光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第24回「忘れえぬ人」

2024/06/17

越前へ突然やってきて、そしてその去り際に、突如、まひろへ結婚を申し込む藤原宣孝。

戯れではない。と、いつになく真面目な表情です。

宣孝は見抜いています。

宋人と海を渡ったところで、忘れられぬ人からは逃れられない。そう顔に出ている。

まひろはいい加減なことを言うなと言葉では否定しますが、宣孝は構わず続けます。

都の人は顔に本音を出さない。けれどもまひろは出る――。

 


顔は心が映る鏡

顔に出てしまうということは愚かということか?

まひろがムッとすると、宣孝はそれが心を和ませるようです。

すかさずまひろが、自分は誰かを安心させたり和ませることはないとキッパリと言い切りますが、宣孝もすかさず返す。

「自分は、自分が思っている自分だけではないぞ」

そして、ありのままのお前ごと引き受ける、それができるのは俺だけだし、楽になれると悟りきったように口説きます。

忘れえぬ人がいてもよろしいのか?

宣孝の巧みな誘導に、まひろも導かれるようにして、そう言ってしまう。

しかし、そうしたそれもまひろの一部だと断言する宣孝。まったく揺らぎませんね。

丸ごと引き受けるとはそういうことだと言い切り、京都で待っていると告げるのです。

そして、道中楽しみにしていると言いながら、越前から去ってゆきました。

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周明はまひろに心を打ち明ける

まひろが呆然として考え込んでいると、周明がやってきます。

どうしたのかと問いかけるまひろに対し、周明は寂しそうに答えます。

「俺は宋人でもなければ、日本人でもない……」

居場所がないのかとまひろが心配そうに尋ねると、宋人は他国の者を信用しようとしないと周明が力なく続けます。

「わかってくれるのはまひろだけだ……」

そう寂しそうに言いながら、急に含みのあるような話へと飛んでゆく。

「朝廷が交易を許せば皆の心が穏やかになる」

朝廷は許さない、どうして交易を許さないのか、と悩ましい表情のまひろ。彼女は猜疑心旺盛で、よりにもよってそれを朝廷に向けています。

本作でこの手の猜疑心は当たっているもの。まひろは女諸葛です。

まひろがもっと宋のことを知りたいというと、周明は、望みを果たして帰る時が来たら、一緒に宋の国へ行こうと語りかけます。

「そのためにはもっと宋の言葉を学ばねばならない」

優しく諭す周明には一体どんな狙いがあるのでしょうか。

まひろは宋語の勉強を続けます。それでも、ついつい考えてしまうのは、忘れえぬ人である道長に「自分がどう見えていたかどうか?」ということでした。

 

伊周・隆家兄弟復活の道

道長は月を見ていました。

そこへ源倫子がやってきて「女院様(詮子)が呼んでいる」と告げています。

詮子は寝ていました。

病気のようですが……聞けば、伊周が眼の前に立ち、恐ろしい形相で睨んでいるとのことです。

こうしているときの詮子は、本当に父の兼家にそっくりですね。

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道長は晴明に邪気祓いをさせると言い、安心させようとしますが、やはり詮子は伊周に殺されると息を乱している。

かくして安倍晴明が祭文を恭しく読み、儀式を終えました。

道長は帝の前に出ていきます。

蔵人頭の藤原行成もおります。

母である女院の病を治すために、大赦をすべきであると決まりましたが、いつもの免赦ではないため、伊周と隆家を都へ呼び戻すかどうかが焦点です。

道長は陣定(じんのさだめ)を行い、論議を行います。

公卿の意見は分かれました。

罪を赦すところまではよいにせよ、召喚すべきなのかどうか。論拠もバラバラで、戻すかどうかも一致しない。

各人の個性も出ており、膨大な量の日記がある藤原実資は「前例がない」と言い出します。実資は前例に照らし合わせるパターンばかりとはいえ、論拠があるから立派ですね。

道長が帝に伝えると、帝は伊周と隆家を許し速やかに召喚すると決めました。

「朕が愚かであった……冷静さを欠き、伊周に隆家、中宮を追い詰めた。今は悔いておる」

と、それだけでなく道長に「止めて欲しかった」と不満を露わにします。

後に聞いたところによれば呪詛は噂で、矢も御車を狙ったものだったと知り、そのことを道長は知っていたのかと突き詰められます。

焦りつつ、何者かに射かけられたと返すしかない道長。

帝は大赦を速やかに行うように告げました。

政治的な判断でなく、帝の母の体調不良で動く政治とはあまりにいい加減に思えます。

 


