まんが戦国ブギウギ

まんが戦国ブギウギ21話 関東甲信越の騒乱は氏康の死で一応の手打ち

武田と上杉、北条、今川――。

非常に微妙なバランスで保たれていた関東甲信越の戦国大名は【桶狭間の戦い】を機に突如として力関係は大きく崩れ、今川が勢力争いから脱落していきました。

武田信玄に攻め込まれ、駿河から追い出された今川氏真北条氏康を頼り、その氏康は武田との合戦に突入。

しかし、その争いも、ほどなく終わりを迎えるのでした。

 

お好きな項目に飛べる目次

獅子の最期

◆武田信玄や上杉謙信と真っ向からぶつかりあった【相模の獅子】こと北条氏康が元亀二年(1571年)に死亡し、跡を継いだのが北条氏政でした。
後に小田原評定として「ダメ息子」のレッテルを貼られますが、それはあくまで小田原征伐で秀吉に滅ぼされたゆえの結果論。上杉、武田、徳川らとやりあいながら北条氏の所領を拡大させる実力者です。
義兄弟である今川氏真を追放したのも、国益と父の遺言を勘案した冷静な判断を持っていたからでしょう。

北条氏康
北条氏康が関東制覇へ!謙信や信玄と渡りあった57年の生涯【戦国北条五代記】

続きを見る

北条氏政
北条氏政はなぜ最期まで秀吉に反抗した?その生涯53年【戦国北条五代記】

続きを見る

 

逃げ足

◆武田信玄の侵攻によって駿河から追い出された今川氏真ですが、わずかながら同国内に支持勢力が残っていたとされます。
が、北条氏康の死を機に、駿河への帰国は雲散霧消。徳川家康を頼ることになり、結果、1615年まで長生きするのですから歴史とは不可解なものですね。

徳川家康
徳川家康 史実の人物像に迫る!生誕から大坂の陣まで75年の生涯 年表付

続きを見る

今川氏真は愚将か名将か~敵だった家康や信長と友好的に振る舞えるのはなぜ?

続きを見る

 

摩阿姫

◆この「摩阿姫」誕生の後、前田利家のもとに生まれた『豪姫』は、豊臣家との結び付きを強めるため、秀吉のもとへ養女に出されます。
そして、この豪姫こそが宇喜多秀家の嫁となり、関ヶ原の戦いで夫が負けると前田家に戻されながら、生涯、秀家のいる八丈島へ仕送りを続けたというのです。

イケメン武将・宇喜多秀家(謀殺王の息子)の生涯!27歳で五大老に就任も……

続きを見る

豪姫
豪姫(利家の娘で秀吉の養女)がイケメン武将・秀家とドラマのような人生を

続きを見る

 

軍配継承者

◆蜂須賀小六と言えば、山賊出身の猪系武将。竹中半兵衛さんの持つ軍配の継承者に相応しいとは思えないですが、それはあくまでイメージ。
実際は、秀吉のもとで毛利家との国境決めなど、アタマの使う重要な仕事を任されていたりしました。その隣には黒田官兵衛さんもおりましたが、いずれにせよギャップが魅力な武将の一人ではないでしょうか。

書籍版『戦国ブギウギ』です!

 



-まんが戦国ブギウギ