こんばんは、武者震之助です。
まずは以下の記事が少し気になったもので。
◆「直虎」の視聴率低迷はやはり「女大河」のせい?(→link)
名高いPRプロデューサーに対して、こんなこと申し上げてよいものかと思いますが、「全く中身のない、読むだけ無駄な分析」だと思います。
まず、男主人公の作品でもヒットしなかったものは多いにも関わらず、「女大河」だから駄目という論調がおかしい。
そして作品としてのクオリティにバラつきがある『八重の桜』、『花燃ゆ』、本作を主人公の性別だけで同じくくりに入れるというのは雑過ぎます。
そもそも視聴率ベースで成功かどうかを判断するというのがもはやナンセンス。
BS先行放送、再放送、録画、オンデマンドと視聴手段が多岐にわたる中、「日曜夜8時にテレビの前にどれだけ人がいるのか?」という状況では、正確な判断は下せないでしょう。
純粋に視聴率ベースで判断するならば、『真田丸』ですら成功したとは言えなくなります。
海外では、視聴率ではなく視聴者数、批評家や視聴者評価、そういった総合的な判断で作品の出来を判断しています。
今、大河に必要なのは、女が主人公だと駄目だと叩くとか、視聴率だけで成功したかどうか判断するような雑な分析ではなく、時代にあった冷静な作品評価ではないでしょうか。
そういう意味で、今年は決して低くないと私は思います。
それと、直虎がスカッと「大権力に向かわない」ことに関連して、さすがに的外れ過ぎかなぁという箇所も見受けられまして。
それどころか、直虎はパワハラ三昧の主君・今川氏真から嫌がらせを受け続けているのに、忠義を尽くそうと必死になっています。
「え~、まだ今川の機嫌をとるの? そろそろ“私、失敗しないので”とか言ってリベンジすればいいのに」
そんなふうにイライラしている視聴者は多いのではないでしょうか。実は私もその一人です。
この批評は、さすがに悲しくなりました。
あくまで井伊直虎は「一介の国衆である井伊家が潰されないよう必死に動いていただけで、親の井伊直盛も親族の井伊直満・井伊直親も今川に関わって亡くなっており、心からの忠義を尽くしたシーンは一つもなかった」はずです。
それが「忠義を尽くそう」だなんて……って、キリがないですね。
遅くなりました。本編へ!
徳川家にも連絡を済ませて準備万端なり
武田と徳川に挟撃寸前の今川氏真。
井伊直虎と小野政次は、一度、今川家の徳政令と取りつぶし令を受け入れ、徳川に付くことで井伊家再興を果たそうとします。
今川のくびきからようやく抜け出す希望が見えかけて来ましたが、それでもまだ夜明け前です。彼らの目の前にある闇はまだ深く暗い、というところ。
直虎は井伊家復興計画を、傑山宗俊を使者にして徳川家康に書状で知らせます。この頃、武田信玄はあと十日で今川に攻め込むことを決定したのでした。
徳川家は調略が不調です。
気賀はどうやら頑強に抵抗するらしく、突っぱねられました。
ここで徳川四天王の面々も登場します。
その徳川の元には、井伊が取りつぶされたとの知らせが届きます。
母・佐名が井伊直平の娘であり、直虎とは文通友達でもあった築山殿(瀬名姫)。彼女は井伊が取りつぶされ、小野が乗っ取ったと聞いて取り乱します。
思えば瀬名の母は小野政直によって今川に人質にされています。
瀬名は当然、小野を嫌い警戒するわけです。
家康は既に手を打っていました。井伊谷三人衆(鈴木重時・近藤康用・菅沼忠久)に、井伊に攻め入り、政次を討ち取るよう持ちかけていたのです。
瀬名は喜びますが、視聴者の胃はきっと痛くなるはずです……。
家康の苦境を知った信玄は、書状で鼻をかんでポイッ!
そこへ、直虎からの書状も到着。家康は直虎と政次の策を知って喜びます。
井伊は潰れておらず、虎松の首も取られていない。
その計略の面白さに、家康も瀬名も喜ぶのです。
それにしても一喜一憂する家康も、瀬名も、なんとも可愛らしい。
確かに家康は「豆狸」のようなマスコット的愛嬌がありますし、素直な瀬名もツンデレ可愛いのです。
この夫妻がずっと添い遂げていたらば、と思わずにはいられません……。
後述しますが、だからこそ、家康には井伊谷三人衆をきっちりと止めて欲しかった!