流されやすい、されど泳ぎのうまい道長

道長は明子の膝で「斉信にしてやられた……」とため息をついています。

藤原隆家が狙った矢は、本人へ向けられたものか、あるいは御車だったのか。

それだけでも罪の重さが違う。引っ掛けられたと悔しがっています。

伊周の失脚で空いた公卿のポストには、斉信が首尾よく収まっていた。そのことを思い返し、「人はそこまでして上を目指すのか」と嘆く道長です。

思えば道長は棚ぼた式の権力でした。

これも人それぞれで、公任あたりは葛藤があってそうそうできない芸当に思えます。

明子はそこが道長様の素晴らしいところだと誉めている。

それでも幼い頃からの顔馴染みなのに相手のことを何もわかっていなかったと悔しがる道長は「斉信が上手であったー」とマヌケな声で嘆く。

上に立つ者の周りは敵ばかり――明子は、父・高明のことを「よい人すぎた」と振り返っています。

彼女の言葉で心が少し軽くなったのか。道長は、味方を増やして乗り切ると人のよいことを言い出します。それを殿らしいお考えだと認める明子でした。

 

隆家のスピード復帰

そして藤原隆家が帰ってきました。

20日はかかるのに、空でも飛んできたようなスピード感だったそうで。馬を潰しながらの昼夜兼行で、体力を使い切って戻ってきたのでしょう。

こやつは本当に武士向きです。

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「不可解なり……」

やはり実資たちは一条天皇の決定に不満そうです。

さて、その隆家は干したシジミを土産に道長のところへ顔を見せにきました。

酒を飲むか?と道長に言いながら、目の間に出したシジミをそのまま煎じて食べてみるように勧めてきます。二日酔い対策ですかね。

伊周も太宰府を発ったのか?

道長がそう聞いても、兄のことは知らん、私は兄とは違うと言い出しました。

兄は恨みをためる。私はすぎたことは忘れる。左大臣様の役に立てるのは私だとアピールしています。

道長も長徳の変についての“矢”について問いただします。

「院の御車を射たのはお前か、伊周なのか?」

これもあっさり自分だと認め、兄はビクビクしていただけだと言い、後にとんでもない大事になって驚いたのだとか。

道長が、院ではなく御車を射ただけだとそのとき弁明すればよかっただろうと問い詰めると、あのときは何を言っても信じて貰えなかったでしょ、と開き直る隆家。

そしてしつこくシジミを推してくるのでした。

 

判断のゆるさが政変を招いた?

言い方は悪いけれども、バカとマヌケのバッティングのせいであの悲劇は起きてしまいました。

隆家はある意味どうしようもないし、あの状況下では仕方ないとも思えてきます。

そもそも矢をそんな気楽に放つことがおかしい。

この事件はだいたいが隆家がけしかけたことが原因な訳なのに、すっかり忘れている。タチが悪すぎますよ。

道長もマヌケです!

道長が「民を思う善良な政治家として描かれている」という感想には疑念しかありません。

道長はマヌケな上に無能で、周りに流されやすく、自分の信念というものがおおよそありません。

道長と同じ立場に公任や実資あたりがいたら「待て、証拠があるかどうか、確認すべきだ!」となるでしょう。大事にしたらとんでもないことになるから、もっと慎重に勧めたはずです。

それを道長は曖昧な状況に流されてゆき、結果的に大変なことになった。

政治的理念もありません。

兄の藤原道兼には政治改革を進めるうえでのビジョンがありました。道長は共にそれを実現すると誓っていた割に、兄のことは忘却の彼方です。

長兄の藤原道隆もそこまで有能ではないけれど、父の残した言葉を実行に移す力強さはあった。

それがこの道長には芯がない。

今回も詮子と帝の意のままに動いています。そんなことだから権力を悪用されるのに、味方を増やすと呑気なことを言い、己の本質に向き合おうとしない。

道長はトップにいるよりも、ナンバーツーとしての方が有能なのかもしれません。

しかし、このドラマの面白いところは、政治的に有能な者は出世できないか、実行前に消えてしまう人物だと思えるところです。

政治改革の具体的なビジョンがあったのは、花山天皇や道兼でした。

実資、公任、行成、為時は為政者としての力がありそうなのに、くすぶっています。

これが宋ならば、こうした人物は科挙を経て官僚になっている可能性が高い。そこを踏まえると、まひろが宋に憧れる気持ちがわからなくもありません。

そして、こんなことを申し上げていると、私がアンチ道長だと思われそうですが、そういうわけでもありません。

政治家としてこんなにダメなのに、人徳がまるで蜜のように周囲を惹きつけているところが実に素晴らしい。

器が大きいのか、そうでないのか、わからない――つかみどころがない姿が魅力的でもあって、毎回わかったようでわからなくなります。

柄本佑さんはどこまで深いのか。彼でなければこうはならないと思えます。

 

