麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第35回 感想あらすじ視聴率「義昭、まよいの中で」

2020/12/07

元亀2年(1571年)秋――。

光秀は比叡山の戦い一番手柄として、志賀の地二万石をもらい、琵琶湖のほとり・坂本に新たな城を建てようとしておりました。

そこへ長女の岸が入ってきます。

岸は城から近江の湖(うみ)、琵琶湖が見えるか?を気にしています。

天守に登れば見える。

光秀が答えると、岸はその情景を思い浮かべ、喜んでいます。

そこへ煕子もたまを呼びに入ってきます。投石による頭部負傷を治療するため、駒のところへ通っているのです。

煕子は岸まで光秀の邪魔をしていると言いつつ嬉しそうな表情。光秀はほぼ終わったと返します。

城の図を煕子が見ていると、気が進まない様子の光秀は、住むのはやはり、ここ、京都の屋敷がよいと言うのです。

上洛して3年。それで城持ち大名となるのだから、家中の者は皆喜んでいる。坂本に参る日を楽しみにしている。

煕子はそう言いますが、なんとも困った顔をしている光秀。はて、何があるのでしょう?

するとそこへ伝吾がやってきて、木下藤吉郎の到来を告げます。

光秀は城も湖も美しいだろうと言い、岸も楽しみにしておりますが、何か複雑な事情があるようです。

明智光秀の肖像画
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※文中の記事リンクは文末にもございます

 


本当に怖いのは人たらし

藤吉郎がやってくると、光秀は少し顔が曇ります。

腹の底に不満を飲み込める藤吉郎に対し、隠しきれないものがある光秀。

そういう嫌悪感を乗り越え、【金ヶ崎の退き口】のあとに光秀が秀吉を庇ったことは重要です。

金ヶ崎の退き口アイキャッチ
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この二人が心底理解しあって、何かすることはない。相性が決定的に悪い。

藤吉郎はペラペラと、立板に水で、明智の働きを褒めます。

胸のすく思い、織田家臣団でも城持ち大名なんてなかなかいない、いかに信頼されているか! いや、あやかりたい! 私もあやかってみたい!

………人間というのは、褒められたら浮かれるものですけれどもね。光秀にはそれが通じにくい。

この妙な堅苦しさ、謙遜なのか真面目なのか、ズレているところ。以前も指摘しましたが、『鬼滅の刃』だと炭治郎枠ということで。

藤吉郎――のちの秀吉は褒めておだてる“人たらし”。

本作の信長を【サイコパス】とみなす意見がありますが、私はちょっと違います。信長は人心掌握がそこまで長けていません。むしろやらかしが多い。

【サイコパス】というのは、残酷なだけでなく人身掌握と操作を学んでいる。

これまた『鬼滅の刃』ならば童磨です。人の心を喜ばせ、つけいり、操っている。そういうスキルがある。

秀吉がした妹と芋の話……すごく感動的だし、嘘ではないと思う。

けれども、こういうケチのつけようがない悲しい話をして、自分の価値を高めること、同情心をひくことは【人心操作の基本】です。

表面的には魅力的で口が達者なぶん、信長よりも怖いとは思う。

外面は抜群によい、だからこその“人たらし”ではあるだけに、気をつけて見ていきたい。

 


次なる信長ミッションとは

光秀には、そんな秀吉の人心掌握術が通じません。それだけに信長の命令を冷たく事務的に受け取る。

なんでも信長は、光秀と藤吉郎で公家を救えと言い始めたとか。

光秀はそれを知り、ギョッとしています。

帝に仕える公家衆の貧しさをなんとかするめに、洛中洛外で米を作り、寺や富裕層に貸して利息をとり、公家に与える。

帝の妹から幕府とりあげた領地を取り返し、幕府の奉行衆を処罰する。

信長は朝廷を助け、喜んでもらうことで頭がいっぱい。

そう言う藤吉郎に、光秀は困惑します。

気持ちはわかるにせよ、これでは幕府に喧嘩を売るようなもの。波風が立つことを懸念しているのです。

その瞬間のことです。藤吉郎は、愛嬌たっぷりの表情の奥から、突如、狡猾そのものの顔を剥き出しにする。

いやあ、佐々木蔵之介さんでよかった。

秀吉は醜いのに、彼ではイケメンすぎると言われていましたが、【甘ったるいほどの魅力とゾッとするほどの冷たさ】を両方同時に出せるとなれば、やっぱり佐々木蔵之介さんですね。彼以外はもう考えられない。

