光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第12回「思いの果て」

2024/03/25

寛和2年(986年)――読経の声が響き、高倉の女・なつめが、今にも息を引き取ろうとしています。

隣にはまひろの父・藤原為時。

彼に見守られながら、なつめは髪を切り得度しました。

「これで案ずることはない、よかったな」

為時が声をかけると、なつめは苦しそうに娘の名前を呼びます。

そんな父の姿をジッと見つめるまひろ。

為時は、なつめが娘の“さわ”に会いたいことを悟ると、じっと見守っていたまひろに声をかけます。

なんでも彼女には別れた夫との間に娘がいて、死ぬ前に一目会いたいようです。そんな彼女を放っておけない為時は、まひろにさわを呼ばせに行くのでした。

合戦がないだのなんだの言われがちな本作ですが、こういう何気ない日常の場面に私は感動しています。

当時らしい、末期の得度です。もはやこれ以上生きられぬと悟った時点で出家していた。

突然死だと、それはできない。

ちやはの死が改めて酷いものだとも思わされます。

得度をするにしても、お礼は必要であり、その望みを叶える為時は、律儀で実によい人ですね。

そして、まひろがさわを連れてきました。

被衣を被り、なかなかのお姫様に見える彼女が母の手を取ると、二人は涙を流し合っている。

最期の望みがかなったなつめは、穏やかな微笑みとともに世を去ってゆきました。為時の愛に包まれて死にゆくなつめは幸せだったことでしょう。

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さわはまひろに憧れる

まひろが畑仕事をしていると、さわがやってきました。

父は喪があけて、漢学指南をしていると説明するまひろ。家のことは、自分と、弟の乳母(いと)で一日中しているのだとか。

お見苦しい姿を見せたと詫びるまひろを、さわは素直に褒めます。

父からは「おなごは何もするな」と言われて窮屈なようで、そのくせ父は、今の母の子ばかりかわいがるとのことです。

しかし、それも宿命かと割り切っているさわ。まひろのおかげで母に会えたとお礼を言い、庭仕事を手伝うと言い出します。

父上に叱られないか?と心配するまひろに対し、黙っていればわからないと答える。さわはお姫様ですねえ。

『鎌倉殿の13人』では、時政の妻であるりく(牧の方)は家事や畑仕事に対してぼやいていましたね。頼朝挙兵のため寺に潜んだとき、かったるそうに掃除していたものです。京の姫らしいぼやきでした。

まるで姉妹のように並んで床を拭き、野菜を植え、琵琶を弾き、笑うまひろとさわ。

まひろは前回、悲しい幕切れを迎えましたが、妹のようにかわいらしいさわを得て嬉しそうです。

これはシスターフッドを推すものとしてもよい描写ですし、紫式部自身も同僚女房へのほとばしる友愛を記しています。素敵な姿です。

さわがガールズトークも持ちかけます。

まひろさんはたくさんの書物を読んで、文も歌も上手。きっと文を送ってくる人も多いのでしょうと言い出したのです。しかし……。

「文をくれたのは一人だけ……」

「ごめんなさい!」

思わず謝ってしまうさわ。なぜ謝るのかとまひろに問われると、よくわからないけど謝ると返します。

「おもしろいのね、さわさんて」

どこかズレているまひろは、本気で理解できていない可能性はあります。

まひろは他の人と感覚がずれているところがある。すごく鋭いか、鈍感か、そのどちらか。カバーする領域がずれているのでしょう。

「まひろ様に文をくれた方は、どんな方ですか」

道長のことが頭に浮かび、もの思いに耽るまひろ。この表情がたまらなく美しいのが吉高由里子さんの魅力ですね。

さわは思い出していたことを見抜き、うつけだけれどそういう勘は働くと自信満々な表情になります。まひろは不思議な力があるものだと驚くばかり。

「背が高くて、しゅーっとした感じ!」

さわはそう言い出しました。隠してもまひろの顔に出るのだとか。

関西らしい「シュッとした」という形容が出ましたね。要するに具体性のない言い回しです。

これが東洋らしい表現と言いますか、『源氏物語』にせよ、東洋では人の美を花鳥風月やらなにやら、イメージ重視で語ることが多いものです。

西洋だと具体的に「青い目」や「燃えるような赤毛」といった表現をするものです。

ともあれ、この他愛ない会話で、まひろの揺れる思いが見えてきました。

 


婿候補は藤原実資

そんなまひろに、藤原宣孝が「婿候補がいる!」と持ち込んできました。

お願いしていないと困惑するまひろのことなど無視するかのように、宣孝は閃いたとして熱く推してきます。

なんのかんので話を聞く為時。娘がかわいいという段階でなく、生きていくため切実に聞かねばならないと認識しているのでしょう。

では、その婿とは?

