成長した次郎法師(井伊直虎)は、「竜宮小僧」になる修行を詰んだ結果、お手伝い、草鞋プレゼント、夫婦喧嘩の仲裁までこなす「便利屋」として領民に慕われておりました。
次郎は元気に暮らしているようですが、それでも時折幼なじみの亀之丞(井伊直親)を思い出して、しんみりしてしまうようです。
亀之丞が井伊谷から姿を消して早いものでもう十年。
今川義元は、今川・武田・北条の三国同盟(甲相駿三国同盟)を背景としてますます勢力を伸ばしておりました。
今川派の井伊家家老・小野政直もこの今川の威を借りて勢力を増しております。
政直の嫡男・鶴丸も元服し名を改め小野政次となりました。
ここから演じるのは高橋一生さんに交替。翳りと聡明さを感じさせる青年に成長しています。
政直は政次に井伊家重臣・奥山朝利の娘(しの)を娶せ(妻とさせ)、その子を井伊直盛の養子として井伊家を継がせることを画策しておりました。
何かと暴走しがちなご隠居・井伊直平らはこの策に激怒しますが、次郎やその父・直盛はさほど悪くない話だと思っているようです。
そうなると亀之丞の立場はどうなるかということですが、生きてはいるものの、なかなか井伊家に戻すタイミングがつかめていないのでした。
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三白眼をギラつかせる瀬名 その本音は……?
奥山氏の娘を娶ることになる政次、その弟・玄蕃は父の策にあまり乗り気ではありません。
そんな中、政直は突如病に倒れてしまいます。
ここで、駿府にいる次郎の文通友達の瀬名から書状が届きます。
今川家のプリンスこと今川氏真は、同盟相手の北条家の姫を娶ることになったということでした。
冷静に考えてみれば、家臣の娘に過ぎない瀬名(築山殿)が今川の妻におさまることはほぼありえないのですが、彼女自身はそうは思っていなかった模様。
「次郎ちゃん、グッドニュースがあるよ! 今川の氏真様に北条のお姫様が嫁いでくるの♥ ハッピーだよね~~~」
みたいなハイテンションな文章ですが、それが読み上げられる背景では、三白眼をギラつかせた瀬名が氏真を横目で恨めしげに見つめ、昨年に続いて出てきた「髙砂」を謡っていたかと思えばいつの間にか般若面を被り、激しく舞い踊る謎の演出……と、心象風景にしてもオカルトに突き抜けています。
もちろんこの文章はまったく本心ではなく、その本音は、
「子供の頃の約束を信じた私が馬鹿だったけど! その馬鹿な約束真に受けていたら私適齢期過ぎていますけど! 結婚相手候補に残っているのって、人質になっているあのドン臭い小僧(松平竹千代、のちの徳川家康)だけじゃん! ざっけんじゃねえよ!」ということです。
ここまでの演出で既にシュールだったのに、衝撃の松平竹千代12才を演じる阿部サダヲさん46才という、さらなるショックが視聴者を襲います。
大河では子役の使い方にルールがあるようで、主人公と同世代設定の人物は、主人公が本役に交替していると子役を使えないようです。
家康は直虎より年下ですが、年齢差が十才以内なので同世代設定なのでしょう。書いていて頭が混乱してきました。
こういうことは過去にもありまして、『平清盛』では玉木宏さんが七才を演じていたのが印象に残っております。
長々と書きましたが、この件は突っ込んだ方が負けだということです。
そしていよいよ登場した、『真田丸』と『おんな城主 直虎』を繋ぐ重要人物の家康です。
この彼がこれからおよそ三十年後、伝説の伊賀越えをするようになるわけですね。
一ヶ月ちょっと前には、乱世を平らげ呵々大笑していた家康を私たちは見ていたわけです。
瀬名は逃した魚の今川氏真よりも、はるかに大きい魚の妻の座を得たわけですが、当の本人は気づくけるわけもありません。運命の皮肉を感じます。
直平の大切な一人娘を今川に差し出したのは政直のせい?