勝手に小野を討つな、と釘を刺して欲しかった!
一方、信玄は、家康が調略に手間取っていることを書状で知り、鼻で嗤うどころか、その書状で鼻をかむ始末。
「戦は、一に調略、二に調略でございますからなあ」
山県昌景がそう言うとおりです。そして昨年の真田昌幸の残像が脳内を駆け巡ります。
武田は言うまでもなく、今川に調略の手を伸ばしています。
なんと、今川家の信任を深く得ているあの関口氏経も、既に今川を密かに見限っていたのでした。
商人、百姓、盗賊にまで好かれる領主なんておりませんよ
龍潭寺では直虎が徳川からの返答を得て、安堵しています。
直虎は南渓和尚に「政次と会ってきて欲しい」と頼みますが、その必要はありません。
井伊谷城から関口らの部下がいなくなってしまった政次本人が、こっそりと会いに来ていました。
こうして二人の囲碁タイムが始まります。
政次はちょっと殿様気分でえらそうな口調です。それを知った直虎は面白がり、家臣としての口調で話します。
こんなにホンワカしていてよいのだろうか……何故か不安なのです。
直虎は、今回復興がかなえばこの家を政次に譲りたい、と弱音を漏らします。
政次は、商人に領主にと望まれ、潰されるとなれば百姓たちが体を張る、盗賊までもが尼小僧のためならばと、一肌脱ぐ。そんな領主はどこにもいないでしょう、降りる道なんてありませんよ、と優しく諭します。
直虎は思わず感きわまって涙を流します。
よい場面なんだが、よい場面なんだが、死亡フラグをビンビン立てているようなよさの気がしてならないぜ!!
さらにはもう少しすれば日の光のもとで囲碁を打てるなあ、なんて言うから辛い!
これ以上死亡フラグを立てないでください! もう精神力が持たない!
「かような時には、“殿のことはもう何とも思うていない”と言うものですよ」
そう思っているのに、場面が切り替わったら政次が自邸でなつとくつろいでいるんですよ。
しかも政次が「この件が片付いたら夫婦になろう」となつにプロポーズですよ。
森下御大が容赦なく精神を鞭打ってくる……!
しかし、求婚されたなつは「本当は還俗した殿と一緒になりたいんでしょう」と確認します。本人も「殿(直虎)に一途な義兄上(政次)ファンクラブ会長」枠だと思っているのです。
これに対し、政次はこう返します。
「幼いころからのびのびとした殿が好きだ。憧れてきた。その気持ちと比べることはできぬ。捨て去ることはできぬ。生涯消えることはあるまい。されど、それとはまったく別の気持ちで、そなたにそばにおって欲しい。そなたを、手放したくはないのだ」
なつはそう言われると政次に寄りかかり「かような時には、“殿のことはもう何とも思うていない”と言うものですよ」と優しくツッコミながら続けます。
「なれど、致し方ありませんね。私がお慕い申しておるのは、左様な義兄上ですから」

さすが「殿に一途な義兄上ファンクラブ会長」。ファンの鑑のような発言で納得できます。
まぁ、もしも政次が「殿のことはどうでもいい」と言ったらそれはそれで哀しいと思いますよ。
どこまでも一途で誠実で「スケコマシ(直親)」からはほど遠い。
そんな小野政次なのでした。
屍を蹴飛ばし高笑い やっぱり信玄怖すぎます
直虎は井戸の前で井伊のために尽くして世を去った者に、加護を願います。
井伊家の男や家臣たちの中に、政次の父・小野政直の名も加わっているのが、直虎の心境の変化でしょう。
そのころ井伊谷三人衆は、井伊を攻めなくてもよいという確約を得ていました。
鈴木重時と菅沼忠久はホッとしているのですが、近藤康用だけでは「道案内だけじゃおさまらねえ!」と燃えています。うわあ、嫌な予感が。
そしてついに武田が動きます。
超大型台風のように突き進む武田勢は、あっという間に今川領の奥深くに入り込み、今川館の近辺まで進軍します。
今川館では防げないと判断した今川氏真は、賤機山に籠もろうとします。しかし関口はじめなんと二十一名もの武将が離反。しかも、賤機山が既に武田に征圧されるという展開。
信玄は賤機山に散らばる敵の屍を蹴っ飛ばし「蹴鞠小僧ももう終わったなあ!」と高笑いします。
