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愛娘の名前
堅物とされる実資だけに、からかわれることもあったのか。
色仕掛けをやらかされたようなゴシップも『古事談』に残っています。
「あの人が下劣なことを!」と、クスクスッと笑いたい目線も感じる。
愛情深い夫ではあったようで、当初、中島亜梨沙さんが演じていた桐子を含め、少なくとも四人の妻がいたとされます。
驚異的な長寿であるため、妻には全員先立たれた。
当時は妊娠出産の危険性も高く、女性の方が平均寿命が短いとされるほどです。
それだけでなく彼は、乳幼児死亡率の高い時代ゆえか、我が子を看取る苦しみも味わっています。
我が子の死を嘆く記録は胸に迫るものがあります。
漢文で書かれたお堅い政治をたどる日記のようで、実資は実に珍しい記録も残してくれました。
愛娘の名前です。
50歳を過ぎて生まれたとされるこの娘は、まさしく掌中の珠。
実資は「かぐや姫」と呼び、溺愛しています。
母の身分もそれなりにあり、夭折することもないため、手元で育てあげたのです。
この娘が「千古」(ちふる/ちこ)とされます。
当時の女性名は「子」がつくと考えられますが、必ずしもそうではないとされる根拠として、「千古」の例が挙げられます。
『光る君へ』のヒロイン名が「まひろ」である理由のひとつといえるでしょう。
道長と親戚関係に
実資はこの娘に期待をかけていました。
入内を前提として大切に育てたのです。
そのため娘が病となれば、はるばる太宰府まで唐人医の薬を求めた記録もある。
ドラマを見ていてもお分かりの通り、当時は貴人ですら加持祈祷で治療する時代です。それなのに実資はわざわざ薬を取り寄せているのですから、大変な愛着です。
この‘かぐや姫”こと千古は、第42回放送に出演していましたね。
実資が抱っこしながら可愛がっていた娘ですが、将来的には道長と頼通父子によって入内を阻まれます。
不思議なのが、だからといって道長と実資の仲がこじれたわけでもなく、千古は道長の子である藤原長家との縁談が持ち上がったことでしょう。
結果は長家が断るわけですが、愛娘の縁談が壊れた実資は、ドラマの中でどんな反応を見せるのか。
最終的に、千古は、道長の孫・藤原兼頼(頼宗の子)の妻となります。
と、これが大失敗。
長暦2年(1038年)、千古は父に先んじて亡くなりました。
娘を溺愛していた実資は、家の資産大半を彼女に相続させていたため、小野宮流の資産が御堂流に継がれてしまうのです。
この痛恨の過ちもあって、小野宮流は後に没落。
院政期には消えてしまうのでした。
家は残さず 記録は残す
家は残さず、記録は残す――そんな苦い結末が『小右記』の先にはあるといえます。
没落した家の日記であるため、散逸も見られるのが悔やまれるところ。
『小右記』は『源氏物語』を読む上でも役立ちます。
光源氏の妻は葵の上でした。
どこかよそよそしく、心を開かない葵の上。光源氏はその寂しさを紛らわせるように、別の女君とも関係を持ちます。
あの葵の上はなぜ、ああもプライドが高いのか。
彼女個人の性格というより生育環境も影響していると『小右記』から理解が深まります。
入内を前提に親の溺愛を受けて育ってきたら、プライドは高くなり、入内以外の道があるともなかなか気づけなかったのでしょう。
★
政治史を知る上で貴重とされてきた『小右記』。
ジェンダー史を知る上でも役立つ一冊であり、女性が主人公である大河ドラマの副読本としてバッチリ参考になる。
あの藤原実資が映像化される意義もわかってきます。
歴史劇とは、武士が戦うだけではない。
お堅い平安貴族が皮肉っぽく不満を訴える様だって十分おもしろい。
藤原実資は、よくぞ『小右記』を残してくれたものです。
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◆視聴率はこちらから→光る君へ全視聴率
◆ドラマレビューはこちらから→光る君へ感想
文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
倉本一宏『平安貴族とは何か』(→amazon)
倉本一宏『ビギナーズクラシック 小右記』(→amazon)
繁田信一『かぐや姫の結婚』(→amazon)
他