光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第46回「刀伊の入寇」悪女はどこへでも行ける

2024/12/02

太宰府でまひろと再会するも、とっさに背を向けてしまう周明。

まひろはそんな彼に声をかけます。

「息災だったのね」

「俺のこと、恨んでないのか?」

かつて越前でまひろに陶器のかけらを喉元に突きつけ、脅したことがある。周明はそれを忘れられずにいるようですが……。

「もう二十年も年月が流れたのよ」

「お前の命を奪おうとしたのに」

「あのころは周明も大変だったのでしょう。苦しかったのでしょう」

「すまなかった」

そう頭を下げると、「無事でよかった」とまひろがしみじみ答えます。

医師として人の顔を観察する周明は、まひろの心に嘘はないと理解したのでしょう。まひろまひろで、作家として、人の心を観察する術を学んでいます。

二人とも、もう若くはありません。

しかし歳月は、人の心の機微を思いやる優しさを身につけさせました。

 


周明の二十年間

周明はあれからのことを語ります。

朱仁聡は公に商いをする野心が達成できず、博多から宋へ帰国しました。

周明は生まれ故郷の対馬に戻ったけれども、彼を知る人はもう誰もいない。そこで太宰府で通辞となったとのことです。

すると、宋からよい薬師(くすし)が来て、目の病を得意としているとのことで、周明はそこで医術を学び直しました。

周明が新たな居場所を見つけて喜ぶまひろ。

今度は周明が「何しにきたのか?」とまひろに尋ねます。

亡き夫が働いていた太宰府を見たかった――そう答えると、すかさず「夫を持ったのか?」と聞かれ、「周明も知っている人、越前の浜辺で出会った人」だと説明します。

「覚えてる?」

浜に馬で来ていた男だったと回想すると同時に、かなり年上の男だったことも思い出しました。

しかし、越前から戻って結婚すると、わずか二年半で妻と娘を残して亡くなってしまったのだとまひろは語ります。

「周明に妻はいないの?」

「いない」

「そう……」

周明は、まひろたちを政庁へ案内することとなりました。「まひろの夫も見た場所だ」とのことで、なかなか出入りが自由なようですね。

 


宋の商人で賑わう太宰府

かくして太宰府の政庁へ向かうと……「越前より随分と立派!」と驚くまひろ。

確かにその通り、よくセットを組んだものだと思います。

朱色の柱がいいですね。

太宰府を再現するだけでも大いに意義があるでしょう。展開としては強引でも、これはこれでアリだと段々思えてきます。

中には、大勢の宋商人たちがいました。

なんでも役人と話すために博多から太宰府に来るのだとか。淡々と話は進んでゆきますが、藤原行成が太宰府赴任を希望した理由もわかりますね。

宋の文房四宝なんて、書を愛するものからすれば垂涎ものです。

商人の側も、取り入りたいからそうした需要を踏まえ、色々ととよいものを付け届けしてくると。

そして朱仁聡が方針転換した理由も見えてきます。

別に強引に策を使って何かをする必要性はないと理解したのではないでしょうか。袖の下をはずめば日本の官吏は簡単に靡いてくるとわかったのでしょう。

天知る、地知る、我知る、子知る。『後漢書』「楊震伝」

中国にはこんな故事があります。

贈賄をされた楊震がこう相手に返し、悪事は必ず露見すると言い切ったのです。

それが美談として伝えられるほど、贈収賄は悪だという認識はあります。

一方で日本は、そこまで徹底されない。

必要悪という認識にとどまり、なかなか禁止されません。来年の『べらぼう』でも、田沼意次周辺の贈収賄は出てくることでしょう。

フィクションでもこれは反映されていまして、中国のドラマでは贈収賄を毒々しく扱うことがあります。

本音はさておき、建前としては問答無用の悪だとしてぶった斬る傾向があるのですね。

 

まひろも、周明も、昔を忘れてはいない

「今でも宋に行きたいか?」

周明がそう尋ねると、もう歳だ、そんな勇気も力もないと答えるまひろ。

いえいえ、太宰府に来ている時点でまひろには超人級の勇気と力があるでしょう。

周明も、そのような歳には見えないと言っています。

するとそこへ宋の名医・恵清がやってきました。

なんでも太宰権帥の目を治したのだとか。まひろが宋語で挨拶し、供手礼をすると、思わず驚く恵清です。

宋語が話せるのかと問われ、少しだけ、と答えるまひろ。

周明は、自分が教えた言葉を覚えているまひろに感激しています。

周明はまひろのことを覚えている。まひろも周明の教えたことを覚えている。なんてささやかな幸せでしょう。

記憶力や理解力という点では、周明は道長より上のような気もしなくはないのですが。逆に、そういう大雑把なところも道長の魅力といえばそうですね。

そしてこの場面は、画期的な要素があります。

恵清役が王偉さんなのです。

中国人の役を、中国人が演じるというのは大河ドラマの歴史における大きな一歩。

朝の連続テレビ小説『虎に翼』は、朝鮮からの留学生役をハ・ヨンスさんが演じて話題になりました。

大河と朝ドラという看板ドラマでそれが実現した2024年は、NHKの歴史が一歩進んだ歳として記憶されることでしょう。

 


