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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第25回灰の雨降る日本橋】
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陶朱公とその女房
かくして二人が祝言をあげる日がきました。
見守る忘八は花嫁の百合の花のような美貌にざわついております。同席する次郎兵衛にも妻と三人の子がいることも判明しました。
しかしよ、次郎兵衛を見てっとわかるこたあるわな。
結婚を「身を固める」だのなんだのいうけど、次郎兵衛くれえの骨なし野郎になっと、ちっとも固まらねえんだな。
固めの盃を交わすところで、ていは「手元不如意につき」と断りを入れて眼鏡をかけます。
眼鏡をかけることで匂い立つような凛然たる美貌が薄れ、見守る忘八も安堵。
それにしても、この眼鏡を外したていが美女というのは、なかなか洒落た話ですぜ。
陶朱公の女房は、中国四大美女の一人である西施だという伝説もあるのです。

西施/wikipediaより引用
越王勾践は宿敵である呉王夫差を滅ぼすべく、西施を献上しました。果たして彼女に骨抜きにされた夫差のもとで呉は滅びてしまいます。
このあと西施はどうなったか?
諸説ある中、この策の発案者である陶朱公の女房となり、悠々自適の暮らしを送ったというものもあります。
ドラマの役どころでは誰袖が近いようには思えます。
しかし蔦重は彼女の誘惑を振り切り、この西施を女房に迎えたようにも思えます。なんとも粋な話じゃねえですか。
鶴喜、祝いと歓迎の暖簾を贈る
かくして夫婦が成立したところへ、留四郎が来客を告げます。
なんと鶴喜ではありませんか。
嫌がらせか! あの赤子ヅラ!
忘八どもが途端にざわつき始めます。
「お通しくだせえ!」
蔦重がそう告げると、鶴喜がやってきてこう挨拶します。
「お日柄もよく、ご祝言の儀、心よりお喜び申し上げます。心ばかりではございますが、通油町より、お祝いの品をお贈りいたします」
そして差し出された箱の中には、なんと、蔦を描いた耕書堂の暖簾が……。
「こりゃ暖簾にございますか?」
「このたび通油町は、早く、楽しく、灰を始末することができました。蔦屋さんの持つ、全てを遊びに変えようという吉原の気風のおかげにございます。江戸一の利者、いや、江戸一のお祭り男はきっとこの町を一番盛り上げてくれよう。そのようなところに町の総意は落ち着き、日本橋通油町は蔦屋さんを快くお迎え申し上げる所存にございます」
そう深々頭を下げる鶴喜。
あの扇屋が感極まった声をあげます。
「重三、おめえ……死ぬ気でやれよ、おめえ!」
「へえ!」
丁子屋は二代目大文字屋市兵衛にこう言います。
「カボチャにも早えとこ知らせてやんねえとな!」
「喜んで化けて出てきちまいますよ……」
駿河屋は謝りながら頭を下げます。
「鶴屋さん、これまでの数々のご無礼、お許しいただきたく」
「灰降って地固まる。これからはよりよい縁を築ければと存じます」
「鶴屋さん、いただいた暖簾、決して汚さねえようにします!」
そう頭を下げあう鶴喜と蔦重。
「本当に頼みますよ」
「へえ!」
かくして和解が成立し、鶴喜が去ってゆくのでした。かつて階段から蹴り落とされたあの鶴喜が、歩いて去ってゆきます。
蔦重はうれしそうに暖簾をていに見せるのでした。
ただ、ていが大事にしている丸屋の暖簾はどうなるのか、そこは気になるところで……。
それにしても、なぜ鶴喜は態度を豹変させたのか。
怜悧な彼ですから、算盤は弾いたことでしょう。蔦重を除け者にするよりも、仲間に入れた方がいい。そう判断したからこその暖簾。
それに彼が先頭に立って金を出した暖簾を掲げている限り、ガタガタ言わせねえんすよ。
あっしは正直、不安でした。
ていが蔦重と結婚することに対し、こんなこと言われんじゃねえかと。
「なんだかんだいって女ひとりじゃ寂しいんだよw」
「再婚してもいい、イケメンに限るw」
そういうゲスい噂が飛び交いそうでな。
しかし鶴喜が重石となって、あの暖簾を掲げりゃ「まあ、鶴喜さんが認めた男だしな」とおとなしくなるしかねぇ。
鶴喜の贈った暖簾こそ値千金ってやつで、実に粋な筋の通し方です。これぞ江戸っ子だね。
「通油町! 耕書堂でござい! さあいらっしゃいませ!」
かくして蔦屋耕書堂が開店しました。
天明三年秋、蔦屋耕書堂はついに日本橋へ進出したのでした。
MVP:蔦屋重三郎
今回は、ついに蔦重をていと鶴喜という日本橋油橋の二人が迎えたことで、大団円を迎えました。
店も女将も、一気に片付いちまって展開が早くねぇか?と、思われるでしょうか。
ていならクイッと眼鏡を押し上げつつ、こんな漢籍を引いてくるかもしれません。
千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
千里を駆け抜ける名馬は常にいる。しかし、その馬を見抜ける伯楽はいない。つまり、人間の才能を見抜くことの難しさを語る言葉です。
ていとしては、自分の目が蔦重の才能を見抜くところを誇りたい。夫にしたいとは思っていない。
ただ、彼の才能がどこにあるのか。灰の中から金を探すようにして見つけた自分の判断が誇らしい。
そしてそのうえで、鶴喜にこう告げてもよいかなと。
桃李成蹊(とうりせいけい)
再来年の大河ドラマ主演である松坂桃李さんの名前の由来でもあり、成蹊大学の由来でもあります。
蔦重が張り切って灰を掃除すると宣言したところ、ワラワラと人が集まって大いに盛り上がりましたね。
桃李成蹊とは、桃や季のような実をつける木のもとには、おのずと道が出来上がるという意味です。
蔦重が通油町に店を出せば千客万来――そのことをていならスラスラと、長ったらしく語れることでしょう。
まあ、実際説得したかどうかはさておき、鶴喜も伯楽ですので、迎え入れた方がよいと判断したんですね。
蔦重が無事だった時は思わず笑ってしまったし、これで筋もたつ。そうなりゃね、迎え入れねえ理由はないんすよ。
総評
本作は非常に秀逸で、江戸時代人の価値観までドラマに刷り込んできます。
見ていてストンと落ちるところがあって、解毒効果すら感じる。
何の解毒か?
