偽板事件のため、牢獄に繋がれてしまった鱗形屋。
地本屋たちが集まり、次の『吉原細見』はどこで出すか?と話し合っております。
確実にヒットが出る定番ですから、鱗形屋の落とした粟餅にありつきたいのは、蔦重だけのはずがありません。
『吉原細見』という“粟餅”を狙う地本問屋
地本問屋が一堂に介して、鱗形屋のことを話し合っています。
日本家屋の美しさを凝縮したいい絵作りですね。障子越しの光が実に素晴らしい。
煙管にもご注目ください。煙管は江戸時代のオシャレアイテムですから、いかに粋に吸うのかがポイントとなってきます。羽織の紐も個性が出ています。

煙管を吸う花魁を描いた喜多川歌麿の作品/wikipediaより引用
彼らは今回の件で、奉行所まで出てきたことに驚きを隠せておりません。派手にやったもんだと驚いております。
鱗形屋の身代はだいぶ傾いている上にキツい裁きとなったら……そう心配するようで、それだけでもねえようで。
うーむ、鱗形屋って、今の日本で言えばフジテレビってコトですかね?
で、地本問屋は他のテレビ局面々とか……今回も業を感じるぜ。
鶴屋喜右衛門が煙管をカッと竹筒に叩きつけて音を出し、本題に入ると示します。
「では鱗形屋さんに代わって、細見を出そうという方はいらっしゃいますか?」
フジテレビさんに代わって『サザエさん』を放送する局はあるか? みてえな話ってことよな。
スポンサーごと引っ張ってこれるなら、うめぇ話よ。『吉原細見』は吉原が買い取ってくれるスポンサーつきの案件でやんす。
他に乗り出すものもいる中、パンと手を打ち「僭越ながら」と前置きしつつ、こう告げたのは西村屋与八でした。
「私がやるのが、一番よろしいかと!」
でやがったな、このマシリト面がよ。吉原にも出入りして、蔦重にも顔が利くってよ。
このやりとりを笑顔で見ているのが鶴屋なのですが、笑っているようで、目だけ異様に冷たい時があるんですよ。
すると、その蔦重が乗り込んできたと告げられるのでした。
海外展開を見据えた豪華キャスト陣
えー、今週のこのキャストですが、大人気声優が四人と揃うという、豪華な隠し玉が披露されました。
岩戸屋源八:中井和哉さん
村田屋治郎兵衛:松田洋治さん
奥村屋源六:関智一さん
松村屋弥兵衛:高木渉さん
やりやがったな! やってくれると信じていたぜ!
そうガッツポーズをしつつ、海外のオタク友にもこの情報を送ったところ、大喜びです。これ目当てで見る人も出るんじゃないか?と思うほど。
んで、この「海外のオタク」というのもポイントです。
突然ですが問題です。海外とは、どこの国のオタクか?
正解は、中国のオタクです。
TikTok閉鎖騒動で話題になったSNSのRednote(小紅書)があります。
そんなネットを見ているとわかりますが、中国のオタクは熱いんです。自らのアイデンティティに結びつけ、熱烈に愛好するファンが多い。
アメリカでは、トランプ大統領がオタク文化からは相当距離があります。アメリカの学校図書館から日本の漫画本が撤去される事例も増えておりやす。
つまりオタクという視点でいくと、中国が田沼時代、アメリカは松平定信時代になるかもしれねえ、ってことですよ。
んで、このチームは風を読めますんで、そこまで踏まえてのこの陣容だったらてぇしたモンだって感じた次第でやんす。
今年の大河は、いい意味でオタクを刺激すると思いやすぜ。
何も声優が出るってぇだけの話じゃねえ。モノづくり。日本人の商売意識。そういうものって、江戸時代にカチッとハマっていったんじゃねえかな。
そう実感できると思います。
限定版商法とか。痛グッズとか。推し色とか。チラリズムとか。ラッキースケベとか。ケモナーとか。エロパロとか。女体化とか。
そういう作品はだいたい、蔦重とその周辺、後進者がゴリゴリと展開しています。
隠し玉といえば、番組特番に昨年の『光る君へ』のファーストサマーウイカさんと、玉置玲央さんが出ておりましたね。
番組内では二年連続大河に出ることになった猫みて羨ましがってたこの二人。
「人間でも二年連続はある!」
それを示す前振りでは?
徳井優さんが既にそうですし、この二人にこそできる役があるんじゃないかと思っております。
特にファーストサマーウイカさんは「江戸時代の清少納言」とされる女性文人なんか、ぴったりだと思うんですけどね。どうなることでしょう?
倍売れる『細見』を作ってみせらぁ!
