江戸時代の創作だと思われる小豆袋のエピソードが、公式ツイッターで「史実である」と記されるなど。
時代考証が妙ではないか?と囁かれる大河ドラマ『どうする家康』。
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またお市が信長“小豆袋”を送る…『豊臣兄弟!』でも繰り返されたありえない話
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序盤からその筆頭に挙げられているのが火縄銃です。
◆『どうする家康』第2話で早くも“脱落”する視聴者続出「このノリについて行けない」「時代考証雑すぎないか」(→link)
当時の銃は一発ずつ弾を込めていたのでは?
というのは、歴史の授業でも習うような話ですが、本作では、あたかも連射しているように描かれ、早くも第2話から以下のように批判されることとなりました。
「第2話で、松平の軍勢が敵の奇襲に応戦する際、火縄銃を連射しているシーンがありました。当時の火縄銃が単発式だったのは、中学生でも知っているはずです。
ほかにも、信長が桶狭間の時点で西洋のマントを着用していたり、今川義元の首をぶら下げた槍を馬上から投げるなど、思わず首をかしげるシーンがいくつもありました。槍を投げるのは、台本にはなく、監督のアイデアだったようですが……。いくらエンタテイメントとはいえ、あまりにやりすぎな感は否めません」(テレビウオッチャー)
それだけではありません。
第3話では、織田信長が水野信元を火縄銃で脅す場面があったり、第15話では、あろうことか織田軍が徳川家康の陣へ銃をブチ込むという凶行に走るのですから、視聴者が驚くのも無理はありません。
むろんドラマですから話の展開はフィクションで構わぬ一方、当時の火縄銃が実際どれぐらいのスペックを有し、日本にどれだけ広まっていたか、気になる方もおられるでしょう。
火縄銃の歴史と共に振り返ってみましょう。
🍃 『どうする家康』総合ガイド|家康の生涯・家臣団・合戦などを解説
火縄銃は連射できるのか?
火縄銃は連射できるのかどうか?
その回答を出す前に、まずは幕末の武器事情を確認しておきたいと思います。
当時、西洋列強から武器を輸入した日本人は、その性能に驚きながらも理解を深めてゆきました。
優劣を大きく分けたのが【前装式(先込め)】と【後装式(元込め・後込め)】です。
前装式:銃身の先端側から、弾薬を装填する方式
後装式:銃身の尾部から、弾薬を装填する方式
ヨーロッパでは【ナポレオン戦争】まで銃も大砲も【前装式】が中心。
確かに【後装式】は存在していたものの主力とはならず、そのナポレオン戦争で大きな変化が出ます。
イギリス陸軍が世界初の狙撃手部隊を組織したのです。
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世界初のスナイパー部隊・英軍グリーンジャケットがナポレオンを撃破する
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それまでも狙撃に特化したライフルはありました。しかし専門の部隊が組まれるほどではありません。なぜか?
【前装式】の銃では装填スピードが重要であり、ライフリングを施された狙撃銃では時間がかかってしまう――ゆえにナポレオンは却下したのです。
一方、その可能性を諦めなかったのがイギリスのジョン・ムーアでした。
ライフルへの装填をできるだけ素早く行い、かつ遠距離から狙撃を行う第95ライフル連隊を組織。「グリーン・ジャケット」と呼ばれた彼らは猛威をふるいました。
そしてアメリカで【南北戦争】が起こると、画期的な兵器の進歩が訪れます。
【後装式】ライフルという、それまでの常識を覆す銃が登場したのです。スペンサー銃と言います。
日本にとっての不幸は、この南北戦争が終結したタイミングでしょう。
ちょうど混乱期を迎えていた幕末、グラバーら英国商人は余った武器の転売先として開国したての日本に目をつけました。
フランスと手を組んだ将軍(江戸幕府)を倒した方が、イギリスにとっては旨味がある。薩摩や長州に、余った武器を売りつければよい――そう考えた海外の商人たちが、日本に武器を持ち込んだのです。
あくまでビジネスチャンスの話であり、先見性だのなんだの、そういう単純な話ではありません。
幕府陸軍に対しては、フランス産【後装式】のシャスポー銃が支給されましたが、京都守護職で財政難に陥っていた会津藩は【前装式】のゲベール銃が主力。
「これでは勝てねえ!」
と嘆きたくなる状況だったのです。
とはいえ会津藩に【後装式】スペンサー銃がなかったわけではありません。
唯一装備したのが山本八重であり、籠城戦で狙撃の腕前を披露したのはドラマでもよく知られたところでしょう。
『どうする家康』の10年前に放映された大河ドラマ『八重の桜』では、かなり綿密な武器考証がなされておりました。
第1回冒頭がアメリカ【南北戦争】であり、スペンサー銃を扱う大河にふさわしい幕開け――と、そうした細かな描写は『どうする家康』では不要と判断されたのか。
それより「派手なガンアクションでいこうぜ!」というスタンスで取り組でいるのかもしれません。
例えば戦国時代をモチーフとした各種ゲームにしたって、銃が前装とか後装なんて、細かいことは気にしないですもんね。
前置きが長くなりましたが、そろそろ結論を。
戦国時代の火縄銃は【前装式】です。連射できません。
【長篠の戦い】の伏線かも?