まひろは周明にだまされない

まひろは宋語で、子ども時代は嘘つきで物語ばかり語っていたと言います。そして、今でもとんでもない大人かもしれないと付け加える。

ここでまひろが使った「大人」という言葉を聞いて周明が笑い出します。

発音が「打人」になっていました。「人を殴る」という意味のようで面白がっているのです。

「早くまひろと宋に行きたい」

そう抱きしめて、このままではいつまで経っても宋に行けない、左大臣に文を描いて欲しいと訴える周明。

二人で宋に行くためだと言い、唇を重ねようとすると、まひろがその口を覆い、止めます。

「あなたは嘘をついている。私を好いてなぞいない」

「好いている」

周明が強引に再び抱きしめると、あなたは違うことを考えている、私を利用するためだと見抜きました。

「そうでしょう?」

そう言われると周明はおもむろに立ち上がり、壺を叩き割って破片を手にすると、まひろにノドに突きつけました。

そして左大臣に文を書けと脅します。左大臣が許せば公の交易が叶う――。

「書きませぬ」

「書かねば切る」

どれだけ脅しても書かないと言い張るまひろ。

自分の文ごときで左大臣の考えを変えられない、とも説明しますが、実際、まひろの文は道長を動かしたことがあります。父・藤原為時が越前守に任じられたのも、そのおかげです。

けれども朱仁聡が殺人事件の容疑者になった際は、全くあてになっていませんでした。

まひろ自身が、政治家としての道長にはもうあまり期待していないのかもしれません。

「書かねば、お前を殺して俺も死ぬ」

「死という言葉をみだりに使わないで!」

周明の脅しに対し、怒りで対応するまひろ。

目の前で母が虫けらのように殺されるのを見たと語り、周明だって海に捨てられ命の瀬戸際を生き延びたでしょ、それなのに気安く死ぬなど言わないで欲しいと毅然と言い放ちます。

嘘を見抜かれ、もはやこれまでと悟ったのか。

周明は、宋のことをまひろが夢見ているような国ではないと明かします。

宋は日本を見下している。日本人など歯牙にもかけておらぬ。

そして民に等しく機会を与える国など、この世のどこにもないのだと言い放つのです。

「つまらぬ夢など持つな」

そう言い捨てるしかない周明は、まるで自分もその夢の一部だったと告げるかのようです。

 

