。

前回は風を呼ぼうとして失敗しましたが、一体何を学んできたのか――。

中国から日本への文物の伝わり方にも色々あります。仏教はバッチリ伝来しましたが、道教は断片的でした。

華流ドラマだと星読みや易は、道教を信奉する道士が行います。『三国志演義』で諸葛亮が風を呼ぶ動作も、道術をもとにしています。

日本では、断片的に伝わったこの道教が陰陽道に取り入れられます。

全成は、仏教と道教由来の術を身につけた、ハイブリッド型の人物なんですね。

鎌倉の住居割はどうするのか。

と、頼朝が義時に聞くと、岡崎義実が提案した亀谷の御所案を伝えます。

これを頼朝は一蹴。御所は京都にも劣らぬような煌びやかなものにする。亀谷は狭いから却下――だそうで、大倉はどうか?と全成に尋ねると、方角もよいとのことで決まります。

困惑しつつ岡崎殿は……と口籠もる義時に、頼朝はキッパリ言う。

御所は政(まつりごと)を行う場所。岡崎如きに口は挟ません! 豪族の言いなりにはならん!

ここで、大事なことをおさらいさせてください。

京都が手本としたのはどこか?

唐の長安です。

かつて日本の人々が憧れた世界最大、最高級の都市――いかにそこに近づけるか、そこを意識していた。

映像作品を見ればその壮大さがわかります。

 

鎌倉の田舎っぽさを頭に焼き付けながら、同時期の宋代が舞台となっている華流ドラマがオススメです。

予告だけでも大丈夫。居酒屋でもこんなにスゴいんだ……としみじみ思えます。

鎌倉武士にも宋への憧れは出てきますので、事前にこうした映像作品を頭に入れておくと、イメージがしやすくなります。

 

頼朝は、義時が伝えた大事なことを忘れつつあるのかもしれない。

坂東武者のことを考えろ。

挙兵のときにそう言われたのに、もう今は、目線が京都に向いている。都の人々を驚かせたいと意識してしまっている。

いきなり大変なことになっています。

けれども義時の能力は、人を団結するときにこそ輝く。さぁがんばりましょう!

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