蔦重は、地本問屋の寄り合いに、なんとも明るいノリでやってきました。
ふざけないとやっていけないと気遣いつつ、『細見』は私が出し「改」を続けられるようにすると言い切る西村屋。
蔦重はしおらしく頭を下げつつ、自分が板元として『細見』を出すと反論します。すかさず鶴屋が「仲間内でなければ板元になれないとお伝えしていた」と丁寧に返す。
蔦重はそれを逆手に取り、これを機に仲間に加えて欲しいと言い出しました。
ここで地本問屋の一人が扇子でパタパタと仰いでおりやす。
この扇子一つとっても日本人の教養が見えてきます。
根っこを辿ると中国の官僚が持つ笏(しゃく)となる。カンニングペーパーの役割があり、言いたいことなんかをメモして貼り付けておくんですな。
これが日本に伝わって折りたたみ形式にしたのが扇子。
そこで『鎌倉殿の13人』でも思い出して欲しいのですが、あれはドラマ後半、坂東武者が文官としての自意識を担うようになると扇子を持っていました。
長らく貴族や武士の身だしなみの定番だったものが、この時代ではインテリぶった町人や豪農も持ち歩いているようになっているわけです。

扇子/wikipediaより引用
話を戻しまして。
蔦重はただの勢いだけの無鉄砲でもなく、仲間の仕組みは理解しております。要するに競合しないように制限するためのシステムであると。
しかし鱗形屋はもう持ち直せないし、そこに自分を入れ込みてえとアピールします。
西村屋はさすがに厚かましいと反発。
他の地本問屋も、吉原で摺物出すのとは違う、簡単に本屋になれると思うな!とプレッシャーをかけてきます。
そしてこうきた。
「主(あるじ)のいない隙に跡を襲おうなんて、お前は畜生か!」
儒教倫理がしっかり根付いているんですね。戦国乱世じゃこうはいかんでしょう。
松永久秀のように下剋上を実現したとされる者が徹底して貶められてゆくのが江戸時代です。
すると蔦重は、突っ込まれたポイントには反論せず、これまでの倍売れる『細見』を作る!と豪語しながら論点をずらします。利益で釣ろうってか。
西村屋ができるわけないと顔を赤くしていると、鶴屋が「なるほど」と立ち上がり、倍売れる『細見』を見せてもらいたいと言い出しました。
その上で本当に倍売れたら、仲間に加えると条件を呑みました。あらあら、大丈夫ですか。
蔦重は威勢よくそれに応じ、その場を去ってゆきました。
西村屋が心配そうに「ほんとに成し遂げたらどうするのか」と鶴屋へ尋ねます。
吉原者を入れるのは御免だと言い出す者もいる。
要するに吉原者は被差別階級なんですね。
鶴屋は策士です。
まず倍売れるわけない。
蔦重の本を売れなくさせるよう、西村屋に競合を出させることに。
自分ではなく、西村屋にやるよう持ち掛けるのでした。
忘八どもをこの博打に乗せる
蔦重は吉原に戻り、忘八どもにこの話を持ち掛けます。
親父様たちにも倍買い取っていただくという前提だと知り、大文字屋は「勝手なことすんな!」と怒り、頭を引っ叩きます。
「……言ったらやめろとしか言わねえだろ」
そうぼやくと、大文字屋は聞きつけてくる。
すると蔦重は、こんな折はまたとないと思ったと主張します。
自分が仲間入りをすりゃ、自前の地本問屋を持てる。となりゃ、入銀本も、行事の摺物も、市中で売り披露目ができるってことだ。
すかさず、りつがその利点に気づき、吉原を売り込み放題にできると言い出します。
「はった!」
大文字屋も費用対効果に気づいてこう叫んだ。
まぁ、吉原は季節限定イベントをやたらと開催する運営なものですから、ガンガン広告を打ちたいわけで。
かくして忘八どもは「はった!」と群がるわけですが……。
扇屋だけは駿河屋の浮かない顔に気づいています。ここまで蔦重がおおっぴらに本屋になってくるのが、面白くねえと見抜いているんですな。
それだけでなく、彼には疑念がある。
うまくいって、市中の連中が俺たちを認めることがあるのか――そう思っちまう。彼なりに吉原から一歩出たら貶められるという意識があるんでしょうね。
責められる鱗形屋 つけこむ西村屋
そのころ鱗形屋は拷問を受けていました。
本当のことを語っても、腐れ商人が武家に罪をなすりつける気なのか!と殴る蹴るの暴行を受けてしまう。
日本独自の拷問は、おおよそ江戸時代に“確立”および“洗練”されてきます。
火責め、水責め、雪責めなどなど、古来から行われてきたものがよりシステマティックになりました。
奉行や火付盗賊改で、人体構造に詳しいアイデアのある奴が見出していくわけですな。
海老責、吊し責、石抱などなど、独自性のあるものが出てくる。

石抱/wikipediaより引用
ただし、厳しい拷問は致死率も高いですから、偽板程度ならば原始的な暴行程度なのでしょう。それでも出獄後に後遺症が残ってしまうことは十分考えられます。
酷いっちゃ酷いんですけどね。一応、進化はしています。
『光る君へ』のころですと検非違使とその部下の双寿丸あたりは、容疑者という時点で殺していてもおかしくはなかった。直秀も取り調べも何もなく殺されていましたね。
西村屋は、主なき鱗形屋に向かい、女房のりんに『細見』の板木を売るよう持ち掛けています。
彼女が「主人のおらぬ間に然様な決め事は……」と困惑していると、西村屋はおもむろに帛紗(ふくさ)に包んだ小判を見せる。