双寿丸と隆家との再会

庭では武者たちが武術訓練をしていました。

と、その中に双寿丸がいます。まひろに気付き、「賢子の母上が何してんだ?」と驚いています。

さすが伊藤健太郎さん、キビキビとした動きです。彼らが手にしている武器は、まだ洗練される前のもので、後世とは違って実に興味深い形状をしていますね。

太宰府を見にきたと返され「ただの女でないと思っていたけどすごいな」とおもしろがる双寿丸。

そう言う双寿丸は、残念ながらまだ手柄を立てていないようです。

争いがないのはよいことだとまひろが指摘すると、それを認めつつも「俺は武者だ」と返し、賢子のことを尋ねてきました。

太皇太后に出仕したと答えると

「大人になったのだな」

安堵したようにそう言う双寿丸。周明が知り合いだったのかと軽く驚くと「娘のいい人だったの」とまひろは微笑みます。

「そんなんじゃない」

即座に否定する双寿丸。彼は実に気のいい、裏表のないさっぱりした性格だと思います。

賢子の恋心は気づいていたのでしょうけれども、彼からすればそういう仲ではないと言葉の端々から伝わってくる。

妹のような存在だから「大人になった」と思うし、“いい人”というのも即座に否定する。デレデレしたら、そういう湿っぽさが出て、いやらしくなると思います。

すると藤原隆家がやってきました。訓練中の兵たちに向かって、酒を持ってきたから皆で分けるようにと伝えています。

隆家のイキイキ健康貴族ぶりがいいですね。

都の人は、こうさっぱりと身分の低い人と何かを分け合っているイメージが湧いてきません。

すると隆家が、めざとく周明とまひろを見つけ、「隅に置けぬのう」とニヤニヤ。

そういうおなごではないと即座に否定する周明ですが、これは宋の価値観が染み込んだ彼らしい反応かもしれない。

平安京の貴族は「色好み」ですが、中国の知識人階級は好色ぶりを大っぴらにはしないものとされました。風流を気取ってややアウトロー気味、芸術系の人だと異なりますが。

まひろが「藤原為時の娘です」と名乗ると、隆家が「太皇太后の女房である藤式部か」と思いあたります。

なんでも太閤様こと道長から丁寧にもてなすよう指示があったのだとか。旅の安全確保を命じられたそうですよ。

そして中関白家を追い詰めた『源氏の物語』を書いた女房をもてなせなど酷だと冗談混じりに言います。

まひろはハッとしたものの、隆家は「疲れただろう!」と明るく気遣うのでした。

 

仲間と茶を味わおう

まひろは抹茶でもてなされました。

そっと一口、口に含むと、思わず困惑した顔を浮かべてしまう。

飲み慣れたらうまいと隆家が言い、そこにいる皆は美味しそうに飲み干しています。茶道の作法はまだまだ成立していませんので、自由に飲んでいますね。

中国からの茶は、これより前に伝来しています。

唐だと茶といっても今とは異なり、茶葉だけでなく、香草や干した果物も混ぜて煮詰めるような飲み方です。

それが宋になると抹茶のようになり、日本に伝わりました。

明になると、今度は抹茶は禁止令が出され、日本にだけ残る不思議な現象となってゆきます。

日本における抹茶は、茶道として高級化されてゆきました。

江戸時代になると、中国から庶民の飲み方として煎じる飲み方が伝わり、抹茶と煎茶の二系統が残ることになったわけですね。

茶を飲む場所も、薄暗い茶室ではありません。明るい部屋の中で、椅子と卓で飲む、茶道確立前の珍しい場面となっています。音楽もおしゃれで、平安カフェの風情が漂っていますね。

隆家が「茶は目にもよいのだ」と説明します。確かに当時はなかなか得難い栄養素が含まれてますので、寿命も伸びることでしょう。

無事に目を治した後、隆家は違ったものが見えるようになったのだとか。

内裏のような狭い世界で位を気にしているのはくだらぬことだったとして、こう続けます。

「ここには仲間がおる」

武者だが平為賢は信じられると隆家は語ります。

為賢も、重要な指摘を。

隆家はこの地の力ある者からまいないを受け取らない。自らも財を用いる身ぎれいさがある。だから慕われている。

隆家は位の高さや血統のためでなく、高潔な精神性ゆえに慕われているのですね。こんな風を浴びていたら、そりゃ内裏が馬鹿馬鹿しくなるでしょうね。

隆家はしみじみと「富などいらぬ、仲間がおれば」と言い切ります。

『鎌倉殿の13人』でもそういう傾向がありましたが、平安京の貴族は陰湿で、地方武士はスッキリ爽やかだと対比させているように思えます。

これは『源氏物語』を考える上でも重要に思えてきます。

あの物語は、地方の者や、ハキハキとした近江の君のような人物を野蛮で無作法だと定義します。

しかし、見方を変えてみれば、彼らが悪いと言うよりも、サッパリした人物を軽蔑する側が実は陰険だという見方もできるわけでして。

「太閤様は御出家あそばしたそうだなあ。知っておるか?」

隆家が唐突にまひろに問いかけてきました。

思わず驚いてしまうまひろ。聞けば道長は体も悪いようで、位を極めても病になるのが人の宿命だと隆家がしみじみ語ります。

道隆、伊周、道長は三者ともに糖尿病です。

都で栄養素も偏り、ろくに運動もせず、鬱々と政治闘争に励んで、病に倒れる。

そんな人生、楽しいと思うかい?

