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【源実朝は男色だった?】
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大河ドラマでぼかされるセクシュアリティ
大河でのタブーと言われることはよくあります。
特にある人物のプライバシーに関わることとなると、どうしてもありのままに描くことは難しくなります。
『青天を衝け』において渋沢栄一の派手な漁色ぶりが描かれなかったことは一例でしょう。
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同性愛や両性愛描写も避けられます。
しかし日本の歴史においては男性の両性愛は特に禁忌でもなく、大河ドラマに登場する人物でもそうだった記録は往々にして残されています。
ただ、映像でそこまで踏み込むことはありません。
数少ない例外として、2012年大河ドラマ『平清盛』における“悪左府”こと藤原頼長が挙げられます。
数多の男色を好んだ頼長の相手には、木曾義仲の父・源義賢もおりました。
ただし、今振り返ってみると頼長の描き方は問題があったと思えます。放送当時は通ったとしても、頼長の男色愛好と、彼の持つ執拗な異常性が結び付けられているようにもとられかねないところがありました。
インターネットのファンダムにおいても、同性愛差別的なフレーズをもって彼が茶化されることはよくあったものです。
確かに頼長の執着は尋常ではなく、当時から異常性をもって受け止められていました。
しかしそれは男性が相手だからではなく、あまりに執拗で強引だったことが大きい。
当時は、頼長以外にも男色を嗜む人は多く、彼の父である藤原忠実、あるいは対立した後白河法皇も当てはまります。
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男色そのものではなく、しつこさや非常識さが加わると、当時でも非難されていたものです。
九条兼実は、主君である後白河法皇の男色関係について、『玉葉』に苦々しく書き残しています。
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平清盛四女・盛子を妻とする近衛基実と、後白河法皇は深い男色関係を結んでいました。
その基実から、平家の情報を得る後白河法皇をこう皮肉っているのです。
君臣合体の儀、これを以て至極となすべきか。
君臣合体も極まってるよな、これぞ頂点ってやつだな!
兼実が、このように嫌味たっぷりに書き残したのは、あまりに節操ない性的関係だったからでしょう。
同時に兼実は、後白河法皇の寵姫である丹後局が政治に口を挟むことにも憤りを覚えています。
男だろうが、女だろうが、性的関係を拠り所にして政治に口を出してはならないのです。
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恋せぬゆえの悩み
後白河法皇のように寵愛する相手がいれば、記録に残ってもおかしくはない。
寵愛する男性がいれば影がちらついてもおかしくないように思えます。
しかし、そうではない性的指向もある。
NHKは2022年に夜ドラ『恋せぬふたり』を放送しました。
誰に対しても恋愛感情も性的欲求も抱かない――「アロマンティック・アセクシュアル」の男女を主人公とするストーリーです。
このドラマを作るにあたり、NHKは持ち前の取材力で色々と調べ、見る側の偏見を減らすように挑んだはずです。
大河ドラマにおける源実朝の描写にも、そうした知見が反映されたのかもしれません。
アロマンティック・アセクシュアルを主役としたドラマが2022年まで放送されなかったこと。
存在したにも関わらず、いなかったことにされてきたこと。
実朝のように、源氏の血を引く子を残して当然だと思われる人物が、そんな悩みを抱いていたとすればどれほど悩ましいことでしょうか。
ひ弱で不安定で、北条に操られるだけの将軍実朝。
そんな像を刷新したのが『鎌倉殿の13人』でした。
昔から同じことで悩んできた者がいる
かつて大河ドラマでは、過激な性的描写がみられました。
大河ドラマは教養や歴史教育に役立つために、子供でも見ることが推奨されていたのに、思わぬ性的描写があるとドギマギしてしまう。昔懐かしい思い出を語るファンもいるものです。
性的なシーンが登場するだけで大仰に取り上げるネットニュースにはそんなノスタルジーを感じます。
しかし時代は変わりました。
過激な性描写がある歴史劇を見たいのであれば、VODを見ればよい。
インターネットでいくらでも見られる時代に、大河にお色気シーンを期待するのは時代錯誤も甚だしいでしょう。
むしろ歴史の中に埋もれた人々の声を拾ってこそ意義があるのではないでしょうか。
そこで思い出されるのが第35回放送であったシーンです。
美しい千世を妻としながら思い悩む実朝に対し、大竹しのぶさん演じる歩き巫女がこう語りました。
「お前の悩みはどんなものであってもそれはお前一人の悩みではない。遥か昔から、同じことで悩んできた者がいることを忘れるな」
彼女の言葉を聞き、思わず感極まって涙した実朝。
さらに第39回放送では、もう一歩踏み込みました。
源実朝は、北条泰時に心を寄せていた。
恋の和歌を送った。
妻である千世を大切に思うけれども、応じることができない。
なまなましい欲望ではなく、儚く純粋で、それゆえに叶わない、プラトニックな恋が描かれたのです。
優しく、切なく、歌人として才能を残した実朝らしい。
2020年代にふさわしい描写だったのではないでしょうか。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
坂井孝一『源実朝 「東国の王権」を夢見た将軍』(→amazon)
坂井孝一『考証 鎌倉殿をめぐる人々』(→amazon)
細川重男『鎌倉幕府抗争史』(→amazon)
他