藤吉郎はここで、明智様だってそうしてきたとぬけぬけと言います。

お前も共犯者だ、逃げられると思うなよ……そう言外にこめられているとなれば、光秀も心が動揺してしまう。そこを見越しているのでしょう。

 

後の関白となる人物のセリフだから

「もはや殿は幕府なんぞはどうでもいい」

そう言い切る藤吉郎。

信長は朝廷と敵を討ち果たし、天下をお支えするのだと言います。これも本作の超絶技巧だとは思えるのですが、幕末にも同じ構図が出てきます。“玉”こと天皇をどうするか? そのことで政局が揉めました。

そのうえで、藤吉郎はそれで結構だと言い切る。光秀は反論します。公方様を頭にした幕府が諸国を束ねてこそ、世を糺せると言い切ります。

しかし藤吉郎は、不敵な笑みで言い返す。

「糺せますか? 幕府はもう、百年以上内輪揉めと戦で明け暮れてきたのです。百年も!」

ここで藤吉郎は、自分の目線で語り始める。

幼き頃より百姓の下働きや物売りをしてきて、公方様や幕府がどれだけありがたいか知らずに育ってきた。

それゆえかえって、世がよく見えることがある。

幕府はそろそろ見切りどきでは?

そう言ってのけるのです。

これも本作の意義が凝縮されたセリフではないでしょうか。

後の天下人・豊臣秀吉だから、誰もが頷ける。

しかし、ただの百姓のままで終わる誰かなら「いいから別の人物出してよ」となるかもしれない。

民衆目線、いろいろな階層の目を通さなければ、歴史は立体感を持って浮き上がってこないことが感じられるシーンです。

そしてここの会話では、三英傑と光秀のビジョンも見えてきます。

秀吉は武士の誇りに無頓着。

白い猫でも黒い猫でもネズミを捕るのが良い猫だ、なんて言葉もあります。将軍になんてならずに、関白になればそれはそれでよい。その方向へ向かうと見えてくる。

一方で、光秀は違う。

キャストビジュアル第一弾で「武士の誇りを忘れぬ男」とあった。あくまで幕府あっての武士だという思いがあります。

家康はそんな光秀路線を受け継ぐからこそ、将軍となり、幕府を新たに開く。

しかし、その幕府では……。

 


摂津の密談

摂津晴門が密談を開き、家臣の者たちにこう伝えております。

4日後、本国寺で茶会が開かれる。明智十兵衛も来る。

そこで十兵衛を討ち取ると決めた。

明智は幕臣でありながら、信長と朝廷寄りの政治を頭越しにしている。

明智を討って、織田の力を削ぐのだ。

となれば、織田との戦も覚悟の上。

甲斐の武田、朝倉、浅井。皆一斉に攻めよる手筈をつけている。

悪意の詰まった表情で摂津はそう言い切りました。

たまは駒の治療を受け、綺麗に治ったそうです。傷が残らなかったことを煕子が喜んでいます。

丁寧に駒にお礼を言う母と娘。

煕子は駒に挨拶をしたかったものの、光秀が戦続きでそれもできなかったと詫びます。

駒も薬作りが忙しくて、なかなかそうはできなかったと返答する。たまのおかげと言っては何だけれど。そう語り合うのです。

そこへ、一人の派手な老女が「東庵先生!」と言いながら入ってきました。

銀粉蝶さんが扮する藤吉郎の母・なかです。

 

秀吉の母の圧倒的な母親感

ここからは、もうなかの独走状態です。

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東庵先生に鍼を打っていただく約束だったのに肩が凝って首が回らない。

たまをかわいい子だと褒め、お前様の子かと煕子に聞いてくる。お手玉をやってごらんなさいとグイグイたまに勧めてくる。

駒が困惑して薬を作る小屋があるとそれとなく追い払おうとしても、わかっていると断固拒否。うるさいから向こう行けと言う。

倅の藤吉郎もそう。でもみんなと話したい! 飲んだり食べたりしながら! 白湯いただきたい、喉からから!