隆家はこちらにそう問いかけてきているように思えます。

生きるって、何なんでしょうね。

道長からの要望で隆家はまひろに宿所を用意してくれるようで、周明にも、冗談ぽく「泊まるか」と笑いかけます。

「そういう仲ではない」と否定する生真面目な周明なのでした。

 

月のもとで残してきた人を思う

夕食の宴へ。

やすみしし 我が大君の こもります の八十蔭 出で立たず 御空を見れば 万代に 斯くしがも 千代に斯くしもがも

『日本書紀』の歌と共に男性たちが踊っています。

隆家が「むくつけき男の舞」と呼ぶこの舞。『枕草子』や『源氏物語』の世界観だと、薄気味悪く、意味のわからない田舎の連中と形容されそうに思えますね。

確かに京で貴公子たちが舞い踊る姿とはまるで違います。

隆家も若い頃は兄ともども花のような貴公子姿を見せていたものですが、髭をたくわえすっかり変わりました。

「太宰府にはいたいだけいるとよい」

いくら夫のいた場所が見たいにせよ、おなごが来るにはわけがあるのだろうと隆家は推察していました。

まひろが外に出て、月を見ています。

するとそこへ周明がやってきて、太閤様とは誰かと尋ねる。体が悪いと聞いてまひろの顔色が変わったことに気づいていました。

まひろは、主人である太皇太后様の父だと説明しつつ、思ったことが顔に出る自身のことを恥じています。

しかし、そこが面白いとフォローする周明。いい歳してみっともないとまひろが恥じても、だから若く見えるのだと返します。

さらに隆家様たちを追いやったという『源氏の物語』について尋ねる周明。

「光る君と呼ばれる男の一生を描いた」

そう説明すると、それで人を追いやったのか?とさらに問われ、そんなつもりはないけれど物語は人を動かすのかもしれないと認めます。

「お前の物語は人を動かしたのか?」

二人のやり取りを見ていると、相性のよさが伝わってきます。

周明は医者という職業特性もあるのか、相手の言葉を受け止め、具体的に返すことができる。

飄々と大仰に受け止め返しそうな宣孝。会話がどこかずれることもある道長。彼らよりも実は周明が作家のパートナーとしては向いているように思えます。

そのころ道長も月を見上げているのでした。

夫を見つめる倫子は、出家を止めたけれど、今はよかったと思うとしみじみ語ります。

「心配をかけたな」

そう返す道長でした。

 

船越の津を経て、松浦へ

太宰府では周明が患者の治療にあたっています。

彼には妻はいない。けれど、治療を求める患者がいます。それも彼の居場所であり、生きる意義になっています。

乙丸は、紅を買っています。きぬに贈るのでしょう。人を思い合う心にほっとさせられますね。

まひろは「そろそろここを発つ」と周明に告げます。隆家から居たいだけいてもいいと言われてましたが、次の目的地である松浦(まつら)を目指しているのだとか。

何をしに行くのか?と周明に尋ねられ、遠い昔に仲の良かった友が亡くなった辞世の歌に松浦とあったから見たいのだとまひろ。

それならば船がよいのことで、船越の津まで周明が送ってくれることになりました。

このドラマは大石静さんの力量がわかります。

【刀伊の入寇】は彼女自身ではなく、チーム側が入れるようリクエストをしたのだと思われます。

なかなか強引な展開でも、話に説得力や整合性を持たせるため、さわの最期の地を松浦にしたわけですね。見事な伏線です。

 

刀伊の入寇が始まる

こうして、まひろたちが太宰府を出立しようとすると、すれ違いでボロボロの姿になった僧侶が道を歩いてゆきます。

島分寺の僧侶・常覚でした。

太宰府の政庁に向かい、帥様こと隆家に面会。

話によると、3月末にどこぞの者とも知れぬ賊が襲来し、壱岐の子どもと老人を殺して、他の者たちを連れ去ったというのです。

作物や牛馬は食い尽くされ、僧侶も彼以外は全員殺された。常覚は小舟で何日もかけて、やっとここまで来たそうで「よくぞ生きていた!」と隆家が労います。聞けば国守も殺されていました。

賊の集団は異国の者らしく、違う言葉を話すそうで、兵も船も多数いる。

すると「高麗か?」という言葉が入ります。

博多を攻められてはまずいと警戒し、兵を集め、朝廷へ報告することになりました。

この辺の描写が曖昧で、よくわからない方も多いかもしれません。当時は、国も、文化も、ましてや血統などいちいち特定できません。

「高麗」と出ましたが、実際に高麗の人なのか。それとも高麗経由で来た別の国出身者なのか。そんな区別はつかない。

装備がどこのものか。どのルートで来たのか。どの言葉を話すのか。それも明確ではないのです。

自分たちとは異なる言葉を話し、服装をしている。そういった曖昧な把握しかできていないので、いろいろと限界があります。

この【刀伊の入寇】にしても刀伊(とい)とは「東夷」(とうい)ということです。

要するに、高麗から見て東にいる夷(異国人)という意味であり、実はかなり曖昧。

「中国の海賊」とする説明もありますが、宋も高麗も掌握していない勢力です。

戦国時代の【倭寇】のように、村井章介先生の【マージナルマン】という定義があてはまります。この事件をもとにして、中国や韓国の方に議論をふっかけるようなことはやめましょう。

そうしたことをふまえ、この「刀伊」とは東女真族主体ではないかと推定はされていますが、考証をどうするか、これが実に悩ましい。

これは日本史だけの問題ではありません。一例としてアーサー王伝説を挙げてみましょう。

ヴィクトリア朝に一世を風靡したような騎士道伝説は、理想化されすぎて問題があります。

かといって歴史に厳密にしようにも、アングロサクソンが定着する前のイングランド史の再現は厳しい。

そこはある程度描きたい像にあわせて自由にしてもよいのではないか。言葉なんて無論再現できないのだから、イギリスアクセントの英語にすれば上出来。その程度のゆるさとなります。

