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【戦国ブギウギ78話】
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ついに動く
◆かつては鬼柴田と恐れられた勝家さん。確かに調略は似合いません。
そして、そんな荒武者イメージから、賤ヶ岳の戦いでも負けるべくして負けたというイメージで現代では語られますが、当時の勝家は他家との連携も進めており、あと少しだけ情勢が変われば勝利していたかもしれません。
そこで甥の佐久間盛政が進めたのが、相手の陣中へ切り込む「中入り」という戦法でした。
※中入り=小牧・長久手の戦いでも実行された作戦ですね
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小牧・長久手の戦い1584年|秀吉vs家康の複雑すぎる戦況をスッキリ解説
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大岩山砦
◆柴田勝家の甥っ子にして、「鬼玄蕃」と称される佐久間盛政さん。
叔父と甥っ子が揃って「鬼」の称号を付されるのですから、やっぱり血って凄いですよねー。
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佐久間盛政の生涯|鬼玄蕃と称された柴田勝家の甥は秀吉の誘いを笑って一蹴
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今では、勝家の命令を無視したことが賤ヶ岳敗戦の原因だとされ、不名誉な一面もありますが、敵陣へ先頭切って突っ込んでいくのですから、その根性たるやハンパじゃありません。
ただ、相手が悪かった……このころはキレッキレの秀吉だったのですから……。
※賤ヶ岳の戦い詳細は以下の記事にございます
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
書籍版『戦国ブギウギ』です!









