武田信玄

近年、武田信玄の肖像画として注目されている2枚(左が九品仏浄真寺蔵で右が高野山持明院蔵)/wikipediaより引用

戦国時代

武田信玄 史実の人物像に迫る!父を追放し三方ヶ原後に没した53年の生涯

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武田信玄
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キング・オブ・戦国大名

さて、こうして信玄の人生をみると、まさに戦国大名の代表という気がしませんか?

とにかく戦いと謀略にまみれている。

しかし、戦国大名の全員が戦いに明け暮れた、というワケでもありません。

特に信玄の息子世代より以降、豊臣政権から派手な戦なんてそうそう起きてはおらず、例えば伊達政宗あたりなんかも、戦績は前半生の数年間のみに集中しています。

伊達政宗
伊達政宗 史実の人物像に迫る!ド派手な逸話も検証する生涯70年まとめ

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一方、信玄です。

戦いに満ちた生涯は、まさに「キング・オブ・戦国大名」。

乱世の申し子という印象を受けます。

しかも滅法強く、満を持した戦いではほぼ全勝でした(主な負けは村上、上杉、北条相手に都合4度)。

合戦だけではなく、外交や謀略にも長けていたのだから、そりゃあ戦国武将の中でも突出した人気を誇るわけです。

自らの無念の死ですら、強烈な存在感を強めている。

「ミロのヴィーナスは腕がないからこそ想像の余地があって美しい」と言われますが、信玄の人生も、同じように未完の美しさを感じます。

それは、まさに戦国ロマンそのもの――。

では教科書から削除されるのはどうか? というと、私は仕方ないと思います。

ロマン補正を差し引くと、信玄の功績はあくまで有力な地方大名の一つ。

結局、教科書に掲載されていようがいまいが、歴史ロマンを求める人は自然に嗅ぎつけ、そうでない人には伝わらないというだけです。

もはや武田信玄という強烈な存在感の前で、教科書なんて些末なこと。

戦国史に興味を持てば、確実に武田信玄という大きな壁に突き当たり、感服せざるを得ない――それだけで十分ではないでしょうか。

なお、以下に

武田信虎
武田義信
武田勝頼

という個性豊かな信玄ファミリーの人記事も掲載しておきました。

よろしければ併せてご覧ください。

武田信虎
武田信虎(信玄の父)は暴君に非ず! 武田家飛躍の土台を築いた悲哀の生涯

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武田義信(信玄の嫡男)はなぜ自害へ追い込まれたか?儚い30年の生涯

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武田勝頼
武田勝頼は最初から詰んでいた? 不遇な状況で武田家を継いだ37年の生涯

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

 

【甲斐源氏の流れ】

甲斐源氏19代を以下に記しておきました。

生年-没年も付記しておきますので、平安時代から続く武家の重厚な血脈を想像してみてください。

1代 源義光 1045-1127(甲斐源氏の始祖・甲斐守)

2代 源義清 1075-1149(常陸国“武田”郷の地から甲斐へ)

3代 源清光 1110-1168

4代 武田信義 1128-1186(甲斐武田氏の始祖)

5代 武田信光 1162-1248(源頼朝と共に挙兵)

6代 武田信政 1196-1265

7代 武田信時 1220-1289

8代 武田時綱 1245-1307

9代 武田信宗 1269-1330

10代 武田信武 1292-1359

11代 武田信成 不明-1394

12代 武田信春 不明-1413

13代 武田信満 不明-1417

14代 武田信重 1386-1450

15代 武田信守 不明-1418

16代 武田信昌 1447-1505

17代 武田信縄 1471-1507

18代 武田信虎 1494-1574

19代 武田信玄 1521-1573

20代 武田勝頼 1546-1582

※源義光の子・源義業が初代佐竹氏(信玄とはかなり遠い親戚です)

 

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【参考文献】
笹本正治『武田信玄―芳声天下に伝わり仁道寰中に鳴る (ミネルヴァ日本評伝選)』(→amazon
平山優『武田信玄 (歴史文化ライブラリー)』(→amazon
奥野高広『武田信玄 (人物叢書 新装版)』(→amazon
萩原三雄『武田信玄 謎解き散歩 (新人物文庫)』(→amazon

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