藤原実資でした。

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五節の舞の時で見たときのことをまひろが思い出します。

父の為時は「身分が違う……」と困惑するものの、なんでも実資は北の方が亡くなったのだとか。あの「日記を書け」と煽っていた桐子ですね。

それもただ単に嫡妻の席が空いたから勧めたのではなく、知恵者の実資は、まひろの賢さに惹かれるだろうという読みがあります。

思わず為時が納得すると、まひろも父上より学識がおありなのかと興味を示す。

為時は認めます。学識はある。それだけでなく、権勢の媚びない筋の通った人柄であるとか。

学識あり。人望あり。何より財産がある!――そう猛烈に推す宣孝は、本人に許可を得たのでしょうか……。

さて、その実資は赤痢に罹っておりました。

高そうな巻物を手にして挨拶に来た宣孝は、お健やかだったと気遣っています。なんでも三日前、にわかに罹ったとかで、赤痢が怖いのか、宣孝は面会は断ります。

その奥で、ヨロヨロと歩く実資が見えるのでした。

「あれは駄目だ、半分死んでる。次を探せ」

実資の様子を確認すると、たちまち前言撤回して、まひろたちに報告する宣孝。

当時は赤痢が都で流行していて、さすがに諦めたのでしょう。

しかし、婿探しをやめて欲しいと願うまひろに対し、宣孝は「霞を食って生きていけるのか!」と強い口調で諭すのでした。

実資は?というと……。

「鼻くそのような女との縁談あり」

日記に、そう記しているのでした。現実は辛い……と、巻物を開いていると、何かが出てきます。

「ん? お? おぉ? 見えておる!」

そこに描かれていたのは、薄衣から肌が透けて見える唐代美女の絵でした。江戸時代の春画ほど際どくはないものの、エロチックなことは確か。

なんなんでしょう。この藤原実資で遊ぼうコーナーは。

小右記』に記載のある赤痢で遊び、堅物のようで好色であったネタを仕込む。

さらには、当時としては驚異的な90まで長生きした実資を「半分、死んでる」と言い捨てた宣孝が、後に流行病であっさりと亡くなる――そんなブラックジョークでもかましているのでしょうか。

ニヤニヤせずには見ていられません。あの妙に存在感のある“実資中毒”の視聴者は、きっと私だけではないでしょう。

紫式部の大河ドラマで、まさか藤原実資が出てくるたびに笑わせられるなんて、不意打ちにもほどがありますね。

実資は素晴らしい。見るだけで幸せになれる。なぜ、実資のおかげで心が晴れやかになるのか、我ながら理解できません。なぜこんなにも癒されるのか?

今回なんて赤痢で苦しみ、エロ絵にニヤつき、ヒロインを鼻くそ呼ばわりして、ことごとく最悪なんですよ。でも、なんだかイイ。

さて、鼻くそ呼ばわりされたまひろは畑仕事をしながら考えています。

見知らぬ人の北の方になる……そんな現実が彼女にも見えてきました。直秀と「都を出るか?」と迷っていたころとは違う思慮が出てきています。

 

