『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』/amazonより引用

おんな城主直虎感想あらすじ

『おんな城主 直虎』感想レビュー第32回「復活の火」


屍を蹴飛ばし高笑い やっぱり信玄怖すぎます

直虎は井戸の前で井伊のために尽くして世を去った者に、加護を願います。
井伊家の男や家臣たちの中に、政次の父・小野政直の名も加わっているのが、直虎の心境の変化でしょう。

そのころ井伊谷三人衆は、井伊を攻めなくてもよいという確約を得ていました。
鈴木重時と菅沼忠久はホッとしているのですが、近藤康用だけでは「道案内だけじゃおさまらねえ!」と燃えています。うわあ、嫌な予感が。

そしてついに武田が動きます。
超大型台風のように突き進む武田勢は、あっという間に今川領の奥深くに入り込み、今川館の近辺まで進軍します。
今川館では防げないと判断した今川氏真は、賤機山に籠もろうとします。しかし関口はじめなんと二十一名もの武将が離反。しかも、賤機山が既に武田に征圧されるという展開。

信玄は賤機山に散らばる敵の屍を蹴っ飛ばし「蹴鞠小僧ももう終わったなあ!」と高笑いします。

この屍への無造作な態度が、武田という軍勢の恐ろしさを表現しておりますよね。ふてぶてしさと不敵な態度で武田の恐ろしさを体現する松平健さん、お見事です。
どこか愛嬌がある点は、昨年の真田昌幸を演じた草刈正雄さんに通じるものがあります。納得できる師弟です。

 


「小野はこれから井伊を再興する!」

徳川勢も今川領へ進み、陣場峠を越え、井伊谷の目前まで迫りました。

ここで家康は井伊谷三人衆に起請文を書かせるのですが、近藤康用がまたヒートアップ。このもみあげ男が、政次にとっては歩く死亡フラグと化しています。

直虎は中野直之に対して「政次を助けて欲しい」と頼みます。そこでも直之は「政次を信じていない」と反発。直之の言動も何か嫌な予感がするんですよね……。

井伊谷城では、政次が関口らの部下に刃をつきつけながら井伊家の再興宣言を。
「小野はこれから井伊を再興する!」

関口の部下は、主君に捨てられたと知り次から次へと小野に寝返ります。
ここで政次は、
「井伊と小野はふたつでひとつである。井伊を抑えるために小野があり、小野を犬とするため井伊はあらねばならなかった。ゆえに、憎みあわねばならなかった。そして生き延びるほかなかったのだ! だが、それも今日で終わりだ。皆、今日までよく、堪え忍んでくれた」
本心をあらわにするスピーチ。家臣もなかなかの切り返しなんですわ。

「とうに存じておりましたよ。我らは我らで、殿をあざむいておったのです」

「……左様であったか。それでこそ、小野じゃ」
もはやそこに「奸臣・小野」はいません。
しかし、それを外部の者が知ることはないのです。

 


政次の助言無視で龍雲丸を庇ったことが仇となる!?

直虎は直之を供に、徳川勢を迎えに出ています。
しかし徳川勢の中には、近藤康用がバラ撒いた政次への不信感が渦巻いていました。
彼らは政次のことなど知るよしもなく、「あれほどの奸臣はいない」と思っているのです。

視聴者の近藤康用への怒りが炸裂し、もみあげを焼き払いたいと思っている人も多そうです。
昨年の大蔵卿局以上の憎悪を集めてしまっているかも。

しかし、思い出してください。
木材泥棒の件(第19回)でも、仏像の件でも(第23回)、彼は井伊に対して不信感を抱いてしまうようなことをされているんです。
その結果、井伊は材木で儲けているわけで。
それもこれも直虎が龍雲丸をかばいたいと思った、ということが過去にあるわけです。

かつて政次は井伊のために龍雲丸をかばうな、と処罰を主張していました。
彼の言葉を尊重し、直虎が龍雲丸と完全に手を切っていたら、こんなことにはならなかったかもしれません。

第22回の最後の場面は宴会でした。その宴会で酒に酔った直虎は龍雲丸に「吾のものになれ」と絡み、それを見た政次は顔を背け自邸へと戻ってしまいました……直虎がそれと知らないうちに天秤にかけられた政次と龍雲丸のうち、後者を選んでしまっていたわけです。
今にして思えば伏線のような気がします。

 