この屍への無造作な態度が、武田という軍勢の恐ろしさを表現しておりますよね。ふてぶてしさと不敵な態度で武田の恐ろしさを体現する松平健さん、お見事です。
どこか愛嬌がある点は、昨年の真田昌幸を演じた草刈正雄さんに通じるものがあります。納得できる師弟です。
「小野はこれから井伊を再興する!」
徳川勢も今川領へ進み、陣場峠を越え、井伊谷の目前まで迫りました。
ここで家康は井伊谷三人衆に起請文を書かせるのですが、近藤康用がまたヒートアップ。このもみあげ男が、政次にとっては歩く死亡フラグと化しています。
直虎は中野直之に対して「政次を助けて欲しい」と頼みます。そこでも直之は「政次を信じていない」と反発。直之の言動も何か嫌な予感がするんですよね……。
井伊谷城では、政次が関口らの部下に刃をつきつけながら井伊家の再興宣言を。
「小野はこれから井伊を再興する!」
関口の部下は、主君に捨てられたと知り次から次へと小野に寝返ります。
ここで政次は、
「井伊と小野はふたつでひとつである。井伊を抑えるために小野があり、小野を犬とするため井伊はあらねばならなかった。ゆえに、憎みあわねばならなかった。そして生き延びるほかなかったのだ! だが、それも今日で終わりだ。皆、今日までよく、堪え忍んでくれた」
本心をあらわにするスピーチ。家臣もなかなかの切り返しなんですわ。

「とうに存じておりましたよ。我らは我らで、殿をあざむいておったのです」
「……左様であったか。それでこそ、小野じゃ」
もはやそこに「奸臣・小野」はいません。
しかし、それを外部の者が知ることはないのです。
政次の助言無視で龍雲丸を庇ったことが仇となる!?
直虎は直之を供に、徳川勢を迎えに出ています。
しかし徳川勢の中には、近藤康用がバラ撒いた政次への不信感が渦巻いていました。
彼らは政次のことなど知るよしもなく、「あれほどの奸臣はいない」と思っているのです。
視聴者の近藤康用への怒りが炸裂し、もみあげを焼き払いたいと思っている人も多そうです。
昨年の大蔵卿局以上の憎悪を集めてしまっているかも。
しかし、思い出してください。
木材泥棒の件(第19回)でも、仏像の件でも(第23回)、彼は井伊に対して不信感を抱いてしまうようなことをされているんです。
その結果、井伊は材木で儲けているわけで。
それもこれも直虎が龍雲丸をかばいたいと思った、ということが過去にあるわけです。
かつて政次は井伊のために龍雲丸をかばうな、と処罰を主張していました。
彼の言葉を尊重し、直虎が龍雲丸と完全に手を切っていたら、こんなことにはならなかったかもしれません。
第22回の最後の場面は宴会でした。その宴会で酒に酔った直虎は龍雲丸に「吾のものになれ」と絡み、それを見た政次は顔を背け自邸へと戻ってしまいました……直虎がそれと知らないうちに天秤にかけられた政次と龍雲丸のうち、後者を選んでしまっていたわけです。
今にして思えば伏線のような気がします。
飛び立つ鴉……嫌な予感。交互に映し出される、矢をひきしぼる腕。
いつの日か、直虎は己の選択を悔やむ日が来るでしょう。
政次の死亡フラグだけではなく、直虎(と視聴者)の精神大ダメージフラグも立っています。
しかしこれについては、近藤や直虎だけが悪いわけでもないでしょう。
武田信玄のような巨大な嵐の前では、個々人の愛情やら信頼やら運命やら生命やら、木の葉のように吹っ飛ばされてしまうのです。
直虎は徳川勢を出迎えますが、何か不穏な空気が流れています。
飛び立つ鴉……嫌な予感。
酒井忠次の「開門せよ」という言葉に従い、門を明ける政次。
交互に映し出される、矢をひきしぼる腕。
そして門が空いた瞬間……。
「但馬、罠じゃ! 門を閉めよ!」
直虎が叫びます。
それは永禄十一年十二月十三日、今川館が焼け落ちたのと同じ日のことでした。
今川館が焼け落ちるかもしれぬ――。
そんな直虎らの願いは叶いました。その日がこんなに哀しい展開になるとは、誰が想像したでしょう。
MVP: 小野政次
小野政次魅力詰め合わせパックのような回でした。
もう説明はいらないでしょう、見ればわかります。全ての出番において輝いていました。
総評
今週は歴史もののお手本のような回でした。
