ドラマ大奥レビュー

ドラマ『大奥』公式サイトより引用

ドラマ10大奥感想あらすじ

ドラマ『大奥』感想レビュー第5回 妖艶なる綱吉は同時に儒学も好む

2023/02/09

名実ともに将軍となった徳川家光のもとで幕政が進んでゆく。

赤面疱瘡も収束し、収穫も増え……順調通りに進むようで、問題はまだ残されています。

人口はどうなるのか?

そして将軍の後継者は?

大奥内外、そして心の課題を回収するドラマの始まりです。

 


有功の名代として

大奥――女を閉じ込めた牢獄のようでいて、倒幕で消えたときは惜しまれたものです。

劇中、公のシステムとして成立する前には、将軍家光と万里小路有功の私情がありました。

有功は部屋子の玉栄を家光の閨に差し出します。

これも日本史を踏まえた設定といえるでしょう。

お殿様が領地から美女をかっさらい、側室にしてウッハウハ!……というのは後世の偏見と願望ありきのイメージであって、実際の大奥はコネがなければ入れませんでした。

当然でしょう。どこの誰かもわからない女が、権威ある父の子を産んでは困る。

そんなわけで、側室というのは正室がお墨付きを与え、推薦することがよくありました。

見知った者であれば心理的にもまだマシ。部屋子が主人の代わりを務めるというのは、典型的です。子を産めなくなった、疲れ果てた主人が差し出すことは道理にかなっている。

しかし、そんな身代わりを差し出す者、差し出された者の心は、きっちりと歴史には残されません。

そんな心の部分に本作は切り込みます。

家光は父の名代、そして玉栄は有功の名代。そう言い切られたあと、二人は閨を共にするのです。

いざ玉栄の子ができても、本音は苦しいのが有功でした。

子ができたと喜ぶ家光に対し、有功は「男女の欲から解き放たれたい」と語るのでした。

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大奥誕生 そして泰平の世へ

暇を出すか、手打ちにするか。

いずれにせよ、このままでは有功が大奥から姿を消してしまう。どうすればいいのか――と、家光が考え抜いて出した結論は、有功を大奥総取締に据えることでした。

心優しき有功のもと、大奥の役職は定められてゆきます。

一人一人に役割が与えられる。その流れで村瀬は祐筆に。

と、ここで冨永愛さん扮する徳川吉宗が、年老いた村瀬に尋ねます。

なぜ心優しき有功が、将軍の初めての相手となった御内証の方を殺すしきたりなど定めたのか?

家光が譲らなかったと答える村瀬。

世の中のしきたりとは、往々にして権力者の思いからできているのかもしれません。

ひとまず泰平の世は訪れました。

衝撃的だったのは、大奥から暇を出された男たちが、泣きながら吉原送りになる場面でしょう。

人口を保つため、子作りのために犠牲者を出す判断も厭わない家光。

これも歴史に沿っています。

実際の吉原は、男女比が偏った江戸で男性を慰労するために幕府公認で作られたのです。そこで働く女たちの涙を、男女逆転させることで思い出させてきます。

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そんな家光は、27歳の若さで死を迎えます。

彼女の身代わりを務めていた稲葉正勝も腹を切り、殉死を遂げました。

彼が身代わりを務めていたことを踏まえれば、立派なことだと受け止める有功。こうした殉死は時代が降ると廃れてゆきます。泰平の世はまだ先の話です。

死の床で、家光から“千恵”に戻った名を呼び、抱きしめる有功。

愛する有功に抱かれ、心と心を通じ合わせて世を去ってゆく家光。

死を前にしてやっと戻ることのできた姿でした。

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問題はその後。大奥はどうなっていったのか?

それは、村瀬から話を聞く吉宗の心次第でもあり、彼女も、家光と有功の恩恵を受けていることが示される場面でもあります。

有功は、大奥のものたちの心を慰めるため、四季折々の行事をも定めました。

そうして飾られるようになった菊の花を吉宗たちが眺めていることがわかります。

家綱の時代は飛ばされ、綱吉の世へ。

幼い頃の吉宗を笑い飛ばしたという綱吉は一体どんな上様なのでしょうか。

 

