「本能寺の変」直前。
明智光秀はおみくじを引いたところ、二回連続「凶」が出ました。
必死の思いでもう一度引き、三度目にやっと「大吉」を引くわけです。
なぜ西郷隆盛とは一見無関係なこの話を持ちだしたのか?
それは、現在、私の心境がこの明智光秀に近いからです。
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幕末大河の間隔を詰め過ぎて
僭越ながら、昨秋、私は『西郷どん』が苦戦しそうだ――と予想しました。
2018年大河ドラマ『西郷どん』を率直予想! 大いに期待したいけど悪夢が頭をよぎるのです
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上記内容を要約いたしますと――。
本来、明治維新150周年記念大河は、長州ファイブあたりをモチーフにして作るはずでした。
それが2015年、不可解な長州大河が放送されてしまいます。
「大坂の陣」から見た2015年はちょうど400年周年にあたり、真田幸村を主人公とした『真田丸』もこの年が収まり良かったでしょう。
それが2015年、ねじ込まれるようにして放送された『花燃ゆ』は、2013年『八重の桜』から一年しか間隔があいていない上、その出来栄えも厳しいものでした。
そのため幕末という時代そのものに忌避感が生まれてしまった……。
もしも2018年の大河が、2013年以来、5年ぶりの幕末舞台だったなら、もっと新鮮味もあったでしょう。
しかし現実はこの通り。
やはり始まりからして厳しいのではないでしょうか――。
と、狂ってしまった予定をネチネチと嘆いても仕方ないことなんですよね。
『おんな城主 直虎』を鑑賞しながら、私は『西郷どん』関連の報道も見守って来ました。
何かよい材料はないか。
心の底からそう願ってきました。
しかし、届けられる内容は、およそ反対のものばかりでした。
呪われているかのような降板ラッシュ
本作は堤真一さんが主演とフライング報道されながら、結局は鈴木亮平さんが主役となりました。
なんだか嫌な予感がしますが、本来オファーした俳優の都合で別の方が出演することは、ないわけではありません。2016年『真田丸』に至っては、事件がらみの降板劇もあったほどです。
ただし、『西郷どん』の場合はこれが続きまして。
まず、演者のプライベートの不始末がらみで、幾島役の斉藤由貴さんが南野陽子さんに交替となりました。
この交代劇は、類似のトラブルを抱えた渡辺謙さんの場合は降板しなかったという不公平さもあり、妙な不透明さを残しました。
さらにナレーターが、体調不良のため降板しました。
流石にこうも続くと、何か不吉な予感がじわりとしてきます。
ナレーターは、声が女声から男声に変更する点が若干不安です。
もし視聴率やドラマの質が低迷した場合、プライベート不始末の降板が蒸し返されそうです。
幕末大河は人気が低くてハイリスク
ハッキリ申し上げましょう。
幕末大河は、最近頻繁に放送されるわりには、人気がありません。
※実は書籍についても同じことが言えて、平常時は、取次会社に対して戦国本の企画が通りやすい一方、幕末モノは出版しにくいです(理由は売れないから)
また、出来事を赤裸々に描いた場合、現代人から見ると「これってあの事件と同じでは……」と思う地雷もあります。
年代が戦国より近いだけに、かえって生々しくなるのです。
2015年の作品では、暗殺謀議、放火、爆発物密造、外国人をターゲットにしたテロなど……危険行為をありのままに描いたため、視聴者が困惑しておりました。
西郷の場合、うまく処理しないと、本当に危険な言動があります。
どうなるのか、不安です。
薩摩の女性を描いて共感を得られるか?
