まんが日本史ブギウギ

戦国史が一変した天正十年!西暦1582年に何が起きた?日本史ブギウギ168話

2020/07/19

歴史の授業で習う、重要な年表って真っ先に何を思い出されます?

645年は乙巳の変(大化の改新)。

794年は平安京。

1192年は鎌倉幕府(他の説も)。

1467年は応仁の乱。

1600年は関ヶ原の戦い。

とまぁ、いずれも日本史の流れを変えた節目として重要視されますが、こと戦国時代に限って言えば大事なところが抜けています。

魔の天正十年(1582年)です。

「いちごぱんつの本能寺」という年表語呂合わせで覚えておられる方もおりますかね。

この戦国期で最も重要な事件が立て続けにおきた天正十年には何が起きたか?ということでマンガ「日本史ブギウギ」第168話スタート!!

 


三木城陥落

◆織田家に対して謀反を起こした荒木村重。

荒木村重
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その村重を説得するため有岡城へ出向いた黒田官兵衛は、逆に囚われ、約1年間にわたって幽閉されておりました。

黒田官兵衛
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救出後は早速、仕事に駆り出されます。

それが別所長治の籠もる三木城でした。

 


鳥取城

◆当初は、官兵衛の働きもあり首尾よく進んだ秀吉の中国エリアへの進出。

その後は別所長治の裏切りだけでなく、本尊・毛利家の出動により、一進一退の戦いが続きます。

豊臣秀吉の肖像画
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そこで秀吉と官兵衛が展開したのが、大規模な包囲戦による徹底した兵糧攻めでした。

三木城に続いて鳥取城。

豊臣軍はわずかな被害で陥落させることに成功します。

一方、落ちた城側はかなりの惨状になっておりまして……(詳細は以下の記事に)。

黒田官兵衛と豊臣秀吉の肖像画
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高松城攻略

◆三木城に続き、鳥取城までもが陥落。

ジリジリと攻められる毛利家にとって、備中高松城は非常に重要な最前線の拠点とも言えました。

それだけに毛利軍も付近まで近づいて来るのですが、“土木の秀吉”は清水宗治のいる備中高松城を囲み、大規模な水攻めを敢行するのでした。

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ただ、上記の記事の通り、この堤防は思ったよりも短い距離で作れたという指摘もありまして……。

 


武田滅亡

◆天正十年(1582年)、織田信長は最終的な武田攻めに取り掛かりました。

【甲州征伐】を請け負ったのは嫡男の織田信忠。

首尾よく武田勝頼を討ち取ります。

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しかし、その年の6月2日のことでした……。

 

敵は……

◆中国地方の秀吉に助力するため13,000もの軍を引き連れた明智光秀が、突如、京都へ向かうのです。

そうです。本能寺の変の始まりです。

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炎の信長

◆かくして稀代の戦国大名・織田信長は、その生涯に幕を閉じようとしていました。

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生還者

◆信長の側近として仕えていた黒人初の侍・弥助。

信長の、ほとんど最後まで側にいたとされる弥助は、その後、二条新御所にいた織田信忠のもとへ走り、結局、明智軍に囚えられて、京都内の教会へ引き渡されたと言います。

『信長公記』の作者・太田牛一に現場の様子を伝えてくれていたら、そりゃもう、凄まじく面白いんですけどね。

なお、死の直前に敦盛を舞ったと『信長公記』には記されていません。著者の遊び心なオチだということを野暮ながら付け加えさせていただきます。

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逃げて!ヤッさん

◆家康と信長はどんな関係だったのか?

武田信玄からの凄まじいプレッシャーを浴びせられながらも、ついに織田家を裏切らなかった家康は、やはり信長の強さを信じていたのでしょう。

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しかし、ここは信玄や信長を偲んでいる場合じゃござーせん。

摂津の堺にいた家康は、三河へ戻るべく死の行軍にチャレンジします。

本多忠勝にも背中を押されて突き進んだその道は、伊賀の山中を通って伊勢・尾張へと抜ける地獄の帰り道でした。

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天正十年にあったことマトメ

◆甲州征伐→武田勝頼が滅ぼされる

◆備中高松城の戦い→最も有名な水攻め開始

◆本能寺の変→信長が横死

◆山崎の戦い→秀吉が光秀に勝つ

◆清洲会議→秀吉vs勝家始まる

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アニィたかはし

漫画家。現在は武将ジャパンにて、まんが『大河ブギウギ べらぼう編』シリーズを連載中。 2014年より歴史漫画家として活動を開始し、2015年には連載作品をまとめた商業コミック『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社)を全国発売。 以降、独自のポップ表現と歴史知識を融合させた「ブギウギシリーズ」を継続し、戦国・江戸・幕末など幅広い時代を題材とした作品を制作している。 2024年からは大河ドラマの各回を題材にした“ドラマ考証型マンガ”へと表現領域を拡大し、作品の幅をさらに広げている。 ◆主な著書 『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社、2015年、ISBN:978-4865370324) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001200494

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