りんが応じないと、だんだん枚数を増やしていく西村屋。戸惑うりん。目が据わってくる西村屋。増えていく小判。
するとここで、賢い次男の万次郎が出てきて、小判を押し返します。
「おとっつぁんでねえと決められませんから!」
「ん」
その聡明さに何か見出したのか。西村屋は相手の顔をじっと見つめ、ため息をついてあきらめたようです。
万次郎、やっぱり只者じゃねえな。
彼は次男ですから、兄に何かなければ家は継げません。
この年齢なら奉公に出されていてもおかしくないでしょうに、手元できっちりと育てられ、それが家の危機でよい方向に動いている。
すげぇガキじゃないですか。西村屋もそこに気づいたのかもしれません。
無理じゃねえ、工夫をこらしてやってやらぁ
蔦重がパチパチとそろばんを弾き、帳簿をつけています。筆を持って、きっちり書く手元も見える。
その横で、半次郎と次郎兵衛は噂を話しています。
なんでも鱗形屋は身上半減か、島流しかと言われているとか。そりゃもうおしめえだと思われているようでして。
にしても、ペナルティが重すぎるんですね。放火や殺人でないこうした犯罪は、どうにも判例がわかりにくいものです。
世間は薄々勘づいているとは思います。あまりに重い。こりゃ武家あたりと何かやったんじゃないかと思っている人がいても不思議はありません。
次郎兵衛は蔦重が平気の平左であることを、意外に思っています。
聞けば「鱗形屋がやっていたことに気づいていた」と答えるではないですか。探索もされているのに黙っていた。鱗の旦那をはめたようなものだと淡々と語ります。
「今の俺にできんのは、はめたに見合うだけのいい『細見』を作るだけです」
次郎兵衛は義弟のそんな一生懸命な気持ちにほだされたのか、頭を撫でて、気持ち悪がられても抱き寄せています。愛情表現が素直で、愛くるしいもんですね。
そんな蔦重は『細見』を半値にするため、知恵を絞ることにしました
同じ値段で仕入れるとするならば、半額にすれば倍の数を仕入れてくれる。そう単純に考えたわけです。
でも、普通は、この時点で「そりゃ無理だ」ってなりませんか?
単純な次郎兵衛は「策士だねえ」と肯定しますが、半次郎はそれで儲けが出るのか?と心配そうな表情です。まあ、この人も蕎麦を売って生きているから客商売の厳しさを知っているのでしょう。
しかし蔦重はそれも承知だ。
費用を半額にするってよ。しかも、今までのものより“いいもの”にするそうで、半次郎は“いいもの”とは何か?聞いてくる。
蔦重は、そこを二人に手伝ってもらうと言い出しました。
条件をまとめますぜ。
・今までの半額にする
・今までの倍、印刷製本する
・今までよりも制作費を半額にする
・それでいて今までよりよいものにする
果たしてそんなことができるのかい?
危ない女郎大文字屋の「かをり」登場
かくして、蔦重は二人の仲間とともに聞き込みを開始します。
背景には吉原らしい色っぽい江戸時代のダーツこと投げ矢遊び。腰をかがめて矢を拾う女の尻にムラムラすることが主目的の客も少なくなかったそうですぜ。
今に役立ちそうなアイデアもあります。
たとえばクーポン系。『細見』を持っていけば揚代が半額になるなど。
いくつかの提案が出た後で、これまでの『細見』で根本となる欠点が指摘されます。
「買える女郎が載ってない」
要するに高い大見世ばかりで、安い河岸の女郎は掲載されていないということですね。
するとここで背後から若い女郎が小走りに蔦重のもとへ駆け寄り、背後から抱きついてきます。
「男前はタダってのは?」
「かをり……」
『細見』を持ってきたイケメンはタダにすんだとよ。そうすりゃ男前がこぞって書い、どっさどっさと吉原に来るってよ。って、おめえの願望じゃねえか!
どうやらこのかをりは、蔦重にぞっこん惚れているようで、男前の基準が彼になっておりやす。まあ、確かにすごいイケメンなんだけどね。
かをりを引き離しつつ、考えてくれたことに礼を言う蔦重。
彼女は一目惚れをしているようで、わっちとは前世からの縁だと思っているそうですよ。
すると、遣り手婆の志げがやってきて、棒で叩いて引き離そうとします。
「ババア! 落ち着け!」
そう止めようとする蔦重。それでもかをりはしがみついて離れようとしません。そこで、こう志げは脅す。
「いいのかい? 離れないと、蔦重の顔に傷がつくよ!」
とんだ災難だな、蔦重よぉ。
「蔦重! 大文字屋で待っておりんす!」
ここでやっと剥がれたかをりは、あのカボチャ野郎の大文字屋へ引っ張っていかれるのでした。
新之助、助太刀いたす
蔦重と次郎兵衛が「あいつ、あぶねえな」とぼやきつつ帰っていきます。
女郎と吉原で働く若い衆の恋は厳禁ですので、そこを心配しているのでしょう。
すると、新之助が待ち受けていました。うつせみに会いに来たのではなく、『細見』改善案を持ってきました。
聞けば、今までの細見では分厚いそうです。懐に入れた時、かさばるのだそうで。
蔦重の脳内に熊吉と八五郎の場面が出てきて――確かに薄い方がいい!と納得しています。
この和服の構造は踏まえておかないと、失敗してしまうところですね。
『青天を衝け』では、渋沢栄一が懐から『論語』をおもむろに取り出す場面があって脱力しました。
んなもん懐に入れたら邪魔で仕方ねえ。そもそも、持ち歩くもんでもねえだろ。そこを踏まえて、明治末におさまりのいい『ポケット論語』が出たらブームになったんだってば!