火縄銃の考証がおかしい――ドラマ放送を機にSNSなどで一斉にツッコミが入ると、擁護する意見も見かけました。
趣旨をまとめるこんなところです。
「そんなことわかっているんだ。だからこそ、織田信長は装填した火縄銃を、カメラでは映らないお付きの者に持たせている。
自分の銃を撃ったら、お付きの者から銃を受け取って撃つ!
【長篠の戦い】の伏線なんだよ」
果たしてそうでしょうか。
基本的に木造である日本の建築物は、火災に弱い。水野信元を脅すためだけに、装填した銃を複数抱えた者がいるとすれば、それはそれで不用心ではありませんか。
連射は、見た目の迫力重視で描かれただけで、伏線などあるのでしょうか。
また別の疑問もあります。
三河の国衆が大量に入手できるほど、鉄砲は普及していたのか?
火縄銃の存在は、『麒麟がくる』の序盤でも、重要な役割を果たしていました。
第1話で、明智庄に襲いかかった山賊たちが持っていた。それを目の当たりにした光秀が実物を求めて探索することが、序盤の展開になります。
家康よりも一回り以上年上の光秀が、青年期に普及し始めた火縄銃を求めて右往左往している。
ならば家康が成長した時代には、きっと大量にあったはずだ――というわけで、このことを少し掘ってみましょう。
鉄砲の普及はどうする?
戦国時代、布教を求めて来日した宣教師は「あちこちで火縄銃を見た」と驚きをもって記しています。
問題は、彼らが、いつどこでそれを見かけたのか?
例えば畿内と奥羽では普及速度に差があります。
ドラマに的を絞って考えてみますと、第2話の時点で、当時の三河国衆が火縄銃を大量に保持できたのか?
経済観点を考慮すると、なかなか厳しいのではないでしょうか。
『麒麟がくる』でも、経済と火縄銃の関係が描かれました。
海に接した尾張は、経済的に優位。内陸にある美濃は、尾張と手を結んで経済活性化を狙いたい。
そんな斎藤道三が、娘である帰蝶を織田信長の嫁がせます。
かくして婿となった信長と、道三が面会するとき、帰蝶は鉄砲を大量に手に入れ、夫の信長一行に持たせることとしました。
その際、帰蝶はこんな工夫をしています。
・諸国漫遊する芸人一座の伊呂波太夫に鉄砲入手を依頼する
→流通ルートの確保。紀州雑賀衆経由で得た
・依頼するために、伊呂波太夫に金を大量に渡す
→尾張の財力
帰蝶がいかに聡明であろうが、流通ルートと経済という点が揃っていなければ、この手は使えません。
こうした状況を踏まえると『どうする家康』序盤で、鉄砲を大量確保することはかなり厳しいのではないでしょうか。
他ならぬドラマで以下のような状況が描かれています。
・三河に金がない!
三河を統一することもできず、苦戦する徳川家康は“財政難”だと言い募り、一向宗の本證寺から強引に米を奪っていました。
史実では「不入権」の侵害が一揆の契機であったはずなのに、財政難を解決するという設定にしたため、プロットが歪んでいます。
こんな無茶苦茶な山賊操業をしているとなると、三河一帯は経済低迷地域のように思えてくる。
そんな国に、誰が鉄砲を売るのでしょうか?
・治安が悪い!