服を右前にして、中華の文化風俗を学べば秩序に入ることができる

周明の言葉はどこまで本気なのか。

気をつけておきたいのは、こういう場合の国の認定は、血統ではなく文化が重視されるということです。

確かに中国には中華思想があります。

ただし、これはどんなルーツであろうと、中華の風習に従えば見下されなくなります。

中国の歴代王朝を見ていくと、むしろ漢族が始祖でない方が目立ちます。平安貴族が愛着している唐にしたって、漢族が始祖ではなく北方騎馬民族の文化が濃いのです。

名前を中国風にして、衣服を右前にするなど適応させれば中華の仲間入り。

それをしなかったのが元や清となるわけです。

そもそも昔は血統を調べるにせよ、限界があります。ましてやアジア人同士では見た目もそこまで変わりません。

江戸時代までの日本人は、中国人と自分たちの区別をそこまで明確にしておりません。

来年の『べらぼう』でも重要な要素になりそうですが、中国の英雄だろうと勝手に自分たちのモノ扱いをしがちでした。

たとえばコロナ禍ではアマビエがブームになりましたけど、江戸後期の江戸っ子なら首を捻ってこう言いそうなところです。

「こんなもんよりヨォ、鍾馗様の方がビジュアル的にイケてると思うぜェ」

鍾馗というのは伝説上は中国唐代の人物なのですが、病魔を追い払うとされていて、浮世絵師がビジュアル系病魔避けとして作品に描いております。

鍾馗

歌川国芳の『鍾馗図』/wikipediaより引用

アマビエと鍾馗像を比較すれば、どちらがよりイケてる病魔対策だったか、ご理解いただけるでしょう。

中国側もよほど悪質でなければ「またか、お前ら、ええんやで」と見逃されます。なにせ、コーエーテクモゲームスさんは大人気ですからね。

『光る君へ』については、既に国境を超えて大歓迎された人物が実在しています。

朱仁聡役の浩歌さんです。

彼こそ中国でブレイクした現代の代表です。中国語で話し、中国の作品に出て、中国のSNSに投稿して、すっかり歓迎されている。

そしてこの国による区別は、明治以降の歴史と比較すると興味深いことがみえてきます。

昨今話題の夫婦同姓につきまして。

これを日本の伝統だとして北条政子の名前が挙げられます。昔は夫婦別姓こそむしろ伝統だったのではないか?と、その一例というわけです。

日本が夫婦同姓にしたのは明治以降です。

明治政府は、不平等条約を改正し、西洋と肩を並べるためには、制度を西洋式にすればいいと思いました。

その中に夫婦同姓も含まれていた。

しかし、条約改正を成し遂げようが、日清日露戦争に勝利しようが、結局のところ日本は西洋列強の中に入れません。

日本の皇室と通婚関係を結ぶヨーロッパの王族なんているわけもない。

アメリカは日本人移民を制限する。

戦争になればドイツ系やイタリア系はそう出来なくても、日系人は強制収容所に送り込める。

日系人兵士はためらうことなく激戦地に投入できる。

原爆だって、日本になら落とせる。

人種が違うとどうしようもないのではないか。結局、受け入れられないじゃないか。

そう気づくまで時間がかかったものでした。

 

周りにいた人の心も見えていなかった

まひろの前から去ってしまった周明。

彼女は宋語の学習帳を燃やそうとして、手を止めます。

するとそこへ乙丸がやってきました。夕餉を召し上がっていないと知り、具合が悪いのか心配しているのです。

そんな乙丸に、なぜ妻を持たないのか?と尋ねるまひろ。

戸惑う乙丸にただ聞いてみたかったとまひろがいうと、結婚しようにもこの身一つしかないと戸惑う乙丸です。

「あのとき、私は何もできませんでしたので」

彼は後悔の念を背負っていました。ちやはが殺されたとき、乙丸は確かに無力でした。そこで、せめて姫様は守ると近い、乙丸はずっと仕えていたのです。

乙丸がそんなことを考えていたのか……と、納得するまひろ。

余計なことを申したと返す乙丸。

まひろはこんなにずっと近くにいる相手なのにわからないことばかり、私もまだ何もわかっていないのかもしれないと結論づけます。

「周明と何かあったのですか?」

乙丸がそう聞くと、まひろは、周明も精一杯なのだという考えに至りました。

 