道綱が語る妾(しょう)とのこと

藤原実資から「一文不通」(アホ)とコケにされていた、道長の異母兄・藤原道綱が出てきました。

なんでも従四位下になっても誰も相手にしてくれないのだとか。どうすればよいのか?とぼやかれ、道長も「さぁ」としか答えられません。

道綱は道長よりも11も歳上なのにうつけだと言います。ずいぶんと素直に言うものですよね。

これは道綱と道長の頭の出来というより、蔵書量の違いも大きいでしょう。

トップエリートともなれば、最新版の宋版印刷の書籍すら手に入るほど。家には日記もあり、インプット量を増やして、賢くなっていくのです。

まひろの家も没落するまでは裕福でしたので、書籍は豊富にあった。

藤原道綱の母・藤原寧子の家はそうではない。そんな厳しい現実も背景にはあります。

そんな道綱は、東三条に行ったと知られたら母は怒るかとやきもきしています。なんでも摂政殿こと藤原兼家は、いまだに寧子のもとに来るとか。

「知ってた」とあっさり返す道長。

道綱が嫌なことを言ったと謝ると、そのようなことで嫌にはならないと、これまたあっさり道長は返しています。

兼家は他の女のところにも通っているでしょうし、今さら動じる道長ではありません。

道綱は自分のことを語ります。

道綱にも妾はいて、それなりに大事にしているけれども、妾側から見ればまるで足りぬようだとか。

それはお母上の考えか?と道長が問いかけると、道綱は「何も言わないけど、見ていたらわかる」としょんぼりしています。

道綱はしみじみと語ります。

嫡妻は夫と同居しているけれども、妾はいつ来るのかわからない夫を待ち続けている。男が可愛がっているつもりでも、妾は常に辛いのだ。

ちなみに藤原寧子の夫である兼家は、わざわざ寧子の家の近くまで牛車で来て、別の場所に行くような卑劣なゆさぶりを寧子に仕掛けていますから、最悪ですね。

道長は道綱の言葉を聞き、まひろが妾になることを拒否した姿を思い出します。

「ならばどうすればいいのだ!」

そう叫んだ己の言葉を思い出す道長。ぼんやりしていると、道綱に語りかけられます。

「聞いてる?」

「聞いております」

「なんだよこいつ! いつもしれっとしおってさあ!」

そうして弟に顔を近づける陽気な兄。

親同士はいろいろあっても、兄弟愛はあるものです。

道長にも、己の結婚とはどういうものかわかってきました。自分の持つ価値に気づいたのです。

 


倫子の婿取りと友情

抜かりのない藤原兼家は、源雅信を呼び出し、道長の縁談話を進めます。

なんとしても道長を婿入りさせる――。

そうゴリ押しする兼家は、左大臣の胸の内を聞きたいと丁重に言い、この先、道長には相応しい地位も与えると言い出します。

雅信は娘の気持ちを聞きたい……と弱々しく返そうとするも、その言葉を言い終えないうちに兼家がどんどんどんどん話を進めてします。

かくして雅信は断ることもできないうちに、猛スピードで縁談は進んでゆきます。

そんな父の気も知らず、倫子は姫君サロンを開催。

まひろが家事をしていることを打ち明けると、皆から同情され、それでも話を続けます。

畑仕事は気持ちがいい。瓜も菜葉も大きくなれ!と毎日語りかけると、本当に大きくおいしく育つのだとか。

拭き仕事でもある床の掃除も、板目が龍や川の流れのようで、見ていて飽きないそうです。

そんなまひろに対し、お姫様たちの間で困惑が広がると、倫子がこう切り出しました。

「板目、私も見てみましょ!」

倫子の呼びかけにより、皆で床を見始めます。

烏帽子のよう。龍のよう。川の流れのよう。瓜のよう。そうはしゃぐ姫たちを赤染衛門がたしなめます。倫子も無邪気にはしゃいでいる。

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どこかずれたことを言ってしまったとやっと気づいたのか。

まひろが倫子にお礼の意を伝えると、倫子はこれからもずっとこの学びの会に来て欲しいと頼んできます。

最初は苦手だったけれど、今は楽しいと笑顔のまひろ。

はじめは父・藤原為時の依頼で、偵察に来ていたまひろは、大切なものをいくつも見つけたのでした。

思春期を迎えて、芽生えるものは恋心とされます。

しかしそれだけではなく、友情もそうです。

恋愛と友情はどちらも尊い。そんな当然のことをこのドラマは描いてゆきます。

 

雅信が娘の涙に押し負ける

道長が左大臣家にやってきました。

「此者道長也 摂政」

そう短く書かれた手紙を読みながら、兼家の素早さに困惑するしかない源雅信。

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道長は、広く立派なお屋敷だとお世辞を言いながら、姫君サロンのことも尋ねます。

姫君の学びの会だが、遊んでもいるらしい。そう答える雅信に対し、今日も開催中かと詰める道長、父譲りの強引さを見せてきます。

その様子を、倫子本人と母の藤原穆子も遠くから御簾越しに見ています。

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道長が帰ると、倫子は父に訴えます。

藤原道長を慕っている。打毱の会で見かけて以来、夫は道長様と決めていたのだと。

猫にしか興味がなかったのではないか?と驚く雅信に対し、そのようなことを申し上げたことはないと源倫子が反論します。

道長をずっとお慕いしていた。それゆえ他の殿御の文を開いていないのだとか。

「道長様を私の婿に! 一生の願いです。そうでなければ私は生涯猫しか愛でませぬ!」

困惑しつつ、道長から文は来ているのか?と尋ねる雅信。

倫子は道長の目に留まっているかもわからないと返します。雅信は留まっているようだと摂政様が言っていたとか。

「まことでございますか! どうかお願いです、どうかどうかどうか……」

娘に泣かれ、もう宥めるしかない雅信。不承知とは言っとらんというと、小麻呂を抱いた藤原穆子が出てきて「よかったわね、倫子」と言い出します。

雅信の言質を取り、もう話を進めるしかありません。

恋が成立する過程を、猫の小麻呂も見守っているようでした。

愛おしそうに猫の前足に触れる倫子が素晴らしい。猫もすっかり馴染んでいますね。

娘が可愛らしくて仕方ない雅信。

もはやそういう場合でもなくなっている為時。

そんな対比も浮かんできますが、倫子もなかなか困った境遇になっています。

倫子がかわいい雅信は、赤染衛門までつけ、入内しても恥ずかしくない姫君に育てあげてきました。

しかし難アリだった花山天皇には入内させられず、五節の舞姫も、まひろを倫子の代役にしたほど。

では一条天皇はどうか?というと、さすがに年齢差がありすぎる。

それなのに今までこうも粘っていたのは、愛情なのでしょう。倫子はとてもかわいらしい! 源雅信の気持ちも納得できますね。

 