そして倅の木下藤吉郎の話を始める。

この親子、何がすごいって、その倅が母親に似ているとすぐさまわかるところではありませんか?

営業部向きの性格だなぁ。

こんな営業さんが家に来たら、もうどうしたらいいのかわかりませんよ!

煕子はここで「木下様!」と驚いています。

なかは誇らしげに、京では皆倅をご存知だと言い出します。

えらい武将、織田のお殿様から近江の横山という城も預かる。出世頭!

といいつつ、息子の出世もほどほどがいいと言い出します。

理由は嫉妬。周りの妬みがつらいんだそうです。

「でもうちはまだいいほう!」

そう言い出します。

なんでも坂本城主になる明智様は、幕府に睨まれているのだと。奥方様や子を近江には連れていけない。人質として留め置け。これも妬み! 公方様の妬み!

公方様は信長様が嫌いだから、信長様に引き立てられる明智様に嫌がらせをしている。そう息子が言っておりました。って、おい! おいおい!

一気にペラペラと、重要機密を話してしまう秀吉の母。

煕子もたまも困惑し、駒は怒りを見せています。

それでもやっと東庵が来たものだから、その場を凍結させたなかは、肩こりの話を始めてしまいました。

なかは重要情報を話しただけでなく、秀吉という男の背後にある愛憎すら見せてきて、おもしろい存在ではあります。

ありがたいかあちゃん。自分を産んで育ててくれた人。役に立つ。賢さも、口のうまさも、母の血あってのもの。

とはいえ、どうにも気品が足りん。

うるさい。愛おしくて、憎らしくもなる。自分にそっくりな存在。

派手な服装で、艶っぽい魅力もあり、自分の魅力をよくわかっている。

あの息子にして、この母あり。そういう存在感と、長いセリフを演じ切った銀粉蝶さんが圧巻でした。

 

駒に問い詰められる苦悩の義昭

公方様こと足利義昭は写経をしていました。

墨が薄い、もそっと力を込めて墨を擦れ! これでは経文の心もこもらん!

そう八つ当たりをされた相手は、駒でした。駒はこれ以上は手が痛くて擦れないと言い切ります。

変わりましたね。

蛍を一緒に見ていたころは、駒にだけは嫌われたくない――。

そんな純真な少年のようだったのに。今日のそなたは奇妙だと駒にくってかかる義昭です。

駒も負けてはいません。

奇妙なのはどちらか? 書き損じを墨のせいにしていると言い返します。

すると、露骨にムッとして激昂する義昭。

「申してみよ。今日はわしに不満がある顔じゃ。何が不満か申してみよ」

駒はキッとした目をして、義昭の前まで来て座ります。

光秀が坂本に城を持ち移る際に妻子を連れていけない、公方様が人質にするつもりなのか?と怒りを見せる駒は、それほどまでに光秀を疑っているのか、と義昭に問いかけます。

公方様は昔から変わった!

そんな失望も告げます。

義昭は困っている。光秀はそうでなくとも、信長が信用できない。光秀と信長は一体。晴門は放って置けないと言うのです。

しかし……。

光秀を大事に思っていたのに身内と引き裂いたら、光秀は公方から離れてしまう。

それでいいのか?

書き損じを乱暴に散らしつつ、義昭は「やむを得まい」と言うしかない。幕府を動かしているのは摂津、摂津が光秀を追い出したいのであれば、やむを得ぬ。

そしてこうもこぼします。

「斬りたいといえば、ああそうかと言う他あるまい……」

「斬りたい?」

例えばの話じゃと義昭は言う。

そういう摂津が好きになれぬとこぼす。憎いとさえ思う。けれども、摂津を除くことはできない。わしには味方が誰もおらぬ。憎くて嫌いでも。摂津を側に置いておく他あるまい。