知っているようで知らない江戸時代の始まり

綱吉の治世へ移る前に、江戸の庶民が描かれます。

芝居見物をして、居酒屋でくだを巻く女二人、お江とお美が出てきました。

阿佐ヶ谷姉妹が演じるこの二人、ただの話題作りではなく、とても勉強になる話の枕となっています。

化粧をしっかりとした役者が舞台に立つ。それを町人でも見物する余裕がある。居酒屋は夜まで営業できる。そして女二人は眼鏡をかけている。

パッと見、これだけでも時代の進化がわかります。

女二人は芝居の美男に憧れて、家に戻れば不細工な夫が待っているとこぼし、大昔は美男が溢れていたとぼやく。

そして笑い合いながら、声を揃える。

「上様は当代一の色狂い!」

時代が如何に変化して、近世になったのか。鮮やかに描かれた場面であり、これぞ近代都市の日常ですね。

酒は米を大量に使うため、庶民まで飲めるのは泰平の証です。

経済的に豊かになり、町人でも芝居を見るだけの余裕がある。照明代を工面できるからこそ、夜も居酒屋が営業している。

噂話をするだけのジャーナリズム、瓦版が普及している。古典文学を読む程度の教養が庶民にもある。

江戸時代の要素が短い場面に集約されていました。家光時代ではこうはいきません。

それのみならず、彼女らを通してジェンダー観もわかります。

夫の不細工を嘆き、古典文学だの昔のことに現実逃避する二人はしょうもないと思えます。しかし、これが江戸時代のあるあるネタ。

長屋に戻れば赤ん坊を産みすぎてブヨブヨになった、不細工な女房がいてよォ! なんて居酒屋で愚痴をこぼす夫は、落語や時代劇ではおなじみの存在です。

江戸の男女比は偏っていて、既婚者はそれだけでも勝ち組でしたが、それでもか、だからこそなのか、女房を貶すネタは定番です。

 


当代一の色狂い上様

色狂い――深夜帯の放送ならではの言葉で語られる綱吉。

権力者に側室がいるのは当然と言えます。世継ぎを残さねばならない。

それでも「色狂い」と呼ばれるとなると、政務を乱しているほどだ、という含みもあります。

大奥で鈴が鳴らされ、登場するのは、その上様。衣装、美貌、そして目や口元が、確かに淫らとしか言いようがない! 圧倒的な色気が溢れていやがる。

綱吉は、からかうように居並ぶ男に声をかけつつ、柳沢吉保と二人きりになると「ああ退屈だ!」と嘆く。

あれほどの美男を揃えておきながら退屈とは……確かに狂気を感じるほどの色好みです。

吉保はすかさず奸臣ぶりを見せつけます。牧野邸に向かってはどうか?と囁く。これぞ悪だくらみを共にするバディですね。

かくして牧野成貞の邸で能を楽しむ綱吉。

夫の邦久をわざわざ「亜久里」と呼び、なにやら匂わせます。

とういのもこの二人、若い頃は睦み合う仲でした。その古い恋を再生させるつもりなのでしょう。まさに「焼け木杭(ぼっくい)に火が付く」であります。

夫を取られてしまう成貞からすれば、たまったものではありません。

彼女は綱吉対策として、夜伽美男を襖の向こうに用意しておきました。

しかしそれには目をくれず、“亜久里”だけを残す綱吉。蛇が絡みつくように、相手をものにしようと迫ります。

それにしても本作は照明効果が実に美しい。

有功の心情を写すような障子越しの光もそうですし、この場面が光の美の極みでしょう。

家光と異なり、綱吉は髪を結い、そして揺れる簪をつけています。この飾りが灯りの中でゆらめき、なんとも妖艶。

着物の生地も金襴(きんらん)で、暗い照明の中、妖艶に光ります。

こうした飾りは夜の暗い照明の中でこそ、妖しく輝き、人の心を魅了します。

灯りに使う油にせよ、蝋燭にせよ、かなりの高級品であり、それをふんだんに使えるのは近世以降。

夜の美を求める装飾とは、そういう時代なればこそです。

綱吉の服装は、いわば金と権力がそのまんま歩いているようなシロモノ。吉宗が嫌う無駄なものそのもので、衣装の色合いも鮮やかです。

実は日本人の伝統的色彩感覚はかなりビビッドでしたが、江戸時代に倹約令が出されるたび地味にするよう命じられ、価値観までも変わってしまいました。

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そして金と権力があれば色欲だって思いのまま。

なんと牧野の父と子ごと召し出し、そのせいで成貞は気鬱となり隠棲してしまったのです。

ここで能天気に牧野を惜しむ綱吉と、柳沢吉保の言葉がおそろしい。何の痛みも感じていないようだ。

まさしくこれが“色狂い”です。

東洋では権力者が何人妻妾を持とうと認められます。

が、そのせいで政治まで乱すとなったらそれはよろしくなく、綱吉とはなんという暗君なのか――と、初っ端から果敢に攻め立ててきます。

そして、そんな綱吉と語り合う柳沢にも、奸臣の気配が既に漂っています。

家光の子の世代で、もはや世は濁ってきているのです。

贅沢を嫌い、倹約を進めている吉宗と比較してみましょう。

吉宗は贅沢が大嫌い。綱吉時代からの生き残りといえる間部詮房が華麗な装束を勧めてくると、そんな奴とは政治ができないとキッパリと罷免していましたね。

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刺繍はワンポイントだけの吉宗の打掛は木綿であるため、ドッシリと重たいとか。