怨念を抱く明子女王

姉の藤原詮子から「倫子の顔は見たのか?」と問われている道長。

素っ気なく「見ていない」と返事をしています。

何か魂胆でもあるのか……と思いきや、詮子は「とっておきの美女がいる」と言い出します。

明子女王です。

醍醐天皇の孫であるとかで、姉からは妻にするよう迫られますが、道長は、顔は一度見かけたことがあると素っ気なく答えるだけ。

詮子には狙いがありました。

明子の父である源高明は藤原氏により失脚し、太宰府に流された。

そんな高明に祟られてはまずいから、忘れがたみの明子を妻にして怨念を抑え込み、高貴な血を入れる。最高じゃないか!と詮子は言い出します。

つくづく父の兼家に最も似ている姉ですね。

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投げやりな弟の態度をぼやきつつ、明子を見せる手筈を整える詮子。思わず「今日なの!」と驚いてしまう道長。

かくして源明子が出てきました。

どこか日陰にひっそりと咲く花のような風情を見せる明子。

なぜ詮子が気遣ってくれるのか。その思惑をわかっているような佇まいを見せています。

衣装の色もあり、スズランを思い出しました。可憐で無力なようでいて、毒のある花です。

詮子はいそいそと、兄弟の中で一番好きな弟の道長はどうかと言いながら、御簾をあげ、二人を対面させようとします。

ゆっくりと巻き上がる御簾が平安時代らしく期待感があがると、そこに道長の姿はありませんでした。

明子が高松殿に戻ると、兄の源俊賢がいました。

この縁談で醍醐天皇の血筋に光が当たると喜んでいますが、彼女の本心は、藤原からの施しを受けたくはない。

すでに受けていると冷たく返す俊賢。それでも明子は、道長の妻となれば兼家に近づけると納得しています。

憎き兼家の毛一本でも手に入れば、兼家を呪詛できる!そんな復讐心をたぎらせているのです。

俊賢は妹をたしなめ、今は藤原の力がなければどうにもならないとすっかり諦め気分で、道長の妻として幸せと栄達を手にせよと進めてきます。

明子の復讐心は、そんな簡単には晴れないようで、必ず兼家の命を奪い、父の無念を晴らすと決意を語ります。

いやはや、とんでもないことになってきました。

この兄と妹は、これまで出てきた人物とはガラリと変えてきて、本作のセンスが光ります。

策士の兄と、復讐を誓う妹。おもしろいですね。

 

道長の覚醒と、公任の焦燥

道長も、彼なりに自身の進むべき道を考えていました。

まひろに甘えていた。金輪際、甘えは断ち切らねばならない。

そして行成のかな書道指導を受けています。

「ふぅ、かなは難しいな」

そう語る道長ですが、だいぶ上達してきました。これ以上、上手になってしまうと道長らしくない、そんなギリギリのところを攻めてきています。

それにしても、藤原行成が書を指導をする場面があるなんて素晴らしいですね。全国の書道家が悶絶しそうな話です。

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合戦シーンなど無くても、藤原行成の書道指導という伝説的なシチュエーションが出てくるのだから素晴らしい。

たしかに、気合を入れて書道場面を見ている人は多くはないと思いますし、芸能ネタにもならないし、視聴率にも繋がらないでしょう。

しかし、作り手の誠意とプライド、そして愛情の問題です。

伝説的な人物はそれにふさわしい場面にする。そんな誠意を感じさせる本作の書道はともかくよい。

そこへ藤原斉信藤原公任がやってきました。

斉信が「道長がやる気を出すなんて初めて見た」と言いながらも普段通りであるのに対し、公任の顔には焦りが浮かんでいます。

公任はその後、父の藤原頼忠に「摂政家の道長が本気を出してきた」ことを報告しました。

これまで公任は、己が最も賢く先頭を登っていくつもりだったと打ち明ける。

そんな息子からのプレッシャーを受け流すように、頼忠は「内裏に出仕することをやめようと思っている」と話し始めるのです。

お飾りの太政大臣は恥を晒しているようで、もはやこれまで。

そう腹を決めた父に対し、公任は困惑するばかり。後ろ盾を失えば、ますます立場が弱まってしまいます。

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それでも父に後を託されたら、応じるしかない公任。

頼忠が、そんな息子に対し、一つだけアドバイスを送ります。

摂政家では道兼につくように――。

花山天皇の退位騒動で最も目覚ましい働きをし、やる気に満ちていたのは道兼だった。

そんな父の言葉を律儀に受け止める公任ですが、実に素晴らしい場面ですね。

これから暗くなる夕刻の光が満ちていて、公任の顔に当たっている。

橋爪淳さんの優しくも弱々しい頼忠。そして町田啓太さんの公任にヒビが割れてきたところが素晴らしい。

これまでの公任は、自分より賢いものはいないという自信に満ちていました。傲慢でした。

その自信に微かなヒビが入り、焦りが滲んだ顔はさらに磨きをかけたように美しい。

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町田啓太さんは、大河枠として山本耕史さんと比較されます。