帝は中宮を求める

詮子の元に帝が見舞いに訪れました。

大赦のおかげでよくなった。そう感謝を伝えると、帝も嬉しそうに「朕も父になった」と告げます。この上ない喜びだそうで、母上にも知らせできて嬉しいと言います。

帝の晴れやかな顔を初めて拝見したと言う詮子。

生まれてきた姫を内親王にすると語る帝に対し、どれほど幸せを奪い、追い詰めていたのかと反省の念を語り出します。

帝は親になったことで、母上の気持ちも分かった、お詫びなどいいと笑顔で返します。

さらに帝は「中宮を内裏に呼び戻す」と言い出しました。

瞬間、背後にいた道長が驚き、たしなめようとしますが、それを制して話を続ける帝。

「娘の顔を見ず、中宮を見ずに生きていくことはできない。公卿の反発はわかっていて黙っていたし、内裏に波風がたっても構わない」

中宮を追い詰めたのは自分であり、いま手を差し伸べねば後悔するだろうから、最初で最後のわがままだと押し切るのです。

こうなると道長としては帝の望みを叶えるしかありませんが、果たして公卿たちはどう反応するか。

道長は、藤原行成に事の成り行きを説明します。

帝がお幸せなら嬉しいと返されると、皆の心が帝から離れて政が進めにくくなると道長は困惑しています。

確かに実資様あたりが厳しい言葉で批判しそう。実資の言葉には力がある。

二人でそう頭を抱えていると、行成がアイデアを提案します。

「職御曹司(しきのみぞうし)はどうでしょうか」

内裏とは一定の距離を置けば、まだ周囲の者たちも騒ぎ立てずにいられるかもしれない。

その意見を受けいれた道長は、帝をそう導くよう行成に任せます。さしもの行成も困惑していますが、行成ならば帝も頷くだろうと言われて断りきれなくなりました。

「はっ!」

深々と頭を下げてしまう行成は、道長のことをどれほど好きなのでしょうか。

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行成の交渉は上手くいったのでしょう。

その日のうちに定子が職御曹司に入ると、早速、そこへ出向く帝。内裏のそばにあるものの、わずかな距離だろうと帝は輿に乗らねばなりません。

定子が、娘の脩子を胸に抱き、帝に見せます。感激し、脩子に語りかける帝。

「愛らしいのう、中宮によく似ておる」

「帝にも」

ここで帝は、傍らに控える清少納言にも、中宮が世話になったと声をかけます。

「もったいなきお言葉にございます」

感激した声で返事をする清少納言。

この日から帝は政務がおざなりになり、連日、定子に通い続けます。

春宵苦短日高起 春宵 苦(はなは)だ短く 日高うして起く

従此君王不早朝 此(こ)れ従(よ)り君王 早朝せず

春の宵はとても短い 日が高くなってからやっと起きる

このときから皇帝は朝の政務を行わなくなった

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帝はまさしく、楊貴妃に溺れた玄宗のようになってしまったのでした。

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その悪影響は早速見られ、女房たちは「自分で髪をおろしたくせに図々しい」と陰口を叩き、公卿も苦りきって実資はこう嘆きます。

「前代未聞! 世に試しなし!」

あの聡明で政務に熱心であった若き帝が、女の色香に溺れてこうなってしまうとは!

彼らからすれば、定子は妖狐のような悪女でした。

 

さわとはめぐり会うことなく

藤原為時は、越前大掾である大野国勝のおかげで越前の政務がうまくいっていると上機嫌。

どうにも為時は人が良すぎるのか。

そこを越前生まれの国勝がうまく支えているようです。

彼が為時あての書状を渡して、その場から去ってゆくと、まひろ宛の文もありました。

まひろが目を通すと、それはさわの死を伝えるものでした。

行きめぐり たれも都に かへる山 いつはたと聞く ほどのはるけさ

誰もががいつかは都に帰るという。でも、今度はいつになったらなのか。それははるかに遠い先のことなのか。

嗚呼、私と会いたいと思いながら命を落としたのか……まひろはそう友を思います。

そして彼女は、都に戻って宣孝の妻になると父に宣言します。

「うん。ん? 今なんと申した?」

寝耳に水の為時。

まひろはさわのことに触れ、もう、生きていくのも虚しくなったと言い出します。

為時はそれはわかるが、それでなんで宣孝の妻になるのかと聞き返す。なんせ発想が吹っ飛んでいますからね。

まひろは先日、宣孝から妻になれと求婚されたと言います。

驚きのあまり、腰を痛めてしまう為時です。

 