渋沢栄一が『論語と算盤』を書いたことは知っていても、和服や和本の構造を真面目に踏まえないと、ああいうお粗末場面が出てしまうんですなァ。
細かい話とはいえ、今年の大河はそんなドジは踏まねえんで、重要アイデアとして「これだ!」と蔦重はニンマリします。
留四郎も「そもそも昔は一枚刷りで持ち歩くことが前提だった」とフォローします。
“かかり”こと製作費もおさえられるから、一石二鳥なんすね。
そして蔦重は、新之助に手伝いを求めます。
「うつせみに会えるくらいは払いますんで!」
「助太刀いたそう、任せろ!」
くーっ、なんていい奴なんだ! うつせみもぞっこん新之助に惚れているから、なんならそこにつけこんで、無料で遊んでもいい。
しかし誠実な新之助は、うつせみの借金が増えることは避けたいのでしょう。
蔦重は、まずは『細見』を分解し、内容を確認、省く場所とレイアウトを決めてゆきます。
西村屋は忠七に耳を掃除をさせつつ『細見』のことを話しております。
板木を一から起こすことになり、なかなか面倒なのだとか。
手間とかかりがあるとわかっていても、西村屋はなんとか蔦重の野望を阻止したい。
なぜなら蔦重が自由に動けるようになれば、今後、西村屋では吉原ものを出せなくなるから。逆にここで潰しておけば、吉原本を独占できると。
すると忠七から『細見』を出している男がいると聞き出した西村屋。
早速調べて、貧乏くさい『細見』の奥づけを確認し、浅草の小泉忠五郎だとアタリをつけます。
蔦重の思いは月光のように透き通っている
蔦重が、四五六という職人に、『吉原細見』の彫りを依頼しにきました。
木版画ですから板を掘って印刷することになります。しかし、あまりの文字の細かさに渋っている。
「割の悪い仕事は受けられねえ! べらぼうめ!」
と、キッパリ断る四五六。こういう仕事の断り方、いっぺんでいいからしてみてえもんよ。
そして短気な江戸っこらしく、「帰(けえ)れ!」と連呼して蔦重を追い出そうとします。
しかし蔦重は、相手が閉めようとする戸に桶を挟んで阻止。“吉原での大宴会”というオプションを吊り下げます。
これには四五六もにっこり。彼にとっちゃ吉原は、どうやら憧れのようですぜ。
この魅惑のオプションですが、新之助との会話によりますと、蔦重相手だろうと宴会が安くなるようなことはないそうです。忘八はとことんドケチなようで。
ただ、本が倍売れれば職人を一度もてなすくらいの利益は出るそうです。
そう聞かされ、新之助はそれでは蔦重は儲からないと指摘します。
「マァ、深川、品川で遊ばせろ言われたらなんですが、吉原なら行ってこいなんで」
そう返す蔦重。
新之助は、そんな蔦重の思いを「李白の『静夜思』のようだ」と感心しています。
李白『静夜思』
牀前看月光 牀前(しょうぜん)月光を看(み)る
疑是地上霜 疑うらくは是れ地上の霜かと
挙頭望山月 頭(こうべ)を挙げて山月を望み
低頭思故郷 頭を低して故郷を思う
月光を眺め、山月を望む。そんな純粋な故郷を思う念と、蔦重の吉原への思いを重ねているんですね。
新之助が真面目に学んできたことがわかります。そしてこんな欲に塗れた吉原で、蔦重が月光のように透き通っていることもわかります。
すると次郎兵衛が、親父様たちが蔦重を呼んでいるとやってきました。
西村屋と忠五郎の脅迫
忘八親父たちの前にいたのは西村屋と忠五郎でした。
なんでも忠五郎が「改」に回るんだそうで、その挨拶だそうですよ。
蔦重は、忠五郎は地本問屋の仲間内ではないはずだと確認します。だからこそ西村屋と手を組むんだそうで。
「定」に反していておかしいと蔦重が指摘すると、その通りだと開き直りながら西村屋は抜け抜けと言います。
蔦重じゃまともな『細見』が作れるか不安だから、今回だけルールの例外にするってよ。しかも仲間内からの依頼となると、当然、西村屋の『細見』仕入れを確約していると。
忘八が動揺していると、忠五郎は自分たちと一緒にやらねえかと誘ってきます。
「俺らみてぇな摺物屋風情が市中の本屋に加わるなんざ……」
「お断りします! 倍売れれば、俺は仲間に入れてもらえるって約束なんで」
あくまで倍売って、地本問屋の仲間に入ると宣言する蔦重。
西村屋と忠五郎も不機嫌な表情で、さすがに諦めたようです。
二人が去った後で、蔦重は駿河屋に尋ねます。
「あいつら一体どんな脅しをかけてきたんですか?」
聞けば、蔦重版『細見』を買った女郎屋の女郎は、今後『雛形若菜』に使わねえってよ。
それを聞いても蔦重は一歩も引きません。自分が代わりになるものを作る!