そのうえで、光秀は坂本に行くと決め、城を作り始めたとこぼす。

「わしから離れるつもりぞ……」

義昭はそう悲しげにいい、自らの首を絞め始めます。

「わしは時折、己の首を絞めたくなる! 何が大事で、何が大事でないか、迷うのじゃ。摂津はわしが優柔不断だと責める。責められても返せない己が口惜しい。駒、わしの首を絞めてくれ。哀れなわしをいっそ絞め殺してくれ」

そんな義昭を見る駒の目から、涙がすっとこぼれてゆきます。

哀れだ……。

なんて悲しいのか。何もできない、進むことも退くこともできない。兄である義輝のように、美しく散ることもできない。

勝手に人生を決められて、操られて、自分自身が誰かすら忘れてしまった。

駒の前だけでは自分の心を思い出せたのに、そんな駒にすら八つ当たりをするようになる。駒だからこそ見抜かれてしまい、隠せない死にたい気持ちすら出してしまう。

今年の大河は、新境地を目指しているとわかる。

それが合戦よりも人の心の揺れを表現することではないかと思うのです。

義昭と駒のゆれる心がよく表現された、圧巻の場面でした。

 

駒→太夫→藤孝へと伝言は届けられ

紅を塗る唇が映ります。

伊呂波太夫が幼い少女に紅をさし、木の実も赤い方が美味しそうに見えると説明しています。

鳥も人間も、赤いものに群がるのだ。

たしかに東洋の美女といえば、色は赤・白・黒が基本ですね。

そこへ駒が頼み事があるとやってきます。銭が入った袋を渡しながら、光秀を討ち取る動きがあると言います。

助けるために力を貸して欲しい、太夫しか頼れる人がいない。そう打ち明けるのです。結構な大金を渡され、伊呂波太夫もその気になったようです。

本国寺では、摂津晴門が仏像の祈りを捧げています。

一方、細川藤孝が渋い顔で廊下を歩いている。

そこへ光秀がやって来て、藤孝殿も茶会に出るのかと聞いてきます。

藤孝は伊呂波太夫が風流踊りをするから、城から馬を飛ばしてきたと言います。

ほう、太夫が。

光秀がそう言うと、藤孝は本題を切り出すのです。

「今日の茶会にはお出にならぬほうがよい。ここから奥は危ない」

摂津晴門の謀殺計画を伝え、すぐに帰るように促してきます。

表には藤孝の家臣がいる。裏は摂津家臣。三淵藤英はまだ来ない。

そう聞かされ、だから左馬助が足止めされたのかと光秀は納得します。そして公方様が奥にいることも確認します。

で、ここでの眞島秀和さん。細川藤孝役なのに、教養より熱血ぶりを強調されているとのことですが、いや、それができるのも眞島さんだからですね。

彼は黙ってそこにいるだけで、十分知性と教養が出るから、特に強調しなくてもよいのでしょう。

この藤孝の賢さって「私がわかるのだから、周囲もきっとそうだ」という思いこみに出ていると思う。

自分が優れていることに無自覚で、世界中が自分みたいに思えると自然と思っちゃってる。

そういう空気が読めないというか、不器用さが出ていて、嫌味になりそうなギリギリにいつもいて、リアリティのある細川藤孝だと思えます。

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そこを見越して彼をキャスティングしたとしか思えないんですよね。

 

殺陣とワイヤーアクション

暗殺の罠――その中をズンズンと進んでゆく光秀。

障子越しに、次々と槍が突き出されてきました。

光秀は刀を使いつつ避けようとするも、脚を負傷してしまいます。

「出会え、出会え!」

「おのおの、のがすな!」

そう緊迫する中、光秀はなんとかして義昭のいる部屋までたどり着きます。

よい殺陣です。動き、ライティング、リアリティ。すべてが高度でした。

NHKは時代劇の継承に意義を感じているのでしょう。先週の『十三人の刺客』もすばらしかった!