二人とも土方歳三を演じ、上半身を脱ぎました。

しかし、それだけではないと私は思います。

高慢なぐらい自信に溢れ、己の知性に絶対的な信頼を見せていた男。

それがライバルに追い抜かれ、置いていかれ、だんだんとプライドが崩れていく、いわば崩落の美貌が両者にはあります。

『鎌倉殿の13人』では、三浦義村を演じた山本さんが実に素晴らしかった。

後半になって、主人公である義時に出世から離されて苛立ち始めます。苛立ち、扇子を叩きつける場面は最高としか言いようがありません。

公任にもこれからそんな瞬間がきっとある。

落ちゆく公任は至上の美を見せてきます。彼が公任を演じて本当によかった。

作り手もそんな公任の落ちる様を見るべきだというように、道兼につくという父の指示を見せてしまいました。

確かに、このあと出てくる道兼は周囲に一目置かれ、摂政の後ろ盾を持ち、本人も精力に満ちた姿を見せていました。

 

庚申待の夜のこと

庚申待(こうしんまち)の夜となりました。

一体なんのことなのか?

道教では、人の体の中には三尸虫(さんしちゅう)がいると考えていました。

この虫が庚申の日になると、天帝に悪事を告げに行ってしまう。それを防ぐために、寝ずに起きていることが庚申待ちの夜です。

今でもこの信仰にまつわる庚申塚が全国各地にあるほどですね。

「虫の居所が悪い」という言い回しも、この信仰をもとにしています。

そうした由来は、なにも怖いことだけではありません。夜人と集まって楽しんだり、地域の団結力を高めたりする役目がある行事といえます。

藤原為時の家には、まひろと藤原惟規、そしてさわが集まっていました。

まひろがまるで妹のようだとさわを持ち上げると、俺がいなくても寂しくないなと惟規。

そしてこうきた。

「俺に惚れてもダメだよ」

なんでも姉は賢くて強くて立派だけど、自分はロクな男じゃないとか。

何を気取っているのかと姉に突っ込まれつつ、惟規は厠へ向かいます。

さわは、天帝に告げられて困る罪はあるのか?とまひろに聞いてきました。

「あるわ」と返すまひろ。母が死んだのは自分のせいであり、そのことでさんざん父を傷つけ、嘘をつき、好きな人も傷つけてしまった。

勘の鋭いさわは、文を送ってきた背の高いしゅーっとした人か?と問いかけてきます。

外にでた惟規が、百舌彦の存在に気付きました。

乙丸を呼んで欲しいと言われた惟規が、乙丸はしっかりやっていると話しかけると、百舌彦はまひろ様宛だという。

「あぁご苦労、渡しておこう」

面白がって何がなんでも読んでやろうと惟規が受け取ります。

そして中を読み、「道長とは誰か?」とまひろに迫る。三郎か?と、からかう惟規。まひろがあわてて奪い取ると、さわは優しい文字だと感心しています。

よかったですね、道長! 行成の指導を受けた甲斐がありましたよ。

道長から文をもらい、居ても立っても居られなくなったまひろ。妾(しょう)でもいい、あの人以外の妻にはなれない――そう決意を固めて、逢瀬へ向かいます。

「すまぬ。呼び立てて」

「いえ、私もお話ししたいことがございました」

二人が向き合います。すると道長が、思いもよらぬことを話し始めました。

左大臣家の一の姫に婿入りする。それを伝えねばならぬと思い参ったのだとか。

急な話に激しく動揺するまひろは、それを隠しながら「倫子様はおおらかな素晴らしい姫様だ」と語り、「どうぞお幸せに」と続けます。

幸せではないけれども、力を得て、まひろの望む世を作るのだと精一杯尽くすと言う道長。

まひろは「楽しみにしております」と返します。

妾(しょう)でもよいと言ってくれ!

心の中でそう叫ぶ道長が、まひろに問いかけます。

「お前の話とはなんだ?」

道長様と私はやはりたどる道が違う――そう申し上げるつもりだったと答えるまひろ。

「私は私らしく、自分の生まれてきた意味を探してまいります。道長様もどうかお健やかに、では」

二人とも心は一致していたはずでした。

妾(しょう)でもいい!

妾(しょう)でもよいと言ってくれ!