宣孝なら、よい理由

寝込んでしまった為時は、まひろに問います。

確かに宣孝はよい友達だが、まひろに求婚とは錯乱したのか……。

まひろも驚いているのだと返します。

為時は、都で婿を取るならば、自分も国守となったことだし、以前よりよい婿が来ると言います。

「されど宣孝殿は……」

まひろは父上が不承知ならばやめておくかというものの、そこまでしたいわけではありません。

ただ、宣孝は年寄りなのにいまだに女にマメだから、まひろが辛い思いをするかもしれないと気遣っています。

それもまひろは承知していると諭しますが、まだ納得できない為時。

まひろはこう言います。

ありのままのお前を丸ごと引き受ける。それができるのはわしだけだ、さすれがお前も楽になろうと。

「うまいこと言いおって」

そう返すしかない為時ですが、それがまひろの胸にしみたのも事実。

思えば道長様とは向かい合いすぎて、見つめ合いすぎて、苦しかったのだと振り返ります。

愛おしすぎると嫉妬もしてしまう。しかし宣孝相手ならそういうことはない。楽に暮らせる。

幼い頃から知っているし、誰かの妻になることを大真面目に考えたくもないし、子どもも産んでみたい。

そう打算丸出しで語るまひろ。

まあ、こんな腹黒い女諸葛でもいいと思えるのは、そりゃ藤原宣孝ぐらいじゃないか?とも思えますよね。

ときめくつもりはもうない。ただ安定と出産のために結婚する。そう言い切りました。

やはりまひろは「おもしれー女」なので、そのおもしろさごと堪能できる相手でないと難しいのでしょう。

紫式部が当時の貴族として晩婚なのは、経済的な事情や年齢ゆえにとされました。

本作は性格の面倒臭さもそこに加えられています。

大石静さんも、まひろがいたら友達になりたくないと語っています。確かにわかりやすい可愛らしさはない。おまけに不気味でもある。

周明に騙されかけたようで、キッパリと理詰めで断りました。ああも相手の心を見抜き、さらには思い切り突っぱねるようなことをいう。それこそ不気味ではないですか。

そのくせ、父親に道長相手の恋を今さら全開で語る。聞いてる父の心がメタメタになりますってば!

 

入り込めなかった彼女の心

ここで松原客館から宋の医師がきます。

周明ではなく、その師匠でした。

まひろが朱仁聡に「周明はどうしたのか?」と尋ねると、生まれ故郷を見るために出ていったそうです。

いやちょっと待って、宋人の行き来をもっとちゃんと管理しないとリスクがありますってば。

朱仁聡は、交易が成立しなければ博多に向かわないと言い出します。

二度と船はつかないと脅しながら、日本との交易拡大を狙う。為時が無理だと言うと、今度は、宋の品が入ってこなくなると告げます。

「それは脅しか?」

為時はそう返しますが、さりとて彼の一存では交易を認めることなどできず、両者の距離は縮まらない。

為時との交渉を終えた朱仁聡は、松原客館で周明に「出て行ったと言っておいた」と告げます。

そして本当にそれでよかったのかと念押ししています。

「入り込めませんでした、あの女の心に」

「周明、お前の心の中からは消え去るといいな」

朱仁聡はそう語りかけると、空を飛ぶ鴎の姿が、一羽だけ一瞬流れます。周明は夫婦になれなかった鴎なのでしょうか。

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宋との交易を拒むのは朝廷なのだろうか?

為時は朝廷に文を送ったのでしょう。

内裏では、帝が「宋の脅しには屈しない! 越前の荷は朝廷で買えば諦めて帰るだろう」と告げています。

しかし、そこまで買うゆとりがないと返す道長。

帝は不満げな口調で、太宰府での旨みは藤原が独占しているならば、朝廷が越前と商いをすればよいではないかと言います。

越前と都は近く危険だ、都に攻め上られたらひとたまりもないと道長は返し、宋と商いをするとなれば属国として扱われるからこれを許してはならぬとも付け加えます。

帝はそう言われ、「左大臣の好きなようにしろ」と投げ出すかのように任せてしまいます。

政務にやる気をなくした帝と、外交無能の道長による、しょうもないコンボ状態です。

道長の言っていることは無茶苦茶です。

まず、宋は日本に外征する気はありません。

道長の「属国として扱われる」ことを避けろというのは、朝貢貿易による華夷秩序に入ることを拒んでいるように思えます。

そのマイナス面といえばただのプライドの話でしかない。

それに朝貢貿易は回数の制限があるので、むしろ民間で商いをしたい朱仁聡らにとってはメリットがありません。

朱仁聡の背後に宋の朝廷がいるのかどうか、冷静な確認が必要な場面なのです。

朝貢貿易は往復のうち、復路が儲かるお得な制度でした。朱仁聡の積荷を買い取れないほど逼迫した朝廷ならば、むしろ積極的にやるべき。

では、なぜこうも強硬なのか?

帝の言葉にヒントはあります。

太宰府における交易の旨みを藤原が独占している――これです。道長はこの権益を守ろうとして、帝に出鱈目を吹き込んでいるようにも思えます。

聡明だった帝は頭の中にもう定子のことしかない。

宋の白粉と扇があれば中宮に求めたい、それだけ差し出させよと告げ、道長に任せてしまいます。

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それにしても道長はどうしてこんなにマヌケで、わけわからんことを言うのか。