ゆえに「スラムのガキから王になれ」なんてわけわからんキャッチコピーがつけられる映画『キングアーサー』が作られてもある程度仕方ない。フィクションだから、そこは各人の許容範囲に委ねられます。

そもそも、女性が京都から太宰府に来ている時点でありえませんので、ある意味、良心的ともいえる。

なまじリアリティがあって、フィクションだとわかりにくいと、こういう考証しにくい時代や状況の映像化はまずい。

ここはあくまでも創作だとわかる方がむしろ良心的に思えます。

かくして【刀伊の入寇】が始まるのでした。

 

者ども集え、守り抜け

隆家は、博多の警護所に向かい、刀伊と呼ばれる異人の来襲に備えると宣言します。

「者ども震えー!」

そう檄を飛ばす隆家。とても勇壮には見えますが、素朴でもあります。

同時代の中国では、隊列の組み方なども洗練されていました。日本は、それだけ軍事技術の進展が後発だということでしょう。

途中、平致行が隆家に、敵は能古島に向かったと報告します。

そして文屋忠光が賊の生首を持ってきました。聞けば、百人が殺され、四百人が連れ去られたとのだとか。それでもなんとか討ち払ったそうです。

「よくやった」

重々しく告げる隆家。

京都の貴族といえば穢れを恐れて遺体には接触したがらないものですが、彼は一味違います。藤原行成が太宰権帥でなかった偶然に感謝したくなりますね。

対馬、壱岐、能古島と博多に接近する敵。

しかし、各地の兵はまだ集結しておりません。

当時の素朴な警護所の様子が映されます。兵士の甲冑が実に興味深い。これを再現するだけでも偉いといえる。

今回の甲冑は、埴輪のようなものから大鎧まであり、中国の影響も感じさせます。

先日、中国の方に埴輪を見せ、中国ならば魏晋南北朝のころの甲冑だと説明しました。

すると「魏晋南北朝の甲冑と似ている」という感想がありました。

確かに隣国で影響を受けていてもおかしくはない。そのことを思い出し、大変興味深く見ております。

中国の影響下から、日本風が形成されていく過程を目にしているような気持ちがします。

 

いざ出陣

隆家は警護所から目を凝らし、賊の船を目にします。

ところがどうにも相手は上陸してこない。そこで隆家は自ら打って出て、上陸を阻止し、無辜の民を守ると宣言。

「出陣じゃ〜!」

勇ましく出撃してゆくのです。

隆家があまりに素晴らしいのでここで指摘しておきたいことがあります。

彼が実際に甲冑を着て戦っていたかどうかはわかりません。あくまで指揮官として、陣幕の中で指示を出すだけでも十分だとは思います。

ただ、隆家が武装して戦う姿はイメージやサービスとしては魅力的だということ。

『光る君へ』は初回から道兼がちやはを刺殺したドラマですので。

ただし、要所では実際にあったことも入り込みます。

鏑矢の音に敵が驚いたことは記録されていて、劇中でも鏑矢が効果的に用いられました。

戦闘シーンはかなり見応えがあります。

ドローンを意欲的に用い、戦闘シーンでも迫力ある映像となっていた。本作の特徴として、VFXでなく実写を用いることへのこだわりもあるのだとか。

木造船での上陸場面。

効果的な鏑矢の使い方。

難易度の高い馬上騎射。

矢を盾で防ぐ場面。

いずれもかなりの迫力です。

しかも、日本の武器特性がわかる。

刀伊側は弩を用いているのに、日本側はない。弩はかつて日本でも用いられたものの、次第に廃れてゆきます。

日本の弓は腕力あがるほど強いものを引けるよう、補強を重ねて強くなってゆきます。とはいえ、この時代はまだそこまで補強がなされていないことも見て取れます。

武器の刀身は、刀伊側は幅広く、切れ味よりも重さによる打撃重視だとわかります。中国刀の特徴です。

話す言葉は中国語で、女真族の特徴である弁髪にもしておりません。

これまたどういうルーツか確定が難しいため、日本人とは異なるという点をふまえて、そこは曖昧な造形にしているようです。

それもありでしょう。

外国の映画だって、ローマ貴族が英語で話すものですからね。厳密にしないほうが考証が難しい時代劇は捗るのです。妥協は必要です。

 

赤染衛門は大長編史書をめざす

そのころ、倫子は赤染衛門の書いた物語に目を通していました。

二人の周囲を可愛らしいキジトラ猫がウロウロ。

倫子は、道長の栄華を描いて欲しいと依頼したのですが、仕上がりを読むと、どうにも違和感があるようです。

それもそのはず、話は宇多帝から始まっているとか。

道長が生まれるかなり前のことですが、赤染衛門にしてみればそれでも足りないようで。

聞けば【大化の改新】から書きたいのが本音だそうで、それだと存命中に書ききれないから宇多帝で妥協したとのことです。

「太閤が生まれた村上帝のころからでよいのでは?」

源倫子がそう促しても、赤染衛門の真剣な眼差しは全く揺らぐことはありません。

清少納言は『枕草子』で明るく朗らかな定子の周辺を描いた。

藤式部は『源氏物語』という、人の世のあわれを大胆な物語にして描いた。

ならば私がなすべき事は何か?

歴史書である。

かな文字で書く歴史書だ!