しかし、結局は別れざるを得ませんでした。

まひろはきっと引き裂かれたのでしょう。道長への愛と、倫子への友情に。

他の姫ならばともかく、倫子を裏切ることはまひろにはできないのだと思います。

 

道長と倫子の結婚

道長は、その後、左大臣家へ向かいました。

文もよこしていないのにと驚く、倫子の母・藤原穆子は、同時にこう指示を出します。

「いいわ、入れておしまい」

手順を無視してやってきた道長。無礼を承知で来たと言い、側によってよろしいですかと尋ね、御簾を超えて倫子の前へ進みます。

見上げる倫子。抱きしめる道長。

身を重ね、倫子は感激しながらこう言います。

「道長様、お会いしとうございました」

照明の玄妙さ。御簾を動かす道長の手つき。そこからのぞく道長の顔。期待と緊張に固まった倫子の可憐さ。優美な音楽。

何もかも美しく、なんて素晴らしいのか――これぞ平安絵巻ではないかとうっとりしました。

こんなに可憐で花のような倫子が幸せなら、もう何もかもいいじゃないか!

そう雅信の気持ちになりかけて、ハタと気づきます。

これは将来、禍根を残しかねない結婚になりそうです。

というのも、文を送っていません。今の倫子は恋に燃えて夢中で、そんな苦さには気づかないでしょう。

しかし今後、愛に疑念が湧いた時、チクリと痛んでくるかもしれません。

そもそもあの人は、最初の晩から文もよこさなかったのだと。

もしも、その背景にまひろの影が見えたら、いったいどうなってしまうのか?

『源氏物語』にもあります。光源氏最愛の女君である紫の上は、桜に喩えられる最愛の存在として六条院に君臨し続けます。

しかし、光源氏が初めて紫の上と同衾した翌朝、彼女は泣いてなかなか起きてこられませんでした。

初めて肌を重ねた時、彼女は心を深く傷つけられていたのです。

塞がっていたように見えたその傷は、光源氏が女三宮という妻を迎えたことを契機に開いてしまいます。

そういう心のひだを描いているところが『源氏物語』の魅力です。

では、この倫子と道長の仲はどうなるのか。

確かに今はそれどころではないかもしれませんが……。

一方、全てが燃え尽きたようなまひろが家に戻ると、惟規とさわに迎えられます。

酒を勧められる「酔ってしまうかも」と返すまひろ。さわはこらえずともよいと言います。

「何をえらそうに」

そうからかう惟規。

まひろは酒を飲み干し、こぼれそうな涙をこらえています。

こうもぐいぐいと女性が酒を飲む場面は珍しいし、吉高由里子さんは酒を飲み干す姿が似合います。まさしく酔芙蓉の美です。

能天気な惟規とさわも愛おしい。まひろの意志の強さもある。

まひろは恋にこそ破れたけれど、友情や家族愛、そして使命を見つけ、強い目で夜空を見上げます。

ここのところのまひろはズタボロのようで、常に意志が通っています。

彼女こそ『源氏物語』を書き上げることができるのだという説得力が、回を負うごとに増しているのです。

 

MVP:惟規とさわ

家で待っている二人がどれだけ温かいことか。

さわは、父・為時の愛情が引き合わせた存在でもあります。

為時がなつめを放置したら。願いを聞いてやらなかったら。このかわいらしい女性は、まひろと出会うことはありませんでした。

為時とまひろの仲はギクシャクしていました。

それが不思議なことに、妾(しょう)のなつめによって、愛が増幅され広がってゆく現象が起きています。

惟規はさわの家に婿入りすることもあり得るかもしれませんよね。

当人たちは反発しても、その子の世代となるとよい関係が生まれる――これは道長と道綱にも見てとれます。

二人の母は、それぞれ妾と嫡妻としてライバルにあったけど、子同士は仲が良い。

そういうプラスの関係の中で、マイナスの関係も見えてきているところが面白い。

今週、存在感を見せた倫子と明子です。

二人とも道長の妻となるのに、厳然たる差がついてしまい、それが互いの子にも響いてきます。

このドラマは尺をたっぷり使って、当時の制度や結婚観を描いてきます。

そうした理解し難いところを丁寧に描きつつ、普遍的な感情で引き寄せる。

『源氏物語』にある魅力を再解釈して届けてくれるところが、とても素晴らしいと思います。

 

シスターフッドを描く意義

ゲンダイさんがこのドラマに対してチクリと嫌味を書いています。

◆NHK大河ドラマ「光る君へ」で“貴族女子会”シーンがやたら多い今どきの事情(→link

この記事は平安時代の曖昧な先入観で書かれています。

姫君の遊ぶゲームは囲碁や貝合わせではなく「偏つぎ」でした。

ただし、この記事にある通り『50:50THE Equality Project』に NHKが参加していることは確かです。

これも別に女に下駄を履かせようというものでもなく、歴史学の観点から見ても重要です。

女性が歴史に参加しなかったわけではなく、後世のバイアスによって活躍が「無かったこと」にされてこなかったか?

