安土城・天主跡

信長公記

戦国時代当時 安土城から見えた琵琶湖の景観とは?信長公記139話

石山本願寺との戦が再燃し、【第一次木津川口の戦い】で大敗した織田水軍。

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西国へ進出する際に要衝となる石山本願寺で足止めを喰らい、緊迫感が増しているはずですが、『信長公記』ではなぜかこのタイミングで「安土城」周辺の長閑(のどか)な話題が入ります。

信長公記がリアルタイムで書かれたものではなく、太田牛一が後年に記したからでしょうか。

時系列としては、確かに安土城建設中の時期ですので、途中経過として触れたかったのかもしれません。

一体どんな内容だったのか? 見て参りましょう。

 


湖底遺跡のある竹生島

そもそも安土城は、標高199mある安土山の上に建てられておりました。

現代でも琵琶湖からほど近く、周辺地域を見下ろすような位置。

『信長公記』では、当時の安土城から見えた光景について記されています。

まず、西から北に向かって琵琶湖を一望でき、漁村などに船が出入りする様子が見えていたとか。

琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶじま)・竹島・島山なども一望できたといいます。

竹生島は、この後も織田家のちょっとした事件で話題になるところですが、それはさておき古くから「神の住む島」として、信仰の対象になっています。

また、この島にある宝厳寺は西国三十三所の第三十番であり、巡礼者もたくさん来ていました。

現代では、湖底から発見された水中遺跡などでも有名ですね。

葛籠尾崎湖底遺跡(つづらおざきこていいせき)と言って、縄文時代から平安後期にかけてという長い時代の複合遺跡だそうです。

大正時代に地元の猟師さんの網に縄文・弥生時代の土器が引き揚げられて発見されました。

 


竹に覆われていた竹島(多景島・武島)

「竹島」は「多景(たけい)島」とか「武島」とも表記される島です。

竹生島

話題になる竹島と区別するため、現代では多景島や武島を用いることが多いようですね。

江戸時代に植林されて現代の姿になっていますが、戦国時代まではおそらく竹のほうが多かったと思われます。そのため「竹島」と呼ばれていたようです。

島山は長命寺観音で有名な、長命寺のことです。

現代の地図では安土方面と地続きになっていますが、戦後の干拓事業によってそうなったもの。以前は琵琶湖とは別にいくつかの湖があり、長命寺周辺は別の島になっていました。

また、西国三十三所の巡礼順では竹生島・宝厳寺の次が長命寺になっているため、かつては船で竹生島から長命寺まで来るルートが頻繁に使われていたようです。

これはやや余談になりますが、長命寺は永正十三年(1516年)に戦火で焼けてしまっており、それ以降少しずつ再建されています。

織田信長の時代では、賑わいを取り戻しつつある……というような状況が適当でしょうか。

信長から長秀に下された指令 安土に天下一の城を築くべし~信長公記134話

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「安土城からは周辺地域の景色や人の動きが一望できた」

琵琶湖の向こうの景色として、複数の山の名も挙げられています。

琵琶湖の北西岸から京都へ向かって、比良岳・比叡山・如意ヶ岳(如意ヶ嶽)と並びます。

いずれも、現代では登山やハイキング、観光などで親しまれていますね。比叡山に関しては、これまでの経緯を考えると、少々複雑な気持ちになりそうですが。

南側には田畑が多く、その果てに三上山が見え、東側には観音寺山や東山道(中山道)があり、街道を行き来する人々がよく見えた、とあります。

ここまでの情報を総合すると、

「安土城からは周辺地域の景色や人の動きが一望できた」

ということになりますね。

安土城については「天主閣」表記や八角形の構造などがよく話題になりますが、軍事拠点としての役割も高かったことがよくわかります。

地形はもちろん、人の流れを把握することも、行政・商業・軍事すべての点で重要なこと。

気になる天主閣の様子については、完成時の節で詳しく触れられていますので、また後日とさせていただきます。


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長月 七紀・記

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【参考】
国史大辞典
日本歴史地名大系
太田 牛一・中川 太古『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon
日本史史料研究会編『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon
谷口克広『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon
谷口克広『信長と消えた家臣たち』(→amazon
谷口克広『織田信長家臣人名辞典』(→amazon
峰岸 純夫・片桐 昭彦『戦国武将合戦事典』(→amazon

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