このドラマの世界観では、見るからに怪しい巫女や遊び女とくノ一がうろついており、機密や治安が保たれていません。
こうなると物流も停滞しがちであり、強奪が発生してもおかしくない。
自然と財産保持も難しくなり、大量の鉄砲確保も説得力を失ってしまう。
『麒麟がくる』でも、旅をする光秀は途中で襲撃に遭うなど、苦労を強いられていました。
そんな地域ごとの差もあり、統治能力といった力量が垣間見えてきます。
政経の描写が少なく説得力に欠ける
火縄銃だけではありません。
『どうする家康』はここ十年以内の中世大河で描かれてきた要素をおざなりにしていると思えます。
肝となる作品の特徴を振り返ってみましょう。
・2016年『真田丸』
国衆が大きく扱われた大河。
真田一族のサバイバルを通して、広くその像を知らしめた功績は大きかった。
その国衆像が、序盤の『どうする家康』ではあまり活かされているようには思えません。
・2017年『おんな城主 直虎』
二年連続、国衆を主役としています。
経済描写も重視されており、乱世でいかに産業を開発し金を得ていくか――そういう地に足付いた戦国期の状況も描かれました。
また、当時の女性が家を相続すること、政治権力を描いた作品ともいえます。
主人公の井伊直虎は言うに及ばず、義元亡き後の今川家を支えた寿桂尼の力量も見応えがありました。
『どうする家康』では、今川氏真を再評価しているという意見もあります。
しかし、それは既に『おんな城主 直虎』で実現していること。『どうする家康』の氏真のように、家がバラバラになっていく中、“夜伽役”を求めて悪化させるような愚行はしておりません。
明らかに『おんな城主 直虎』における今川氏真の描き方のほうが良心的でしょう。
・2020年『麒麟がくる』
鉄砲の普及ひとつとっても、経済や物流を絡めた秀逸な描き方でした。
足利義輝に仕える三淵藤英は、暗愚ではないけれど、鉄砲の入手と活用には否定的。
先見の明がないのではなく、それだけ室町幕府には金も物流を制する力もなかった証に見えました。
それと比較すると『どうする家康』の織田信長は、
「ともかく強ええからなんでも手に入るんだ!」
という描写です。清洲城はさんざん紫禁城だと突っ込まれていました(実際の紫禁城はさほど似ていませんが)。
・2021年『鎌倉殿の13人』
史料の読み込みがうまい作品です。
三谷幸喜さんが原作と考えたという『吾妻鏡』の使い方が巧みでした。
『吾妻鏡』は信憑性に疑念があり、話半分だと思って受け止めるもの。そこに新説や独自の解釈を取り入れつつ、フィクションで面白い落とし所を探っていました。
問題は火縄銃というよりも
『どうする家康』は、新解釈なのか、シン・大河なのか。
なんだか言葉遊びでごまかされているような印象をお持ちの方も少なくないでしょう。
先行作品を踏まえてみるとこうなります。
『八重の桜』の幕末明治ならありえた【後装式】と思えるガンアクションが『どうする家康』にも出てくるが、両者を比較すると今年は拙く思える。
『真田丸』で描かれた国衆と何か違う! 前述のように経済状況に疑念のある国衆がこんなに鉄砲を得られるのか?
『おんな城主 直虎』ほど経済活動が描かれていない。
『麒麟がくる』の序盤と、火縄銃の扱いが違いすぎて何が何やら……。
あるいは別の角度、戦国ゲームと比べてみても、『どうする家康』はやるべきことを圧縮し過ぎています。
とにかく内政や経済コマンドがありません。
コーエーテクモさんの『信長の野望』はそこが大変であり、同時にゲームを面白くする要素になっています。
なんとかして米や金をやりくりして、武器や兵を揃えて、よっしゃ次はここの敵へ攻め込んだるぞ!といった焦らされた挙げ句のワクワク感がプレイヤーを興奮させる。
一方『どうする家康』はガチャで強いSSRカードを引き、タップだけでクリアできてしまう――そんな出来の悪いソーシャルゲームを彷彿とさせるのです。
ソシャゲなら、カードグラフィックに神絵師を使い、Googleで大々的に宣伝すればどうにか売れるかもしれない。
しかし、大河ドラマファンは、内政や経済コマンドに期待する層も多くいるのではありませんか。
そこに絶望的なズレがあると感じるのです。
要は、需要を見誤った制作首脳陣のマーケティングミスですね。
わかりやすいから火縄銃が叩かれていますが、考えてみるとそれ以前の問題というわけです。
どうするマーケティング――公共放送でそんなことを考えるのも妙な話ですが、あらためて本作首脳陣やNHKにそう問いかけたくなります。
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【参考文献】
佐々木稔『火縄銃の伝来と技術』(→amazon)
宇田川武久『鉄砲伝来の日本史』(→amazon)
他