これが今注目されているジェンダー史です。

日本のこの時代に、なぜ女性が長編物語を記したのか?

このテーマはとても興味深いものなので、むしろどうして今まで取り上げてこなかったのかと言われてもおかしくないほど重要なのです。

平安時代は女性の発言権もあります。

歴史的な意義も踏まえてのことなのに、バイアスがかかっているとおかしな見方をしてしまうのでしょう。

ゲンダイさんは打毱も、お色気サービスとして見なしていました。

そんな歴史学としての意味だけでなく、今回はシスターフッドの尊さも極まっておりました。

「妾(しょう)でもいい」と思いながら駆けて行ったまひろなのに、相手が倫子ならば引いてしまう。そこには友情を感じます。さわとのやりとりもまぶしい。

女性が愛情よりも友情を選ぶことは十分成立する――そんなことは当たり前でしょう!

そう力強く突きつけてきたように思えます。

とはいえ、それこそゲンダイさんの目線ならば「女同士はドロドロしているもの」と言いたくなることでしょう。あるいは女の友情は薄っぺらいとか。

それに迎合した大河ドラマはあります。

『西郷どん』では篤姫本寿院の対立という、心の底からどうでもいい要素で盛り上げようとしていました。

◆泉ピン子32年ぶり大河 「西郷どん」で“江戸城のドン”に(→link

こういうのって、要するに男性目線のファンタジーです。

女同士が連帯して刃向かってきたら厄介だ。女同士の方が仲が良いのもつまらない。どうせ女なんて薄っぺらいんだから、男の愛を競ってドロドロしていた方がいいんだよ!

そんな気持ちがどうしても心の奥底にあるから、足を引っ張りあって欲しいのでしょう。

さらに大奥のような構造だと、どうしても権力は男性側が主導で持ちます。それをめぐれば争いになります。

といっても幕閣の男性同士だって十分ドロドロしておりました。

 

呪詛の話をしよう

最近見かけない安倍晴明

兼家が死にそうになったら、あるいは源明子の呪詛が発動してきたら、再登場するのでしょうか。

私は陰陽道の知識はありません。しかし、呪詛はできるような気がしてきます。

結局のところ、人間の心理により形成される。穢れがあると大勢が認識すれば、結果はあとでついてくるとみた。

というわけで、穢れを探ってみたところ、こんな記事が。

◆「光る君へ」業界のプロから「ながら視聴に向いている」と言われるワケ(→link

昨年は、大河記事への信憑性が落ちたターニングポイントだと思っております。

こちらの記事の何が問題か?箇条書きにしますと……。

・「業界のプロ」はおそらく存在しない

・「業界のプロ」が実在したとしても、昨年の大河も、今年の大河も見ていない

この時点でまずおかしい。

去年を見ていないとわかる箇所はどこか。

昨年の大河『どうする家康』の北川景子や有村架純ではこうはいきません。松嶋菜々子まで絡んできて、視聴者は正座してテレビ画面と対峙する覚悟が必要でした。男性のキャストも、岡田准一が演じる狂気の信長はじめ、阿部寛、松山ケンイチ、大森南朋、ムロツヨシと主役級が並び、豪華すぎて気を抜くことができませんでした。おまけにCGで馬が駆け回り、派手な戦闘シーンは見ていて疲れました。

役者が豪華でも、それを台無しにしたのが昨年でしょう。豪華な食材をミキサーにかけてぐちゃぐちゃにしたものを皿に盛り付けていたような無神経さです。

信長の狂気って何なのか? 耳かじりBLでしょうか?

CGで馬が駆け回ったことは確かです。しかし評判は非常に悪かった。

派手な戦闘シーンとやらも、火縄銃を連射したり、レーザー砲じみたSF砲撃が大坂城を吹き飛ばしていたことなんですかね。そういう雑なプレステ3程度のVFXは失笑されておりました。

真田信繁が徒歩で家康の陣に向かう間抜けな戦闘シーンは、確かに見ていて疲れましたが、それは呆れたからです。

この手の「昨年大河はすごかった!」と言い張る層に、私なりにまとめた「すごいリスト」を作りました。

・子役なしで人形遊びをする家康

・今川義元の兜首を投擲する信長

・CG馬でメリーゴーランド

・えびすくい♪

・於大「がおー」

・連射できる火縄銃

・紫禁城もどきの清洲城、本證寺はRPGの砦

・家康「王道だ覇王だー」

・本田忠真「酔いどれ侍」

・家康が三方原で死んだ死んだ詐欺

・信長による幼児家康虐待相撲

今川氏真と家康がタイマン勝負で決着だ!