すると大文字屋が、どうせ倍なんて売れねえと否定し始め、蔦重に諦めるよう促してきます。
しかし、蔦重はあらためて言葉に力を入れる。
「あいつは吉原のことなんて考えてねえんですよ!」
狙いは吉原の入銀だと見抜いています。
腐れ外道にも「侠気」はあるはずだ
入銀ものなら懐も傷まない。手も銭も抜き放題。
その本で吉原を盛り立てようなんて考えは毛筋ほどもねえ。
ただ、楽して儲けたいだけ。
そう言いつつ、蔦重が忘八親父たちを相手に説得を始めます。
「考えてみてくだせえよ。やつらに流れる金は、女郎が体を痛めて稼ぎ出した金じゃねえですか! それをなんで追い剥ぎみてえな輩にやんなきゃなんねえんです!」
さすがの忘八親父たちも耳を傾けているようで、さらに蔦重は続ける。
「女郎の血と涙が滲んだ金を預かるなら、その金で作る絵なら、本なら、細見なら、女郎に客が群がるようにしてやりてえじゃねえっすか! そん中から、客、選ばせてやりてえじゃねえっすか! 吉原の女はいい女だ。江戸で一番だってしてやりてえじゃねえですか! 胸張らしてやりてえじゃねえっすか!」
こう語るうちに、感銘を受けた色が滲んできます。
あの忘八親父どもが……道徳心なんて捨て去った奴らの顔に何かが浮かんだ。
「……それが女の股で飯食ってる腐れ外道の忘八の、たったひとつの心意気なんじゃねえですか。そのためには、よそに任せちゃいけねえんです。吉原大事(でえじ)に動く、自前の本屋を持たなきゃいけねえ。今はその二度とない折なんです!」
ここで蔦重が皆の顔をみつつ、こう念押しします。
「皆様、つまんねえ脅しに負けねえで、共に戦ってくだせえ」
深々と頭を下げる蔦重。
シンと静まり返っております。
なぜ、日本では『水滸伝』が廃れたのか?
中国四大奇書という作品があります。
『三国志演義』
『水滸伝』
『西遊記』
『金瓶梅』
『べらぼう』と何の関係があるのか?
ありやす、ばっちしあります。
当時は、輸入してきたこうした作品を翻訳するなり、翻案するなりして、挿絵つきで売ることが一種の流行となりまして。
んで、今、中国では葛飾北斎や歌川国芳が描いたこうした本の絵が人気でやんす。
特に『三国志演義』と『水滸伝』は、ことのほか江戸っ子に愛されたのです。江戸時代に限っていえば『水滸伝』が上ですかね。
しかし、考えてみてもくだせえよ。
いま『三国志演義』は定番の人気があるものの、『水滸伝』はそうでもない。
なぜ江戸っ子は『水滸伝』が大好きだったのか?
それなのに、その人気はなぜ、日本で衰えたのか?
その答えが今回、わかった気がします。
今回、蔦重が忘八の前で演説を展開するところは、大変『水滸伝』みてぇな流れなんですな。
『水滸伝』の百八星は、魔の星として世にあらわれる。実際、殺人やら強盗やらやらかした、とんでもねぇ連中です。ある意味、吉原者もそういう悪党だといえる。
でもだからこそ、団結してせめて名を馳せたい。
ああして団結して何かに立ち向かうということは、それだけでもグッときたのが江戸っ子なのでしょう。
そういうボトムアップ、下から突き上げて何か変えようとすることを、明治以降の日本社会は否定してきたんじゃないかなと思ってしまうわけでして。
代わりに『三国志演義』の諸葛孔明みたいなのが突如現れ、なんとかするような、そういう鶴の一声――トップダウンに期待する思考ルーティンになっているんじゃないかと思えまして。
そりゃ『水滸伝』に興味持たれねえわ。
でもそれじゃあ、いかんでしょ?
