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【戦国史が一変した天正十年】
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武田滅亡
◆天正十年(1582年)、織田信長は最終的な武田攻めに取り掛かりました。
【甲州征伐】を請け負ったのは嫡男の織田信忠。
首尾よく武田勝頼を討ち取ります。
武田勝頼は最初から詰んでいた?不遇な状況で武田家を継いだ生涯37年
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信長の嫡男・織田信忠が生き残れば織田政権は続いた?26年の儚い生涯
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しかし、その年の6月2日のことでした……。
敵は……
◆中国地方の秀吉に助力するため13,000もの軍を引き連れた明智光秀が、突如、京都へ向かうのです。
そうです。本能寺の変の始まりです。
史実の明智光秀は本当にドラマのような生涯を駆け抜けたのか?
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斎藤利三~光秀の右腕にして春日局の父親だった明智家重臣~最期は秀吉に斬首され
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炎の信長
◆かくして稀代の戦国大名・織田信長は、その生涯に幕を閉じようとしていました。
織田信長の天下統一はやはりケタ違い!生誕から本能寺までの生涯49年を振り返る
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