薩摩の気風というのは、かなり独特です。
特に女性が置かれた境遇は、かなり厳しいものがありました。
現代でも鹿児島県知事が
「高校で女子に(三角関数の)サイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか。それよりもう少し社会の事象とか植物の花や草の名前を教えた方がいいのかなあ」
と発言し、炎上していました。
『西郷どん』の原作者である林真理子さんは、こう語っております。
◆林真理子さんが「西郷どん!」で描きたかった、西郷隆盛の斬新ラブストーリー(→link)
林さんが、3度の結婚を経験した西郷の女性観に注目したのは、この作品の特筆すべき点だろう。奄美大島で出会い、再婚相手となった妻・愛加那とのラブストーリーは従来の西郷像を知る人にとっても斬新なはずだ。当時の日本でも特に男尊女卑が色濃かった薩摩藩にあって、西郷にはフェミニスト的な感覚があったようだ。
「当時の薩摩の男ではまず考えられないことですが、西郷は妻が作ったカボチャの煮付けを『大層うまくこさえもしたなあ』と人前で褒めたりするわけです。」
愛加那(とぅま)とは西郷が奄美大島で出会った2番目の奥さん。
江戸時代の薩摩藩士は女性を褒めるだけでも異常なことだったといいますから、そこをふまえると、そりゃあ西郷は優しいほうでしょう。
しかし、考えてもみてください。
2017年『おんな城主 直虎』の小野政次や龍雲丸。
さらに遡れば2013年『八重の桜』の川崎尚之助と新島襄。
みな女性に優しくモテるタイプで、新島襄は史実でも八重をこう褒めました。
「彼女は決して美人ではありません。しかし、私が彼女について知っているのは、美しい(英語で「ハンサム」)行いをする人だということです。私にはそれで十分です」
新島襄は、フェミニスト的感覚が強いどころか、バリバリのフェミニストです。
彼ら、小野政次や龍雲丸、新島襄や川崎尚之助など、ヒロインに優しかった寛大だった男たちが、これまで十分に輝きを放っていたワケです。
そんな中、西郷がカボチャの煮物を褒めた程度で、
「キャー! 西郷どんってば優しい! フェミニスト!」
と、なったりしますかね?
多くの視聴者は、薩摩における男尊女卑の風土を前提にしてない恐れもあります。
あるいは、もしもそこをキッチリ描こうとすると、薩摩の男たちの言動が現代ではあまりに受け入れがたく、ナンテコッタイ!と呆れられかねません。
ジャニーズの錦戸亮さんも弟の西郷従道として出演されますが、間違ってもそんなセリフは吐かせられないでしょう。
しかも、幕末の男性は現代人が眉をひそめるような下半身事情も抱えています。
この辺、西郷はマシながら、一歩間違えるとハイリスクでしかない機雷がウヨウヨ漂っていまして。数年前の大河が、そこで思いっきり爆発していた気がします。
仮に幕末薩摩の女性を描くのであれば、「女はこんなに苦労した」というパターンならまだマシでしょう。
しかし、
「薩摩の女も、西郷どんに夢中!」
というのはものすごい(危険な)チャレンジ。地雷原を強行突破するようなもので、もし私が脚本家だったら、女性の立場はできる限りカットして目立たなくすると思います。
それでなくても維新の英傑たちはその業績が興味深いわけで、そこを描ききれれば十分にドラマは成立します。
中途半端なジェントルメンっぷりを前面に押し出されても
「ヒロインに対して“本当に”優しかった政次が恋しい!」
なんて政次ロスが、2018年中も続いちゃったりしないか、心配なのです。
ボーイズラブって言われましても
さらに本作は、“ボーイズラブ”大河でもあるそうです。
◆「大河でBL」って本気ですか!? “西郷どん”主演の鈴木亮平「いつ脱いでもいい体に」 (→link)
世界的な潮流を見ても、男性同士の関係性がドラマの話題を高めるということはあります。
NHKでも放送したBBCの人気作品『SHERLOCK』が代表格です。
こちらは「ブロマンス(男性同士の親しい関係性に魅力を感じるというニュアンス)」という言葉が作られたそうです。
こうしたドラマや物語を好む人が、大河から材料を与えられると宣言されて、どう考えているのか、SNSなどの反応を見てみましたが、なかなか複雑なようです。
BL萌えというのは、
「イケメンを複数並べれば発生する」
という単純なものではなく、キャラクター同士が魅力的でなければなかなか難しいものです。
「ほら! 男同士をイチャつかせるシチュエーションを用意したよ」
と言われたところで、ハイそうですか、というわけではない。