話を駿府から井伊谷に戻します。
大嫌いな政直が倒れたことの直平は大はしゃぎ。ちゃんと死ぬように祈祷しろと南渓や次郎に頼み混んでドン引きされています。
現代人の感覚と違い、当時の人にとって呪詛は格段に恐ろしいものです。あの南渓和尚もそりゃあ逃げ出しますよ。
次郎はどうしてそこまで、直平が小野政直を嫌うのかと父の直盛に聞いてみることにしました。
直盛曰く、直平は流れ者だった政直の才知を気に入り取り立てたにも関わらず、政直が直平の一人娘・佐名を今川に差しだすような真似をして以来、憎んでいるのだとか。
佐名は直平にとっては一人娘で、かつ美貌の持ち主でした。
義元の妹扱いで今川重臣に嫁いだのだからむしろ上昇婚をしたという見方もできますが、本人も井伊家の皆もそう思ってはいないようです。
「鶏口牛後」という言葉通り、彼女は小さな井伊谷一の美姫として暮らす方が、駿府で埋もれるよりも幸せだったのでしょう。
昨年の主人公の姉・松のように、生涯自分を愛し抜く夫と結婚し、実家近くで暮らした方が佐名にとっても、井伊家の皆にとってもよかったのでしょう。
政直にも言い分があるのではないかと思った次郎は、病床の政直を見舞います。
見舞いにも関わらず、単刀直入に「佐名叔母上を人質に差しだすことになったのは、あなたのせいなのですか?」と質問。
当時、直平は今川と敵対していた北条と通じ、挟撃する案に乗ったのでした。
当然今川義元は激怒したわけで、このまま井伊家を滅ぼすわけにはいかないからと、政直は美貌の佐名を差しだすように仕向けたのでした。
これは完全に直平が悪いパターン。そして何度目のパターンなのやら。
次郎は「旗が揺れているのか、風が揺れているのか。そうではなく揺れているのは見る者の心ですからね。真実は見るものの心によって違うものだから」と政直に理解を示します(無門関第二十九則 「非風非幡」(ひふうひばん))。
そんな次郎に政直は、我が子の政次のことを頼むと頭を下げるのでした。
ここで意味深な顔をしているのは、その政次もです。
おそらくここの場面は、あとで切ない思い出され方をしそうです。
きっと政次はこの先、見る側によっては奸臣としか思えない、けれど彼からすれば苦渋の決断をすることになるのでしょう。
次郎が帰ると政直は開き直ったふてぶてしい態度を見せ、次郎を騙して演技をしていたかのような言葉を政次に吐きます。
それから彼は、息子に今は自分を蔑んでいるだろうが、いずれ自分と同じ道をたどるぞ、と不吉なことを予言します。
政次は、自分は次郎や亀之丞と絆がある、父にようにはならないと言うのですが、政直は「お前はめでたい奴じゃのう」と言うのみでした。
息子にすら己の苦悩が理解されないことに、最期まで彼はもどかしさを感じていたのかもしれません。それからまもなくして、政直は息を引き取ったのでした。
このあと直盛と次郎は政直を偲び、政次の才知を素直に褒めます。政直はこんな直盛らの思いを知っていたのでしょうか。
直平らはともかくとして、直盛はこんなにも彼を評価していたというのに。
武田家の南信州侵攻により亀之丞が帰国OKとは?
そしていよいよ、駿河・甲斐・相模三国同盟が成立します。
これを背景に武田家は南信州侵攻を開始。これが井伊家にも影響を与えます。
信州に潜伏していた亀之丞を、武田侵攻からの避難を口実に呼び寄せることにしたのです。
今川家としても北条家と同盟関係になった以上、北条と通じていた井伊直満(亀之丞の父)の罪を以前より軽く見るようになっていることも関係しています。
そしてこうなりますと、政次の縁談は破談となるのでした。
井伊家は周囲の政治状況に翻弄されております。
結果的にプラスになる状況もあるとはいえ、昨年の真田昌幸もこぼしていた「小国はつらいのう」という状況です。
そしてこの話が出た時点でそれとなく持ち出される「次郎の還俗」ですが、これにはそう簡単にはできない事情があるようです。
次郎は亀之丞の帰還が嬉しいだけではなく、どこか複雑な様子。
帰って来るのは嬉しいけれども、こんな日が来るなんて思わなかったと悩む次郎。
べ、別に出家の身だからと思いつつも、「あのいかつい父親(井伊直満)に似ていたらイヤだな……」と思ってしまう本音もあるのでした。
そんな本音を見透かした政次に「出家していても亀がイケメンかどうか気にするなんて、まったくあなたって煩悩の塊だよね」と図星を突かれ、困惑する次郎です。
次郎は煩悩を取り去るためにぞうきんがけ、はたきがけに精を出します。
しかし煩悩はおそろしいもの。その心を見透かした亀之丞は、一人佇む次郎を目隠しし、後ろから抱きしめます。
さらに顔を近づけると……直満役の宇梶さんじゃないですか! 宇梶さんの使い方がこれでいいんですか!
