春日局は、徳川家光の心を開くべく、万里小路有功を強引に大奥に入れました。
しかし家光は有功をあざけり、ひねくれた態度をとるばかり。
それでも誠意あふれる振る舞いを崩さない有功。
家光はある夜、有功に白猫を与えたのでした。
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白猫に「若紫」と名付けよう
なぜ家光は有功に白猫を与えたのか?
有功はどう感じたのか?
それを解き明かすうえで『源氏物語』が重要な役割を果たします。
有功が「若紫」と名付け、その由来を説明すると、家光は手なづけるつもりかと苛立ちながらも『源氏物語』に興味を持ち、読むようになります。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代、坂東武者で『源氏物語』を読みこなす者はそこまで多くありませんでした。
源平合戦の時、坂東武者は「平家の連中は歌なんて役に立たないものを詠んでいる」と語ったと伝えられるほどではあります。
それも時代がくだるにつれ文明化されてゆく様子は、劇中の源実朝を見ていればよく理解できたかと思います。
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『大奥』の江戸時代初期の場合、きちんとした武士ならば教養として『源氏物語』くらいは把握しています。
しかし、この時点で家光は理解があまりできていない。
これは彼女の生育環境へのヒントになります。
そして春日局はじめ、周囲はこの猫のやりとりを肯定的に評価し、一方で大奥の御中臈たちは嫉妬する。
たかが猫、されど猫。
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猫に含まれた意味も『源氏物語』で紐解けます。
その世界を少々見てみましょう。
猫は縁を結ぶ
光源氏が迎えた若妻・女三宮に心惹かれることになる柏木。
女三宮が画題となると、大抵猫が描かれています。
ある春の日のことでした。
柏木は六条院の庭で、親友である光源氏の息子・夕霧たちと蹴鞠をしていました。室内の女房たちも御簾越しに見物しています。
すると猫が御簾の裾から走り出て、首につけていた長い紐が御簾を巻き上げてしまったのです。
そしてあらわになったのが、女三宮の可憐な姿でした。
柏木はそんな彼女に心惹かれてしまう――この場面を表現するため、女三宮の絵には巻き上げられた御簾と猫が描かれるわけでして。
すっかり女三宮の虜となった柏木は悶々としながら、なんとかしてこの猫を手に入れ、可愛がります。
そしてニャーニャーという鳴き声を聞いてこう解釈するのです。
「ネヨウネヨウだって? 大胆だなぁ、もう!」
恋する柏木の痛さ全開ですが、なんでも色恋沙汰に結びつけてしまう「色好み」の感性こそ都らしいものとされます。
有功は決して性欲でムンムンした暑苦しい男ではありません。むしろ清らかで涼しげ。にもかかわらず、花のように儚く美しい、雅な色香がある。
そして狙ったのか、そうでないのかわからないけれども、『源氏物語』という最高の教材にまで家光を到達させました。
『源氏物語』の成立は、一説によれば藤原道長が娘に恋愛を教えるために、紫式部に書かせたとも言われています。
まさに最高の恋愛マニュアルですね。
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春日局からすれば「これだ! これでこそ西の男を苦労して手に入れた甲斐があった!」となりましょう。
一方で、ライバルの御中臈からすれば、さっぱりわけのわからないことをされてひたすら不愉快。雅さで有功に勝てるわけがありませんからね。
そんな淡い恋の芽生えが縦糸だとすれば、別の黒い横糸があります。
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