歴史を押さえた上で太閤様の生い立ち、政の見事さ、栄華の極みを描き尽くしたい。そうすれば必ずや後世まで読み伝えられると熱く語るのです。

倫子は寛大なのでしょう。

「もう、衛門の好きにしてよいわ」

として赤染衛門に任せました。

紙の支給も踏まえれば、かなりの太っ腹といえます。

そんな倫子も素晴らしいし、かな文字で歴史書を書き残すという赤染衛門の大志も実に素晴らしいものがあります。

唐に班昭があるならば、本朝には赤染衛門がいる。そう言いたくなるような実に痛快な場面といえる。

歴史を記すのは男だけなのか? 否、女もできる――この高らかな宣言は、女性が中心となって企画を立てている本作チームの自負にも重なり合います。

「賢子の世代も華やかですし、王朝文化を描きたいなら、それでよいのではないかしら。紫式部が太宰府に行って【刀伊の入寇】に出くわすというのは、さすがに……」

「いいえ! 後の武士の世が訪れる予感まで描きたいのです!」

制作現場では、こういったやりとりがあったのでは?今回を見ていると、そんなことを考えてしまいます。

 

異国の賊徒を撃退すべし

「見事な働き、皆よくやった!」

兵を労う隆家。どうやら撃退できたようで、さらには援軍も到着しました。

「遅いではないか!」

隆家の部下がキツく当たると、すかさず隆家が、

「よくきてくれた、礼を申す」

とフォローに回る。

苛立つ部下とは違い、隆家は寛大です。慌ててやってきた財部弘延と大神守宮の二人は素朴な装備で、なんとかかき集めてやっと来たことが伺えます。

隆家は能古島に撃って出て、撃退すると言います。

そのためには船が必要となり、「朝廷の許可も要る」と言われても、隆家は断行します。

これが隆家のセンスですね。

いちいち朝廷の言うことを待っていたら、手遅れになってしまうのです。

では、敵が次に向かうポイントは?というと、船越の津が危ういと予測され……まひろたちが目指す港に危機が迫る――このあたりもプロットの組み立てが巧みですね~。

 

どこででも書けるのだから

まひろと周明は、船越の津で一夜を明かすことになりました。

すると周明が近所で干し飯をもらってきます。

「周明がいて良かった」

「筑前にきてもう二十年、このあたりのことはよくわかっている」

周明はこの二十年間のことを語り、そして「かつての左大臣が今は太閤か?まひろの想い人か?」と質問したかと思ったら、さらにグイグイ投げかけてきます。

「なぜ妻になれなかったのだ? 弄ばれただけか?」

こうした聞き方に、周明なりの熟成があるのかもしれません。

まひろは「(道長は)書くことを与えてくれた」と答えます。

書いたものが大勢の人に読まれる喜びを与えてくれた。私が私であることの意味を与えてくれた。

「ならばなぜ都を出たのか?」

「偉くなって世を変えてとあの人に頼んだのに、本当に偉くなったら虚しくなった」

あの「望月の歌」を詠みあげたとき、まひろが道長に虚しさを覚えたのだとすれば、なんと儚いことでしょうか。

そして、そんなことを思う自分自身も嫌になって、都を出ようと思ったのだとか。

周明はそれだけ慕っていたのだと言うものの、それでもまひろは離れたかったと言います。

「捨てたか捨てられたかもわからないのか。そんなことしてたら、俺みたいな本当の独りぼっちになってしまうぞ」

「もう私には何もないのよ。これ以上、あの人の役にたつことは何もないし、都には私の居場所もないの。今は、何かを書く気力も湧かない。私はもう終わってしまったの。終わってしまったのに、それが認められないの」

そう弱気になってしまうまひろ。周明はそんなまひろに向き合い、語りかけます。

「まだ命はあるんだ。これから違う生き方だってできる」

「書くことがすべてだったの。違う生き方なんて考えられないわ」

ここはなかなか興味深いですね。

まひろは、賢子のことも、これから生まれるかもしれない孫のことも考えていません。年老いた父も出てこない。

良妻賢母や親孝行な娘という像は一切なく、自分自身の心のことだけを語っています。

周明は「俺のことを書くのはどうか?」と提案してきました。

親に捨てられ宋にわたった男の話はおもしろくないか?そう自虐的に語ります。

これも重大な問題提起でしょう。歴史の狭間に埋もれたけれど、興味深い人の人生はもっとあるのだと思えてきます。

周明は、ならばまひろがこれまでやってきたことを書き残してはどうか?と提案します。

友のこと、親兄弟のことでもいい。それを書いている間に、次の物語が思い浮かぶかもしれない。

「書くことはどこででもできる。紙と筆と墨があれば」

「どこででも」

「都でなくても」

「そうね」

こう語りあう二人には、未来が見えていたのかもしれません。二人は笑い合うのでした。

翌朝、隆家は為賢に船で敵を追うように言います。

ただし、対馬を超えないようにと釘を刺すことは忘れません。高麗を刺激して侵攻と思われては困るという国境意識はあります。

まひろ、乙丸、周明は港を目指し浜を歩いています。

周明は、松浦に向かうまひろに対し、必ず太宰府に戻ってくるよう頼み込みます。その時に話したいことがあるのだとか。

「逃げてー!」

突然、逃げ惑う漁民たちが現れました。

何事なのか? 彼らがそう思う間もなく、漁民を追って刀伊の一団がやってきました。刀で脅かしながら漁民たちを囲い込み、隙あらば殺戮してやろう、という殺気に満ち溢れています。

