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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第7回好機到来『籬の花』】
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西村屋を蹴散らす秘策
花の井が、松葉屋夫妻と『細見』を見ています。
そして変わり映えしないものだと確認。まぁ、掲載内容は同じですもんね。
すると、いねが何か閃きます。
『細見』がバカ売れするのは、名跡襲名が決まった時だと……松葉屋も納得します。染衣が四代目瀬川の名跡を継いだとき、飛ぶように売れたとさ。
花の井は「ならば」と決意を固めます。
文化が発展する過程というのは、実際のモノの実用性や価値以上に、プレミア感に金を出す時代となります。
そして蔦重たちは、いよいよ印刷へ。
二文字屋の女郎と歌いながら印刷をこなす面々。からかわれつつ仕事に励む新之助も、元気を取り戻しています。
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地本問屋が本の裁断をしている様子/国立国会図書館蔵
こうして完成を迎えた蔦重は、九郎助稲荷に神頼みします。
「蹴散らせそうかい? 西村屋の細見は」
花の井がやってきました。
「おう、やれることは全部やった。これでだめなら、江戸中担いで回るの助だ」
すると花の井が懐から紙を出しました。
女郎の入れ替えがあったから、直してくれとのこと。もう綴じちまったとぼやきつつ、紙に目を落とした蔦重が驚きます。
「花の井改め 瀬川」
驚く蔦重。
「名跡襲名は売れる、二十年空いていた名跡が蘇るのならば、直す価値はある」
花の井がそう告げると、蔦重が「瀬川は不吉な名前じゃねえか」と気にしています。
不吉のワケは最後の先代が自害したからさと瀬川。そのいきさつを聞いたら、見受けが嫌で、“マブ”と添い遂げたかっただけだと語ります。
“マブ”とは“間夫”、女郎にとっての本命ですね。
そして、そんな不吉はわっちの性分じゃ起きないと言い切ります。
理知的な自分なら、そんな恋には溺れないと、自らに言い聞かせるように断言する瀬川。わっちが幸運の名跡にするとまで言い切ります。
「男前だな、お前。花の井、いつもありがとな」
帯をポンと叩く仕草は確かに“男前”だね。瀬川は振り向いてこう言います。
「前にも言ったと思うけど、吉原をなんとかしたいと思ってんのはあんただけじゃない。だから礼にゃ及ばねぇ。けど……任せたぜ、蔦の重三」
「おう、任せとけ」
幾重にも想いが絡まった名場面――今回までに、女郎の恋心が出てきています。
まず、うつせみ。彼女は女郎でありながら心底愛することのできる、新之助を見つけました。お互い順調に愛を育んでいることがわかります。
新之助による身請けが叶えばハッピーエンド。落語の題材になります。
それがうまくいくかどうか、見守るしかありません。
かをりは「危ねえ」女郎です。吉原の若い衆を間夫にする女郎もいるものの、当然ながら折檻対象になります。
それを遣り手の前で大っぴらにするとは、その時点で危険とも言える。抑制を無視しています。
そして花の井改め瀬川。蔦重への想いはあるけれども、それを出しては相手も不幸にするとわかっているから心の底に沈めておく。
自らに言い聞かせるように、わっちは間夫なんかいやしないとあえて相手の前で口にする。
それでも本当に愛する相手のために、なんとかしてでも助けようと一肌脱ぐ。
この人助けのために立ち上がるところが、江戸っ子の極みとも言える、とびきり粋な「侠気」です。確かに男前なんです。
なんとも切ねえじゃねえか。もう、泣けちまうよ。
『吉原細見』、完成
さて、いよいよ『細見』ができました。
地本問屋がお互いの本を買い合う場で、西村屋版が出てきます。
小川紙を表紙に使って高級感をアピールする作りなんだとよ。贈答に向いていて土産になるとすれば、こういう装丁の路線がピッタリなんだとさ。
タイトルも『新吉原細見』だとよ。現代ならさしずめ『シン・吉原細見』かね。鶴屋も褒めてますぜ。
そこへ蔦重が『細見』を背負って入ってきます。
帯のあたりをペシっとたたき、乗り込んできましたぜ。
「尻尾巻いて逃げた」と笑う連中のところへ入り込み、早速、広げ始めます。
鶴屋もニヤニヤしつつ、倍売れるものを楽しみにしていたと言い出します。
「では、どうぞ」
差し出す蔦重。他の連中も立ち上がり、見に来ます。
すぐに本の薄さに気づく鶴屋。西村屋は中身も薄っぺらいと決めつけて悪どいツラをしています。
ニンマリと「どうでしょう?」と挑発し返す蔦重。
中身はさらにべらぼうでね。目にした連中は驚いています。
全見世入り込んだレイアウトに驚いています。
そして「瀬川」の名前に一同驚愕。五代目瀬川襲名に度肝を抜かれておりやす。
この場面は、声優のキャスティングが効いておりまして、声だけで誰が驚いているか把握できます。
「いや〜決まったのが遅うございまして。直すのに今朝までかかって……大変でしたよね、西村屋さん? え、そちらの『細見』には載ってねえんすか?」
西村屋たちに動揺が走る。
プレミア付きとそうでないモンがあったらどっちを買うか。答えは明らかよな。
「まあ、仕方中橋! 吉原の外にいる方に応じろというのも難しいでしょう」
蔦重はさらに二冊を差し出し、西村屋に一冊と取り替えるように言います。
半値アピールだな。
そして声に出して「半値で売って欲しいと」言い出す蔦重。ありとあらゆる男に買って欲しいので、48文を24文にしたってよ。ちなみに蕎麦一杯は16文な。
これなら買う奴もいる。隣人のぶんまで買う奴もいる。作りは粗末とはいえ、五代目瀬川襲名のプレミアがつく。
完勝ですな。
「どうでしょう? 俺の『細見』は、倍売れませんかねえ?」
「……売れるかもしれませんね」
一瞬迷いつつ、にっこり笑いながらそう言う鶴屋。
こいつは頭の中で算盤をバチバチ弾いて、己の勝つ手を考えついたんだろうね。となりゃ、相手を邪魔したり、嫉妬している暇も惜しいってわけだ。
「っしゃ〜!」
「100部くれ! 100部!」
「ああっ、うちもくれ! 30……いや、50、50くれ!」
地本問屋どもがいい声でそう言い出したぜ。こりゃいけるんじゃねえか!