・片手で茶碗を持ちズべべべと汚らしく茶を飲む信玄

・サンタクロースみたいな衣装の信玄

・信玄、山中死

・グラドルも来る! 側室オーディション

・蒸し風呂でムフフ

・慈愛の国構想

・瀬名が自害する前でバチャバチャする家康

・消えた伊賀者五百人

・ニコライ・バーグマンの花

・お市「私が総大将です」

・茶々「バーン」

・消えた干し柿

・太閤、くたばる

・レーシックお愛

・耳かじりBL

・本能寺で「のぶながぁー」「いえやすぅー」

・明智光秀「くそたわけがー」

・石川数正は食レポしていればええのに

・城に垂れ下がる謎の真田布

・千代は一体何歳なんだ?

・関ヶ原ランウェイ

・オイラは井伊直政、ダリ髭が特徴だ!

・兜に映り込む照明

・自称男勝りの阿茶

・崩字でなくはっきりと「お千」と書く

・伊達政宗出る出る詐欺

・黒田官兵衛出る出る詐欺

・『鎌倉殿の13人』キャストの無駄遣い

・九度山で全力軍事訓練する真田信繁

・文春砲

・最終回翌日に発表される有村架純さんの交際報道

・年を超えても報道される文春砲「阿茶は井上真央さんで」

思い出したくない――そんな感想をお持ちの読者の皆様、申し訳ありません。

とりあえず「消えた伊賀者五百人」「ニコライ・バーグマン」「消えた干し柿」だけでも相当な穢れですかね。

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そして先の記事が、今年の大河も見ていないことは、以下の記述からわかります。

対して、『光る君へ』は歌に蹴鞠と平和な画面が続きます。シチュエーションもコロコロ変わらないので夕食を食べながらでも、食事後なら明日の支度をしたり雑誌や新聞に目を通したりしても、ストーリーについて行けるのです

実資顔で「ふざけるな!」と言いたくなるこの部分。

歌と蹴鞠と言いますけど、そもそも蹴鞠はほとんど出てきていませんよね。

鳥辺野や、高御座の生首など、刺激が強い場面も多く、どこが平和なのか。

そして和歌にせよ、漢詩文にせよ、かなり大変ですよ。まひろの『帰去来辞』解釈なんて本当に大変でした。

この記事の問題点は、穢れである昨年を持ち上げようとした結果、祟りに当たった。そうオカルトとして片付けても良いのですが、奥底にある心理を探ると、ある結論に達します。

ゲンダイさんと同じく、読者のおじさんのミソジニーに迎合したいのですね。

ドラマの内容について見ていないとわかる出鱈目が並んでいても、大河ドラマをダシにして女を叩いてスッキリする。

女が好きそうなドラマは難易度も低くてくだらないから、本を読みながらでも鑑賞できると見下したい。

実際は、漢籍引用がちんぷんかんぷんだっただけでは? 藤原だらけといういつもの遁辞を使いたいだけかもしれないけれども、ともかく女脚本家、女主演だから貶したいという欲求が先に出ているのでしょう。

こうしたメディアはやたらと『光る君へ』にエロ描写を期待します。

それはただのスケベ心だけでもなく、女の価値は性にしかないという深層心理の発露でしょう。

女の考えること。女の歴史。女の作った物語。女が喜ぶもの。そんなものには何の価値もないと小馬鹿にしたい。タピオカをやたらと叩くおじさんと同じ心理ですね。

それにしても、長年、大河ドラマを視聴し、「歴史」を学んだ結果が、こうした偏見だとすればどうしたものでしょうか。

男は『源氏物語』に興味なんかないと言いたいようですが、戦国武将も和を学ぶ教養として愛読していました。

和がダメならば、漢はどうか? というと、言及なし。

書はどうか? というと、藤原行成の再現に挑むことへの言及なし。

果たして日本の歴史とは何なのか?

斬り合って殺し合うことだけが歴史でしょうか?

江戸時代まで、日本の教養ある文人は、歴史とは『史記』や『春秋左氏伝』といった漢籍の史書を読んでいました。

ここであげられているような源平合戦にせよ、戦国合戦にせよ、キャラクターカードを集めてどれが強いかはしゃいでいるようなものは、大衆向けエンタメで正式な「歴史」の学問とはちょっと違うとみなされたのです。

そういう日本の伝統を踏まえれば、大河といえば戦国幕末と壮年男性が文句をつけているという状況は、末期的に見える。本朝から教養は消えたと嘆くことでしょう。

果たしてそれでよいのか、大いに疑問です。

それでも女叩きができるならば、大手メディアでも、平気でコタツ記事を載せてしまう。

もっと危機感を抱くべきではないでしょうか。

昨年の穢れに触れて、大河記事の信憑性は落ちるばかりだと感じます。

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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