確かに吉宗は軽々と翻しません。綱吉の華麗な打掛はまるで羽衣のようにスルスルと脱げてしまった。

衣装だけでも、政治理念や気性がわかります。

 

京都から来た美男・右衛門佐

上様のご乱行に一手打つのが、御台所である鷹司信平です。

将軍家が、有力公家から御台所を迎えるしきたりだったのは、史実準拠です。

皇女という案もありましたが、幕末の和宮まで実現しておりません。

こうした御台所は子を為すことはなく、お飾りとして影が薄い。彼には上様の愛を取り戻す気などさらさらなく、それでいて京都ならではの隠し球を呼び寄せます。

美青年公卿の右衛門佐です。

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山本耕史さんだから、そりゃもう美形に決まっていますが、どっこいそれだけではなく……この右衛門佐、大奥に入ると、早速その知謀をフル回転させます。

まず、下働きの者たちに挨拶。こういう下手に出た態度は、たとえ芝居だとわかっていても「あの人ってば素晴らしいよ」と噂になる。

彼が人心掌握を心掛けていることは、公家言葉を使わないところにも表れています。

あの有功と玉栄ですら、京言葉が抜けなかったのに、彼はサッパリ抜いてしまう。

それでいて、大奥に君臨する桂昌院をなかなか訪れようとはしない。

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あの気が強い美青年・玉栄は、我が子・徳子を上様とし、権力欲に取り憑かれた人物となっておりました。

気位が高い桂昌院をあえて後回しにしたのは、その目にかなう格好をするためだったという右衛門佐。

この時点で京都流のやり口を見抜く桂昌院ではあるのですが、このあと贈られる西陣織の袈裟にはすっかりほだされてしまいます。

家光の死後、サッパリとした僧の姿に戻っていた玉栄。

それがこうもきらびやかな袈裟を身につけるようになるほど、月日は流れています。

桂昌院は何かが欠けた権力者になりました。

子も生まれた。権力はある。上様の父となれば世の頂点に立ったようなもの。

しかし有功とは異なり、彼は誰からも真心をもらうことができなかった。

柳沢吉保の肌の香りを嗅ぐことや、こうした賄賂袈裟で、その隙間を埋めるようになったのでしょう。

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そんな孤独な気持ちにスッと入り込むのが右衛門佐。

外堀から埋めていく様は曲者であると、桂昌院から綱吉に告げられます。

警戒するどころか、それを面白がっているようにも見える綱吉。

となれば、大奥で上様と睦み合うターンかと思いきや、そうは簡単には進まない。

大奥から出て男漁りをする上様を、男狩りに連れ出す――そんな策を御台所に提案します。

すべては右衛門佐の策通りです。

 

儒学講義で読むものは孔孟

右衛門佐が使った手段は、なんと儒学でした。

大奥で儒学講義をしているところへ、綱吉が入ってきます。

講義テキストが『孟子』と知ると、綱吉はおもしろがるように咎める。「孟子は殷周革命を肯定している」と言うのです。

殷周革命とは『封神演義』でもおなじみの出来事です。殷の紂王という暴君を倒したことを肯定しているというのです。

しかし、それは主君を倒す革命の肯定ではないか。

綱吉が意地悪な質問を投げかけると、右衛門佐も黙ってはいません。紂王のように民を苦しめる暴君は、もはや天命を受けていないのだと返します。

このテキストが『孟子』というところがポイント。

『孟子』を重視するのは朱子学の特徴です。

綱吉はおもしろそうに、右衛門佐がお伝の方に挨拶しないことを咎めると、彼はあくまで御台所付きの中臈であるからには、側室に挨拶をすることはできないとして、今度はこの言葉を引用します。