そういえば実写版『るろうに剣心』の最終作公開が迫っておりますよね。

せっかくですので殺陣に関して、少しお話にお付き合いください。

 

特報映像を見ても【漫画をそのまま再現したい】そういう迫力あるアクションではあるのですが。

こういうアクションは日本の古武術観点から行くと、本来進んではいけない道であったと痛感してしまいます。

どうしたって、メインでアクション指導する谷垣健治さんは、香港仕込みの殺陣になってしまう。

香港では1980年代のジャッキー・チェン以降、動きが軽くなった。1990年以降はワイヤーアクション全盛期に突入しますが、あれは中国の【武侠における軽功】の再現であって、日本の武術にはない動きが入ってしまいます。

日本の武術、和装、伝統的な殺陣と相性がよろしくない。

念のために言っておきますと、私は谷垣さんもその盟友ドニー・イェンも大好きなのです。しかし……日本の時代劇にあまり取り入れるものではないと、苦い思いはあった。

それに、香港ですら最近は1970年代以前回帰のアクションになってきて、ああいう動きはもうちょっと古いのです。

ワイヤー全盛期『マトリックス』からもう20年は経過しましたから。

『麒麟がくる』の殺陣について『もっさりしている』という感想もありますが、原点回帰していると思えば納得できませんか? むしろこちらが本来の動きですし。

 

古いものを捨て去る機会ではないか?

荒い息遣いをして、光秀が義昭の前にたどり着きました。

異変を察知し、近習も下がらせ、二人きりになる義昭。

「面をあげよ」

光秀は痛む脚をかばいつつ、ゆっくりと面をあげて笑います。

「何がおかしい!」

そう問われ、光秀は3年前の本国寺でのことを思い出しています。

三好の一党に襲われ、公方様と穴蔵に逃げ込んだ。そして今日、我が命を狙われ、この穴蔵に逃げ込んでいる。

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3年前の穴蔵はおそろしくはあったものの、些か楽しい思い出でもあったと光秀は言います。

「楽しい?」

そう。あのころは、互いの心が通じていた。

公方様は都は穏やかでなくてはならぬと仰せられ、光秀も父から聞かされた都の思い出を語った。花咲き誇る都へ戻さねばと、公方様と光秀は同じ思いであった。あのころは、まだ新しい気持ちがあったものの。

「僅か三年で万事古うなった、思うことも見るものも」

義昭がそう漏らします。

すると光秀は這い寄って、今日はそのことをお話したくて参ったと言います。

近江で初めてお会いして、上洛するまで3年。そしてこの3年、古いものを捨て去る良い区切りではないかと。

古きものとは、摂津殿たち幕府の古き者のこと。

けれども、義昭は迷いがある。

捨て去ってそのあとどうするのか?

信長が勝手気ままに京を治めるのを黙って見ているというのか?

光秀は、そうならぬよう努めると誓います。

信長に坂本城を直ちに返して、二条城で公方様を守る。我らは将軍をお守りせねば――。

そう原則論をキッパリと断言します。

松永久秀が、光秀から2万石もらうという話を信じ、その心根の美しさに打たれた理由もわかります。

光秀の心の奥には、武士の誇りがある。自分の名誉や利益よりも、公方様を守ることを貫きたい。その心は確かに美しいといえばそうなのです。

 

信長とわしは性が合わぬ

義昭もこの心が通じたのか、涙を浮かべます。

「その傷で茶会に出るわけには行くまい」

やっと優しい義昭が戻ってきた。だからこそ、光秀の傷を気遣える。

誰かあると問いかけると、ちょうど三淵藤英がやってきていました。

挨拶を抜きにして、藤英に茶会は取りやめると言い切る義昭。そなたの口から摂津に伝えろと聞かされますが、藤英は先ほど摂津にはお会いしたと言います。

しかも茶とも思えぬものものしさ、引き下がる様子もない。

引き下がらねば、弟・藤孝の兵が門前にいる。公方様のお下知ならば、そのものたちを中に入れる。

それでよろしいかどうか聞いてきます。

義昭はやむを得まいと藤英に任せます。藤英から万が一摂津殿が従われぬ場合はどうするのかと問われ、義昭は言い切ります。

「従わねばとらえよ! 政所の役を免ずる」

「はっ、ただちに」

藤英は即座に立ち去ります。

すると義昭はしみじみとこう漏らすのです。

「今日の茶は飲んだところで苦い茶であったろう。ただ言うておくぞ。信長とわしは性が合わぬ。会うた時からそう思うてきた。三淵やそなたが頼りじゃ」

光秀はそう言う義昭を、じっと悲しい顔で見るしかありません。

どちらが正しいのか、優れているのか。のみならず、相性が合わねば人はすれ違ってしまうのだと。

藤孝の家来が踏み込み、摂津側の家来をとらえます。公方様のご上意、神妙に受けろと言われ、摂津晴門は悪あがきをします。

「なぜじゃ、なぜじゃ、おのれ! 離せ、離せっ、おのれ!」

かくして、幕府は悪い膿を出し切ったのかというと……どうでしょう?