まひろを連れて逃げようとする周明。

いよいよ乱戦極まりつつあると、双寿丸ら日本側の武者も駆けつけました。

逃げ出した二人は、まひろが転んでしまい、周明が手を伸ばし、その手をまひろが握ったその時――矢が周明の胸に突き刺さり、彼は倒れるのでした。

 

MVP:藤原隆家、周明、双寿丸

どうしても絞りきれません。

都とは逆の価値観を示し、まひろの心を洗い流しているようにも思える、隆家、周明、双寿丸。

意図的にそうしていると思える価値観の提示もあります。

まず『源氏物語』はじめ、都の文化にある「色好み」がない。

充足感を語る隆家周辺には、むくつけき男しかいない。

彼は時に対等に魂をぶつけ合えるような男との関係性で、魂を磨いているように思えます。身分が低い相手とも彼はその目を見て話せます。

周明は本当の独りぼっちだと自分を語っています。

しかし医者として尊敬され、通辞としても人の役に立つ彼はそれだけとも思えません。相手の求めることを的確に理解するからこそ、まひろに次の生き方も提示できます。

そんな彼もまひろと再会し、心が揺らいでいるようですが、一緒に泊まっていいと言われても断固として断ります。そのことから、彼は色よりも心のつながりを求めていることが見えてきます。

双寿丸も、賢子のことは妹のようなものだと思っていることがわかります。

恋人ではなく、あくまで恩人である。その恩人の母親だからこそ、まひろを救おうと命を賭けます。

彼らは与えられた恩義を返し、己の持つものを分け与えることで人を救う――そんな健全な価値観のもとで生きています。

それを田舎者だの、洗練されていないだの、無粋だの呼ぶのはおかしいのではありませんか。

これまで描かれてきた都の価値観に対し、それが正しかったのか?と突きつける、刺激的な展開が続いてゆきます。

 

『光る君へ』のどこを見て失敗だと思うのか?

今週はなかなかためになる記事があったので、日刊ゲンダイさんから引用させていただきます。

◆過去最低視聴率は免れそうだが…NHK大河「光る君へ」はどこが失敗だったのか?(→link

「どこが失敗だったのか」と決めつけた記事タイトルになっていますが、そもそも『光る君へ』が失敗か否か?

私は失敗だとは思っておりません。私個人の感情だけでなく、根拠はあります。

◆地上波視聴率だけでは判断できない

地上波のぞく数字、NHKプラスの再生回数も加味する必要があります。

海外では視聴率ではなく「視聴回数」での計測が一般的です。

古い基準で「失敗」という判断はできないでしょう。

◆関連書籍が12月になっても発行される

これは近年の大河ドラマではなかった異例の現象です。

・NHK2024年大河ドラマ 光る君へ ART BOOK(→amazon)※大河ドラマ初の美術解説書

・NHK2024年大河ドラマ 光る君へ メモリアルブック(→amazon)※12月9日発売予定

・矢部太郎の「光る君絵」(→amazon)※12月23日発売予定

これは異例中の異例の出来事。

出版不況の最中、「売れる!」という確信がなければ新刊など発売されません。

イベント企画もまだあります。

◆海外でも好反応、東アジア代表枠としての手応えあり

昨年の『どうする家康』は中国語圏でほぼ悪評しかありませんでしたが、今年の中国語圏をみるとなかなかの好評意見があります。

同じ東アジアならではの受け止め方もあり、天皇の自称が「朕」であることや、打毱や曲水の宴といった、伝統行事の描かれ方も興味深く受け止められています。

そして海外にも日本ドラマファンは多く、吉高由里子さんはじめ、出演者が好きな層にも満足感があったようです。

自国ドラマにはない魅力も見出しているようです。

塩野瑛久さんの一条天皇には「どうしてこんなに気品があるの」と絶賛する感想がありました。天皇としての気品に圧倒されたようです。

柄本佑さんへの意見には、これぞ日本のドラマ、その魅力が伝わったと思える手応えがありました。

中国語圏は「顔値」というスラングもあるほど。「顔面偏差値」という意味です。

ともかく美形で、スタイルもよく、背まで高くないと、主人公やメインの相手役に抜擢されません。メインビジュアルの時点で「顔値が低いから見なくていい」とすら言われかねません。

柄本さんは中国語圏からすると、メインを張るには顔値が高くないし、年齢も高いと思われたようです。

それが演技力の高さに惹き込まれ、これが日本のドラマが持つ力なのかと感動するコメントが出てきています。

『光る君へ』は、韓流や華流を意識しているとされます。

それを意識しつつ、日本のドラマらしさを発揮したことで、海を超えて自信をもって推奨できる作品に到達できたと思えます。

配信時代を見据えた素晴らしい成功です。

 

実は見ていないとか?

さらにもう少しツッコミますと、この日刊ゲンダイの記事を書いた人は、ドラマも『源氏物語』も把握せずに書いているとわかります。

「大河としては、初めての平安時代のメロドラマということもありますが、とにかく全体像が分かりにくいんです。

戦国ものなら信長、秀吉、家康という絶対的ヒーローがいて、そこを中心に敵味方や家臣らの人間が描かれ、ストーリー展開も戦の勝ち負けとはっきりしています。

しかし、『光る君へ』は左大臣や蔵人などの官位制、天皇の権力、当時の婚姻習慣などの予備知識がないと理解しにくいんです。

早い話、藤原道長(柄本佑)がどのくらい偉い人なのかもよく分かりません。

だから紫式部のまひろ(吉高由里子)が、道長へのラブレターでもあった源氏物語を書き続けたモチベーションが伝わってこない。

時代や社会背景の説明部分が薄く、分かる人にしか分からないドラマになっちゃったというのが致命的でしたね」(ベテラン放送作家)