というと、放送百年目の今年、そろそろ人類に与えたテレビの悪影響が振り返られる頃合いではないでしょうか。
テレビの映えやらウケ狙いの結果、人間の知識がおかしくなっているかもしれないことを私たちは検証すべきじゃないかと最近考えてしまいます。
そのひとつが、蔦重が溺れた場面ですね。
前述の通り、溺れる時は往々にして人は静かに沈んでゆきます。
しかし、それじゃ見栄えが悪いからこそ、バチャバチャと騒ぐ。そのことを刷り込みされてしまうと、実際に誰かが溺れてしまったときに気付きにくくなってしまう。
コンテンツの王道、確実に数字を取れるものといえば恋愛描写です。
胸がキュンとする既視感あるラブコメ展開をすると、SNSでは盛り上がりますよね。
大河でもこれを取り入れようとして、10年前の『花燃ゆ』では当時話題だった「壁ドン」のような場面を入れてきたものです。
『花燃ゆ』は失敗しましたが、成功したように思わせていたのが『青天を衝け』です。
演出や演技がうまいのか、あのドラマは評判が良かった。だからこそまずいと痛感させられたのが、主人公周辺の恋愛描写です。
「胸がぐるぐるする!」
漢籍教養を誇る渋沢栄一なら口にしないような、幼稚な決め台詞。
当時の渋沢はまだストイックさを売りにする志士であり、青年期はそうそう恋愛感情を表に出しません。
それが外で千代に大声で告白していて、現代人のセンスに寄せすぎていて何事かと呆れていました。
しかし、それがSNSだと、
「幕末なんてせいぜい150年前なんだから、私たちと似たような気持ちだよね!」
なんて反応まであってその有害性を痛感したものです。
幕末は日本人の精神性においてもかなり特殊な時代です。
出来の良い朝ドラを見ていれば、幕末どころか昭和でも価値観が今とはかなり異なることが理解できるとは思うのですが。
要するに、ウケ狙いのために現代社会に寄せてくる。視聴者はテレビをもとに価値観を作り上げてゆく。
そんな悪循環が出来上がっているということです。
前述の『花燃ゆ』で使われた「壁ドン」なんて、冷静になってみれば何がよいのかサッパリ理解できません。
むしろ逃げ場を抑えるようで不愉快に思う人がいてもおかしくない。
しかしそれでも「トゥンク」だのなんだのインターネットミームをくっつけて語られると、そういうモンだと思い込んでしまうというわけですね。
本作の場合、そうではなく、江戸時代の価値観をちゃんと再現しています。
時代劇の面白さとは、まさにこういうことではないでしょうか。
蔦重にせよ、現代人の考えるモテスペックは抜きにして、ていの本を愛する心と知識で彼女を選んでいる。
実はていも、蔦重の江戸男モテスペックを二の次にして見極めています。
蔦重の灰掃除は江戸っ子モテテクが詰まっていました。
まず、江戸では身の軽い男がモテる。火消しでさぁね。纏をもち、屋根に登っていく鳶職なんざ、それはもうモテモテスーパースターでさ。
そして侠気でさぁね。危険をものともせず飛び込む、そういうところがともかく粋でモテる。あの灰掃除で蔦重に胸がときめかねえ女はいるか、ってモンですよ。
しかし、ていはそんな心の動きではなく、あえて『史記』を読み耽り、彼の優れた資質を見出そうとした。
そして相手が自分の容姿やら何やらではなく、知識に価値を見出し、話もうんうんと機嫌よく聞いているからこそ、彼を信じた。
魚心あれば水心――なんとも粋な仲じゃねえですか。
『どうする家康』みてえな、いかにもエロエロで都合のいい美女が目の前にいたら、鼻の下をベロベロ伸ばすみてえなモン、あっしゃァ見たくねえんですよ。だってくだらねえんだもん。
その点、今年は実にいいもん見せてもらっておりやす。
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【参考】
べらぼう/公式サイト