(君に事えて礼を尽くせば、)人以て諂(へつら)えりと為す。『論語』「八佾」

礼儀正しく主君に仕えていると、人は私を媚びへつらっていると言うものだ。

お伝の方に自分の立場で挨拶などしたら、相手にへつらっていると思われてしまう。

『論語』かと納得する綱吉。

「確かに曲者だ」と花びらのような唇を歪ませながら喜んでいます。まるで狩るべき“獲物”を見つけたようだ。

策を練ったはずの右衛門佐も、蛇に睨まれた獲物のように動揺しているようだ。

ただの色狂いの愚かな君主かと思っていたら、知性も持ち合わせていた。

これは手強い。

お互いがそう思った、火花の散る瞬間でした。

 

知性ある寵姫が欲しい

権力者となれば、とんでもない美女を寵愛するんだろうな、と思いますよね。

しかし、そのような美貌とは結局何なのか?

写真も残らない時代となるとよくわかりませんし、近代以降、写真が発明されてからの寵姫を見ても、それほどの美貌の持ち主でなかったりします。

顔がいいとか、スタイルがいいとか――そんなことだけでなく、受け答えがよいとか、話していて飽きないとか、そういう人間的な魅力も寵姫の条件です。

歴史上の人物でいうと、フランスのルイ14世が愛したマントノン夫人がいます。

彼女は地味で、そこまで美形でもなかった。

しかし、ともかく知的で、話していると落ち着く。信心深い。そんな魅力にルイ14世はどっぷり溺れ、彼女の言いなりになってプロテスタントを禁止してしまったほどでした。

高級娼婦もそうです。

確かに家光時代の吉原なら、ともかく異性であればいい、とがっつく客ばかりでも不思議はありません。

しかし時代がくだりますと、金のある客が来る。

歌を詠んだり、文学談義をしたり、そんな非日常も味わいたくなります。ゆえに遊女は、教養があれば高い値がつきました。

そんな知性ある獲物を狩れば、色ではなく頭を使うようになって落ち着くだろう――劇中の鷹司信平がそんな風に策をめぐらせたとしても、おかしくはありません。

しかも日本ならではの地理条件もあります。

京都出身となれば、東から見ればたまらない存在。

「東男に京女」という言葉があります。関東の男には京都の女が似合うという理想論であり、これを実現した人物が大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にも出てきています。

北条時政は、京から来た牧の方にべた惚れでした。

娘の北条政子だって、京都から来た源頼朝に惚れてしまいます。

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源実朝は京都から来た御台所を大事にしていました。子を為すことはできなくとも、和歌のことや風雅を分かち合う相手が大事だったのでしょう。

綱吉が寵愛するお伝の方は黒鍬者、マッチョな肉体労働者出身です。

そんなタイプに飽きたら、知性派に目が向いてもおかしくはありませんよね。

家光と有功に続く、東と西の組み合わせ。それが別の形でまた見えてきます。

 

近世に花開くエロス

第1回放送の吉宗編を覚えていらっしゃいますか。

あの回では「男が剣術を習うことが稀になった」という言葉がありました。

一方、家光時代は血の気が多い。家光はすぐ「斬り捨てる」と相手を威圧する。

大奥の嫌がらせにも変化があり、ストレートに暴力へ向かう3代・家光時代と、ネチネチとした8代・吉宗時代では異なります。

5代・綱吉時代は、その橋渡しとして見るとおもしろい。

「色狂い」と言われてしまう綱吉、その妖艶さ! 人類がエロくなるのはいつなのか?

その答えにも思えてきます。

人類なんて有史以来、エロかったんじゃないの?

と思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。純粋な生殖としての行為はあるにせよ、そんな能天気なことをしていられない状態が長いこと続いていた。

王侯貴族ならばともかく庶民は生きるだけで精一杯です。

それが、人口が増え、大都市が形成され、経済が発展した近世になると、庶民までエロスを味わう余裕が出てきます。

照明が普及して、夜遊びができるようになると地方都市にまで娼館が並び出しました。

金銭的に余裕のある商人も、妾や愛人を囲うようになります。

中国の纏足。

ヨーロッパのコルセットやハイヒール。

こうしたものを身につけた女性は動けず、戦乱の世では足手纏いです。肉体労働もできません。

そんな色気だけの女性が生きていけるだけの余裕ができてきたのが近世です。

メディアも変革を遂げます。その国を代表する春本や春画が残されて、広く流通。平和になって紙や印刷代がまかなえなければ、そんなしょうもないものが大流通することはありません。

生活に余裕のある層が生まれなければ、エロスは醸成できず、それが変わったのが近世であり、日本ならば江戸時代中期以降です。

どこか毅然としていた家光とは異なり、溢れるほどの色気がある綱吉は、まさに近世の申し子。

父・桂昌院が愛され教育で呪いでもかけたのでしょうか。

子には恵まれ、地位も手にしたけれども、彼は愛を得ることはなかった。ゆえに娘は愛を得られる花にしたのか。

そんな退廃的な愛欲の追及は、ついに政治まで乱してしまいます。

家光が求めた豊かな民衆の暮らしもまた、爛熟しています。

泰平が当たり前の世で生まれたからこそ町人が、居酒屋で夫の愚痴をこぼしあっているのです。

嗚呼、なんと愛おしくも愚かしい江戸の泰平か!