「倍売れるかもしれませんが……」という鶴屋の呟きが不気味だけどな。
そのころ鱗形屋に、ざんばら髪に血走った目の主が戻ってきました。
ここがなんとも切ねえのは、支えてんのは須原屋ってとこですかね。
西村屋じゃねえのか。地本問屋さぁ、冷たくねえか? 義侠心を忘れてねえか?
MVP:花の井改め瀬川
彼女は、江戸っ子を語る上で欠かせねえ「義侠心」を見せつけてくれたと思います。
これには蔦重の演説がまず第一段階としてある。
あの場面では自然と涙がジワジワ滲んできました。
こんなに脚本に心を揺さぶられたのは、昔の東映映画をみていたときのよう。笠原和夫さんの精神を感じましたね。
あれで心を動かされなきゃ、江戸っ子じゃねえ。そのくらい熱い台詞でした。
何があっても心意気だけは折れちゃいけねえ。そういうものを感じました。
そしてこの投げ込まれたひとつの石が波となって、周囲を動かす。
花の井はそれに応じることで、江戸っ子にとって最高の女になりました。
自分の損得は一切横におき、義侠心を見せた相手のために、自らも一肌脱ぐ――まさにこれぞ最高の花魁です。
江戸っ子の好みは、女だろうと「男前」で「侠気」を持ち合わせてなけりゃならねえ。そのことを描いてきました。
キャラクターとして素晴らしいというだけでなく、江戸っ子の好みにピタッとハマるところが粋の極みですね。
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『助六が敵役である髭の意休にキセルを足で差し出す場面』豊原国周/wikipediaより引用
総評
Eテレで放映中『3ヶ月でマスターする江戸時代』をご覧になられている方はいらっしゃるでしょうか?
大河とセットで見ると、非常に面白い番組。
再放送が何度もありますので、ぜひご覧いただければと思います。セットで見ることで『べらぼう』がよりわかりやすくなります。
今回はお武家パートがありませんでした。
純粋に、町人の地本問屋と、さらにその下にいる吉原者が火花を散らす展開。
今回を見ていて日本人の産業の強みが見えてきた気がします。
今週は声優さんが多数登場したこともあり、どうしたって「オタク文化」を考えてしまいまして。
そんなときにこんなニュースが飛び込んできたワケですよ。アニメ産業崩壊リスクに国連も警鐘――ってやつ。
「クールジャパン」で検索をかけりゃ、お上のサイトが出てきます。
でもこれっておかしいんじゃねえか?と思うワケです。
お上につきゃ守られるのか?ってぇとそうでもなく、国連も危ぶむほど酷ぇことになってるじゃねえですか。むしろお上に縋ることで、ダメになっちまったところはねえかと思った次第でして。
日本の江戸文化には、妙なところがあります。
お上と距離が空いているんです。
他の国では、シェイクスピア劇やバレエを王様が観にきます。京劇は皇帝が観にきます。でも、将軍が歌舞伎を観にくることはありえません。
大奥から歌舞伎を観に行った結果、【江島生島事件】なんて大騒動になったこともありました。
要は、歌舞伎はワルいエンタメなんです。
蔦重が推していくエンタメも、だいたいがお上に目をつけられるワルいエンタメであり、お上に頼らない売れ筋だけを求める結果、創意工夫が必要となってきます。
日本にはもともと資源もそう多くはない。天災も多い。せっかく溜め込んだ財産が消えてしまうリスクも高い。
そういう日本人の特性に合わせて生きていくにはどう試行錯誤すべきか?
それが江戸時代にでてきていると思うわけでして、その答えが今年の大河にはあるんだなと。
身分だの、掟だの、そういうのは一旦横に置く。
柔軟な発想で工夫に工夫を凝らして、金を回し続けるしかねえ。
そう思えた気がします。
今回、蔦重が勝利を収めたのは発想をドンドン出していったから。
確かに、新之助や四五六をこき使ったブラック労働もありますし、蔦重が皆の心を動かして瀬川が誕生したこともありますが。
一方で西村屋は、既得権に頼った。仲間うちで売れれば勝てると踏んだ。脅せば言うことを聞くと思った。そこに創意工夫はない。相手の足を引っ張る手法しかないわけです。
これがアニメ産業崩壊と重なってしまった。
結局、何かをよくしようという気持ちなんてなく、自分の利益ばかり追い求める奴ばかりになったら、産業ごと潰れるんじゃないかと。
往年のアニメが蔦重なら、今はもう西村屋になっているのかもしれませんぜ。
なまじ「クールジャパン」なんて既得権を得たことが、凋落の始まりかもしれません。
どちらが賢い生き方かといえば、西村屋かもしれないけれど。
蔦重のように、小さい牛若丸が弁慶を倒すような戦いぶりは、やっぱりスカっとします。
声優目当てで惹きつけられた視聴者が、そこまで考えて動けば、何か変わるんじゃないか。そう希望を見出したくなった次第でして。
毎週毎週、業が深えよ!
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歌川国芳『義経一代記義経記五條橋之図』/wikipediaより引用
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【参考】
べらぼう/公式サイト