飛び立つ鴉……嫌な予感。交互に映し出される、矢をひきしぼる腕。

いつの日か、直虎は己の選択を悔やむ日が来るでしょう。
政次の死亡フラグだけではなく、直虎(と視聴者)の精神大ダメージフラグも立っています。

しかしこれについては、近藤や直虎だけが悪いわけでもないでしょう。

武田信玄のような巨大な嵐の前では、個々人の愛情やら信頼やら運命やら生命やら、木の葉のように吹っ飛ばされてしまうのです。

直虎は徳川勢を出迎えますが、何か不穏な空気が流れています。

飛び立つ鴉……嫌な予感。
酒井忠次の「開門せよ」という言葉に従い、門を明ける政次。
交互に映し出される、矢をひきしぼる腕。

そして門が空いた瞬間……。

「但馬、罠じゃ! 門を閉めよ!」

直虎が叫びます。
それは永禄十一年十二月十三日、今川館が焼け落ちたのと同じ日のことでした。

今川館が焼け落ちるかもしれぬ――。
そんな直虎らの願いは叶いました。その日がこんなに哀しい展開になるとは、誰が想像したでしょう。

 


MVP: 小野政次

小野政次魅力詰め合わせパックのような回でした。
もう説明はいらないでしょう、見ればわかります。全ての出番において輝いていました。

 

総評

今週は歴史もののお手本のような回でした。
アレンジのうまさでは、瞬間風速的に昨年を上回っているかも。うん、素晴らしい回です。本当に素晴らしい。
見ている間はずっと暗い気分でしたが、見終えて思い返してみると、あまりの見事さに拍手をしたくなってきます。

よく誤解されるのですが、歴史ファン、歴史系創作物が好きな人というのは「史実を完全に再現しないと許せない」わけではありません。

「史実を改変したうえにつまらない。史実を改変した結果、おもしろさが損なわれる」
というアレンジには、苦言を呈してしまうのです。そのまま料理したらおいしい食材を、調理法を間違えて台無しにしてしまうようなことはいかん、というわけです。

むしろ大胆にアレンジして、その食材定番以外の美味しいレシピを開発したらば、それは賞賛の対象になります。
今年のように大胆不敵な調理法を作ったとなればなおさらです。

今回は「小野政次は井伊家を乗っ取った奸臣である」という着地点は史実からずらすことなく、そこへどう着地させるか、ひねりにひねった回でした。

「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」
という、今時それはないというレベルの死亡フラグをばんばん立てて、史実がわかっている人にもハッピーエンドになるんじゃないかという夢を見せて、ありとあらゆる脚本、演技、演出で政次を魅力的に見せてきました。

そうやって盛り上げれば盛り上げるほど、哀しみがしみてきます。こんなに何もかも、腹の内を明かしてしまったら、それはもうひとつの道しか見えないではないですか。
穏やかな場面が多いにも関わらず、今週はずっと胃に重たい石が詰まっているような、それこそ流血がないにも関わらず辛い回でした。
次回はもっと辛そうですが。

今回は、本作の特徴である「巨大な力の前で、普通の人々は無力である」という部分もよく出ていました。

合戦シーンがほとんどないにも関わらず、この赤い災厄が今川を蹴散らしたのだと納得できる。そんな松平健さんの武田信玄、お見事です。
あの巨大さの前では、直虎も政次も可憐な野の花のように儚いのです。

今川氏真も、関口氏経も、もう憎む気になりません。
強烈な嵐に翻弄されるちっぽけな存在に対して、そんな思いすら抱けません。ただただ、哀れです。

そして今回は昨年の『真田丸』前日譚としての性格を強く感じました。
徳川周辺人物の描写もそうです。逃げ惑う今川氏真の姿は、どうしたって昨年序盤の武田勝頼を連想させると同時に、皮肉を感じさせます。氏真を追い回す信玄の息子が、信玄があなどっていた家康らに追われるわけですから。

そんな中でも印象的なのが、信玄の存在感と武田家の雰囲気です。

魚が水を必要とするように、調略を欲する武田の君臣たち。武田家といえば剽悍な騎馬軍団のイメージが強かったのですが、ここ二年ですっかり調略と策の家という印象になったのではないでしょうか。
武田の軍議の席に思わず真田昌幸がいないかどうか、目を凝らしてしまいました。脳内では彼の高笑いが響いていました。昨年の昌幸が体現していた策は、まさに武田らしさなのでしょう。

そしてその昌幸から、武田らしさである「策」、乱世でこそ生き生きと輝くものを受け継いだ幸村に対し、家康は昨年のクライマックスにおいてきっぱりと引導を突きつけました。

お前たちのような者たちは、これからの世にはいらないのだ。
と、家康がそこまではっきりと武田的なものに拒絶を突きつける理由の、その根本を今年が補完しているように思えます。
家康は幸村にそう言い切った時、脳裏には乱世を生ききれずに無念の死を遂げた者のことがよぎったことでしょう。

その中には、小野政次も含まれていたかもしれません。


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著:武者震之助
絵:霜月けい

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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link

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