春日局や家光の念願が叶ったその世界は、吉宗が蹴り飛ばしたくなるようなものでもありました。

近世とは、その国の文化文芸が大きく花開くものでもあります。その国を代表する文芸、料理、演劇といったものも生まれてきます。

余裕が生まれると、庶民に至るまで文字を学び、それを活かしてさまざまな創作をするようになってゆきます。

元禄文化――日本史の授業でおなじみの華麗な文化が、大きく花開きます。

 

文治政治――朱子学を重視する時代へ

泰平の世で花開く裏面史ともいえる、エロスから先に述べてしまいましたが、もちろんそれだけではありません。

ドラマ『大奥』でもそこは見逃しません。

支配者たちは己の権力を強固にすべく、学問思想に力を入れます。

江戸時代の日本ならば朱子学。

右衛門佐が『孟子』を講義していたことで足を止めた綱吉は、『論語』の引用を聞き、曲者と笑った。

それはなぜか?

朱子学は孔孟の教えを重視していました。

儒教といっても教えが常に同じであったわけはなく、さまざまな考え方があり、そもそもは文治統治が徹底していた中国・宋代に誕生しました。

宋は日本史ならば鎌倉時代と重なります。

鎌倉から安土桃山まで、漢籍は主に禅僧によって伝えられながら、その学習程度には差がありました。

泰平の世を迎えた江戸幕府は、朱子学を重視します。

最高学府である昌平坂学問所や各地の藩校には孔子像が置かれ、儒学を学んでこそ武士とされた。

この設定を取り入れていたのが大河ドラマ『麒麟がくる』です。

主人公である明智 光秀は、麒麟が到来する孔子が理想とした世を目指していました。

その光秀は、主君である織田 信長を討ち果たした後、彼もまた討ち取られます。

ドラマでは光秀の死が明確に描かれない一方、彼の薫陶を受けた徳川 家康の姿は見えます。この家康の中には光秀から引き継いだ儒教があり、それが江戸時代の基礎に繋がるという描写でした。

といっても、家康一代で儒教は定着しません。

数代かけ、綱吉の頃には【文治政治】として定着していったのです。

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この上様も、理想と現実に引き裂かれるのか?

そんな朱子学を語るだけの教養と知性が綱吉にはある。

にも関わらず、父の桂昌院は子を為すことばかりをせかす。大奥もそう。江戸の町人ですら色のことばかりだ。

興味深いのは、綱吉のそんな知性が色欲とぶつかり合うと示されているところでして。

綱吉は儒教規範に照らせば、暗君そのものの所業を行なっています。

自分の色欲によって牧野を追い詰めた。しかも、父と子を同時に大奥に置くというのは、あまりに常軌を逸しています。そこを突かれたらどうするのか?

秘められた知性を発揮すると、己のあやまちや欲望とぶつかってしまう。それをどう乗り越えてゆくのか?

そもそも男女逆転した世界は、儒教思想とはぶつかりあいます。

儒教ではなく道教ではありますが、中国では陰陽という思想があります。男が陽で、女が陰です。

男が女と交わりすぎると、陽が陰に吸い取られて命まで落としかねないとされる。村瀬が牧野父子が精を吸われたと語っていますが、そういう思想も感じさせます。

中国にはこんな言葉があります。

牝鶏(けいひん)晨(あした)す。『書経』

めんどりが朝を告げたら世が乱れる。

要は、女性権力者を否定する言葉ですね。

当時の清が、日本のトップが女将軍だと知ったら、なんとまぁ野蛮な国かと眉をしかめたことでしょう。

史実の綱吉による文治政治は受け入れられたかというと、反発も強いものでした。

戦う武士が文治など受け入れられるか!と抵抗にあったのです。

そんな綱吉政治とその抵抗を、男女逆転して描く本作。

次回も見逃せない展開となりそうです。

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【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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