「おじうえーーーーーーーッ!」
はい、夢オチでした。
煩悩におそれおののく次郎は、もう秋だというのに滝に当たり、山ごもりをすることになります。
凛々しき若武者が井伊谷に帰ってきた!
そして稲穂が揺れる井伊谷の秋。馬にまたがった若武者がついにやって来ます。
幼いころの繊細さと爽やかさはそのまま残し、蒲柳の質を克服して精悍さを身につけたという、まさしく理想の青年となった亀之丞。
これは次郎でなくとも、皆大喜びですね。
次郎の待ち続けた理想の幼なじみであり、さらにあの井伊直政の父です。説得力があります。
希望の星が帰還したことにはしゃぐ井伊家の面々。気になる点は、もういい歳なのに前髪を残し、まだ元服していない点です。
これはわざとであり、元服は井伊谷ですると決めていたためなのでした。
昨年末から気になっていたこの分厚い前髪が、イケメン演出ではなくてちゃんとした意味があってよかったと思います。安心しました。
今では弓術が得意という亀之丞は、龍潭寺で拳法の型を稽古しています。そこへ山ごもりから戻った次郎がそれと気づかず帰って来ます。
亀之丞に気づかず会話していた次郎は「動揺せずに会える気が」と言ったあと、相手の正体に気づきます。ズキュウウウウウン!
漫画ならそんな擬音が入りそうな場面です。
叫ぶでも、笑うのでもなく、次郎は緊張と感激のあまりぐたっと突っ伏して涙ぐんでしまいます。なかなかかわいいリアクションです。
こちらが『かわいいな』と思って見ているとなぜかハードボイルドな雰囲気を漂わせた傑山宗俊が腕組みしながら監視しています。
熱い血とハートを持つ二人の間に間違いがないよう、密かに見守る傑山。お役目ご苦労様です。
そのあと二人(と傑山)は、井伊家の井戸のそばへと移動。
亀之丞はさわやかに、「おまえが俺の竜宮小僧になると言ってくれて嬉しい。
這いつくばってでも井伊谷に帰ろうと思った。熱が出た時も、追っ手に斬られそうになった時も、必ず生きて帰っておとわに会うと思っていた……」と言います。
これは完全に少女漫画の世界!
勇敢な美丈夫である井伊直政の父であり、ヒロインのあこがれの幼なじみであり、井伊家の希望の星である亀之丞を、無理なく演じる三浦春馬さんの圧倒的な説得力を感じますね。これがイケメンの力か……。
次郎は自分は出家の身だから、妻を娶り立派な跡継ぎになって欲しいと答えます。
しかし亀之丞は、還俗して妻になれと真剣なまなざしで、
「俺は、おとわと一緒になるつもりだ」
と語るのでした。
この一部始終を傑山は………見ていた!?
