『源氏物語』が成立した平安中期は【国風文化】の時代とされます。
日本人の、日本人による、日本人のための文化が発達したとされる時代ですが、実際はそう単純な話ではありません。
海の向こうにある中国大陸や朝鮮半島から届く品物も、当時の上流階層にとっては必須アイテム。
持っていなければ恥ずかしい!
そんな風にすら思ってしまう生活必需品であり、当時の文学にも反映されています。
出てくるものがどこの国のものなのか――それによってセンスや意味合いも読み解けるのです。
大河ドラマ『光る君へ』でも宋との関わりが注目される中、史実の平安貴族たちはどのように輸入品と関わってきたか。
その品目や特徴を振り返ってみましょう。
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かぐや姫が欲しがった宝物は何か?
古典文学を代表とする『竹取物語』は、日本文学史に残る作品と言えるでしょう。
実は海を超えた中国大陸に話の原型があるという説もありましたが、これはどうやら後世の誤解のようです。
それでも話の内容は、海を超えた国が大きく関係しています。
物語の中でかぐや姫が要求する品は、現代人からすればありえないモノに思えることでしょう。
しかし、そうとわかりきっていたら求婚者たちも探しに行くかどうか?
当時の読者からすると、もしかしたらあるかもしれない!そんな範疇に入っていた可能性も示唆しています。
具体的に見てまいりましょう。
・仏の御石の鉢
修行中の釈迦にふさわしい食器として、金、銀、宝石の食器が四天王から差し出されました。
釈迦が選んだのは、四つ目の石の鉢。
すると差し出された全ての鉢が合体し、一つの石の鉢となった。
釈迦の故郷であるインドにあるはずが、流転して行方知らずになったとか。
・蓬莱(ほうらい)山の宝の枝
東のどこかにある「蓬莱」にある、宝の枝のこと。
この蓬莱は「東」という漠然とした情報のため、中国からみた日本を指す場合もあります。
・唐土(もろこし)の火鼠の皮衣
中国にいるという火鼠の皮は、決して燃えないとか。
「火浣布」(かかんぷ)という名前でも呼ばれ、『列子』や『太平御覧』に記載があります。
江戸時代後半、この火浣布を作り上げた人物がいます。
平賀源内です。石綿(アスベスト)で布地を作ることを発明したところ大評判となり、防火効果を期待されました。
しかし大型化がどうしてもうまくいかず断念。なにせ伝説の品ですので、清人からも注文が入っていたとか。
・竜の頸(くび)の五色の玉
竜は世界各地に伝説がある霊獣です。
五色の玉についていえば、当時の人は七宝焼きのような工芸品でも「五色の玉」とみなしたと推察できます。
異国から五色のアクセサリを見つけてくれば、とりあえず正解ということかもしれません。
・燕の子安貝
子安貝とは、タカラガイを指すと思われます。
燕の巣から取ってくるという条件を満たすならば難しいものの、他のものよりは簡単かもしれません。
日本近海ではなくとも、熱帯から亜熱帯の海では採取できます。
子安貝のように、輸入ルートを辿ればどうにかなりそうな範囲のものもあります。
海の向こうにはあるかもしれない不思議な宝であり、当時の貴族からすれば、なかなか絶妙なリアリティラインにおさまっています。
そんなもの無理だと断りきれない――そんな品なのです。
平安貴族たちは「異国にはお宝がある」と憧れながら生きていました。
かぐや姫はそんな憧れの延長線上に目標を設定したからこそ、貴公子たちは挑んでしまったのかもしれません。
高麗の人相見が「光源氏」を生み出す
「光源氏」とは、光り輝くように美しい源氏の人物という意味です。
この名前の由来には、海を超えた人が深く関わっています。
桐壺帝の第二皇子が七歳になった時のこと。
高麗人に人相見が得意なものがいると帝は聞きつけました。
そこで外交施設である「鴻臚館」(こうろかん)に第二皇子を送り、右大弁の子と装って人相を見せました。
すると高麗人は不思議そうに見ています。
「このお方は国を統べる帝王の相がある。しかしそうなれば、国が乱れ、嘆き悲しむ人も出ることでしょう。優れた高官として世を支えるべきとは思うものの、そういう相にも見えませんな」
そう語り、第二皇子を尊い、会えて光栄だと言いながら、帰国する我が身を惜しむのでした。
これを受けた帝は、天皇にせず、源氏とすることを決意します。
「光」にせよ、この予言があまりに輝かしいものとされたことから取られています。
つまり、高麗人の人相見がいなければ、「光源氏」は成立しなかったかもしません。命名までしておらずとも、由来を作ったとも言えるのです。
しかし問題があります。
それはこの【高麗人】という言葉です。
素直に読めば「高麗の人」になりますが、『源氏物語』の舞台は紫式部の時代より百年ほど前とされています。
そのころは新羅です。新羅は935年に滅びた――つまり、物語の時系列では王朝末期であり、来日するほどの余裕があったとも思えません。
かつては今ほど厳密に国籍や出身地が吟味されません。
対馬経由で来たモノやヒトは【高麗(こま)】と認識された。
つまり、この人相見の【高麗人】にしても【新羅】かもしれませんし、あるいは【渤海】の人かもしれません。
このことは【刀伊の入寇】対応でも表れています。
どうも【高麗】方面からくるらしい。しかしその国の人ではない――結果、【刀伊】と称されました。
この場合の【刀伊】は【女真族】、現在の【満洲族】とされます。
陰陽道や占い
『光る君へ』では、安倍晴明が【陰陽師】としてさまざまな術を駆使します。
その衣装は白黒に分かれており、見るからに神秘的ですね。
日本の【律令制】時代には、占い・天文・時・暦の作成を専門とする【陰陽寮】がありました。
ここで学べる強みは、中国から来た漢籍がたっぷり所蔵されていること。
賢い晴明が、頭の中にインプットしたら、周囲を手玉に取るぐらい容易いことでしょう。
そうして学んだ【陰陽師】は、しかも国家公務員という扱いです。
官位は決して高くはないものの、権威と知識があり、国家公務員が、難しい専門用語をペラペラと流暢に話す。
このメリットを縦横無尽に生かしているのが、『光る君へ』の安倍晴明ですね。
『鎌倉殿の13人』にも、呪術や占術を用いる阿野全成と文覚が登場しました。
二人は仏僧であり、こうした術は非公式で密かに覚え、用いることになります。
いわばフリーランスの呪術師であり、知識量も実践力も、安倍晴明には劣るものだったでしょう。
『鎌倉殿の13人』では、阿野全成が亡くなった木曽義高の魂を大姫のために呼び出す場面がありました。
あの「反魂の術」も中国由来で、前漢武帝が李夫人の霊を呼び出すために行ったとされます。白居易『長恨歌』にも登場するため、平安時代の日本でも馴染み深いものでした。
ちなみに安倍晴明には、母親が狐だったという伝説があります。これも中国由来の妖怪話では定番です。
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