アレンジのうまさでは、瞬間風速的に昨年を上回っているかも。うん、素晴らしい回です。本当に素晴らしい。
見ている間はずっと暗い気分でしたが、見終えて思い返してみると、あまりの見事さに拍手をしたくなってきます。
よく誤解されるのですが、歴史ファン、歴史系創作物が好きな人というのは「史実を完全に再現しないと許せない」わけではありません。
「史実を改変したうえにつまらない。史実を改変した結果、おもしろさが損なわれる」
というアレンジには、苦言を呈してしまうのです。そのまま料理したらおいしい食材を、調理法を間違えて台無しにしてしまうようなことはいかん、というわけです。
むしろ大胆にアレンジして、その食材定番以外の美味しいレシピを開発したらば、それは賞賛の対象になります。
今年のように大胆不敵な調理法を作ったとなればなおさらです。
今回は「小野政次は井伊家を乗っ取った奸臣である」という着地点は史実からずらすことなく、そこへどう着地させるか、ひねりにひねった回でした。
「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」
という、今時それはないというレベルの死亡フラグをばんばん立てて、史実がわかっている人にもハッピーエンドになるんじゃないかという夢を見せて、ありとあらゆる脚本、演技、演出で政次を魅力的に見せてきました。

そうやって盛り上げれば盛り上げるほど、哀しみがしみてきます。こんなに何もかも、腹の内を明かしてしまったら、それはもうひとつの道しか見えないではないですか。
穏やかな場面が多いにも関わらず、今週はずっと胃に重たい石が詰まっているような、それこそ流血がないにも関わらず辛い回でした。
次回はもっと辛そうですが。
今回は、本作の特徴である「巨大な力の前で、普通の人々は無力である」という部分もよく出ていました。
合戦シーンがほとんどないにも関わらず、この赤い災厄が今川を蹴散らしたのだと納得できる。そんな松平健さんの武田信玄、お見事です。
あの巨大さの前では、直虎も政次も可憐な野の花のように儚いのです。
今川氏真も、関口氏経も、もう憎む気になりません。
強烈な嵐に翻弄されるちっぽけな存在に対して、そんな思いすら抱けません。ただただ、哀れです。
そして今回は昨年の『真田丸』前日譚としての性格を強く感じました。
徳川周辺人物の描写もそうです。逃げ惑う今川氏真の姿は、どうしたって昨年序盤の武田勝頼を連想させると同時に、皮肉を感じさせます。
氏真を追い回す信玄の息子が、信玄があなどっていた家康らに追われるわけですから。
そんな中でも印象的なのが、信玄の存在感と武田家の雰囲気です。
魚が水を必要とするように、調略を欲する武田の君臣たち。武田家といえば剽悍な騎馬軍団のイメージが強かったのですが、ここ二年ですっかり調略と策の家という印象になったのではないでしょうか。
武田の軍議の席に思わず真田昌幸がいないかどうか、目を凝らしてしまいました。脳内では彼の高笑いが響いていました。昨年の昌幸が体現していた策は、まさに武田らしさなのでしょう。
そしてその昌幸から、武田らしさである「策」、乱世でこそ生き生きと輝くものを受け継いだ幸村に対し、家康は昨年のクライマックスにおいてきっぱりと引導を突きつけました。
お前たちのような者たちは、これからの世にはいらないのだ。
と、家康がそこまではっきりと武田的なものに拒絶を突きつける理由の、その根本を今年が補完しているように思えます。
家康は幸村にそう言い切った時、脳裏には乱世を生ききれずに無念の死を遂げた者のことがよぎったことでしょう。
その中には、小野政次も含まれていたかもしれません。
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絵:霜月けい
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【参考】
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)

















