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黄表紙の祖『金々先生栄花夢』
『金々先生栄花夢』は現代でも通じるような、俗的で示唆に富んだ内容です。
ざっとまとめておきましょう。
『金々先生栄花夢』
昔むかし、とある田舎に金村屋金兵衛という貧しい若者がいました。
金兵衛は、そうだ、俺も江戸で出世しよう――と思い立ち、目黒不動へ向かいます。
そして門前の粟餅屋で、餅を注文しました。
「へえ、いま粟餅を蒸しますんで、お待ちくだせえ」
そう言われ、金兵衛が奥座敷で枕に頭を乗せると、そのまま眠り込んでしまいます。
するとそこへ、駕籠に乗った立派な身なりの者が現れ、驚きのことを告げてきます。
なんと金兵衛は、大富豪・泉屋清三の番頭とのこと。清三が隠居するにあたり、金兵衛を後継としたというのです。
かくして駕籠に載せられた金兵衛が泉屋に向かうと、清三がいました。清三は「ぶんずい」という名で隠居する。そこでぶんずいの養子として、泉屋を継ぐこととなった。
「金々先生!」
名前からそのように呼ばれるようになると、蜜に群がる蜂のように、金目当てで人がわらわらと寄ってくる――金兵衛はどんちゃん騒ぎをして遊び呆け、金を湯水のように使い果たしました。
落ちぶれても遊ぶことしかできない金兵衛。
ぶんずいはそんな金兵衛を追い出すことにします。
涙ながらに泉屋を去る金兵衛……と、思ったら、粟餅が炊き上がる香ばしい香りがするではありませんか。
ここで金兵衛は、成り上がりも転落も、粟餅が炊ける間の夢だと悟りました。
成功なんて儚い夢だ――。
そう悟った金兵衛は、江戸で成り上がるビッグな夢は忘れ、故郷に戻ったのです。
他愛のない話のようですが、風俗描写や江戸で遊び呆ける様に対して批判的であり、そこが斬新とされた作品です。
そして大きな特徴として「中国古典を下敷きにしている」ということが挙げられます。
中国古典を下敷きにしてブラッシュアップ
『金々先生栄花夢』は、沈既経『枕中記』による、唐代の伝奇小説を元にしています。
盧生(ろせい)という書生が、邯鄲で道士の呂翁から枕を借りて昼寝をしていた。
立身出世し、やがて転落するまでの夢を見た盧生が目覚めると、粟の飯がやっと炊けるところだった。
人の一生の不沈なぞ、所詮は儚いものだ。
という話です。
この話を元にして、
・邯鄲の夢
・盧生の夢
・黄粱の一炊
・一炊の夢
といった言葉があります。
大河ドラマでも『麒麟がくる』において、松永久秀がこう言い、自害しました。
「げに何事も一炊の夢……」
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あるいはドラマ10『大奥』の加納久通は、死を前にして、主君である吉宗にこう語ります。
「一炊の夢を見させていただきました。よき夢にございました」
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こうした台詞は、言うまでもなくドラマ上での話。
つまりフィクションですが、同時代の武士であれば、己の一生を振り返ってそう言ってもおかしくない、だからこそ語られています。
博打で負けてすってんてんになった江戸時代前半の江戸っ子ならば「人生こんなもんだ」と自嘲するかもしれない。
一方で、武士となれば「げに一炊の夢であるな」となるほうが自然というわけですね。
『金々先生栄花夢』は、今も現物が保存されていて、誰もが閲覧できます。
大きく絵の入った本であり、そう長くもない。
メインとなる夢の部分は、どんちゃん騒ぎをする虚栄のパリピライフであり、軽い読み物のようにも思えますが、中国古典の枠組みに嵌め込んだことで、ブラッシュアップされた。
物語を読み、本を置いた読者はこう考える。
「ほほう、これが一炊の夢か……」
かくして庶民が暇つぶしで読む類の本が、文学の一ジャンルとなった――【黄表紙】の誕生です。
大人が読むに足る。
知的好奇心を高める。
現実を批判する写実性もある。
そんな格の高いジャンルとして扱われ、主に【黄表紙】の著者は、恋川春町のような武士出身者が多いものでした。
なぜなら彼らは幼い頃から漢籍に触れる機会が多いため、自然とその教養が本の中に盛り込まれることになり、読者の知性が磨かれる一石二鳥の側面があったからです。
紫式部の『源氏物語』にしても、先行作品より漢籍教養が豊かであればこそ、高尚なものとされました。
日本の文学は、漢籍教養を盛り込むことで洗練させるのが伝統的とも言えるんですね。
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そんな武士出身の文人作家として、新ジャンルを築き上げた恋川春町。
しかし、作家として名声を高めると、反比例するかのように、武士としての倉橋格の命を縮めたのだから、皮肉なものでした。
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