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【『光る君へ』感想あらすじレビュー第39回「とだえぬ絆」】
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伊周、雪の日に逝く
藤原伊周は、まさに死の床におりました。
「俺が何をした……父も、母も、妹も、あっという間に死んだ……俺は奪われ尽くして死ぬのか……」
虚ろな表情のままに恨み言ばかり重ねる兄に対し、弟の隆家は敦康親王のことは任せて、安心して旅立つようにと語りかけます。
伊周は嫡男の道雅を呼び寄せ、苦しげに言います。
「左大臣には従うな……低い官位に甘んじるくらいなら出家せよ……よいな」
そう呪いをかけるように言い残す。
『源氏物語』にもこういう毒親は出てきますね。明石入道は、良縁に恵まれないなら海に身を投げよとまで娘に言い聞かせました。こういう親がいたからこそ、紫式部はヒントを得たのかもしれません。
「父上……母上……定子……」
死んでいった家族を呼ぶ……そんな伊周に応じるように、定子が雪遊びに誘う声が聞こえてくる。伊周の頬がかすかに微笑み「雪だ」と呟く。
呪詛のせいで生死の境がゆらぎ、死霊に呼ばれてしまったかのようにも思える場面です。
そんな兄の姿をみて、隆家がハラハラと涙を落としています。
「あの世で……栄華を極めなされませ」
外は雪――あの楽しい雪遊びに興じていた貴公子が、どうしてこうなってしまったのか。
翌日、伊周は36年の生涯を閉じました。
死因は飲水病(糖尿病)と推測されています。
そのことを行成が記録しています。行成の書が出てくる場面はたとえ一瞬でも、手間がかかっている大変貴重なものです。
ちなみに伊周の父・藤原道隆の死因、そして道長も飲水病(糖尿病)とされていますね。当時は上級ほど栄養バランスが悪く、かつ酒の甘味が強烈であるため、上流貴族の主要な死因のひとつでした。
伊周の死がもたらすもの
帝は、伊周の死を聞き、「朕を恨んでおろう……」と嘆いています。
行成が、御簾越しにそのようなことはないと否定し、この世から解き放たれてほっとしているかもしれないと言います。
これは隆家とある意味通じる考え方と言いますか、生きていても栄華を極められないならば、いっそ世を去った方がよいということかもしれません。
しかし帝はその言葉を否定し、敦康のことが心残りであったはずだと言い出します。
敦康を次の東宮にする道筋をつけてから、朕はこの世を去りたいとまで言い出しました。
行成がそのようなことを仰せになってはならないというと、帝の体がぐらりと揺らぎ、行成が慌てて御簾を乗り越えて支えます。
帝もまた体が弱っているようで……。
いつも芯が通ったような体が揺らぐ――それだけで衝撃的です。
容姿の美しい人が酔い潰れることを「玉山崩る」と言います。
ここでの帝は酔態ではなく心身の動揺ですが、これほど美しく、挙措(きょそ)の整った体がゆらぐことは、玉の山が崩れるという言葉そのものに思えます。
「敦康の元服を急がねばならぬ」
そう決意を固める帝に、行成は日取りを陰陽寮に問い合わせると言います。
中宮の出産に紛れることなく、敦康の元服を世に知らしめることができると帝はかすかに喜びを見せます。
『源氏物語』の桐壺帝とは異なり、こちらの帝はあくまで愛おしい皇子を帝位につけたいようです。
果たして、うまくいくのかどうか。
こんな帝の姿を見なければならない行成の心中も辛いことでしょう。
彼は道長に忠誠を誓っています。帝と道長の間で揺らいでしまう……真面目だからこそ、割り切れない彼も大変なのです。
敦康親王の後見は隆家だが
隆家が伊周の供養の品々の礼を告げるべく、道長の元へやってきました。
ここは眼福といえるシーンで、当時の公卿の喪服を再現しています。
道長に伊周の最期を問われると「怒りも恨みも全て捨て去った穏やかなものだった」と隆家は答えました。
道雅への呪いのような遺言は省くところが隆家の配慮です。若い頃はあまり後先のことを考えていなかった彼も、随分と落ち着いてきたものです。
道長はあっさり「冥福を祈っておる」と返しますが、内心は怨霊に怯えているかもしれません。
隆家はこの先の敦康様の後見を務めたいと言います。
道長の疑念を払うように、兄とは違うと強調し、あくまで後見として、左大臣に仕えたいと言います。
「どうかそのことを、お認めくださいますよう、伏してお願い申し上げます!」
「大切にお守りいたせ」
「はっ!」
道長はあっさりと認めました。
隆家のキャラクター性が認められたのでしょう。
動きがキビキビとしていて、声量もハッキリ。他の公卿とは異なる凛々しさが売りと言える。
直情径行型で誠意があり、無闇矢鱈と裏切り行為に走らないと思えます。重要かつ難しい役で、魅力がよく出ていますね。
このあと隆家は、定子の残した脩子内親王の元へ向かい、敦康親王と彼女の後見を務めることを報告します。
「左大臣様はどんなお顔をされているのでしょう……とうとう伊周様まで身まかられてしまいました……悔しくてなりませぬ。あれほど美しく、尊かった方々が、何故、このような仕打ちを……」
そう脩子内親王に仕えるききょうが絞り出すように言います。隆家はその声をきき、苦しげな動揺をかすかに浮かべました。
それにしても、ききょうは、一体どういう役作りなのでしょう。
泣き腫らしていたことがわかるほどむくみ、目が血走っています。この人は号泣していた。心の底から悲しみ、苦しみ、泣いていた。
そんなむくみ方で凄絶な顔です。
自らが書き残した『枕草子』の世界が崩れてゆく様を目にして、どれほど苦しんだのだろうか。
そう圧倒されて胸が苦しくなりました。
こんなにも彼女が苦しいのは、忠義心のせいだとも思えます。
彼女は時代を先取りしています。忠義なんてなければ、切り替えて次の主人に仕えることができる。
でも彼女はそれができません。
『鎌倉殿の13人』では、源頼朝がボヤいていました。
坂東武者たちがバタバタと平家からこちらに寝返ったのはよしとしよう。
でもこんなにホイホイやられたらたまったものではない。これからは忠義の時代だ。そう課題として掲げていたものです。
それよりも、ずっと前に、ききょうは誠心誠意の忠義を見せている――こうした描き方は本当に素晴らしいのではないでしょうか。
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