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従者が文を届け損ねたら?
道綱母は兼家の文そのものだけではなく、届ける作法もチェックしています。
そっとさりげなく届ければよいものを、あんなに激しく門を叩いて大騒ぎしなくてもよいでしょ!
そう苛立っていた。
文は書いた当人同士だけでなく、従者も重責を背負っています。
届け先を間違うとか。文を途中で奪われるとか。あるいは都合の悪い相手を経由するとか。大遅刻するとか。
こうしたミスがあると大変ですから、従者の選び方も大事なのです。
『光る君へ』第12回でも、まひろの弟である藤原惟規が、道長からの文を先に奪い取って読んでしまう場面がありましたよね。
乙丸や百舌彦といった従者たちも、恋を成就させるため責任重大でした。
今よりずっと危険な平安京を走り回り、文を届けた。そんな彼らにもエールを送りたいところです。

画像はイメージです(駒競行幸絵巻より)/wikipediaより引用
懸想文すらない結婚に疑念を抱く妻
恋する相手と結ばれた倫子は幸せそのものであったようで、“引っ掛かりもあった”ことが第13回で明かされます。
倫子は道長から事前に恋文をもらっていません。結婚前に送るアプローチの「懸想文」が届いていないのです。
兼家の場合、道綱母の父にまずアプローチしつつ、強引にイマイチな懸想文を届けてきました。
一方で道長はそれすらない。突如、倫子の元を訪れた。『蜻蛉日記』の兼家以下と思えなくもありません。
史実の兼家以下のことを、ドラマの道長はやらかしたと言えるのです。
倫子は、案の定、穏やかなようで不満を溜め込んでいました。
『光る君へ』では、まひろが倫子に『蜻蛉日記』を貸すと言いだし、相手がやんわりと断る場面がありました。
それがもしも真剣な顔で、こんなことを言い出したらどうでしょう。
「まひろさん、『蜻蛉日記』をお持ちよね? 是非とも読んでみたいわ……」
倫子がそんなことを言い出したときは、夫に対する怒りが静かに高まっている合図でしょう。
家族の手紙を漁る平安貴族たち
さらに倫子には、怒りのマグマが溜まる契機があったと第13回で明かされます。
倫子は道長の文箱の中を探り、謎の文を見つけました。それはまひろ(紫式部)の書いたもの。貧しい家のまひろはそれでも綺麗な紙を用い、美しい筆跡で書いてありました。
もしもまひろが悪質であったり、適当な紙で書いていたら?
内容は漢詩である陶淵明『気去来辞』です。
倫子は「メモかな?」と思い、そのまま気にも留めなかったのかもしれません。
しかし、それが心に引っかかったということは、それなりに綺麗な文だったと思ったからこそ、倫子の疑念は大きくなる。
漢詩だけに殿御のものかもしれないと思いつつ、疑念を払拭できないでいるのです。
もしも、まひろの書いた漢詩が女性詩人の卓文君でもあったら、倫子も気づいてしまったかもしれず……ギリギリといったところでしょうか。
とはいえ、倫子はよりにもよってまひろにこの文を見せました。
まひろはその内容すら理解した答えを返しています。
漢詩が理解できる女なんて、綺麗な筆跡の女なんて、そうそういないでしょう。倫子のモヤモヤは晴れません。

画像はイメージです(源氏物語絵巻/wikipediaより引用)
さて、皆さんは、倫子のこの行動をどう思いますか?
むろんドラマというフィクションでの行動ということは念頭におきまして、酷いと思いませんか?
現代に例えるならば、妻が夫のスマートフォンをロック解除し、メッセージアプリを覗き見るような行為といえる。
前述したように、ドラマの前半では藤原定子が兄・伊周の恋文を探し当てて読んでいました。
つまり、家族間で文の類を見てしまうことはありえたのでしょう。
素敵な文ならば自慢したい。
当時は家族の意向抜きにしては結婚もままならない。
文は、家中の誰かに確認されるリスクがあった。
しかも、よりにもよって他の女からの文を文箱に入れておいた道長は相当迂闊です。他に隠し場所はなかったのでしょうか。
これは『蜻蛉日記』において、父・兼家もやらかしたミスだとわかります。
道綱母は文箱の底から別の女の文を見つけてしまい、絶望していました。
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