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島田兵四郎と真田昌幸の胆力が熱い! 第二次上田合戦【戦国boogie-woogie144】

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【前回はコチラから】
関が原の戦いにおける様々な「IF」。
もしも立花宗茂が本戦に間に合っていたら?
もしも小早川秀秋が山をくだらなかったら?
もしも毛利の空弁当がなく長宗我部と共に動いていたら?

以上は、いずれも西軍側の話であり、場合によっては三成サイドに勝利が転がっていたことも考えられる――という話であるが、もちろん東軍にだって「IF」はある。

もしも前田家が本戦に間に合っていたら?
もしも鬼の島津義弘が東軍に参加できていたら?
そして、最後にして最大の「IF」がコレであろう。

もしも徳川秀忠が本戦に間に合っていたら?

戦国ブギウギによる第二次上田合戦、スタート!
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認めたくないものだな 自分自身の若さ故の……


◆降伏しますから今しばらくお待ちを――。
そんな真田昌幸の低姿勢に安心していた徳川秀忠さん。待てど暮らせど明け渡す気配のない上田城に対して怒り爆発してしまいます。
家康さんとしては「本多正信がいれば大丈夫だろ」と考えていたのでしょうね。
さすがにコレばっかりはどうにもならなかったかもしれません。

 

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長篠城のスネえもんに勝るとも劣らぬヘイシロー


◆このエピソード、真田丸でやってくれたらなぁ。
と思われた戦国ファンも多かったでしょう。
徳川の伝令として遣わされた島田兵四郎は、なんと合戦相手の上田城門へと堂々と駆け寄り、その名と目的(伝令)を伝えた上で城を通してもらうのです。
しかも復路もw
通る方も通る方なら、通す方も通す方。これぞ戦国傾奇者たちの粋な世界と申しましょうか。
命の奪い合いの中でこうしたヤリトリこそが好まれたからこそ、真偽のほどはおいておき、後世にまで話が伝わっているのでしょう(信頼性は決して高くないとされる『名将言行録』に記載されてます)。

 

密書、届く、届かず、届く、届かず、とど……


◆息子の徳川秀忠に対し、当初は「慌てんでえーよ」と伝えていた家康さん。
しかし事情が変わって方針を一転させ、「急げ、早く、マジやばい!」と伝えた密書は運悪く川の増水に阻まれて、秀忠のもとには届きませんでした。
まぁ、なので普通に考えれば秀忠だけが悪いワケじゃないんすけどね。
真田相手に不甲斐ない戦いを(しかも徳川にとっては2度目となる敗戦を)喫してしまったので、文句は言えませんね。辛いなぁ。

 

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足止め成功、西軍勝利?アッヒャッヒャ♪


◆いや、もう、この段階で真田昌幸さんは、相当な手応えを感じていたことでしょう。
岐阜城や関が原での動向がドコまで伝わっていたか。
直後は知る由もないでしょうけど、まぁ、本隊の到着を数日間にも渡って遅らせ、しかも兵の士気も上がりはしなかったであろうから、3塁打ぐらいは打った気になったでしょう。
ホームランより出にくいという3塁打。しかし、その結果は……。

 

漫画・アニィたかはし
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