摂津晴門はいなくなっても、義昭の心には信長への敵意が残されています。

そしてその火の粉は、光秀の心にも届くのでしょう。

 

帝はいかなる人物か

数日後、脚を引きずりつつ光秀はどこかへ向かいます。

面会の相手は伊呂波太夫でした。

お礼なら駒ちゃんにどうぞ、と言う伊呂波太夫。

細川藤孝は明智様贔屓だから話を通しやすかったとのこと。命拾いしたと感謝する光秀に、伊呂波太夫は幕府からお偉方がごっそり抜けて、これからいよいよ明智様の肩の荷が重くなると言います。

光秀は肩が音をあげているとちょっとおどけるのでした。

さらに光秀は、伊呂波太夫に帝のことを聞こうとします。

信長が脚繁く通う帝とはどのような方なのか? それを知りたがっているんですね。

帝に褒められることを喜んでいるけれど、我ら武士は将軍様をそうすべき。わからなくはないが、やはりわからない。

光秀はそう言いながら、伊呂波太夫に帝のことを知っているのか聞いているのです。

けれども、伊呂波太夫は幼い頃に一度見たことがあるだけでした。

そう言われ、光秀は「つまらぬことをお聞きした」と話を終えようとします。

ここで伊呂波太夫は、帝の覚えがめでたい方がいると言い出す。この近くにいて、これから栗をお届けしようと思っていると。

「お会いになってみます?」

そう誘われ、光秀はその家に向かいます。

 

『万葉集』の歌詠では誰が好きか

栗に指を伸ばすその相手は、三条西実澄でした。

帝を知りたい明智様だと伊呂波太夫が紹介すると、実澄は上の空で栗に指を伸ばす。

光秀は『古今和歌集』を極めた三条西家当主に畏れ多いと前置きしつつ、何事も学べしと思い、不躾ながら推参したと挨拶します。

光秀の教養が凝縮されていますね。

秀吉ならこうはいかないでしょう。

それでも実澄は無言。伊呂波太夫が何かおっしゃってくださいな、と促します。帝のことならば、いつも言っていると実澄は返す。

「御心に一点の曇りもない。古の帝にも匹敵する。それが全てじゃ」

そう言い切る三条西実澄です。それから彼は『万葉集』の歌詠では誰が好きかと尋ねます。光秀は柿本人麻呂であるると言い切ります。

理由を問われると、光秀はすぐに答えます。

国と帝、家と妻への思い――そのどちらも胸に響く。

近衛前久が光秀に鼓を打つように迫ったり、本作ではこういう試す場面が多い。心、精神が透き通っているかどうか、試し続ける場面が多いのです。

心、精神。そういうものは、過大評価もできるし、過小評価もできるから、頼りにしすぎるのはよろしくない。

けれどもやはり、問われる不思議で根本的なものなのかと思ってしまいます。

本作の出演者は、ともかく現場で互いに学んでいると熱心に語る。

わかる気がします。ドラマの現場がどうなのか、それは子役の演技に一番出ていると思えます。

演技のメソッドを確立する前の子どもは、一番現場の空気を反映してくる。今週もたまの演技が素晴らしかった。きっとよい雰囲気だと思えるのです。

役者はプロとはいえ、現場が空気を作らねば綺麗に咲けないはず。綺麗に咲いた上で、そのことを語る出演者が多いということは、本作は極めて丁寧に、心が花開く場を作り上げているのでしょう。