太宰府の誰かに嘘を吹き込まれていて、相手の思惑に乗っかってしまっているのか。

それとも帝を騙そうとしてあえてしているのか。

というと、どうにも前者のような気がします。

この道長は、本人は善意の人なのに、周囲に騙され吹き込まれて悪の道へ転がり落ちてゆきかねない危うさがある。

しかし本人は、悪に染まらずピュアなままという、なかなかおもしろい人物像に思えます。

ある意味、周明の読みは正しかった。

こんなにボンクラな道長なら、まひろからアプローチすればうまく落とせたかもしれません。

繰り返しますと、私は道長を有能とは思いませんが、嫌いでもありません。

この外交については道長はマヌケだと繰り返す意義があります。

道長の語る日宋関係は間違っているので、頭から焼き消してきちんと学び直して欲しいのです。

ついでに言えば、こんなわけわからんゆるい宋認識だったから、藤原摂関家は宋との交易に目をつけた平清盛にしてやられてしまうのです。

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結果、為時にはまたもや「様子を見て時間稼ぎをしろ」との指令が届きます。

まひろは、宣孝からの都に戻れという言葉を思い出しているのでした。

 

MVP:藤原宣孝

NHKの看板といえる朝ドラ『虎に翼』と、大河ドラマ『光る君へ』には共通点がいくつもあります。

そのひとつが、ヒロインが愛ではなく、欲得を踏まえて結婚するということです。

『虎に翼』の寅子は、弁護士になっても未婚というだけで一人前に見られない。それを打開するために、特に恋愛感情はない優三という男性と結婚します。

優三は寅子の家に下宿しており、昔から知っていて、ときめきも何も今更なかったのです。

それが結婚後、恋に落ちるという流れでした。

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そしてこの宣孝も「まひろは打算で結婚する」とキッパリ言い切りました。

優三も、宣孝も、相手に惚れています。

その相手の魅力を自分との結婚で削りたくないから、ありのまま受け入れるという点でも一致しています。

優三はその姿が純粋で透き通っていました。一方で宣孝はどこか濁っているというか、色気がムンムンと漂っています。

為時が気に止むほどまだまだ色香のある宣孝。

忘れえぬ人ごとまひろを受け入れるという言葉にせよ、過去の恋すら相手を彩るスパイス扱いをしている余裕を感じます。

宣孝とまひろの結婚は、無茶ぶり条件が揃っています。

史実においてすでに年齢差が親子ほどもあり、おまけに紫式部の和歌は塩対応に思える。これはある意味仕方ないし、情熱的な歌がいいなら和泉式部あたりにしておけということでしょうが。

おまけにドラマの設定で藤原道長が「忘れえぬ人」になったうえに、まひろは聡明すぎて、性格がどこか不気味です。

そういう結婚をこんなふうに盛り上げるなんて、すごいドラマだと思います。

佐々木蔵之介さんだからできた。その要素も大きいのでしょう。

 

連環の計――繋がって、燃える

Mrs. GREEN APPLE(ミセスグリーンアップル)のMV『コロンブス』が炎上しました。

さんざん分析されているので今さら付け加えることはありませんが、今後のために考えねばならないのは、「どうすれば防げたか?」ということでしょう。

答えは簡単。

・グローバルヒストリー目線で学んでいること。

曲やMVを制作する段階で少しでもコロンブスについて調べておけば、その評価が割れていることには気づけたのではないでしょうか。

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この炎上を受けて「NG英雄リストを作って欲しい」という意見も見かけましたが、グローバルヒストリー目線を身につけたうえで、フィルタリングする能力は自ら磨いたほうが確実でしょう。