これは要するに日本史知識不足というだけではありませんか。

確かに難易度は高い。藤原道長の「望月の歌」は最低限把握しておくべきなのですね。ただ、それは基礎中の基礎ではありませんか。

そして前述の通り、日本史知識がそこまでない中国語圏でも、だからこそか、ハマる人はハマっている。

本作を見続けていれば、『源氏物語』は道長へのラブレターではないことはわかります。

あれは一条帝を彰子のもとへ惹きつけるためだとされていました。

それに『源氏物語』の内容を把握したうえで、あれが誰かへのラブレターだと思えるかどうか。

むしろ紫式部が当時の男にぶつけた呪いの書ではないかと思えるくらい、ドス黒く、猛毒が詰まった作品です。

『どうする家康』でも『源氏物語』をゆるふわラブストーリー程度に扱っていましたが、そんな甘ったるいものではありません。そんな素直な読み方をできるのは菅原孝標女くらいではないですか。

▪️藤原姓が多すぎた?

登場人物の名前は藤原ばっかりだし、衣装もみな似ていて、宮廷など同じセットのシーンも多く、「あれえ、この前と一緒じゃん。もういい」と多くの大河ファンが脱落してしまったのだ。

日刊ゲンダイさんという中高年男性向けメディアは、羨ましいもんだと痛感させられました。

女性向けメディアでそんなことを書いたら「これだからバカ女どもはwwww」と袋叩きに合います。

よくもこんな「おじちゃんは新しいものを覚えられないんだナ」みたいなことを堂々と言えるものです。

そして「衣装」と「同じセット」といえば昨年大河の方がよほどひどい。

昨年の清洲城の織田家臣団は、全員が黒服の警備員じみた珍妙な「衣装」でした。

家康の居城と本能寺など、明らかに別の場所なのに、「セット」を使い回していることがあり、私は悲しくなりました。

そうそう、セットではなくVFXになりますが、昨年の清洲城は「紫禁城のようだ」と言われましたね。そうではないと、今年の越前や太宰府を見てご理解いただけたかと思います。

中国風の宮殿は朱塗りの柱が特徴で、開放的で明るいもの。昨年の暗いモノクロ清洲城は、どこの建築を意識していたのでしょうか。

ドラマでは惚れっぽい女性として描かれているから、旅先での新しい出会いを予感させるような終わり方なのだろうか。

京都市北区に紫式部のものとされる墓はあるのだが、没年も死因もはっきりしない。

女性が「惚れっぽい」だの「淫乱」とされるのは、男性主体だとわかる秀逸な文章ですよね。

ドラマ内で明確に「惚れっぽい」とされている女性は、あかねこと和泉式部です。ききょうこと清少納言も、藤原斉信とのセクシーなやりとりがありました。

まひろこと紫式部は、むしろ恋愛より創作に打ち込む陰キャ。

道長とは愛し合っているとはいえ、相手が妾にしようとしたら怒涛の塩対応をした。

道長が「望月の歌」を詠みあげ、まひろとの願いを叶えたと言わんばかりのアピールをしたとき、まひろは出立を決意した。

周明だって拒んだ。

惚れっぽいなら再会した今回で、同じ場所に泊まることでしょう。

夫の宣孝には頭から灰をぶちまけるほど怒った。

むしろゲンダイさんやその想定読者層が嫌いな、かわいげがなく、自己主張の強烈な、むかつくインテリ女なんですよ。

では、なぜ「惚れっぽい」認定としたのか。

男性経験人数が複数だから? 貞女は二夫にまみえずってことですかね。その程度の古臭くゆるい認定なんじゃないですか。

今年は前期の連続 テレビ小説「虎に翼」も「光る君へ」も、女性の活躍と自立を描いた。

夫婦別姓やジェンダー問題に一石を投じたいというNHKの狙いは間違っていなかったが、トラツバは大好評、ヒカキミはずっこけた。

「光る君へ」は大河でなく、2クールくらいの連続ドラマだったらもっと評判になったはずだ。

そして最後の段落は、悪しき男性の「歴史は男のもん! 大河は俺らのもん!」という縄張り意識が透けて見えます。

男女ともに受信料は同額なのに、なぜそんな幼稚園の遊び場を俺らのモンだと地団駄を踏む五歳児じみた振る舞いをするのでしょうか。

そんなゲンダイさんにおすすめのドラマがあります。

『SHOGUN 将軍』です。

チンピラじみた主人公が外国で美女とイチャイチャしているうちに、天下国家を揺るがしてしまう。そんなアメリカン島耕作じみた世界観です。

男が目立つし、女はエロいし、殺し合いだらけ。裸もたっぷりあります。

私としては見ているだけで脳が溶けそうなので好きになれませんが、好きな人はハマると思います。

エロい日本人美女を落とすのがイギリス人なのはイラつくかもしれませんが、欧米系白人だから許容範囲ではないですか。

 

大河悪女ヒロインの完成

さて、まひろが【刀伊の入寇】に遭遇すること。

それとゲンダイさんですら気づいた「ジェンダー問題」についてでも。

まひろが一人で太宰府まで行く。この時点でありえません。だから成立しないと言えばそうなります。

しかし、そんなときに問題に一石を投じるとすることで、成立させることはできます。

まず一つ目、歴史総合目線の歴史観です。

私は最近、歴史総合関連の情報は積極的に取り入れるようにしています。

科目として扱うのは近世以降とはいえ、国境をまたいだ歴史観の形成、民衆目線での見直しは時代を問わず重要なものです。あえてこの事件を扱うことで、そうした歴史観が意識できます。