これは映像だけでなく、作品数の非常に多い出版界でも同じことが言えて、BLファンを甘く見て散っていった作品で屍累々となっているほどです(BL誌編集者談)。
この流れでなんとなく思い出したのが、イケメンをずらっと並べた番宣をして、
「ほら! イケメンをたくさんヒロイン周辺に用意したよ。さあ萌えてね」
とお膳立てした数年前の幕末大河でして。って『花燃ゆ』ですけど。
そんなふうに視聴者を、しかも女性視聴者ばかりを狙い撃ちにして餌を投げるような真似をしても、かえってシラける……ということになりそうで不安なのです。
『花子とアン』で感じた不安
2017年下半期朝の朝ドラ再放送は『花子とアン』でした。
この作品を改めて見直して、脚本家・中園ミホさんの手癖で気になるところがありました。
ご存知、同作品は『赤毛のアン』へのオマージュを入れたことが特色です。
その特色を半ば強引に出すため、実在した村岡花子の名誉すら傷つけかねない改変がありました。
村岡花子は厳格なメソジスト派のクリスチャンです。
メソジスト派では飲酒が禁じられています。
しかし『花子とアン』では、『赤毛のアン』でアンが酔っ払ったエピソードに沿う話を入れるため、ヒロインに飲酒させました。生涯にわたり禁酒を守ったことを考えると、これはかなり酷い改変と言えました。
ちなみに2013年の大河ドラマ『八重の桜』では、新島襄の信仰を反映させるため、飲酒シーンはすべて別のものを飲むように変更したそうです。
その他にも翻訳者にとって大事なものである辞書を漬け物石にするという場面がありました。
翻訳者にとっての辞書は、武士にとっての刀のようなもの。史実の村岡花子本人にとって、失礼極まりない描写です。
中園さんの代表作といえば『ドクターX ~外科医・大門未知子~』シリーズが有名です。
このドラマでのヒロインの決め台詞は、皆さんご存知、
「私、失敗しないので」
ですね。
この台詞は柔道選手の言葉から取ったものだそうで。
納得できます。スパッと切れたセリフで面白いですもんね。
ただ、実在の医療関係者がこんな決め台詞を言っていたとしたら、職業倫理的に問題があるでしょう。
中園さんは、スカッとする決め台詞を言わせたり、おもしろい展開を考えたり、数字をともかく取れる才能をお持ちだと思います。
しかし、その過程で、史実やその人物の特色を無視する傾向を感じてしまい、私はそこに懸念をおぼえてしまうのです。
事前のインタビューでも、史実の西郷像よりも、「自分の考えた最高にカッコイイ西郷像を重視している」と感じました。
それはそれで、魅力的なドラマになるかもしれません。
しかし、ただでさえ史料が多く、熱いファンも多数存在している幕末が舞台。
実物の西郷像から離れれば離れるほど、改変部分が気になる視聴者も増えることでしょう。
やっぱり「モテ」が大事なんですか?
予告でも「モテ」と出てきました。
昨年の時点でそこが重要なのかとつっこみ、できればもっと面白そうなセールスポイントをあげて欲しいと願ってきました。
しかし、それは叶わぬ願いだったようで……。
モテモテなのに、島津久光と対立し、藩内に敵を多数作り、最後は内戦で追い詰められるって……。
それはそれで面白いかも知れませんが、
『最も肝心なところでモテモテじゃないって、おかしいやん!』
なんて受け止められかねません。
と、いろいろ書いて来ましたが
ここまで並べたのは、あくまで私の意見です。
◆プラス材料がズラリ NHK大河「西郷どん」期待大のワケ(→link)
この記事では私がマイナス材料と考える要素を、プラスとして評価しています。
ものは捉えようなんですね。
私個人としては、来年の大河は「凶」と見ます。
視聴率はそこそこでも、ドラマの質は厳しくなりそう……という意味です。
目に見えた地雷はありません。
しかし、一昨年『真田丸』と昨年『おんな城主直虎』よりも不安要素が多めに感じられます。
一昨年と昨年は、予想が難しいなりに、ワクワクする手応えがあって、これはいけるのではないかと思ったのですが、今年は残念ながら、正直なところ……雨が降る前の、暗雲が目の前に見えるのです。
あくまで私の意見です。
ご了承ください。
こんな切ない予想は、大いに外れることを心底願いつつ、1月7日の第一回放送をお待ちしたいと思います。
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著:武者震之助
絵:小久ヒロ
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【参考】
西郷どん感想あらすじ
NHK西郷どん公式サイト(→link)等