制作者たちが、歴史総合を学んでいれば防げたかもしれません。

そもそも歴史総合は、こういうやらかしをもはや放置できないから導入されたのでは?とも思えてきます。

Eテレの高校講座を見ておくだけでも、こうした事故は防ぎやすくなるはずで、逆に学ばなければ恥ずかしいやらかしが今後も続きます。

チェック機能がない。魏徴のように諫言するものはいないときた。

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一例として、榎本武揚を振り返ってみたいと思います。

土方歳三を扱う作品で、彼を箱館戦争を戦う戦友として出すのであれば問題ありません。

しかし福沢諭吉目線なのに榎本武揚を褒めたら、福沢本人が「ふざけるな」と怒りかねない。

明治以降の政治家としても難しい。北海道開拓において、アイヌに大打撃を与えた黒田清隆の右腕です。

かといって「榎本武揚」をNGリストに入れればよいわけでもない。

歴史はそう単純でもないでしょう。

NGリストを言い出す時点で、歴史を学ぶ意義から目を背けているように感じてしまいます。

安全と言いますか、既に人物評価を仕上げてきているのが中国史です。

本国でさんざん語られている評価を踏襲すればさほど燃えません。

むしろ『キングダム』は、中国史視点で見ると不思議なのだそうで。

始皇帝は昔から賛否両論ですので、中国で始皇帝を扱う作品は、彼が主役だろうと苛政要素も入ります。『キングダム』はその点がむしろ甘めであるとされます。

始皇帝はまだしも、諸葛亮ですら賛美一辺倒にはなりません。

彼の天下三分の計は結果的に乱世を長引かせた一面があります。

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重ねて申し上げますが「NGリストを作ってよ!」という発想は、あまりに子どもじみていませんか。

歴史を舞台にコンテンツを作る以上、一定の下調べは必要であるはずなのに、あたかも歴史をテスト対策としか見られなかったような勘違いは、来年の大河を前に既に炸裂しています。

『鬼滅の刃』「遊郭編」や「大吉原展」が燃えたことから、『べらぼう』までもはや炎上確定だと煽るメディアがあるのです。

遊郭については、搾取面をどう描くかどうかの是非であり、前者は女性キャラクターの露出度が高いとはいえそこまで燃えず、後者は吉原を軽薄に扱う単純さが問題視されました。

『べらぼう』ではインティマシーコーディネーターがついていますし、男女逆転版『大奥』も素晴らしかった森下佳子さんが脚本を担当しています。対策はちゃんとしているでしょう。

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フィルタリングをして作品を再検討していくと、大河ドラマからも煙が見えます。

『コロンブス』の件もBBCが早々と報じました。

『電波少年的懸賞生活』の異常性も報じています。この番組は2023年の段階で映画となっていたものを、後追いでBBCが報じ始めたのです。

思えばジャニーズ問題もBBCが口火を切りました。日本の芸能界には汚泥があるとBBCは見抜いたのでしょう。悪事の鉱脈であると。

『コロンブス』で日本人の歴史観にも黄信号が点りました。

私の予想では、早晩、NHK大河ドラマや朝の連続テレビ小説にも到達する可能性があります。

火のないところに煙は立たぬ――燃えそうな作品を挙げておきまますと……。

2015年『花燃ゆ』
2015年『あさが来た』
2017年『わろてんか』
2018年『西郷どん』
2018年『まんぷく』
2019年『いだてん』
2021年『青天を衝け』
2023年『どうする家康』

私の嫌いな作品ばかりですね。そういう焦げ臭さがあることも、私が嫌った一因のひとつです。

このうち『コロンブス』からの流れで一番燃えやすいのが、『青天を衝け』でしょうか。

渋沢栄一を一年間顕彰することと比較すれば、3分程度のMVなぞボヤに過ぎない――そんな意見も見かけました。

まさしくその通りでしょう。

『青天を衝け』はレオポルド2世の礼賛までやらかした、どこまでも恥ずかしいドラマでした。

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このドラマのファンは、慶喜役の演技について褒めるばかりで、歴史的な問題点についてあげても「気にしすぎw」「私は楽しめたしw」「彼の演技が」とばかりしか言わず、話が噛み合いません。

極端に議論が噛み合わぬ論争とは、そもそも成立しません。自分が好きだと言ったから。ファンダムの空気を荒らしたくないから。本音はそんなところではないでしょうか。

『コロンブス』が燃えたあと、渋沢栄一が新札の顔になるというのは、日本人にとってもはや国辱的といえる。

日本人は植民地主義の悪どさをまるで理解していない連中だと、国際的にアピールする危険性があります。

それを日本のBBCたるNHKが、大河ドラマで褒めてたって? 大丈夫かよ……そう呆れられる日が到達しても、今さら驚くことでもありません。

渋沢栄一を顕彰することが、下の世代にとってどれだけ大迷惑なのか。なぜ、誰もその危険性を考慮しなかったのでしょうか。

思えばあの大河は本当にマヌケでした。

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最終回で渋沢栄一は、これから明るい未来になるとヘラヘラ語っていましたが、昭和初期に何を言っているのか、という話です。

『虎に翼』の寅子や優三たちが地獄へ向かってゆく。

そんな破滅への道筋を投げっぱなしにして、自分は悠々と冥土へ旅立ったのが渋沢栄一です。

彼を顕彰していることそのものの危険性にいい加減気づいて、今後、起きることに警戒しておいた方がよいかもしれません。

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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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