松葉屋では、いねが夫からその話を聞いています。
花魁たちに胸を張らせてやんのが、忘八のたった一つの心意気じゃねえか。そう言われ、この忘八は心が震えたようですぜ。
「共に戦おうって。さすがにグッときちゃたよ」
「戦うってのはどういうことだい?」
それは『細見』を倍売ること。西村屋という敵に勝たなきゃいけない。いねですら老舗と知っている西村屋に勝ち目はあるのかと聞き返す。
この会話を花の井がじっと黙って聞いていました。
「花魁、ひとつ俺たちも考えてみるかい?『細見』を倍売る手立てをさ」
松葉屋は花の井にそう語りかけます。
「あい!」
即座に返答する花の井。ここで助太刀して、彼女もただの籠の中の鳥でないことを示さねばなりません。
なんとしても西村屋に勝つためには、ネタを増やす
西村屋と忠五郎が打ち合わせをしております。
忠五郎は闘争心に火がついている。彼は、わきまえない蔦重に怒りをたぎらせていました。
めんどくせえけどよくいるタイプね。酷い扱いをしている会社や上司でなく、労働条件の改善を求める同僚にキレ散らかすタイプよ。おめえみたいな奴が世の中を悪くしているって気づいて欲しいぜ。
西村屋が出てきたことで、蔦重チームは「さらなる一手が欲しいところだ」と作戦会議中です。
「もう十分ではないか?」
新之助がそう諭すものの、蔦重はさらにネタを増やすと言い始めました。
半値なら買う連中も増える。でもそういう連中は大見世は手が届かない。ならば河岸見世まで網羅するものにする。そう決意を固めたようです。
しかも、薄さはそのままであり、無茶だからこそ値打ちがあると言い切ります。
蔦重の覚悟につられて新之助も決意を新たにし、細見の見直しに同意。次郎兵衛はムードメーカーなので、特に何もしねえと。
蔦重は足を使って吉原を巡り、リニューアルに励み、この終わることのない作業につきあわされる新之助。
書く。破く。その繰り返しよ。
そしてついに新之助は気づいた。次郎兵衛は何もしていないことに。
「あんた何やってんですか! 手伝ってくださいよ!」
「留(とめ)〜」
「あ〜!」
ま、アリの群にも仕事しねぇ個体がいるというし。こういう次郎兵衛みてえなアホを認めてこそ、多様性ってやつだと思うぜ。
こんなとき、せめて唐丸がいたらな。
-

『べらぼう』唐丸少年の正体は喜多川歌麿か東洲斎写楽か?はたまた葛飾北斎か!
続きを見る
蔦重は忠五郎と遭遇し、嫌がらせを受けつつも、めげずに作業に励みます。
修正を入れては割付(レイアウト)を一からやり直し。
修正を入れては割付(レイアウト)を一からやり直し。
まるで電車の時刻表を何度も修正させられているようで、さすがの新之助もぶっ倒れて「無理〜」と呻いております。誇り高い武士が弱音を吐くなんてよ……。
そして出来上がった原稿を彫る四五六も「こんなもん吉原十遍でも足りねえぞ、ええっ!」と限界突破でやんす。
「申し訳ねえ、ごめんなさい、すいやせん」
「てめえ、謝りゃいいって思ってんだろ!」
ついには大事な商売道具である鑿を蔦重に投げつけるのでした。危険すぎやすぜ。
西村屋を蹴散らす秘策
花の井が、松葉屋夫妻と『細見』を見ています。
そして変わり映えしないものだと確認。まぁ、掲載内容は同じですもんね。
すると、いねが何か閃きます。
『細見』がバカ売れするのは、名跡襲名が決まった時だと……松葉屋も納得します。染衣が四代目瀬川の名跡を継いだとき、飛ぶように売れたとさ。
花の井は「ならば」と決意を固めます。
文化が発展する過程というのは、実際のモノの実用性や価値以上に、プレミア感に金を出す時代となります。
そして蔦重たちは、いよいよ印刷へ。
二文字屋の女郎と歌いながら印刷をこなす面々。からかわれつつ仕事に励む新之助も、元気を取り戻しています。

地本問屋が本の裁断をしている様子/国立国会図書館蔵
こうして完成を迎えた蔦重は、九郎助稲荷に神頼みします。
「蹴散らせそうかい? 西村屋の細見は」
花の井がやってきました。
「おう、やれることは全部やった。これでだめなら、江戸中担いで回るの助だ」
すると花の井が懐から紙を出しました。
女郎の入れ替えがあったから、直してくれとのこと。もう綴じちまったとぼやきつつ、紙に目を落とした蔦重が驚きます。
「花の井改め 瀬川」
驚く蔦重。
「名跡襲名は売れる、二十年空いていた名跡が蘇るのならば、直す価値はある」
花の井がそう告げると、蔦重が「瀬川は不吉な名前じゃねえか」と気にしています。
不吉のワケは最後の先代が自害したからさと瀬川。そのいきさつを聞いたら、見受けが嫌で、“マブ”と添い遂げたかっただけだと語ります。
