それがあっさりと、蔦重に売ることを持ちかけてくるのです。
実はこの柏原屋は、鱗形屋の偽板を訴えていた上方の商人ですね。
なんでも彼は鶴屋から頼まれただけで大して乗り気でもなく、江戸では米の値が暴騰しそうなことを天変地異から察しているそうで。
むろん蔦重は乗り気。
ただ、柏原屋にしても吉原者の禁令は気になるようです。
お好きな項目に飛べる目次
お好きな項目に飛べる目次
抜荷の地図は須原屋にあった
蔦屋重三郎が、須原屋市兵衛と共に田沼意知のもとへ向かいます。
差し出したのは、抜荷を示す絵図です。
なんでも絵図が騒ぎになった際、持ち主から須原屋に相談があったようで、意知が買取の意思を表示すると、「お代は結構です」と須原屋。
その代わりに蔦重の出店を認めて欲しいという条件をつけるのでした。
意知は二つ返事で快諾し、とんとん拍子に事は進んでゆきます。
それにしても、なぜ須原屋はこんなことができたのか?
須原屋は平賀源内ら情報通と親しく、彼らの書籍を積極的に出版しています。いわば江戸の情報ネットワークハブというわけですね。
誰袖はこのことを意知から聞かされています。
琥珀の件は、大文字屋が言うには今月中にはなんとかなるとのこと。
するとここで鳴動が響き、天変地異の予感がします。
近頃増えているようで……。
天明3年夏、浅間山が火を噴く
抜荷の絵図を意知に渡し、吉原者の日本橋出店に目処をつけた蔦重は、日本橋と仲良くなる方法はないかと頭を悩ませています。
「できるだけ揉めたくねえじゃねえか」
そう言いながら、リラックスした様子で煙管をふかす横浜流星さんの仕草が実に粋ですね。
しかしそんな日常も、突然の轟音と振動が遮る。
爆発するような音が響き、ものが落ちてきます。
浅間焼け――浅間山大噴火です。

浅間山の天明大噴火を描いた「夜分大焼之図」/wikipediaより引用
なんでも噴煙の一部が成層圏に達するほどの大噴火であったと、稲荷ナビが説明し、江戸には、灰が降り注いできました。
それを見て蔦重はニヤリ。
「恵の雨……こりャア恵の灰だろ」
浅間焼けを不安げな表情を浮かべて見ていた二人の男女は、新之助とふくでした。
とても素晴らしい場面だと思います。
歴史の天変地異の中にいた庶民の姿は、ただの点のような扱いを受けます。しかし、彼らの数だけそれぞれの人生があり、命があった。
視聴者も、あの浅間山を見上げる農民夫妻のことを知っているため、もう「どうでもよい」とは思えなくなっているはず。
歴史の中の点が、血の通った人間に戻ってゆく。
これぞ歴史に触れる魅力であり意義だと、私は思います。
江戸に灰が降る
江戸の空が灰色に染まっています。
丸屋ではていが店の片付けをしようと、みの吉に指示を出していました。
すると布を大量に持った蔦重が、明るく声を掛けつつやってきます。
「丸屋の女将さん、申し訳ねえが出てってもらえますか。もうここは俺の店なんで」
証文を差し出す蔦重。
「今出てけってのは冗談でサ。俺はそんな鬼じゃねえ」
軽やかにそう笑いながら、そのまま「俺と一緒に店守り……」と続けようとすると、ていは既に去っていました。
慌てて追いかけてゆく蔦重。
彼女は店に戻ると鍵をかけ、蔦重を断固締め出してしまいます。蔦重は諦めて何かすることにしたようです。
みの吉がそろそろ蔦重は帰ったのかというと、ていも同意します。
しかし何か外から声がします。
「下りろ、早く下りろ!」
「吉原者、何やってんだ!」
蔦重が、屋根の上に布を敷いています。いったい何をしているのか?
「俺のこと野次ってねえで、皆さんも布掛けた方がいいですよ」
怯むことなく布を掛け続け、足を滑らせて屋根から落ちてしまいます。しかし、うまく着地。
すると憮然とした鶴屋喜右衛門はこうきました。
「なんでここにいるんですか?」
「ここがうちの店になったんで。てめえの店がてめえを守るってな当たり前でさ」
すかさず証文を見せる蔦重に対し、鶴喜は「そんなことしても無駄ですよ」と返し、例のお達しのことを持ち出してきます。
しかし蔦重は意にも介さず、今のうちに灰への対処をしておくべきだと言い張ります。
みの吉が止めにかかると、蔦重は瓦の隙間に灰がたまらないようにしていると主張。樋(とい)も詰まらないようにしなければならねえんだと。
「樋がつまっちゃつまんねえよ。店は大事(でぇじ)にしねえと」
そんなダジャレも入れてきます。
やっと蔦重の意図を察した鶴喜は、不要な着物をかき集めるよう指示を出し、瓦の上に布を掛け始めました。
女郎が本気で恋をするとき
誰袖は、あくせくと動く蔦重を二階から眺め、「どうせなら中でゆっくりしていればいいのに」とぼやいています。
「中にいると誰かさんにとって食われますからねえ。んっ花魁!」
志げが後ろから話しかけてきます。
「これはこれで」
そう誰袖が微笑んでいると、ただならぬ光景が見えます。わかなみという女郎が雲助と名乗る田沼意知に駆け寄っているのです。
他愛のない会話のようで、妖艶な笑みを浮かべこう誘うわかなみ。
「一っ風呂いかがでありんす?」
「なれなれしく口をきかずにおくれなんし! その方はわっちの色でありんす」
誰袖はここで立ち上がりそう言います。
「あとでうちで一っ風呂どうぞって言ってただけでありんす。ねぇ?」
「まことにそれだけだ」
「そうやって人のもんを横取りしてんのをわっちが知らないとでも?」
「随分と必死で。もしや色と思っているのは花魁だけでは?」
ここまで言われると誰袖は、なんと二階から飛び降ります。
「なんだって! この盗人女郎が!」
取っ組み合いになる二人。江戸は女も気が強いことで有名ですが、それにしたって誰袖はあまりに向こうみずに思えます。そこまで本気ということなのでしょうか。
※続きは【次のページへ】をclick!