元亀2年(1571年)秋――。
光秀は比叡山の戦い一番手柄として、志賀の地二万石をもらい、琵琶湖のほとり・坂本に新たな城を建てようとしておりました。
そこへ長女の岸が入ってきます。
岸は城から近江の湖(うみ)、琵琶湖が見えるか?を気にしています。
天守に登れば見える。
光秀が答えると、岸はその情景を思い浮かべ、喜んでいます。
そこへ煕子もたまを呼びに入ってきます。投石による頭部負傷を治療するため、駒のところへ通っているのです。
煕子は岸まで光秀の邪魔をしていると言いつつ嬉しそうな表情。光秀はほぼ終わったと返します。
城の図を煕子が見ていると、気が進まない様子の光秀は、住むのはやはり、ここ、京都の屋敷がよいと言うのです。
上洛して3年。それで城持ち大名となるのだから、家中の者は皆喜んでいる。坂本に参る日を楽しみにしている。
煕子はそう言いますが、なんとも困った顔をしている光秀。はて、何があるのでしょう?
するとそこへ伝吾がやってきて、木下藤吉郎の到来を告げます。
光秀は城も湖も美しいだろうと言い、岸も楽しみにしておりますが、何か複雑な事情があるようです。
光秀の築いた坂本城は織田家にとっても超重要!軍事経済の要衝だった
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本当に怖いのは人たらし
藤吉郎がやってくると、光秀は少し顔が曇ります。
腹の底に不満を飲み込める藤吉郎に対し、隠しきれないものがある光秀。
そういう嫌悪感を乗り越え、【金ヶ崎の退き口】のあとに光秀が秀吉を庇ったことは重要です。
信長が絶体絶命の窮地に陥った「金ヶ崎の退き口」無事に帰還できたのはなぜ?
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この二人が心底理解しあって、何かすることはない。相性が決定的に悪い。
藤吉郎はペラペラと、立板に水で、明智の働きを褒めます。
胸のすく思い、織田家臣団でも城持ち大名なんてなかなかいない、いかに信頼されているか! いや、あやかりたい! 私もあやかってみたい!
………人間というのは、褒められたら浮かれるものですけれどもね。光秀にはそれが通じにくい。
この妙な堅苦しさ、謙遜なのか真面目なのか、ズレているところ。以前も指摘しましたが、『鬼滅の刃』だと炭治郎枠ということで。
藤吉郎――のちの秀吉は褒めておだてる“人たらし”。
本作の信長を【サイコパス】とみなす意見がありますが、私はちょっと違います。信長は人心掌握がそこまで長けていません。むしろやらかしが多い。
【サイコパス】というのは、残酷なだけでなく人身掌握と操作を学んでいる。
これまた『鬼滅の刃』ならば童磨です。人の心を喜ばせ、つけいり、操っている。そういうスキルがある。
秀吉がした妹と芋の話……すごく感動的だし、嘘ではないと思う。
けれども、こういうケチのつけようがない悲しい話をして、自分の価値を高めること、同情心をひくことは【人心操作の基本】です。
表面的には魅力的で口が達者なぶん、信長よりも怖いとは思う。
外面は抜群によい、だからこその“人たらし”ではあるだけに、気をつけて見ていきたい。
次なる信長ミッションとは
光秀には、そんな秀吉の人心掌握術が通じません。それだけに信長の命令を冷たく事務的に受け取る。
なんでも信長は、光秀と藤吉郎で公家を救えと言い始めたとか。
光秀はそれを知り、ギョッとしています。
帝に仕える公家衆の貧しさをなんとかするめに、洛中洛外で米を作り、寺や富裕層に貸して利息をとり、公家に与える。
帝の妹から幕府とりあげた領地を取り返し、幕府の奉行衆を処罰する。
信長は朝廷を助け、喜んでもらうことで頭がいっぱい。
そう言う藤吉郎に、光秀は困惑します。
気持ちはわかるにせよ、これでは幕府に喧嘩を売るようなもの。波風が立つことを懸念しているのです。
その瞬間のことです。藤吉郎は、愛嬌たっぷりの表情の奥から、突如、狡猾そのものの顔を剥き出しにする。
いやあ、佐々木蔵之介さんでよかった。
秀吉は醜いのに、彼ではイケメンすぎると言われていましたが、【甘ったるいほどの魅力とゾッとするほどの冷たさ】を両方同時に出せるとなれば、やっぱり佐々木蔵之介さんですね。彼以外はもう考えられない。
藤吉郎はここで、明智様だってそうしてきたとぬけぬけと言います。
お前も共犯者だ、逃げられると思うなよ……そう言外にこめられているとなれば、光秀も心が動揺してしまう。そこを見越しているのでしょう。
後の関白となる人物のセリフだから
「もはや殿は幕府なんぞはどうでもいい」
そう言い切る藤吉郎。
信長は朝廷と敵を討ち果たし、天下をお支えするのだと言います。これも本作の超絶技巧だとは思えるのですが、幕末にも同じ構図が出てきます。“玉”こと天皇をどうするか? そのことで政局が揉めました。
そのうえで、藤吉郎はそれで結構だと言い切る。光秀は反論します。公方様を頭にした幕府が諸国を束ねてこそ、世を糺せると言い切ります。
しかし藤吉郎は、不敵な笑みで言い返す。
「糺せますか? 幕府はもう、百年以上内輪揉めと戦で明け暮れてきたのです。百年も!」
ここで藤吉郎は、自分の目線で語り始める。
幼き頃より百姓の下働きや物売りをしてきて、公方様や幕府がどれだけありがたいか知らずに育ってきた。
それゆえかえって、世がよく見えることがある。
幕府はそろそろ見切りどきでは?
そう言ってのけるのです。
これも本作の意義が凝縮されたセリフではないでしょうか。
後の天下人・豊臣秀吉だから、誰もが頷ける。
しかし、ただの百姓のままで終わる誰かなら「いいから別の人物出してよ」となるかもしれない。
民衆目線、いろいろな階層の目を通さなければ、歴史は立体感を持って浮き上がってこないことが感じられるシーンです。
そしてここの会話では、三英傑と光秀のビジョンも見えてきます。
秀吉は武士の誇りに無頓着。
白い猫でも黒い猫でもネズミを捕るのが良い猫だ、なんて言葉もあります。将軍になんてならずに、関白になればそれはそれでよい。その方向へ向かうと見えてくる。
一方で、光秀は違う。
キャストビジュアル第一弾で「武士の誇りを忘れぬ男」とあった。あくまで幕府あっての武士だという思いがあります。
家康はそんな光秀路線を受け継ぐからこそ、将軍となり、幕府を新たに開く。
しかし、その幕府では……。
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