絵・富永商太

信長公記 武田・上杉家

信長の決断 もう一つの明智城が武田軍に攻められたとき~信長公記107話

前年に足利義昭や浅井・朝倉氏との決着をつけ、少しは落ち着くかに思われた天正二年(1574年)。

越前で一向一揆が起き、現地の統治を任せていた前波吉継が自害に追い込まれたとは前回で報じましたが、

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悪い知らせはもう一つあり、1月27日、こんな凶報が織田信長のもとに届けられました。

武田勝頼が岩村(恵那市)方面へ進軍し、明智城(明知城)を包囲した!」

 

岩村城に近いほうの明智城

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と思われるかもしれませんが、美濃にはもうひとつ「明智城(可児市・長山城とも)」が存在しており、そちらが光秀出生の地とされています。

地図で確認しておきますと……。

東側・赤色の拠点が今回注目の恵那市の明智城(明知城)で、西側・黄色の拠点が光秀ゆかりの可児市にある明智城になります。

ただし、光秀の出生や前半生についての経歴は不明点が多く、長山城(明智城)と明智家の関連性もハッキリとはしておりません。

主に『明智軍記』をベースにした記録であり、この明智軍記は江戸時代に成立した軍記物(小説)のため、史実とは言い難いのです。

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さらに参照のため掲載しておいたのが紫色の拠点=岩村城。ここは信長の叔母・おつやの方が城主をしていたのですが、武田軍・秋山虎繁の侵攻により落城し、この時点で彼女は敵である秋山の妻となっていました。

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飯羽間右衛門尉が武田方に内通し、落城

知らせを受けた信長は、明智城(今回は恵那市の赤い拠点)を救うため、2月1日に尾張・美濃の兵を救援に向かわせます。

さらに5日には嫡男・織田信忠を連れ、自らも出馬。6日に高野(瑞浪市)へ到着すると、ここに陣を敷いて戦の準備を始めました。

本来は7日に武田軍を攻める予定だったのですが、周囲の地形が険しいため両軍ともに動きづらく、すぐには進展もありません。
とはいえ救援に来たのですから、織田軍は先を急がねばなりません。

信長が、進みやすい道を探すよう命じていると、その前に

「明智城内にいた飯羽間右衛門尉いいばまえもんのじょうが武田方に内通し、既に城は落ちた」

という報告が入ります。

ここで「即座に城を奪還するのは不可能」と判断し、信長は長期戦の準備を始めました。

 

そのころ越前でもトラブル

まず高野の城普請を命じ、河尻秀隆を城番とします。

さらに、小里城(おり・瑞浪市)を改修させ、池田恒興を入れて備えました。
信長公記では「小里に城を建てた」とありますが、ここは当時から40年ほど以前に、土岐氏の庶流・小里氏の拠点が既に築かれていましたので、著者である太田牛一の誤記かと思われます。

後への備えを済ませた信長父子は、24日に岐阜へ帰還しました。

ちなみに、前回(106話)における越前の騒動で、富田長繁が味方に撃たれて死んだのが2月18日のことです。

織田家から見ると、ちょうど同時進行かつ全く違うエリアで、別のトラブルが起きていたことになりますね。

もしも信長が越前へ向かっていたとしたら、武田軍への対処が全くできず、また違った流れになっていたでしょう。

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越前と岐阜の間には近江の織田家諸将がいて家臣団でも対応し得る状況だったのに対し、恵那市の明智城は強敵・武田家の侵攻拠点になります。ここは徳川家康の本拠・浜松城方面への進軍も可能なポイントとでもありました。

要は、非常に重要なエリアだったのです。

もしも、岩村城ともどもこの周辺エリアで武田の勢力を増長させれば、織田家・徳川家の重要拠点が危険に脅かされる状況に陥ります。

信長は、近江にいる家臣の対応能力を信じて越前を任せ、自身は同盟相手と自分の領地、全ての方面を守るために、このような決断をしたのでしょう。

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon
『信長と消えた家臣たち』(→amazon
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon
『戦国武将合戦事典』(→amazon

 



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