MVP:小野政直
井伊家を思い、苦渋の決断として佐名を差しだしたのだと苦悩する姿は演技だった、と見せかけて。そうして強がる姿こそ演技ではないだろうか、と思わせました。
この直前の次郎の台詞もあるため、彼が結局何を考えていたのか、どこまでが演技でどこからが本心なのか、わからないままなのです。
それは彼自身もそうなのかもしれません。
そんな父の辛い心のうちを、実の息子すら理解できないもどかしさ、同じ道を歩まねばならない息子への憐れみ。
深読みすればどこまでも深く読める、魅力のある人物でした。
井伊家が今川の支配下にあるからには、誰かがその間を取り持たねばなりません。
しかしそうすればするほど、憎まれ役になります。
その役回りに染まりきってしまったのか、割り切ってそう演じていたのか。
板挟みの辛い立場は、息子・政次の代にも引き継がれてゆくのでしょう。
総評
本格的な本役交替を果たした今回ですが、本作の持つパワーとポテンシャルがいかんなく発揮されたすごい回だったと思います。
初回からじわじわと感じていた「珍味」が完全に軌道に乗り、もはや戸惑うことなく笑いましたね。
瀬名の般若面、竹千代の早回し、次郎の妄想夢まではなんとかこらえたものの、チラチラとさりげなくヒロインと幼なじみのラブシーンを見守る傑山にこらえきれず、腹をかかえて爆笑してしまいました。
今年の大河はいろいろな意味でおそろしい作品だと思います。
怒りを般若面で表現する、少女漫画風の妄想。
ある意味こんなベタな演出を大真面目にやるのかという場面を、大河という枠で本当にやってしまうあたり、いい意味で突き抜けていると感じました。
そういうネタとしての部分だけではなく、ドラマそのもののポテンシャルの高さも感じました。
主人公の次郎は平均以上の聡明さや理性はあると思いますが、現時点ではその程度です。
歴史を大転換するような革命児では決してありませんし、出家していてしかも女性です。
彼女の見る範囲は限られていて、その視点から話を動かすとどうしても歴史の流れがわかりにくくなります。
ところが本作は、甲相駿三国同盟という歴史上のイベントが彼女の世界に与えてゆく影響までちゃんと自然にプロットに取り入れています。
同盟の結果として今川や武田の勢力図が変わり、結果として亀之丞が帰還できるようになり、そして主人公の運命をも左右する。この流れが自然でわかりやすいのです。
昨年の天正壬午の乱のあたりで感じたのと同じ、ポテンシャルの高さを感じます。
こういう歴史上のイベントを綺麗に自然に組み込めるのは、脚本家がきっちりと資料や史料を読み込み、年表を作り、計画的にプロットを組み立てている証拠です。
そういう歴史劇としての部分だけではなく、エンタメとしての力も発揮されていました。
私は一昨年「イケメン大河だのなんだの言って塾生にぞろぞろイケメンを揃えたところで、同時にフレームインできる顔は二つくらいなんだから、無意味だ」的なことを書いた記憶があります。
制作側がそれを読んだとは思いませんが、今年はフレームインするメインの男性役を、個性が豊かでかつ性格が対称的な鶴亀コンビに絞ったことで、王道少女漫画的に仕上がってきています。
一昨年は流行の表面だけをなぞった少女漫画風味でした。
しかし今年は、「少女漫画を何十年間も読み続けた、我こそはと胸を張る少女漫画好きが揃い、じっくりコトコト煮込んで作った」職人技のような風格すら感じます。
少女漫画風がダメなわけではなく、うわべだけを適当に真似をしたことがダメなのです。
そしてこれが、本作の一番の魅力となりうる要素なのですが、「非風非幡」の例え話に象徴されるゆらぎの感覚です。
見る側の感覚によって同じ事実も違って見える、大胆でしょうもないギャグの一方で、そんな繊細な感覚を本作は突きつけてきます。
昨年の主役である真田一族は、騙すことや策を用いることに程度の差はあれ、痛みを感じない「傑物」たちでした。
今年は動くたびに痛みや抵抗を感じ、策を用いるたびに傷つき消耗してゆく、昨年とは違う「凡人」たちを描いているわけです。
典型的な奸臣に見えた小野政直ですら、複雑で傷ついているように見えた今回の展開で、本作の魅力が見えてきました。
悩んで、恋して、迷って、苦しむ――。
そんな儚い人たちだからこそ、耐えぬく健気さや、踏まれてもたちあがる強さに感動できることもあるのでしょう。
昨年よりも凡庸な人々を描くからこそ、生まれてくる魅力もあるのでしょう。
本作の、野に咲く花のような健気な魅力が、だんだんとわかってきた気がします。
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著:武者震之助
絵:霜月けい
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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)