そして二つ目。映像化されない時代の再現。今回の警護所や甲冑は素晴らしいものがありました。

そして三つ目。ゲンダイさんも指摘したジェンダーです。

「いい子は天国に行ける。悪女はどこへでも行ける」

ジェンダー問題を語る上で、よく引かれる言葉です。メイ・ウエストの言葉とされます。

これは普遍的なことでもある。文学作品でも、女が移動することには意味がつけられます。

女性が自らの意思で移動することは、束縛からの離脱を意味し、そのことそのものは反逆であり、自由の象徴とされます。

『源氏物語』ではまだ幼いからこそ、紫の上は鳥が逃げたと走って移動する場面が初登場となりました。そのあと成長した彼女は自由意志を失い、死を間際に出家を願っても、光源氏に拒まれてしまいます。

そして浮舟は入水から生還することで、自由に行動することを取り戻し、物語は終結を迎えます。

この女の移動に着目すると、まひろは大河史に残る堂々たる悪女ヒロインとして完成したと思えてくるのです。

周明が倒れた瞬間、なんてひどい、残酷な展開なのかと思いました。

けれども、これもヒロイン悪女伝説の仕上げともいえる。

まひろは淫らではないし、惚れっぽくもありません。美男を見ようともうっとりしているわけでもありません。

ただし、彼女は人生の目的に応じて複数の男を使ったともいえる。

直秀は甘く幼い憧れ。

道長は創作のためのスポンサー。大長編を書くための最高級サブスクを用意してくれたともいえますよね。

宣孝は妻としての地位。安定。

そして周明は、宋へのあこがれを満たし、語学学習ができた。再会後は創作へ向かうためのエネルギーを再充填できた。

道長以外は亡くなっているわけで、こうして見てくるとなかなかおそろしくも思えますが。

まひろは意図的にそうしているわけでもないし、誰かを死に追いやったわけではありません。

そもそも男女が逆になると、よくある話となる。

それこそ『源氏物語』の光源氏には、

「永遠の憧れである藤壺」

「その後継枠の紫の上」

「息子の母である葵の上」

「娘の母である明石の君」

「ひとときのロマンス相手の夕顔」

「息子の養育係である花散里」

などなど、役割の数だけヒロインがいます。

道長にせよ、

「永遠の恋人、癒し、使える文人枠のまひろ」

「屋敷と土地付き正妻、多くの子女をもたらす倫子」

「姉の勧めで娶ったスペアの明子」

「劇中では描かれないけどつまみ食い感覚の召人多数」

がいる。

『どうする家康』では、側室を娶る過程がおもしろおかしく描かれるわ。お市と淀の方すら家康に恋をしているわ。好き放題にしている。

こうして冷静に見てくると、まひろは特に悪いわけではない。

では、まひろが「惚れっぽい」悪女に思えるとすればなぜか?

ミラーリングでしょう。

同じことを男がしても見逃され、女がすると糾弾される。往々にしてこういうことはあります。

それがフェアなのか? いつまでそんなことをしているのか? そう問いかけてこそ、ジェンダー問題に一石を投じるドラマとなります。

『虎に翼』ほどわかりやすくはないけれど、このドラマも実におそろしい手法をとっています。

周明が倒れたあと、私の頭には全く別のドラマのヒロインが浮かびました。

HBO『トゥルーブラッド』のヒロインです。

彼女はこう嘯いていました。

「男が同時に女を複数転がしたら自慢できる。でも女が男をそうしたら、ビッチ扱いをされる。なぜ?」

なんておもしろい問題提起なんだ。これがアメリカのドラマか。日本のドラマがこんなおもしろいことをするまで何年かかるのか? そう思ったものです。

それが今、2024年末、実現したのかと感慨深く思えました。

思えば助走期間はあった。

2010年代から、大河のヒロインは、男なら糾弾されないのに、女がしたために叩かれ憎まれる言動をすることがあったものです。

2013年『八重の桜』のヒロインは、郷土防衛のために武器を取り立ち上がったのに、殺人犯扱いをされる。

2017年『おんな城主 直虎』のヒロインは、裏切り者の家臣を自ら処刑した。確かにやりすぎかもしれないけれど、男がそうすることとは違う問題提起があったのではないか。

そしてその締めくくり、集大成として、今年があるように思えます。

まるで夕顔のように、儚く消える周明――何かが逆転して呑み込まれてゆくような衝撃がありました。

まひろが身勝手な女と思われ、日刊ゲンダイのようなおじさま向けメディアにこのドラマが叩かれるのは、むしろ殊勲ものではないか。

清少納言も『枕草子』で語っていましたっけ。

「誰かを言い負かすのはスカッとするけど、特に相手がおじさんだと最ッ高!」

ええ、その気持ちはわかります。

悪女だからこそどこにでも行ける。そんな価値観の提示はありなのではないか!

そう痛感できました。その意味で、やはり日刊ゲンダイさんは素晴らしいと思った次第です。

現時点で予測しておきますと、おそらく『べらぼう』もゲンダイさんはお気に召しません。

遊郭が舞台だからもっとエロいと思ったのにそうでもない。

往年の大河や吉原ものはもっとエロかった、昭和のエロス、あの脱ぎっぷりを思い出せ。そう喝を入れてくるのではないでしょうか。

期待を裏切らないでいただきたいものです。

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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