“マブ”とは“間夫”、女郎にとっての本命ですね。
そして、そんな不吉はわっちの性分じゃ起きないと言い切ります。
理知的な自分なら、そんな恋には溺れないと、自らに言い聞かせるように断言する瀬川。わっちが幸運の名跡にするとまで言い切ります。
「男前だな、お前。花の井、いつもありがとな」
帯をポンと叩く仕草は確かに“男前”だね。瀬川は振り向いてこう言います。
「前にも言ったと思うけど、吉原をなんとかしたいと思ってんのはあんただけじゃない。だから礼にゃ及ばねぇ。けど……任せたぜ、蔦の重三」
「おう、任せとけ」
幾重にも想いが絡まった名場面――今回までに、女郎の恋心が出てきています。
まず、うつせみ。彼女は女郎でありながら心底愛することのできる、新之助を見つけました。お互い順調に愛を育んでいることがわかります。
新之助による身請けが叶えばハッピーエンド。落語の題材になります。
それがうまくいくかどうか、見守るしかありません。
かをりは「危ねえ」女郎です。吉原の若い衆を間夫にする女郎もいるものの、当然ながら折檻対象になります。
それを遣り手の前で大っぴらにするとは、その時点で危険とも言える。抑制を無視しています。
そして花の井改め瀬川。蔦重への想いはあるけれども、それを出しては相手も不幸にするとわかっているから心の底に沈めておく。
自らに言い聞かせるように、わっちは間夫なんかいやしないとあえて相手の前で口にする。
それでも本当に愛する相手のために、なんとかしてでも助けようと一肌脱ぐ。
この人助けのために立ち上がるところが、江戸っ子の極みとも言える、とびきり粋な「侠気」です。確かに男前なんです。
なんとも切ねえじゃねえか。もう、泣けちまうよ。
『吉原細見』、完成
さて、いよいよ『細見』ができました。
地本問屋がお互いの本を買い合う場で、西村屋版が出てきます。
小川紙を表紙に使って高級感をアピールする作りなんだとよ。贈答に向いていて土産になるとすれば、こういう装丁の路線がピッタリなんだとさ。
タイトルも『新吉原細見』だとよ。現代ならさしずめ『シン・吉原細見』かね。鶴屋も褒めてますぜ。
そこへ蔦重が『細見』を背負って入ってきます。
帯のあたりをペシっとたたき、乗り込んできましたぜ。
「尻尾巻いて逃げた」と笑う連中のところへ入り込み、早速、広げ始めます。
鶴屋もニヤニヤしつつ、倍売れるものを楽しみにしていたと言い出します。
「では、どうぞ」
差し出す蔦重。他の連中も立ち上がり、見に来ます。
すぐに本の薄さに気づく鶴屋。西村屋は中身も薄っぺらいと決めつけて悪どいツラをしています。
ニンマリと「どうでしょう?」と挑発し返す蔦重。
中身はさらにべらぼうでね。目にした連中は驚いています。
全見世入り込んだレイアウトに驚いています。
そして「瀬川」の名前に一同驚愕。五代目瀬川襲名に度肝を抜かれておりやす。
この場面は、声優のキャスティングが効いておりまして、声だけで誰が驚いているか把握できます。
「いや〜決まったのが遅うございまして。直すのに今朝までかかって……大変でしたよね、西村屋さん? え、そちらの『細見』には載ってねえんすか?」
西村屋たちに動揺が走る。
プレミア付きとそうでないモンがあったらどっちを買うか。答えは明らかよな。
「まあ、仕方中橋! 吉原の外にいる方に応じろというのも難しいでしょう」
蔦重はさらに二冊を差し出し、西村屋に一冊と取り替えるように言います。
半値アピールだな。
そして声に出して「半値で売って欲しいと」言い出す蔦重。ありとあらゆる男に買って欲しいので、48文を24文にしたってよ。ちなみに蕎麦一杯は16文な。
これなら買う奴もいる。隣人のぶんまで買う奴もいる。作りは粗末とはいえ、五代目瀬川襲名のプレミアがつく。
完勝ですな。
「どうでしょう? 俺の『細見』は、倍売れませんかねえ?」
「……売れるかもしれませんね」
一瞬迷いつつ、にっこり笑いながらそう言う鶴屋。
こいつは頭の中で算盤をバチバチ弾いて、己の勝つ手を考えついたんだろうね。となりゃ、相手を邪魔したり、嫉妬している暇も惜しいってわけだ。
「っしゃ〜!」
「100部くれ! 100部!」
「ああっ、うちもくれ! 30……いや、50、50くれ!」
地本問屋どもがいい声でそう言い出したぜ。こりゃいけるんじゃねえか!
「倍売れるかもしれませんが……」という鶴屋の呟きが不気味だけどな。
そのころ鱗形屋に、ざんばら髪に血走った目の主が戻ってきました。
ここがなんとも切ねえのは、支えてんのは須原屋ってとこですかね。
西村屋じゃねえのか。地本問屋さぁ、冷たくねえか? 義侠心を忘れてねえか?