三条西実澄を演じる石橋蓮司さんも、栗を取る指先、食べる舌までお見事としか言いようがありません。

『十三人の刺客』でも切腹をふくめて出番全てが輝いていた。

時代劇とは、日本の伝統とは、こういう生きた人間の血肉を通さないと伝るのだと、彼を見ていると思えてきます。

この演技を長谷川博己さんや尾野真千子さんが共演して引き継ぎ、その下の世代に伝えてゆく。

不思議なことがあります。

海外の時代劇を見ていると、一体この人ら何者なんだと唸ることがある。

皇帝に拝謁する前に、剣を預ける曹操とか。

王に対して諫言をお聞きくださいと叫ぶ、朝鮮の家臣たちとか。

伯爵としてふるまう英国貴族とか。

彼らが動くことで、歴史が継承できている。そういう瞬間を感じてビリビリすることがあるのですが、石橋蓮司さんからもそれを強く感じます。

『麒麟がくる』は、これぞ日本の時代劇だと胸を張って出せる、そんな作品になりました。

 

なぜ帝が知っている?

さて、内裏では。

三条西実澄が驚いています。

実澄の館に明智光秀が訪れたことを帝が知っていたからです。

信長も一目置く武将をなぜ追い返したのか? しかも、栗を食べるのに忙しいからとまで言う帝。

嗚呼、なんだか恐ろしいことになっていませんか。

栗がそこにあったかどうか、そう断言できるのは情報網でもないとできませんよ。

実澄は追い返してはいないと言う。

柿本人麻呂がよいと言い、2~3首淀みなくあげ、私もそれには同感であった。久しぶりに歯応えのある武士に会うたと思いつつ、栗の歯応えもよろしく、気づけば日も暮れていて、お帰り願うた次第。そう説明します。

帝は、何用あって明智は実澄の元へ向かったのかを知りたがっています。

実澄は帝がいかなる方かお聞かせ願いたいと。それはこちらは聞きたい話、よくも抜け抜けと。そう答える実澄に、帝は折を見て連れて参るがよいと言います。

実澄すら困る中、帝は微笑むのでした。

雪が降る中、光秀は城の図面を見ています。

そこへ左馬助が伊呂波太夫が来たと告げるのですが……ここで振り向く伊呂波太夫の美しさよ。

ほんとうに本作は、役者を綺麗に撮ります。

尾野さんをどれだけ魅力的に撮って見せるか、毎回挑んでいるのはよくわかる。本当に美しい。

そんな伊呂波太夫は、実澄の伝言を告げます。

内密だと前置きしつつ、御所に行くから一緒に参りませんかと問いかける。

光秀も御所という言葉に動揺します。

そして場面は実澄の邸宅へ。

御所に行くから書き付けを用意していたのだが見つからないと慌てる実澄。

伊呂波太夫が「これじゃございません?」と紙切れを見つけ、手渡していると、そこへ着替えを済ませた光秀がやってきます。

いかにも三条家の御用人のようでよろしいと笑う太夫、

光秀は戸惑っています。

微笑ましいようで、恐ろしいものがある。

あれだけ帝に入れ上げている信長です。

もしも「光秀が帝に会った」と知ればどうなることか……。

 

MVP:足利義昭

迷いました。藤吉郎の母・なかと迷いに迷いました。

なかの世間話あってこそ、光秀暗殺計画までたどり着けた。素晴らしい存在感でした。

そのうえで、今回の義昭は圧倒的でした。

義昭といえばすぐネタにされてしまう。散った義輝と比べ、なんと哀れなのだろうと。

それを滝堂賢一さんは見せ切った。

義昭の悲しさ、悔しさ、矛盾。命を吹き込みました。

時代に流される愚かな像に、生々しいまでの命が吹き込まれる。そんな瞬間を見られて、感無量です。

 

総評

終盤に、信長が出てこない回。それでも意義が深い回でした。

義昭のみならず、光秀も苦悩のど真ん中にいる。

藤吉郎にように、武士としての誇りは横において、とりあえず目的達成を目指せばよい、麒麟を呼べばよいのに。

しかし光秀は武士の誇りがあればこそ、公方様を立てたい。

そう思うからこそ、信長と徹底的に対立してしまいます。

天皇制まで絡め、奥深く描く本作。

義昭ができなかった、決定的に両者を割くことを、正親町天皇がやってのけるよう……。その点義昭より上手です。

どこまでおそろしいのか。


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【参考】
麒麟がくる/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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