MVP:花の井改め瀬川
彼女は、江戸っ子を語る上で欠かせねえ「義侠心」を見せつけてくれたと思います。
これには蔦重の演説がまず第一段階としてある。
あの場面では自然と涙がジワジワ滲んできました。
こんなに脚本に心を揺さぶられたのは、昔の東映映画をみていたときのよう。笠原和夫さんの精神を感じましたね。
あれで心を動かされなきゃ、江戸っ子じゃねえ。そのくらい熱い台詞でした。
何があっても心意気だけは折れちゃいけねえ。そういうものを感じました。
そしてこの投げ込まれたひとつの石が波となって、周囲を動かす。
花の井はそれに応じることで、江戸っ子にとって最高の女になりました。
自分の損得は一切横におき、義侠心を見せた相手のために、自らも一肌脱ぐ――まさにこれぞ最高の花魁です。
江戸っ子の好みは、女だろうと「男前」で「侠気」を持ち合わせてなけりゃならねえ。そのことを描いてきました。
キャラクターとして素晴らしいというだけでなく、江戸っ子の好みにピタッとハマるところが粋の極みですね。

『助六が敵役である髭の意休にキセルを足で差し出す場面』豊原国周/wikipediaより引用
総評
Eテレで放映中『3ヶ月でマスターする江戸時代』をご覧になられている方はいらっしゃるでしょうか?
大河とセットで見ると、非常に面白い番組。
再放送が何度もありますので、ぜひご覧いただければと思います。セットで見ることで『べらぼう』がよりわかりやすくなります。
今回はお武家パートがありませんでした。
純粋に、町人の地本問屋と、さらにその下にいる吉原者が火花を散らす展開。
今回を見ていて日本人の産業の強みが見えてきた気がします。
今週は声優さんが多数登場したこともあり、どうしたって「オタク文化」を考えてしまいまして。
そんなときにこんなニュースが飛び込んできたワケですよ。アニメ産業崩壊リスクに国連も警鐘――ってやつ。
「クールジャパン」で検索をかけりゃ、お上のサイトが出てきます。
でもこれっておかしいんじゃねえか?と思うワケです。
お上につきゃ守られるのか?ってぇとそうでもなく、国連も危ぶむほど酷ぇことになってるじゃねえですか。むしろお上に縋ることで、ダメになっちまったところはねえかと思った次第でして。
日本の江戸文化には、妙なところがあります。
お上と距離が空いているんです。
他の国では、シェイクスピア劇やバレエを王様が観にきます。京劇は皇帝が観にきます。でも、将軍が歌舞伎を観にくることはありえません。
大奥から歌舞伎を観に行った結果、【江島生島事件】なんて大騒動になったこともありました。
要は、歌舞伎はワルいエンタメなんです。
蔦重が推していくエンタメも、だいたいがお上に目をつけられるワルいエンタメであり、お上に頼らない売れ筋だけを求める結果、創意工夫が必要となってきます。
日本にはもともと資源もそう多くはない。天災も多い。せっかく溜め込んだ財産が消えてしまうリスクも高い。
そういう日本人の特性に合わせて生きていくにはどう試行錯誤すべきか?
それが江戸時代にでてきていると思うわけでして、その答えが今年の大河にはあるんだなと。
身分だの、掟だの、そういうのは一旦横に置く。
柔軟な発想で工夫に工夫を凝らして、金を回し続けるしかねえ。
そう思えた気がします。
今回、蔦重が勝利を収めたのは発想をドンドン出していったから。
確かに、新之助や四五六をこき使ったブラック労働もありますし、蔦重が皆の心を動かして瀬川が誕生したこともありますが。
一方で西村屋は、既得権に頼った。仲間うちで売れれば勝てると踏んだ。脅せば言うことを聞くと思った。そこに創意工夫はない。相手の足を引っ張る手法しかないわけです。
これがアニメ産業崩壊と重なってしまった。
結局、何かをよくしようという気持ちなんてなく、自分の利益ばかり追い求める奴ばかりになったら、産業ごと潰れるんじゃないかと。
往年のアニメが蔦重なら、今はもう西村屋になっているのかもしれませんぜ。
なまじ「クールジャパン」なんて既得権を得たことが、凋落の始まりかもしれません。
どちらが賢い生き方かといえば、西村屋かもしれないけれど。
蔦重のように、小さい牛若丸が弁慶を倒すような戦いぶりは、やっぱりスカっとします。
声優目当てで惹きつけられた視聴者が、そこまで考えて動けば、何か変わるんじゃないか。そう希望を見出したくなった次第でして。
毎週毎週、業が深えよ!

歌川国芳『義経一代記義経記五條橋之図』/wikipediaより引用
あわせて読みたい関連記事
-

『べらぼう』唐丸少年の正体は喜多川歌麿か東洲斎写楽か?はたまた葛飾北斎か!
続きを見る
-

『べらぼう』片岡愛之助が演じた鱗形屋孫兵衛|史実では重三郎とどんな関係だった?
続きを見る
-

『べらぼう』主人公・蔦屋重三郎~史実はどんな人物でいかなる実績があったのか
続きを見る
-

吉原遊郭のリアル|鬼滅の刃でも話題になった“苦海”はどんな場所だった?
続きを見る
-

勝川春章は役者絵の名手にして北斎の師|なのになぜ本人は忘れられたのか
続きを見る
【参考】
べらぼう/公式サイト





